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第15話「魔王、サバイバる」

「そういえば自己紹介がまだだったね。

 わたしはサラサ。おじさんは?」


 集めた枯れ木で火を(おこ)しながら、くりっとした目で幼女が訊ねてきた。

 そういえば名前、初めて知ったなと思いながら、自分の名前を考える。


「ま……まー……」


「まーさん?」


「そう、それ。それでいい」


 どうしても頭文字が「ま」しか浮かばなかったが、上手い具合にサラサが拾ってくれたので便乗することにしておこう。

 まーさん。……どこの国の人だ?


 細かい設定はさておいて、船の残骸から使えそうなものを集める俺。

 食料品はすでにサラサが回収済みでそれも底をついたわけだが、調理器具などはそのまま残っていた。

 一体何を作るつもりだったのか大きめの鍋とフライパンがあり、丁度良いとそれを持って行くことにする。


「食料もないのにそんなものどうするの?」


 まぁ見てろと、俺は鍋に海水を汲み入れた。

 そしてその鍋の中央にコップを固定し、全体を湿らせた布で覆う。

 さらにその上に、海水を入れたフライパンを重し代わりに乗せて完成だ。


「火はついたか?」


「う、うん」


「よし、じゃあこれを熱するぞ」


 不安がるサラサを横目に、火の上に先程の鍋を置く。

 実は俺も良く分かっていないのだが、川の無いこの島で飲み水をどうしたらいいかとシス子に聞くと、こうしろと言われたのだ。


 勇者と魔王が肩を並べて焚き火を眺めるという状況に、なんだか可笑しくなってしまうな。

 まったく俺は何をやっているのか……。

 パチパチと爆ぜる木の音が、やけに眠気を誘う。というかずっと眠たいわけだが。


 だんだん面倒になってきた俺は、時間短縮のためにこっそりと魔法で火力をアップさせてやる。

 これで数十分待ち、上に乗せたフライパンと布を取り外すと――。


「あ! コップの中にお水が出来てる!」


「おー、ホントだ!」


 海水を蒸発させてから集める蒸留という方法らしい。

 半信半疑であったが、真水とまではいかないまでも十分に飲める質の水が確保出来た。

 労力に見合わないほど少量だがな。

 それでもシス子に感謝しつつ、コップを冷ましてからサラサに渡してやる。


「え? いいの?」


 無論、人間の格好をしていても俺は魔王だ。

 飲まず食わずでも死ぬことなどない。

 だがそんなことは知らないサラサは、ようやく手にした水と俺を交互に見やる。


「構わん。飲みなさい」


 俺の言葉でようやく頷き、クイッとコップを傾けた。

 が、すぐに戻す。


「どうした? 飲めないほどしょっぱかったか?」


 サラサは首を振る。


「違うよ。はい、どうぞ」


 そう言ってコップの残りを俺に渡してきたのだ。

 ただでさえ雀の涙ほどしかない水。

 その貴重な水を半分俺に施そうなど、生意気な小娘だ。


 当たり前だが人間は水を飲まなければ死ぬ。

 なんとしてもそれを避けたい俺の思いは、しかしサラサの決意を揺るがすことは出来なかった。

 数分の押し問答の末、仕方なく俺は残りの水を飲み干す。


 それを見届けてから、ようやくサラサはニコッと笑った。


「頑張って二人で生き延びよう!

 明日からは一人が食料の確保。一人が飲み水の作成だね!」


 励ましに来た筈なのに逆に励まされ、これではアベコベではないか。

 文句の一つも言ってやりたくなったが、不安と慣れない環境で疲れていたのだろう。

 すでにサラサは寝息を立てていた。


 当然ながら俺は眠れないので、明日の朝のために水でも作っておくかと立ち上がろうとする。

 しかし眠りながらも俺の服を掴んでいる手を払いのけることが出来ず、しばらく火を眺めているのだった。


『水は美味しかったですか魔王さま』


 サラサが寝るのを待っていたのか、不意にシス子が声をかけてきた。

 邪魔するどころか知恵を貸してくれたので、相手をしてやるか。


 あぁ、美味かったぞシス子。


『そうですか。

幼女との間接キスにご満足頂けたようでなによりです』


 んー?

