一悶着
祝詞は二人に言った。
「洋也たちが失敗した場合、君たちには最終手段に動いてもらう」
稼働し続けていたプロジェクターを操作し、目的地の詳細情報を公開する。
一つ、小さな湖が映った。
「かつては6キロ平方以上もの広さを持っていたこの湖だが、聖水となってしまったがゆえに2キロ平方ほどとなってしまった、だがその聖性は絶大で、この湖に放り込めば消えぬストリガはいない、少なくとも前例はない」
「まさか、それを実行しろと、水質汚染なんてものじゃありませんよ?」
ストリガは聖性とは相反する存在、浄化されたその体から追い出されたその邪気ともいうべき要素が湖の聖性を侵しかねない。
そのような事態を危惧して紅一郎は口を出す。
「やむをえない場合だ、命には替えられん、ストリガと言えど挑発には反応する、御切と一緒ならばできるだろう」
「・・・一つ聞いていいですか?」
近江は祝詞の案を不芳に思いながらも問う。
「何かね?」
「なぜ洋也とサクリファイスを外してこのような事を?」
「いい質問だ、返答も兼ねて君に頼みがある」
的を射た発言だったようで詰め寄って来た祝詞に思わず圧倒される。
「な、何ですか?頼みって?」
「洋也と御切を接触するのを防いでほしい」
「どんな理由があってそんなことを?」
まさか水と油な旧知の仲でもあるまいし、などとは思いつつも、洋也が歳の差の開いた知り合いが多いことを考慮し、もしかしたらなどと思い改める。
「彼はな、人殺しを容認できない」
まったく無駄な思考を巡らした紅一郎は軽い自己嫌悪に陥った。
自分自身に呆れながら人並みの意見を口にする。
「そんなのは誰だって同じじゃないですか?」
「ただ嫌悪するのみではなく自らが動いて裁く、彼はそういう人間だ」
洋也の行動、即ち、吸血鬼狩りを称した深夜徘徊。
その以前の行いに思い当たり、紅一郎の顔が青ざめる。
「もしかして、あいつが夜な夜な人を殺して回っていたとでも?」
ここはストリガこそ弱いが、一般人が生身で倒せるほどのものではない。
死亡者数も他地域とそう変わらない、その中にストリガの仕業に見せかけた死体があるかもしれない。
「あるかもしれない、私も逐一確認できるほど手は空いていないから、真偽は定かでないが」
紅一郎はがっちりと肩を掴まれる。
「頼むよ」
「了解しました」
後ろを振り向くと御切が陽気な笑い顔を浮かべていた。
「つーことでよろしくな、近江くんだっけ?」
「・・・宜しくお願いします」
軽々しい御切の態度に不信感を隠せない。
しかし自分もピースメイカーの一員、腹をくくるしかなかった。
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祝詞は紅一郎と御切を門まで見送ると、腕を伸ばして教会の隣の倉庫へ行く。
「おい祝詞、貴様何を企んでいる?」
追従していたクレイグがその様子を不審に思い、その背に疑問を投げかける。
「ただ倉庫から鼻眼鏡とニット帽を持ってこようとしてるだけだが」
「それも怪しいがそれについて言及したいのではない、今回のブリーフィングはやたら漠然としていた」
「察しが良いな、だが、今私は少し休暇を取りたい」
「なに?馬鹿なことをいうな!このピースメイカー支部の現時点での最高責任者たる貴様がその責を放ってどうする!?」
その問いに答えることなくただ倉庫へ歩む。
「話を聞け!祝詞!」
クレイグは祝詞の肩を掴もうとしたが、その二の腕が後ろから掴まれ、阻止された。
ライラの仕業だった。
「ライラ、何故止める?」
「副支部長の命は絶対だ、邪魔が入れば阻止するのは当然」
「異常性に鈍感な犬が、手を離せ」
クレイグとライラの力関係が拮抗しており揉みあいになる。
「そうだな、私はドーベルマンと言ったところか」
「現時点でナンバー2の権力をもつこの私に反抗している辺り、貴様は獰猛なブルドックの方がお似合いだ」
最終的には両腕同士の押し合いになり、振子のごとく腕を45度回転させ行ったり来たりとスイングさせる。
「では、私は外出するのでな、他の者にはパトロールと港の後片付けの指示を仰いでおきたまえ」
「まて祝詞!」
ニット帽と鼻眼鏡を装着した祝詞が二人の横を素通りする。
引き留めようにもライラによって行動には出れない。
そうこうしていると祝詞は門から出て行ってしまった。




