取引と助力
陽帝の最北、かつては音垣の名所と呼ばれた巨大な時計台、今では寂れ、管理の行き届いていない状態だ。
そんな時計台の下に黒コートにシルクハットを被った男が机の上に道具を広げ、静かに立っていた。
閑古鳥が鳴くような寂れた状況。
男の吸っては吐く煙草の煙が相成って、悲壮感が増す。
道具は文房具やおもちゃ、生活用品などまるでフリーマーケットに出すような品物ばかりだ。
売れるような場所でも環境でも品物でもないが、時折、その商品を見にくる少年がいた。
洋也だ。
洋也は男を見るなり足を速め、すたすたと近寄った。
「よう、今日もご機嫌斜めだな」
「煙草はやめろと言っているだろう」
男の手にある煙草を奪いとり、地面へ放り投げ、踏みつける。
無表情の洋也だが、そこには滲み出る怒りがあった。
「いいだろ別に、体がダメになるのはお前の知ったこっちゃないだろ?」
「お前のことを気にした覚えはない、客が目の前にいるのに吸い続ける精神が分からない」
「来てもらった客にこうして俺のことを印象付けているのさ」
「だから誰も来ないんだろう」
その印象は正しく悪印象であろう。
取り繕わないその姿勢に、洋也は呆れを通り越して諦めていた。
改めて、男へ向き直る。
「レスタト、支配吸血鬼を殺さず、拘束する道具が欲しい、それと特注鎮静剤を頼む」
「前に売った銃はどうした?」
「なんで弾が一発だけしかないんだ」
商人、レスタトはシルクハットの影にふっと微笑を浮かべる。
小箱を取り出し、洋也へ渡した。
「もう吸血鬼と遭ったのか、貴様はストリガだけを狩っていればいいものを」
「ストリガの方が数が多いとはいえ、吸血鬼に遭遇せず狩るなどと言うのは無理があるな」
洋也は小箱を開け、それが注射器であることを確認する。
レスタトは机の上にあるおもちゃの銃を手に取り、洋也に渡した。
「3発分入ってる、4万だ」
「高い、せめて2万」
「ダメだ、前回購入したのは1発と銃と合わせて2万だった」
「説明もなしに買わされる身にもなれよ」
「転移弾が高価じゃないわけがないだろう、むしろサービスしてやってるぐらいだ」
この男に相場と言うものがわかるのだろうか、とただのおもちゃを含めた価格を聞いて思う。
ぼったくりなのは目に見えてわかるがあえて口を出さないでおこうと決める。
洋也は金の代わりに何か入った黒いビニール袋を渡す。
「まいどあり」
「他にストリガに対して有効な道具とかないだろうか?」
「ない、俺は支配吸血鬼を狩るのが専門だからな」
その発言を聞いて、レスタトとの最初に交わした会話を思い出した。
『少年、この最強の商人に売ってほしいものはないかね?』
最強の商人などと言う胡散臭い言葉ではあるが、実際に効果のある道具をくれたことには変わりない。
信頼は、できるはずだ。
「そうだな、これとかはどうだ?」
渡してきたのは透明なプラスチック製の銃、水鉄砲だ。
「聖水は共通の弱点だ」
「こんなものは普通の雑貨屋で買える、ぼったくるなよ」
いらない、と掌で押しのける。
「軽いジョークのつもりだった、お前は肩肘を張り過ぎる」
「余計な世話だ、お前は俺にストリガを狩ってほしい、俺はストリガを狩りたい、それだけの利害の一致だろ?」
「俺のプロデュース不足で死んでしまったらもったいないからな、お前は無駄死にさせるには惜しすぎる」
果たして本意なのかどうか、強面で言う男の胡散臭さは拭えない。
しかし信頼した以上、この男とやり取りは素直であるべきだ。
それが堅実だと、信じて躊躇わない。
「そういえば、支配吸血鬼を転移させたんだよな?」
「ああ」
「転移場所は山奥にしたからな、戻ってくるのは、今日の夜ってところか」
レスタトは足元の紙袋をごそごそと漁る。
取り出してきたのは、両手枷。
「そいつと契約しろ、そうすれば事はスムーズに運ぶ」
「契約…?」
知らないワードを出され、洋也は疑問符を浮かべた。
「契約とは、吸血鬼のパートナーとなる、不死を授かる契約だ、お前も不死となれば往く先々で困りごとは容易く乗り越えられるだろう」
「・・・そんなとんでもない話があるものだろうか?」
「あるとも、そもそも吸血鬼なんてのは10年前に復活したばかりでブラックボックスに等しい存在だ、お前がもし研究者となって何年、何百年と歳月を経ても絶対に手に入らんぞ?」
鋭利さを含んだ邪悪な笑みが前面に押し出され、洋也は若干怯む。
レスタトもその表情を改め、再びシルクハットの影に表情を隠す。
「まあ、そいつが契約を求めてくるかと言えば、分からんが、お前に少なからず恨みを抱いているだろう、復讐に気を付けろ」
「身の安全くらいお前の道具で切り抜けるし、友人の言葉には従うさ」
「それでいい、契約したらこいつをお前の手首とそいつの手首にはめろ」
両手枷を洋也へ押し付け、さあ、もう行った、と洋也を追い払う仕草をする。
客は一切来ない、孤独がいいのだろうか?
洋也には彼にこれ以上の用はない。
静かにその場を立ち去った。