破壊の暴君
陽帝郊外部の立ち並ぶビルの中でも比較的低層な陽帝公民館。
だがそれでも4階ほどの高さはある。
その公民館の裏に接した道路にて。
デコンポーザーと呼ばれた男は白い服を着た者たちによって囲まれていた。
各手元には機関銃の形をした武器がが握られ、その銃口はデコンポーザーを捉えている。
「死ね!吸血鬼!!」
デコンポーザーの正面に立つ男が叫ぶ。
人間相手なら、追い詰めた、という表現をするだろう。
だが、支配吸血鬼ならば話は変わる。
摩訶不思議な力を扱う支配吸血鬼ならば、この状況に活路を見出すことなど容易い。
機関銃から銃弾が放たれる。
しかし、デコンポーザーへは届かない。
奴へと至る銃弾は何一つとしてない。
全て、一定の範囲で煙となって消えている。
「てめぇら、死ににきたのか?」
怒り交じりの喜々とした表情を見せるデコンポーザー。
周りの路面が円状に割れ、細分化される。
その破片が囲っている人々にぶつけられた。
だが武器で防いだり、そのまま体で受けたりしたが、なんのダメージにもならない。
「ッ…?」
揃って拍子抜けしたのか、警戒から間の抜けた状態になる。
派手な演出を見せる割には弱すぎる、無害にも等しいだろう。
ただ、受けた時点では。
次の瞬間には破片が触れた部分が膨れ上がり、武器はボロボロと形を崩し、体は服ごとはち切れ、鮮血をまき散らす。
「がっ、ぎゃああああああ!!」
避けた者は居らず、悲鳴の輪が出来上がる。
「盲目的な人間は冷静な判断や警戒心を持たない、とかいってたな、あのおっさん」
デコンポーザーは唯一顔面から血を流していない女性へ目をつけた。
近寄り、掴むとその首筋に八重歯を近づける。
「笑っちまうよな、全くもってその通りだ、どうだ?返り討ちにされる気分は?」
「ッ!はぁ、はぁ…」
耳元で言われた女性は目を見開き、呼吸のテンポを高める。
八重歯が首筋へ突き刺さると、その呼吸は次第に間隔が長くなり、息は途切れた。
断末魔すら上げず、静かに息を引き取ったのだ。
八重歯を抜くと、今度は女性の破れた腹部に手を突っ込み、肉塊を取り出した。
上を向いて顔の上からそれを握りしめ、大量の血液を絞り出す。
「悔しいが、うめえな、人間の生き血」
『Realize』
公民館の右端から機械的な音声が発せられた。
それを聞き取ったデコンポーザーはその方向へ顔を向ける。
途端、上方から揃わない戸車を滑らせる音が4連続で聞こえた。
見上げれば、公民館の3階の4つの窓から4人、太い銃口を向けている者たちがいた。
その銃口は青白い光を発し、デコンポーザーへ射出される。
銃弾のような速さではない、だが急に避けられるような速さではなかった。
直撃すると、4つの光が合わさり、爆発したようにドーム状に膨れ上がる。
それを見て3階にいる4人は即座に窓から身を引く。
小さな光が空へ上がって光が弱まると、やがてデコンポーザーは姿を現す。
真っ黒な狐の死体の尾を掲げながら。
防いだのだ、あれほどの光線を。
「は、必至だな」
デコンポーザーは余裕のある表情で言い放つ。
そして狐の死体を公民館の右端へ投げつけた。
公民館の角が砕け、狐の死体が跳ね、僅かにバウンドしてやがて静止する。
デコンポーザーの耳には繊維を裂く音が聞こえていた。
支配吸血鬼の五感は人間の約3倍ほど。
たかだか100mも離れていない位置から聞き取ることは容易い。
「出て来いよ、時間をくれてやる」
デコンポーザーの要求を聞き入れたようで、隠れていた白い服の男が機関銃を構えながら姿を現す。
白い光弾をその銃口から撃ち出しながらデコンポーザーに近づく。
全弾がその身に当たっていたのなら、デコンポーザーの形も影もないだろう。
しかし、光弾はデコンポーザーを覆う黒く薄い膜に弾かれながら拡散し、霧散する。
「無駄だっつうの、煽ってんのか?」
「好きに解釈しろ」
