第1話 「魔王、二度寝に失敗する」
瞼は開けない。この心地よい微睡みから、まだ醒めたくないんだ。
でもどうしようもなく、意識が覚醒に向かう感覚がある。
やめろ、まだ眠い。せめてあと百年……。
――。
――――。
――――――。
ダメっぽい。
ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ瞼を開けてみる。
目の前に緑色の肌をした、でかい鼻のじじぃが見えた。
見たくないからもう一度瞼を閉じる。
「おはようございます、魔王様」
ばれてた。
くそっ。目ざといデカッ鼻め。
仕様が無いので俺は目を開け、ようやく立ち上がる決意をする。
今日からまた魔王としての仕事をしなきゃならんと思うと、憂鬱で仕方ない。
コイツの顔を見なきゃもう少し眠れてた気がするから、嫌味の一つでも言ってやるか。
(起こしやがってデカッ鼻め)
「我の眠りを妨げたのは貴様か」
……?
口に出したと思った言葉と、実際に口から出た言葉が違うぞ。
なんでだ?
『ビー、ビー。
自動翻訳アビリティ、【エキサイティング翻訳君】を起動しました』
急に頭の中ででかい音をだすなよ、五月蝿いから。
てか、そんなアビリティあったなと今更ながらに思い出してきた。
確か魔王の威厳を保つため、変なことを言わないよう翻訳してくれるアビリティだ。
ちなみに今の機械音声も魔王固有のアビリティ【魔王サポートシステム】のシス子さんだ。
サポートとは名ばかりで、俺が魔王に相応しくない言動を取ろうとすると警告音を出す呪いみたいなもんだけど。
「300年振りのご復活。
まことにおめでとうございます」
傅いているデカッ鼻が恭しくおじきしているが、何か鼻につく。
人間の子供くらいの身長しかないのに、皺々の肌と薄い白髪をちょろっと生やしたハゲ頭。
思わず叩いてやりたくなるぜ。
しかしコイツ、今何て言った?
300年……?
『ビービー。
正確には318年です』
あぁそうかい。
頼むから音量をもう少し下げといてくれよシス子さん。
てか300年かよ。
普段なら一度寝たら千年は熟睡すんのに……。
どうりで眠いわけだと欠伸をしたら、思わず灼熱の炎が飛び出した。
デカッ鼻が熱さで踊り狂ったので、少しだけ溜飲が下がったが。
わざとじゃないけどな?
「魔王様。お戯れを」
ま、さすが魔王の執事兼魔王軍統括部長さんだ。
この程度ではなんともないらしい。
残り少ない髪の毛はチリチリになってるけど。
「では、さっそく世界征服のために動きだしましょうぞ!」
気を取り直して宣言するデカッ鼻にうんざりする。
いつもだったら俺もノリ良く「よっしゃ!やるぞ!」てなもんだが、今の俺は眠い。とにかく眠いんだよ。
『ビービー。
固有アビリティ【いつもオキテール】を発動します。
24時間365日、休むことなく玉座に居座ることが可能となりました』
ブラック企業かよシス子さん。
それかドSか?
俺の心の叫びを聞いてたよね?
『――』
うぜぇ……。
でも確かにそんなアビリティもあったわ……。
まぁ無視して寝るけど。
『ビービー。
いつもオキテール発動中は眠ることが出来ません』
……え?
マジ?
じゃあどうすりゃいいんだよ、もう一回眠るためには。
『回答。勇者に倒される必要があります』
そっか。
面倒だけど、そういうことなら仕方ないな。
(デカッ鼻。ちょっと勇者呼んできて)
「我が前に勇者の首を持ってまいれ」
ちょっと待てポンコツ翻訳!
殺しちゃったら俺が眠れないだろ!
そこのデカッ鼻も「ハハッ」とか言ってんじゃねぇよ。
なんだ? なんて言えばいい?
勇者を連れてきて、俺を倒させてハッピーエンドを迎えるためにどうすればいいんだ?
「では、さっそく勇者の元へ出陣致します」
(ちょっと待って!)
「待てぃッ!」
くっそ、考えろ俺!
眠くて頭も働かないが、だからこそ寝たいんだよ!
勇者、勇者、勇者……。
ん? そうか。
俺が会いに行って、そこで倒してもらえばいいのか。
よし、そうしよう。
(じゃあ俺が勇者に会いに行くわ)
「フハハハハッ!
我直々に、憎き勇者を殺さねば気がすまぬッ!」
お、おぉ……。
これホントに翻訳か?
思わず俺のほうがたじろぐわ。
「畏まりました。
では、直ちに手配致しまする」
まぁ良い。
寝起き早々色々と混乱はしたが、これで晴れて熟睡出来るってもんだ。
よし、待ってろよ勇者!