正義の蠢き
高岡ビル一階は暗く、静まり返っていた。
ただただ無音、人がいないのなら当然のことに思える。
それが常識的価値観であるのだから。
だが、その常識を崩すものがいる。
受付カウンターの裏で横たわる体の首筋を貪る男だ。
全身黒ずくめの気性の荒い男。
帽子から若干はみ出た金髪が少し目立つ。
影の掛かったその空間に、さらに影が重なる。
男はそれに気づき、その場から素早く飛びのくと影を見る。
「支配者たる支配吸血鬼、支配者ゆえの孤高、そんなジンクスを打ち破ってみたくはないかね?」
そこには、シルクハットをかぶった人型のシルエットがあった。
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陽帝の中央、教会では30人程度の人々が集っていた。
全員、服は統一され、黒い服に白い十字が刻まれている。
一人の老人が舞台の上で、長椅子に座るその大衆を前に発言した。
「御会との連携が可能になった、今後の体制について話す。」
教会内が歓喜の声でざわつく。
それも一瞬の出来事。
「御会ほどの実力者集団なら今までの倍以上の結果を残せるだろう、だが向こうが派遣できるのは3人程度とのことだ。全員、気を抜くなよ。」
歓喜の声は消え、大衆の表情には失望の一言が表れていた。
舞台上から巨大スクリーンが下りてくると『今後の仕事内容』と表示される。
「あと一か月もたたないうちにアナイアレイターを追い出すことができるんだ。それまでがんばれ、そうすりゃ収入もがっぽがぽだぞ。」
励ましの言葉も通用することなく、今度は不安の声でざわつき、雰囲気は変わらない。
激励のため張った声の調子を元に戻し、今度は諭すように老人は言った。
「とりあえず静かにしてくれ、そのために集まったんだから話ぐらいは聞け。」
数秒後、静まり返った様子を見て、老人は話を進める。
「まず、自分がA、B、C、どの班か理解はできているな、確認はとらんぞ、軍隊みたいに隊列をとる必要もない。」
表示されているスクリーンが切り替わる。
タイトルは『現在陽帝に存在する吸血鬼』。それには『デコンポーザー』、『コンダクター』とそれについての画像と詳細が記されている。
「まず回収すべき対象の確認だ、こいつらがここらで暴れまわっている奴らだということは分かるな。優先順位は『デコンポーザー』が先だというのも分かるな。まぁ、『コンダクター』は放っておいてもいいぐらい無害だが、見かけたら追う程度の認識でいい、アナイの連中に殺させないようにな。問題はこっちのデコンポーザーの方だ」
スクリーンが切り替わり、『デコンポーザー』がアップで映る。
乱雑にはねた金髪で八重歯をちらつかせた男だ。
「こいつは路地裏で三人、高岡ビル内で一人殺してる、結構な強者だが、前みたいな脅威はないな。支配吸血鬼で、結界は分解させる力がある。迂闊に近づかないように、それともう一つ、奴の使役する魔獣は脅威になる」
画面の右下に九つの尾の狐、九尾がスワイプで表示される。
「アナイアレイターのバイクの潰され具合を見るに、尖った得物を複数振るったらかだろう、あくまで推測だが、この尻尾がその凶器であると考えられる、それらを考慮して配置を決定した」
さらに切り替わると現在の陽帝、陰帝の地図とアルファベットが振られた名簿が表示される。
地図にはアナイアレイターを中心に内側からから順にA、B、Cをそれぞれ赤、青、緑の線で円が引かれている。
「Dライン当たりにいると予測しているからDは防衛壁として使えない、突撃隊はDへ、新人は前に立たないように最後衛に配置、ここらの見回りの身で十分だ。ただし、近江、君には後で話がある。」
名指しされた男は表情を曇らせる。
「やっぱ、俺って幸運なのか、不幸なのか」
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放課後、高校内では部活が始まり、洋也は教室で帰る準備をしていた。
洋也は鞄を持って教室を出る。
とそこへ名前こそ覚えていないが見知った男子生徒が声をかけてきた。
「階上、近江見なかった?」
近江は部活に入っていた。
野球部だったか、その男子生徒も部員で近江関連で話すこともあった。
「いいや、見てない」
「そうか、見かけたら教えてくれよ」
そう言って男子生徒は去る。
近江が部活に行かないことが、最近多い。
それは知っている、だがそれを踏まえて近江の様子を観察しても目立った異常は見当たらなかった。
だが洋也は近江に興味があるわけではない。
多少気にかけていようとも結局は他人だ。
彼が一体何をしていようと洋也には関係ない。
洋也は階段を下りる。
そのとき、女子生徒とすれ違う。
洋也は気にもしないで淡々と降りていくがそれを女子生徒は引き留めた。
「か、かいかみくん!!」
洋也に向かって叫んだ言葉に洋也は反応しなかった。
「待ってかいかみくん、待ってったら」
肩を掴まれたところでようやく振り向く。
「俺はかいかみくんなんて名前じゃないが?」
「え!?え、えと、洋也君、聞きたいことがあるんだけど」
苗字の読み方がわからないから名前で呼ぶ。
「なんだ?」
「近江くん、しらない?」
その質問で思い出した。
今朝、紅一郎に熱い視線を送っていた女子生徒。
天崎圭奈、近江のクラスメイトだ。
「知らん、俺がいつもアイツの行方を把握していると思ったら大間違いだ」
「待って、まだ」
踵を返そうとするとまたまた引き留められる。
「清宮さんのこと何か知らない?」
その名を口にすると、洋也の体が一瞬だけ静止する。
清宮、天崎のクラスメイトだろう。
「知らないよ」
きっぱりと答え、突き放す。
今度こそ天崎の制止もなく、前方へ足を歩かせた。