腐れ縁、あるいは幼馴染
夜が明け、白いかもめが海を彩り、水面が太陽の光を反射する。
陽帝、それは海が南に広がり、周りを工場や田んぼで囲まれている都市部であり、その半円状外郭には陰帝という住宅街が位置している。
これらが音垣町という一つの町を構成する舞台である。
その陽帝の南側にある高校が聳え立つ。
通称陽帝高校、その3階の2-2の教室の窓側の一番後ろの席に階上洋也という男は座っていた。
肘をつき頭を支えて外の北の海を眺めている。
周りは洋也に反応することもなく、洋也も寄せ付けない雰囲気を醸し出している。
ただ一人、教室に入ってきて洋也へ一直線に近づいていく男を除いて。
「よっす洋也、今日も美しい天気よな、絶世の美女並みに」
「そうだな」
「それだけの美人なら、時間を忘れて見つめていたいよな」
「残念ながら俺はそんなルッキズムにとらわれてはいない、人にはやはり心が大事だ」
「言うねえ、まあ人間見た目がすべてじゃないってのは同意見だけどさ」
洋也は男の方を見る。
握った手にある教科書を必死に奪おうとしている。
「人の物を、それも俺の物を盗むようになるとは、心すら失ったか」
「盗んでるんじゃないぞ、借りてるんだぞ」
「許可を得ると言うこと覚えた方がいいんじゃないか?」
「お前に頼んだら条件だされるじゃん、ボランティア精神を忘れた資本主義者め」
「ならお前は社会主義者か?だったら忘れ物は忘れ物と潔く罰を受け入れるべきだろうが」
「残念ながら次の教師はあの鬼の形相の鬼瓦だ、お叱りを受けるなどと恐れ多い、字面通りにな」
力は洋也が勝り、男は「ああん」と情けない声を上げて床へ倒れ込む。
「骨は拾ってやる」
「くっ、このけちんぼが、ドケチ!」
うー、と女々しく泣く男。
哀れに床へ伏す男を見兼ねた洋也は、教科書を差し出す。
「昼飯おごれよ?」
「今月金欠なんだ…勘弁してくれ」
「コンビニのおにぎりでいいから」
「マジ!?分かった!」
喜々と交換条件を飲み、教科書を手に取った。
軽薄そうで俗っぽいこの男、近江紅一郎は洋也の幼馴染である。
彼の一つ一つの所作は洋也の気を不安定させる。
だが人と言うものは不思議なことにどんなことでも慣れてしまう。
故にこの姑息な態度に腹を立てるのも既に馬鹿らしいと感じるようになってしまっているのである。
「昔のお前なら快く貸してくれたと思うんだが、どうしてこんな硬くなってしまったのかねぇ」
「人は成長するんだ、お前は何も変わらないな」
そのまま無言で外の景色を眺めていると、紅一郎は窓にもたれかける。
「そう言えばよ、この前の祭りのビンゴ大会でよ、1等賞の掃除機当たっちまってよ、俺的には2等賞の携帯ゲーム機の方が欲しかったんだよな」
「良かったな、お前の幸運はきっと本物だ、いずれその運が尽きて不幸になるからな、覚悟しておけ」
「もう十分不幸だ、幸福ちゃんと再開の時期は近いぜ」
そんな返答に洋也は呆れる。
今時の高校生というものは根暗な奴に付きまとうことがあるのだろうか。
そう考えながら、ふと教室を見渡すと女子生徒がこちらを見ているのに気が付いた。
よく見ると、女子生徒の視線は自身に向いているのではなく、紅一郎にむけられているのに洋也は気が付いた。
女子生徒は洋也に見られていたのに気が付いたのか、慌てて姿をひっこめる。
「なんか、生殺しを食らったみたいだ」
「何に?」
「お前は友好関係が広いな、と」
「いやそうでもねえよ、親友と呼べんのはお前くらいのもんよ」
「…確かにな、じゃなきゃ俺に泣きつかないか」
表現を誤ったなと、会話を完結させる。
紅一郎は首をひねり、そのとき丁度チャイムが鳴った。