撃ち続けながら平静にデコンポーザーへ接近する白い服の男。
むかつくならやり返して来いよ、とデコンポーザーはそう解釈した。
「対等な戦闘ってのは柄じゃないんだがな」
肩を回し、鋭い目が男を捉えると即座に間合いを詰め、その剛腕を突き出す。
男は咄嗟に機関銃を盾にする。
デコンポーザーの剛腕によってバラバラになると、空中で部品がぶちまけられた。
その刹那、部品の中に紛れていた拳銃を掴み、一発をデコンポーザーへと放つ。
「な!?」
銃弾はデコンポーザーの右肩をえぐり、埋め込まれた。
「が、あああああああああああ!!」
弾は肩の中に溶け、その肉壁へと吸い込まれていく。
支配吸血鬼の弱点の一つ、銀。
あらかじめ液化していた銀が肩の中に広がり、その肩からは腐り落ち、ポロっと地べたへ衝突する。
「てめぇ!よくも、俺の腕をおおおおおおお!!」
「抵抗するならば次は達磨にしてやろう」
男は袖からホルスターに入った十字架を重力に任せて掌へと滑り落とすと、そのホルスターを取っ払い、鋭い刃が露になる。
そしてその刃をデコンポーザーの左肩へ突き付ける。
「余裕ぶってんじゃねぇ!!」
デコンポーザーの目が赤く光ると、僅かに突き刺さった十字架の先端が固形の粒群となってみるみる崩れ落ちる。
男は反射的に十字架から手を放し、デコンポーザーとの距離をあけて様子を見る。
デコンポーザーの周りの地面はボコボコと壊され、やがて球状の破壊領域が形成される。
その地面は足場を残して半球状の溝となった。
「ぶっ殺す、てめえみてえなクソ生意気なクソガキはカスにしてやる!」
「貴様が直情的な阿呆でよかった」
「ああん!」
挑発に乗ると、どこからか、狐が二体、空から男へ足蹴を喰らわせに掛かる。
反射で飛び退くが、二度の狐の猛襲に反応がついて行けず、コンマ単位で動くことが叶わない。
二匹の狐はそこで間を開けず、二度目の蹴りを繰り出した。
その速度は、圧倒的に早い、常人の反応速度では避けられないだろう。
だが、2匹の狐は男へ当たらなかった。
2発の銃声が聞こえると同時に、公民館の外壁に打ち付けられる。
「あん?」
デコンポーザーが顔を向けた陰帝側には洋也がライフルを構えていた。
呆気にとられる。
白い服の男も、同じく唖然としていた。
ライフルを構えながら、デコンポーザーに近寄る。
にじり寄る洋也の直前の芝生の地面が盛り上がり、泥をまき散らす。
洋也は一歩引き、泥を回避する。
「ちっ」
舌打ちをするデコンポーザは次の瞬間、太ももの違和感を察知した。
十字のナイフが突き刺さっている。
洋也に気をとられている隙に男が投擲したようだ。
洋也もデコンポーザの敵対の意志を受け、ライフルを構えなおす。
「ああああどいつもこいつもうざってぇ!!」
遂には球状の破壊痕が拡大し、自身の足場すら砕かれていく。
だがデコンポーザーはその高さを保ったまま、浮遊していた。
アスファルトと土の交じった煙幕の中ただそびえたつ、体型の変わらぬシルエットが浮かびあがる。
九本の尾を持つ生物を足元に加わったのを覗いて。
「てめえらここで蹂躙してやらあ!」
九本の内二つの尾が洋也と白い服の男にそれぞれ向かっていく。
その尾は蒼白い光を発して砕けた。
いや、撃ち落とされたのだ。3階から降りてきた人員によって。
全員でデコンポーザと謎の生物を取り囲む。
「・・・ちぃ!!」
数的不利により、撤退を見計らったデコンポーザーは謎の生物の7つの尾をばねのようににして跳躍する。
土ぼこりをまき散らしながら、公民館の屋根に上り、陽帝のビル群を伝って逃走を開始。
あれに追いつける人間はいないだろう。
ふと洋也の足元にジルがやってくる。
「洋也、ストリガだ」
「あの吸血鬼を追うのが最優先だ、後にしてくれ」
「待てそこの一般市民と猫」
いざ駆けようとしたところでガチャリ、物騒な音が耳に入る。
振り返ると大量の黒い銃口と目が合った。