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バイナリー・オポジション  作者: ハゲタカ
第3幕 鏡の国から
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背徳感を誤魔化すものは・・・

紅一郎が目を開けると、真っ白な天井とじっと睨む一つ目の監視カメラがまず見えた。


病室だと瞬時に理解し、安心して横たわる。


しかし目覚めついでに蘇る昨夜の記憶。


山羊頭の悪魔、だが中身は一般人。


その一般人の首を斬り落としたのは他でもない、自分。


両手を天井へかざして、その震えを認識する。


「・・・吐き気もしない」


やってしまったことの背徳感が両手に残っていようと、吐き気はなかった。


人を殺したという実感がはっきりしない。


ならば開き直ろうと手の震えを抑えようとする。


相手が襲ってきたのだから正当防衛だ、自分は悪くない。


そう言い聞かせる、だが震えは一向に止まらない。


良心の網目をくぐるもどかしさだけが紅一郎を苛立たせていた。


しばらくすると、足音が聞こえてくる。


そして間もなく病室の扉が開かれた。


カーテンで遮られ目視は出来ないが、扉の開き方である程度は予測できた。


「クレイグ隊長」

「貴様のような部下を持つと苦労する」


開かれたカーテンに立つ男はクレイグだった。


何枚かの書類を抱えている。


「大事はないな?」

「はい・・・でも」

「どうした?」


言えない、喉元どころか口元にまで出かかっているその言葉を。


僕は人を殺しました、だなんて。


「ストリガに捕らわれていた一般人は死者を除いて皆この病院へ収容された、用があるなら事情聴取は許可しよう」


「え?隊長そんな権限があるんすか?」


「・・・貴様は私をなんだと思っている?」


「ああいえ、すんません」


紅一郎はいつも祝詞に翻弄されているクレイグしか見たことがないのでそう言ったイメージが染みついていた。


が、彼はピースメイカー日本支部のナンバー3の権限を持つ男なのだと改めて認識した。


ギロリと睨まれたが2度、3度あったことなのでその威圧感に慣れてしまった。


背徳感が身に染みた今の紅一郎には最早安心感を得るほどに。


「死者のことについてだが、血を抜かれて干からびたのが2人、両腕と首を斬られたのが1人」


安心感は、クレイグの一言で崩れ去った。


「斬られたこの男のことだが、孤児院の子供の父親でな、手を下した貴様には少し言うべきことがある」


感じていなかったはずの吐き気が蘇るようにして現れる。


このクレイグという男は自分に安心などもたらさない。


そういう人間なのだと、紅一郎は見誤っていた認識に修正を加える。


「知らなかったでは済まされない、そんなことは分かっているだろう?」


責めるよう問いただすクレイグに憤りを抑えきれない。


当然のことを言われているのだが、それが鼻につかざるを得ない


布団を強く握りしめる。


「だが我々は鬼ではない、貴様が償えるだけの方法を用意している」


クレイグはベットの横の引き出しの上に書類を二枚と分厚い何かが入った封筒を置いた。


「これでどうにかできる、最も、社会の形式上に置いてだがな」


そう言って、クレイグは去っていった。


視界から消え去ったクレイグに紅一郎はわだかまりが若干溶けた。


置かれた封筒の中身を見る。


五万円札、それも数えるのが億劫になるほどの束。


「こんなもので・・・」


済まされない、もし自分が父親を殺されて、大金なんか出されても納得できるはずがない。


いや、具体的には最初こそ大金に目がくらむがその後の喪失感は消えて失くらない。


人の死は金なんかで償えはしないのだ。


コツコツ、という足音が複数に重なって廊下から聞こえてきた。


男女の会話が聞こえる。


「煽るようなことは絶対いうな」

「命令しないでくれるかしら、あんな男は臀部を引っぱたけばすぐ立ち直るような人種よ、我ながら合理的で吸血鬼らしくない考えだわ」

「まずいと思ったら病室から叩きだすからな」


考えが筒抜けな会話に、紅一郎はほっとした。


そうだ、洋也は幼馴染だ。


彼の言葉なら、安心できる。


クレイグの毒ばかりの言葉ではない。


「紅一郎、様子はどうだ?」


洋也とサクリファイスが入室し、顔を見せる。


「・・・ああ、問題ねえよ」

「全く、メンタルの弱さは随一ね、どうせ外傷は大したことないんでしょ?」

「そりゃね、おいどん結構耐久性ありますから、なはは」


心の安寧は、素晴らしき友にもたらせるものだ。


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