吸血鬼との対面
吸血鬼の少女を背負い、洋也は帰路についた。
木造2階建ての自宅の前へ。
玄関で靴を脱ぎ、リビングを通り過ぎようとした。
「おかえり」
その際、老婆の声が迎え、立ち止まる。
「ただいま」
「こんな遅くまで何しに行っていたんだい?」
「人助けだ」
「そうかい、なら、仕方ない」
納得したように会話を終える。
洋也は、2階の自室へ向かった。
自分が無趣味となったことを都合が良いとここまで思ったことはない。
洋也は少女をベッドの柱に拘束し、ふとそう思った。
両腕をワイヤーで巻いて身動きが取れないように固定している。
さて、どうしたものか、と悩み始めた。
洋也はこの少女が吸血鬼だと確信して連れてきた。
しかしながら、洋也は吸血鬼とこうして対面した経験はない。
「誘拐とは、感心しないな」
窓から声が飛び込んできた。
外を見れば、ベランダの手すりには猫がいた。
その目はじっと洋也を見つめている。
「…ジル」
「冗談だ、貴様が己の欲にくらむような人間ではないことは知っている、ならば吸血鬼かに何かなのだろう?」
「察しが良くて助かる、ついては対処法に関する助言を頼む」
「聖水でもかければ良かろう」
「処理方法を聞いてはいない」
洋也としては吸血鬼を生かしたまま保存するのが望ましい。
しかしジルと呼ばれた猫は殺してしまう方針であった。
「人間を殺してまで吸血鬼を生かす必要はあるのか?その女にどれほどの価値がある?」
「俺は殺すべき人間を殺したまでだ、この女を殺すには、殺すに値するほどの罪を見出してからだ」
洋也の目に映った、3人の体の内に灯る黒い炎。
あれこそが、洋也の生殺基準。
「…罪が見えるなどと世迷言を未だ吐くか」
「これほど言ってもお前は理解してくれないのだな」
はあ、と洋也とジルは共に溜息を吐く。
何故、生物種すら違う上に理解も得られない二人が慣れ親しんだ仲なのか。
勿論それはそんなことをお互いに気にしないからである。
「お前が来たということは、ストリガか?」
「いや、礼を言おうと思ってな、これで俺の彼女がストリガの騒音に悩まされなくなっただろう」
「お前の彼女?以前すぐどっか行った気分屋だろう?」
「猫だからな、仕方あるまい」
浮気の可能性を考えない甘い猫だ。
それを教えようと洋也は思ったが、知らなければいいこともあると、心のうちに秘めておく。
「それで、あの娘をどうするつもりだ?」
「ピースメイカーに引き渡す、というのが安牌だが」
洋也は窓の外から室内へ振りかえる。
少女が怪訝な顔つきで洋也を見ていた。
全身が震える。
「あの程度の拘束で吸血鬼を抑えられるとは思えんがな、さらばだ!」
ジルは逃げるように去った。
洋也の安否など知ったこっちゃないと言わんばかりに。
「…人間ごときに礼を言おうとしてやっただけでこれ、不快よ」
不機嫌に言う、それも当然だ。
善意に見せかけ、危害じみた行為を不意に加えたのだから。
「すまない、だが吸血鬼と会話できるとは思ってもみなかった」
「何?そこらの畜生と同列に見られていたわけ?」
「そうは言っていない」
「じゃあこの拘束を解いて?」
「…」
その問いで、この少女が試しているのだと洋也は理解した。
洋也の施したワイヤーの拘束程度に吸血鬼が手こずるはずがない。
信用を得る機会をもたらしているのだ。
どうするか、判断はさほど待たずに下された。
ペンチでワイヤーを切る。
少女は立ち上がり、フッと笑った。
「よろしい、お利口ね」
「暴れないでくれよ、俺を殺してもいいが下にいる祖母にだけは手を出すな」
「自分はどうなってもいいの?」
「俺がキミをここへ招いた、その責任は取ろう」
変わらない表情で言う洋也。
刀も構えず、身を案じる気配などない。
その真剣さ加減は気味の悪さが帯びている。
少女は目を細め、洋也の顔を見る。
「利他的ね、それともただの偽善なのかしら?」
「人間とはそういうものだ」
「人間というのは自分が無いの?自分が可愛くないの?」
「…少なくとも、俺はそういう人間だ、それ以上でも以下でもない」
言い淀んだ洋也に、少女は手刀を作り、頬を掠める。
つーっと血が頬を伝う。
それでも洋也は表情を変えない。
「つまらないわね」
興味が失せたように目線を自分の背丈に戻す。
しかし、落ち着いたようなその様子はフェイントで、次の瞬間には洋也を床へと押し倒し、首を絞めていた。
「ぐっ!!」
「その表情!やっぱり生への執着はあるようね!」
少女は喜々とした表情になる。
苦悶の表情の洋也、それこそが少女の求めていたもの。
「いい見物よ!今は秋、多様なあり方がある季節だけれど、『死の秋』というのも中々乙なものじゃない!?」
「ぅう!」
死ぬわけにはいかないと、洋也は手をポケットへと入れた。
取り出したのは、注射器。
先ほど少女を眠りにつかせたものだ。
太ももで挟んでカバーを外し、首筋へと刺す。
「あ…」
事切れたかのように少女の手から力が失われる。
死体のように倒れ、微動だにしない。
一息ついた洋也は少女への対応を考える。
ポケットにある注射器は後3本、効果時間は30分程度だろう。
今夜を過ごすには心許ない。
和解、などできるのだろうか?
可能性は極めて低いとみる。
そもそも危害を加えてきた輩への信用などできるはずがない。
ならば、と洋也は机の引き出しからあるものを取り出す。
黒い拳銃だ、その銃口を倒れている少女へ向ける。
「悪く思うなよ」
洋也は無表情で言った。
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少女が目を開くと、森にいた。
先ほどの建物とはかけ離れた屋外。
「…ここ、どこ?」
呆然とそこで立ち尽くすのであった。