見える俯瞰的苦しみ
この町、音垣町は都市部を中心とし、円状に広がっているとすると、南側が海に浸食されている形になる。
陽帝高校から見えるのはその部分だ。
そのすぐ近くには公園があり、えらく新しい、象徴的な巨大遊具がただずんでいる。
洋也はその公園のベンチに座っていた。
日の光が彼を照らす。
それは吸血鬼でないことを証明するには十分だった。
世界にどれだけ吸血鬼がいようとも、どれだけ吸血鬼にされた人間が居ようとも、揺るぎない事実だ。
「午後の昼下がり、こんな呑気にしている高校生は他に見たことがないな」
その言葉は洋也に向けられた言葉であろう。
だが公園には子供たちが元気よく玉蹴りやら遊具やらで遊んでいるだけで、洋也以外に周りに人はいない。
その洋也の隣に座っている老人を除けば。
洋也は老人の顔の前で掌を振るう。
「う、うあ、ああうあ」
死にゆくもののようなうめき声を上げ、洋也には無反応。
実際、そのものはこの世ならざる者の容姿であった。
青白い肌に頭部から頬に伝う血流、体そのものがぼやけた透明で、ベンチや背景の芝が透けて見えるさまはまさに幽霊である。
まともな言葉一つ出せないようなこの者が、先ほどの言葉の声元出ないことは明らかであろう。
「そのものは放っておいていいだろう、彼は誰かに会いたがっている、危害を加えたりはしない」
声はその老人からではなく、洋也の足元に座る猫、ジルのものであった。
「まさか助けてやろう、なんて思ったりしていないだろうな?」
「俺は経験で学ぶ愚者だ、いつかそう言って途方に暮れたことは忘れちゃいない」
「それでいい、お前が関わるのは悪霊と鬼格のみで十分だ」
洋也の足元にボールが転がる。
それを手に取り、正面を見る。
持主の子供が拾いに来ていた。
子供は首を傾げ、不思議そうに洋也を見る。
独り言を話しているところを見ていたのだろう。
ボールを渡すと、子供は頭を下げ、一緒に遊んでいる子供たちの元へと戻る。
「君は普通に生きるのに相当苦労していそうだな」
「そうでもないさ」
洋也はベンチから立ち上がる。
「苦労したのは俺じゃなくて、彼の方さ」
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自宅に戻った洋也は自室にて、愛用の刀や銀製のワイヤー、白樺の杭などの手入れを始める。
強度は大丈夫か、欠けてはいないか、綿密な手入れは自身を守るために必須だ。
危険要素のつまった舞台では何が命取りになるかわからない。
今宵もストリガを狩りに陽帝へ向かうだろう。
「お前はそれ以外の趣味はないのか」
抜き身の刀をしまおうとしたとき、窓からジルが飛び込んできた。
「早かったな、ストリガはどれほどだ?」
「困ったことに、十数単位のストリガと、支配吸血鬼が一緒だ、ピースメイカーとアナイアレイターも集まってきてるな」
「厄介、か」
刀の刃を鞘へ納めると、道具を防刃コートの懐へ入れ、自室を出ようとする。
「行くのか?吸血鬼だぞ?」
「こういった体験も必要だろ、それに、人殺しを放置できない」
洋也の言葉に、ジルの返答はない。
すぐさま家を出た。