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蒼閃のファルシオン  作者: 宮西春人@HAL3821
第一話 旅立ち
4/4

Part3

 **********


「敵距離1200。数に変化なし」

「先手を打つ。指定座標にミサイル発射。発射後は主砲による牽制を仕掛ける。ウォーフリートが接近する隙を作れ」


 敷島の指示を加藤が各部署に伝達し、ゲッコウは戦闘態勢に入る。

 レーダーと同期した海面座標を大型パネルに展開し、敷島はミサイルの発射ポイントをマークした。


 佳代はウォーフリート・ブラスターのコクピットに身を滑り込ませ、慣れた手つきで機体を起動させる。

 制御システムを立ち上げ、前面パネルの表示に目を走らせ状態を確認する。

 機体の動力炉が低い唸りを上げる頃にはすでに各種起動シークエンスを終えていた。


「いきなり実戦か――この子はまだよちよち歩きなんだけど……」


 ブラスターは開発初期段階から佳代がテストパイロットとして携わってきた最新鋭のウォーフリートであり、言ってしまえばこの機体の特性や癖を理解しているのは今のところ佳代だけということである。

 スリムで直線的なフォルムはまるで削り出した一枚板を組み合わせたような流麗さで、前身の機体である《ストーム》よりもさらに洗練されたフォルムを誇る。

 それでいて装甲の強度や機体各部の剛性は従来の機体から落とすこと無く維持しており、佳代の体感でも今後の主力として新たな流れを巻き起こす機体だと確信していた。


「全力でサポートして上手く使ってあげないとね」


 そうつぶやいた佳代は前面パネルを優しく撫でてから、コントロールスティックとスロットルレバーに手をかけた。


 ゲッコウ背面から発射されたミサイルが白煙を上げながらドレッドギアの群れに襲いかかる。

 ドレッドギアの前面に展開する障壁がゆらぎ、最前列にいた3機が体制を崩す。

 しかし後続集団は躊躇すること無くその3機を押しのけ先に進む。

 その僅かな遅れ、そして隊列の変更。

 与えられた時間はそれだけで充分だった。


 主砲の号砲が響き渡ると同時に、ゲッコウ背部から発進した佳代のブラスターが瞬時に距離を詰める。

 細いゴーグル状のカメラが敵機を捉える、手にしたロングキャノンが吠えた。

 弾丸は正確にドレッドギアの脚部を撃ち抜き、速度の下がった瞬間に頭部へ追い打ちの二発目が撃ち込まれる。

 爆発を起こす機体の炎を突っ切り、ブラスターはさらにもう一機へと接近。

 左腕に搭載された機関砲が唸り、至近距離でそれを喰らった敵機頭部が砕け散った。

 崩れ落ちる機体をすり抜け、後列のど真ん中のドレッドギア腹部にロングキャノンを叩き込み、手にしたソードを振り上げた。


「ったく……相変わらずとんでもない腕してやがる」

 佳代に続いて発進した賢吾は、瞬時に3機を撃墜したその様子を見て感嘆の声を上げる。

 このペースならすぐに片が付くだろう。

 賢吾もその奮闘に煽られ、スロットルを全開にして接近する。

 すると敵は戦列を変更しふた手に別れるのが見えた。

 速力を維持したまま進路を変更し迎撃に移る。

 すれ違いざまに右手のマシンライフルで破壊、振り向きざまにもう一機にも銃弾を浴びせる。かなり無理な操縦だが、ブラスターは難なく動作した。


「いい機体だ」


 まさに名前の通り疾風の如き動きだ。賢吾はこの機体に確かな手応えを覚えていた。


 **********


「――ッ」


 部屋の中で震えを堪えていた美奈の脳裏に、突然何かの旋律が走った。


「何――これ、声――?」


 それは確かに声だった。男でも女でも、子どもでも大人でもない。誰でも無い何かの声。

 初めての経験だった。普段の美奈であれば、自分が恐怖でおかしくなったと感じていただろう。