 そういう不埒な場面じゃなかったよねシス子さん。

 普通なら、心温まるシーンじゃなかった?


『――』


 うぜぇ。


 ロリコン疑惑に拍車がかかることに頭を抱えつつ、夜は更けていくのだった。





 翌朝。

 一晩中作っていた大量の水に目を丸くするサラサを置いて、俺は森の中へ出かける。

 サラサの目がなければ本来の力が出し放題だ。

 とはいえ焼き殺したりは不自然なので、転がっている石を手にもつ。そして動物を見つけては、石を投げつけ仕留めていた。

 最初の数匹は力加減が分からず、当たった箇所が破裂してしまって不自然になってしまったが、今では自然に捕らえることが出来るようになった。

 獲物を担いで戻ると、サラサは木で作った釣竿を海に垂らしているところだった。

 だが思うようには釣れず、申し訳なさそうに手を合わせる。


「わたし釣りは苦手みたい……ごめんね? まーさん」


「構わん。

 食料なら取ってきた」


 俺が担いできた獲物を見ると、サラサは凄い凄いと飛び跳ねて目を輝かせる。

 魔王なのだからこのくらい当然であろう? とは思うが、魔王としてではなく俺個人に対する賞賛だと思うと少し新鮮な気持ちになるものだ。

 ただ当たり前だが俺は料理など出来ぬ。それを聞くと、サラサはまだ未発達の胸を突き出し汚名返上とばかりに張り切った。

 調味料などはないため素焼きに近かったが、塩と森にあった香草をまぶして丁寧に焼きあがったそれは、意外なほどに美味であった。


 ――二人で起き、二人で食料を確保し、二人で食べ、二人で寝る。


 そんな日々が数日続いたころ、ようやく俺の工作は実った。

 海のモンスターを(けしか)けて、人間の海軍をここに誘導していたのだ。


 大きな船が見えてくるやいなや、狼煙をあげて助けを乞う。

 それはしっかり海軍の目に止まり、少しずつ船影が近付いて来ていた。


「やったねまーさん!

 これでわたし達助かるよ!」


 あぁそうだな、これでお前は助かる。

 だから早く強くなって俺を倒すんだぞと俺は願った。

 明日からはまた勇者と魔王なのだから。


 船が到着する前に、俺はやり残したことをやるために勇者を呼んだ。


「サラサ」


「なぁに?」


 笑い、そうしてトコトコと駆け寄ってくるサラサ。

 いつの間にやらすっかり俺を信じきっているようだが甘いぞ勇者よ。

 すぐ側まで走り寄り、俺を見上げている勇者をえいやと投げ倒してやる。


「え……? まーさん?」


 そしてそのまま、俺は無言で森へと駆ける。

 後ろを振り返れば、なにが起きたか分からずポカーンとしている間に、サラサは無事海軍に保護されていた。

 これでよい。

 目の届かぬところまで来たのを確認し、俺は久しぶりに魔王城へと転移した。






 玉座に座るや否や、シス子がやけに静かに話しかけてきた。


『ロリコンさま』


 すでに「魔王」ですらなくなった!?

 なら寝かせてくれよと愚痴りつつ、なんだと答える。


『勇者を倒すのではなかったのですか?』


 見てなかったのかシス子。

 俺の豪快な大外狩りを。

 いきなり倒された勇者は傑作だったな!

 がっはっは!


『――なるほどそうですか。

 いえ、申し訳ありませんでした。

 私はまだ甘かったようです』


 なにやら不穏なことをいい、シス子は沈黙した。

 やけに素直に納得したな。


 ――と思ったが、やはり納得はしていなかったようだ。

 突如、頭の中に響き渡る大音量のBGM。

 歌うはシス子。曲は『あぁ、悲しみの冒険の書』

 デロデロデロデロデーロ……。

 冒険の書が消えるおなじみのテーマに合わせて、微妙に半音外れるシス子の歌声。


 そんな地獄のリサイタルが、よもや三日間も続くとは思ってもみなかった魔王であった。



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