旧知の冷情
清宮敦のいる病室を開くと、4つの病床が左右に2つづつあり、入って左側の奥がカーテンで遮られていた。
他に患者はいない。
目的の人物はそこにいるのだとはっきりしている。
近寄ってカーテンを開いた。
そこには、眼鏡をかけた中年男性が本を読んでいた。
相当見入っているようで、現れた洋也とサクリファイスに気づいていないようだ。
「敦さん」
「・・・ん?貴様は、洋也か」
声を掛ければすぐに気が付き、本をしおりを挟んで手元に置く。
「お久しぶりです」
「久しぶり、か、私からは初めましてと言いたい気分だがな」
意味ありげに言う敦に洋也は首をかしげる。
「一体何の事です?」
「本物の話をしても仕方ないだろう」
「?意味が良く・・・」
問いただそうとする洋也に、サクリファイスが頬を引っ張る。
力強く。
そのつねる指を洋也は痛みに耐えかねて弾いた。
「何をする」
「いえ、確認してただけよ」
本物云々の話で誰かが洋也の変装をしている可能性を考慮したのだろう。
「サクリファイス、まだ生きていたのか」
敦はサクリファイスの存在を認識し、意外そうに眼を見開く。
「まるで死んでてほしかったみたいな言い方ね」
「当然だろう、貴様のせいで娘がもぬけの殻となってしまったのだからな」
嫌悪の言葉を吐くがそこに感情的な威圧はなかった。
サクリファイスは敦の言葉を疑う。
「まるで父親という役割を嫌々やっているようね」
「吸血鬼ごときが理解できるものではない、さっさと失せろ」
敦が静かに言い放つ。
サクリファイスは洋也の方を向き、首を縦に振ったのを見るとすぐさま立ち去った。
「それで?今まで吸血鬼なんぞに興味のなかった貴様がいまさら何を聞きたいというのか」
敦は吸血鬼専門の研究者だ。
彼に聞けばあらゆる疑問点は解消される。
そして、洋也の体質についても何かわかるかもしれない。
そう希望をもって洋也は質問する。
「昨夜、吸血鬼と契約した男が死にました、ストリガに食われたのだと」
「そうか」
「不死身の人間が死ぬなんてあり得ますか?」
「あり得る」
端的に答える敦に洋也は質問の仕方を変える。
「不死身の人間を殺す方法とはどういったものですか?」」
「知りたければ金を払え」
昔のよしみ、などという甘いことはなかった。
洋也は迷いなく財布を取り出す。
「いくらで?」
「2万でいいだろう」
そして迷いなく1万円札2枚を敦へ渡す。
「余程の物だな、高校生には大金だろう」
「俺自身の問題は知っておきたい、そのためならいくらでも払います」
冗談の欠片もない洋也の覚悟に、敦は感心にも似た圧倒を受ける。
観念したように敦は肩をすくめる。
「分かった、では教えよう、吸血鬼と契約した者は不死身などと呼ばれているが、その実態は寿命を削って再生能力を高めているだけに過ぎない」
「・・・なるほど」
一昨日、サクリファイスが勿体ぶっていた内容が大体わかった。
だが洋也にとって怒る要素は微塵もない。
むしろ匂わせてる分、吸血鬼にしては温情だと考えた。
さらにおもえば、昨夜の杏花の反応も納得がいく。
「即死でさえ再生すれば問題ないから、不死身と言われるのも仕方ないだろうな」
「では、昨夜の男は寿命が尽きたと?」
「そう考えるほかないだろう、寿命の尽きた契約者はそのまま死ぬ、老いにも病にもかからずにな」
洋也は、己の行動を振り返る。
何も後悔はない。
サクリファイスと契約したことも、この再生能力を存分に発揮したことも。
「貴様も契約したのか?サクリファイスと」
「はい、死にかけだったものでつい」
「そうか、命の扱いにはせいぜい気をつけることだ、もっとも、貴様は心配に及ばんだろうがな」
忠告してくれる敦に洋也は丸くなったのだと思い、次の質問をした。
「あの、敦さん、もう一つ聞きたいことが」
「2万円分は話した、出直して来い」
再び本を開き、敦は洋也を突っぱねる。
この様子ではもう得られる情報はないだろう。
断念してカーテンを閉め切ろうとしたところ、言い忘れていた事を思い出した。
「敦さん」
「・・・」
「綾乃は必ず元に戻します、だから」
まるで聞いていない様子の敦にただ一方的に言う。
「その時は、また、旅行でもしましょう」
そう言ってカーテンを閉め切った。
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病室を出たところ、清宮綾乃、もといズメウが待機していた。
「どうした?」
「サクリファイス様が会って来いと」
「会わない方がいい、きっと逆鱗に触れる」
洋也はズメウの背中を押し、病室から離れる。
「娘というものがどれほど大切なのかは私にはよくわかりませんが、私がサクリファイス様の命令に背くということは彼女への冒涜となります」
「君らは親子みたいなものだろう?反抗期だと思って免罪してもらえばいい」
意地でも敦から遠ざけようとする洋也に、ズメウは小さく頬を膨らませる。
「分かりません、分かりませんがただひとつ分かることがあります」
「それは?」
「私はあなたにとって邪魔なのだということ」