 だが不思議とそれをごく当たり前に受け止めていた。

 脳内を走り抜ける声は次第に大きくなる。


 ああ――この声は自分を探している――


 そう気付いた時、美奈は静かに立ち上がり、扉に手をかけていた。


 コントロールセンターで支援戦闘機のオペレートを行いながら、美野里は2機のウォーフリートの戦闘に見入っていた。

 自分が手を出す僅かな隙もない圧倒的な技量だ。

 下手な攻撃はむしろ邪魔になるだろう。

 もう少し距離を取ろうと機体を旋回させた美野里は、上空を写すモニターの端に一瞬だけ何かが反射するのを見付けた。


「今のは!?」


 瞬間的にその正体を察した美野里は、すぐに中央作戦室に通信を繋いだ。


「敵航空戦力を確認! 本艦のすぐ上です!」

「なっ!? 横須賀は我々をモニターしていないのか!?」


 報告を聞いた加藤が狼狽した声を上げる。日本近海の上空ならば防空レーダーの監視の目が睨みを効かせている。

 更に艦に搭載された高精度のレーダーが常に周囲を警戒している。こんな距離まで接近に気付かないなど前例がない。


「《フーファイター》と言ったところか―総員落ち着け! 対空砲火! 距離が近すぎる! ミサイルは使うなっ」


 SMCでの喧騒にも気付かず、部屋を出た美奈は声に導かれ歩いていた。夢遊病者そのものといった様子だが、足取りだけはしっかりとしている。

 美奈自身もどこをどう通ったのか認識できなまま、いつの間にか艦の外へと出ていた。

 静かに、ゆっくりと空を見上げる。

 光点がいくつも瞬き、こちらへと、攻撃の意思を剥き出しにして迫っている。

 艦から放たれる銃弾がそのうちのいくつかを捉えるが、半数以上が健在のままさらに速度を上げ接近する。

 本来なら身のすくむ状況であるにも関わらず、美奈は優雅さすら感じられる仕草で右の腕を空に掲げる。


「そう――そうよ――わたしはここよ――だから」


「来なさい――ファルシオン!」


 その時、天に向かって閃光が走った。


 今にもゲッコウを襲わんとしていた光点はその輝きに貫かれ、爆炎を上げながら落下する。

 その閃光の先に、人の姿をしたシルエットが浮かんでいる。


「ウォーフリート……?」


 支援戦闘機で迎撃を行おうとしていた美野里は、モニター越しにその姿をはっきりと捉えていた。

 白い、見たこともないウォーフリートだった。

 ゴーグル型のカメラアイにフラットで引き締まった精悍なマスク。強いて言えばブラスターに似ているが美野里の記憶に該当する機体はない。


「あの機体は……まさか」


 敷島は一瞬指揮を忘れ、艦長席から腰を浮かせモニターに映るウォーフリートを見つめていた。


 閃光が収まると白いウォーフリートは、それでも薄っすらと全身に蒼い輝きを保ったまま、海面へと落着した。

 ゲッコウの全高にも届かんばかりの巨大な水柱を立てて白いウォーフリートは立ち上がった。


「なんて下手くそな着水だ」


 佳代と共に敵機を全て蹴散らした賢吾が呆れ返って呟く。

 モニターに映る機体を拡大した時、ウォーフリートのシステムが反応を示した。


「こいつ――登録されているのか……?」


「ファルシオン――」


 落ち着きを取り戻した敷島が機体の登録名を読み上げる。

 登録年も与えられた型式番号も古い。だがそのシルエットは最新のブラスターとも見劣りしないように感じられた。


「通信手、不明機のパイロットに呼びかけるんだ。話を聞き―」


 その直後、海中から何かが飛び出した。

 海底に没したはずの光点―いやすでに輝きは失われたフーファイター……ドレッドギアの戦闘機だ。

 大きく損壊しながらも与えられた任を果たそうというのか、ゲッコウに再び標的を合わせる。

 ミサイルと思しき物が発射され、尾を引きながらゲッコウのブリッジに直進する。

 だがファルシオンがその間に割って入り、左腕に装備した小型の盾を構える。

