今後のために
日が落ちてすぐの浅い夜。
陽帝のビル群でも一際高く建つ建物は、高岡グループの物だ。
豪奢に彩られた壁面は他との違いを感じさせる。
その最上階、カフェスペースにて、祝詞が鼻眼鏡を外して外を眺めている。
コーヒーを啜りながら。
外の世界には、光はあれど、その色は暗色系の青だ。
街灯がその光を発し、不気味に佇む。
吸血鬼には紫外線が有効である、という迷信によって設置されたこれらは、それが知れ渡った今でも撤去は行われていない。
アナイアレイターの指示である。
現在の陽帝の吸血鬼やストリガを狩る責を負っているのはピースメイカーだが、かつてはアナイアレイターがその担当であった。
二つの組織は、かつては国民の意志を二分していた。
だからこそ、ほぼ同等の立場でいられたのだが、吸血鬼の悪評が広まると、大多数がアナイアレイターを支持。
今や吸血鬼の対処に関する権利は実質的に彼らにある。
現状を思い浮かべた祝詞は憂いを感じる。
やがて、祝詞の座るテーブル席に一人の男がやってくる。
カジュアルな服にスキンヘッドの厳つい顔つきをした男だ。
「祝詞、か?」
声を掛けられ、その男に気が付くと即座に立ち、一礼。
「お久しぶりです、萩原先輩」
「まさか、これほど年老いてしまうとはな、吸血鬼とはつくづく恐ろしい存在だ」
荷物を置き、祝詞の右斜め前にに座る。
急いでいる様子で、すぐにでも仕事へ戻りたいようだ
「今日は話があって来たんだろう、つもる話はまた今度にしてくれ、今の俺には仕事が山積みだ」
「手早く済む予定です、彼の気分次第ですが」
「彼?」
「呼んだかね」
萩原の隣にいつの間にかシルクハットの男が居た。
レスタトだ。
フィルム間の一瞬の暇もなく、ただそこに現れた。
「うおお!なんだお前!」
「彼が有益な情報を提供してくれるそうです」
祝詞は眉一つ動かすことなく説明する。
「いやはや、肝が据わっているな、それとも慣れたつもりでいるのか?」
「長話は結構だレスタト、本題に入ろう」
嬉々とした煽り交じりの問いかけを華麗にいなす。
レスタトは不満気に語り始める。
「つまらないな、まあいい、貴様たちは妖精の存在を信じるか?」
「妖精?」
「また突飛な話を」
まともに話を聞く祝詞からしてもその発言は疑問点を含まざるを得なかった。
萩原は、半信半疑の状態で、とりあえず耳にしている、といった状態だ。
無理もない、妖精などこの世界においておとぎ話の存在でしかない。
吸血鬼のような実在の確認された存在ですらその脅威を実感するまで人々の認識を拒んだのだから。
「で、妖精が居たとして、今持ち合わせているのか?」
「ティンカーベルのような可愛らしい想像をしているのだろうが、少し違うものでな、持ってはいるが、見せることはできない」
「ではなぜ呼んだ?」
「プラヴァシを製作した高岡重工の一員ならば、わかるだろう、プラヴァシの力の源が」
隣の萩原にレスタトがジッと視線を送る。
「ああ、吸血鬼の死体から採取した、謎の物質、今じゃアータルなどと呼ばれちゃいるが、あれが何だ?」
「あれは妖精の欠片だ」
萩原は驚きはしたものの、納得した。
「なるほど、吸血鬼の力の源、それが妖精だということか」
「言ったろう、あれは妖精の欠片だ、何分割されたのかは知らんが、その力は一部に過ぎない、今回は、それを渡そうと思ってな」
レスタトは懐から黒いビニール袋をテーブルに出す。
そして萩原に向かって言う。
「取引だ、これを貴様に渡す、その代わり、ピースメイカーを贔屓しろ」
唐突な取引に萩原が困惑の表情を浮かべる。
「ちょっと待て、中身を確認させてくれ」
そう言って萩原が黒い袋を手にし、中身を覗く。
「おお、これ程の量、アンタは吸血鬼を殲滅する気か?」
「そんな目的ならピースメイカーを贔屓などと願いはしないさ、俺は安寧が欲しいだけだ」
中身をよく確認し、本物だとわかると、萩原はふと眉を顰める。
「しかしな、人間には社会というものがあってな、俺の一存ではそんな大事を決められない」
世間では優勢になっているアナイアレイター、それを差し置いてピースメイカーの優遇など、ありえない。
「おいおい、では俺が貴様に頼む意味がないではないか」
「安心したまえレスタト、私たちには切り札がある」
ニヤリと、祝詞が口角を吊り上げる。
「ほう」
「何をする気だ?」
「機密事項です、下手に口に出すわけにはいけません」
期待するレスタトと警戒する萩原。
どちらもその様子をむき出しにするだけで、それ以上のことはなかった。
「・・・そうか、それじゃあ、俺は仕事に戻らせてもらうぜ」
何かを察したように席を立つ萩原。
荷物を持ち、黒袋も持って支払いに行く。
「萩原とやら、私の取引に応じたということでいいんだな?」
「聞いたろ、祝詞次第だ」
手を振りながら去る萩原の背中を睨むレスタト。
店内から出るとその視線は祝詞へと向けられる。
「失敗したら地の底へ埋めてやるからな」
怒気を感じさせない冷たいレスタトの表情は、却って怒りの度合いが高く見える。
「それは彼をか?それとも私をか?」
「どちらもだ、神への冒涜は死を持って償え」
その発言に祝詞は気にかかる。
「神だと?そんなものがいるのか?」
「いるとも、貴様の目の前にな」
正面に座っているのは、紛れもなくレスタトだ。
何かの冗談かと思う。
「取引は必ず成功させるさ、私の自慢の妹だからな」
「?」
レスタトが疑問符を浮かべる。
その疑問を解消することなく、祝詞もまた、席を立つ。
「そろそろお開きだ、戻って帰って来た部下を労わなきゃならんのでな」
「そうか、では私もおいとまさせてもらうよ」
祝詞は別れの言葉を背に受け、会計へ向かう。
誰の視線もないこの場所で、レスタトは一瞬にして姿をくらました。