 機体を包む蒼い輝きが盾に集中すると同時にミサイルが炸裂し、爆発も爆風もかき消された。

 フーファイターはそのまま速度を上げ直進する。自機を体当りさせるつもりのようだ。

 ファルシオンは輝きを今度は右の腕に集中させ、フーファイターに向かって加速を仕掛けた。

 閃光が走ると同時に、フーファイターは上下に分断され今度こそ海中へと沈んで行った。


 ファルシオンはそのまま機体の体勢を立て直しながら、ゲッコウの後部デッキへと降り立つ。

 しかし揺れる船上は不慣れなのか、それとも何か不具合が起こったのか、バランスを崩しその場で片膝を付いた。

 敷島は十五年前のあの日―世界の運命が変わったあの日の再来としか思えない光景をただただ見守るしか無かった。

 しかし、モニターに映るファルシオンへと近付く人影に一瞬にして現実へと引き戻された。


「新城美奈さん!?」


 **********


 もう声は聞こえていなかった。

 それでも、まるで誰かに導かれたように美奈はデッキへと辿り着いていた。

 ファルシオン―確かに自分はそう言った。

 ウォーフリートの名前なんてひとつも言えなのに、なぜこの機体の名前は知っていたのか。なぜこんな胸が締め付けられるのか。

 目の前に佇むその精悍な姿を見ても、美奈の中に答えは見付からなかった。

 ファルシオンの胸部の装甲が展開し、中からゆっくりとパイロットが姿を見せる。

 フルフェイスのヘルメットを被っている。バイザーが遮光式なのかギラ付いた反射を返す真っ黒で、中を窺い知ることはできない。

 シルエットから恐らく男性だろうか。デッキへと降り立ち、波に揺られる甲板に僅かに困惑したように美奈へと近付いてくる。

 何故だか恐怖心はなかった。近くで見ると線が細く、背も美奈より少し高い程度のようだ。


「あの――あなた……は?」


 男は沈黙したままだ。何か戸惑っている。美奈は直感的にそう思った。


「わたしは新城美奈です」


「新城……美奈……?」


「はい……」


 それを聞いた男は、ごく僅かな間動きを止め、やがてああ…と声を漏らした。


「そうだ……そうだった……俺は……俺は修司。三嶋修司」


 男はそう言うと静かにヘルメットに手をかける。まるで何かを確かめるよう慎重にヘルメットを取ると、美奈の想像よりもずっと若い顔が現れた。

 恐らく自分と同世代だろう。ヘルメットに抑えられていた黒髪はぺったりとしているが、若々しい光沢を放っている。

 すっきりとした顔立ちだが頬のラインにまだ微かな丸みが残っており、温和な印象を受けた。

 目の前のファルシオンであれだけの戦闘をしたとは思えないほど、普通の穏やかな雰囲気の少年だった。


「俺はそうだ……君に……」


 少年――修司は胸元に手をかけ、何かを取り出すと美奈へ向かって静かに差し出した。


「美奈ちゃん!」


 それを受け取った瞬間、美野里が両腕で覆いかぶさってきた。


「大丈夫!? 怪我は!?」

「だ、大丈夫です! それよりこの人は――え……?」


 手の中にある物を確認し、美奈は言葉を失っていた。


 母が生前持っていた2つ合わせのペンダント。その、美奈が一度も目にしたことがないもう片方―


 どうして。どうして、これがここにあるのだろう。どうして、目の前の修司がこれを持っていたのだろう。どうして、これを自分に手渡してきたのだろう。

 愕然とする美奈を、美野里が怪訝な表情で伺っている。

 その間に他のクルーもデッキへと殺到し修司を取り囲んだ。

 それを意に介した様子も無く、修司は美奈を見据え言葉を続ける。


「俺は……それを……君に渡しに来たんだ……」


 そう告げると、そのまま力尽きたようにデッキへと倒れ込んだ。

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