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料理とお姫様

私は、現国王の妹だ。

特に権力を持っているわけでもないのに、国民から崇められる。

私が物心付いた時には、私は既にこの立場にいた。

毎日毎食豪華な料理を食し。

毎日毎回豪奢な衣服とアクセサリーを身に着け。

自分の部屋にある調度には、至る所に綺麗に光り輝く鉱物が見受けられた。

しかし、私が城外に出ることは許されていない。

月に一度行われる国王主催のパレードに出席する時でさえ、私はカーテンの掛かった馬車から一歩も出ることは許されない。

そのため、国民の“私の顔を拝見したい”という意見も多いという話だ。

しかし、それは現国王が“私を守護するためだ”と言い、国民を少々強引に納得させている。

つまり私は、国王の妹として“何もしていない”のだ。

その必要が無いという事は自分で分かっている。

しかし、今の私に存在意義があるとも思えない。

私だって王家の人間だ。

自分の血に誇りを持っている。

王族らしい事だってしたい。

豪華で豪奢な暮らしをしたい訳じゃなくて、もっと、ちゃんと国民のためにできる事をしたい。

必要なくても、きっと重要なことだから。

そんな時、魔王の噂を耳にした。

様々な国の王家の女を何人もさらっているという、最凶最悪と言われる魔王の噂を。

その噂を聞いた私は兄に頼んで、戦える強さが欲しいからと、さらわれる訳にはいかないからと。

そして、アンジェに戦いを教えてもらった。

魔法のイロハと、戦術のあれこれと。

あの杖をもらった。

いつでも対処できるように、と。




気付くと、そこはまたしても私の知らない場所だった。

今回は明るく、地面はフカフカ・・・と思ったらどうやらベッドの上らしい。

オーガンジー生地(透けて見える生地だ)の天蓋付きで、いかにも裕福な感じだ。

私はベッドから降り、捜索を開始しようとしたが、とある事象が私を引き付けた。

部屋のどこからか、いい匂いが漂ってきていた。


これは・・・お食事の香り!


とたん、部屋全体を見回す。先ず正面に両開きタイプの折戸、その壁の左隅に開戸、そこから約225度回転した位置に、豪華な装飾が施された両開きタイプの開戸がある。そこからさらに45度回転した位置、つまり最初の壁の右隅には扉の代わりに通路があった。

そこから何かの音が聞こえる。

この音はもしかして・・・

私は一目散に通路へ走る。

通路の先は調理場になっていた。

やはりここだったのですわね。

そこには肉を焼いている吸血鬼がいた。

ちゃんとエプロンと帽子を身に着けている。

途方もなくシュールですわね・・・

と、吸血鬼がこちらに気付いた。


「起きていたのか、おはようアリス」

「おはようございますわ、吸血鬼」

「おいおい、ちゃんと名前で呼んでくれよ。せっかく教えたのに」


吸血鬼の名前?

私、そんなこと聞きましたでしょうか?


「ん?あれ、もしかして覚えてないのか?」

「え、えぇ。記憶にないですわ」

「ふむ、ではもう一度名乗るとしようか」


そう言うと吸血鬼は、姿勢を正し、ありったけ胸を張って、脇を締め、肘を斜め45度折り曲げ、掌を空に向けるようにして手を開き、口調を、一人称を最初のものに直して、こう言った。


「我が名はセイメル。

“セイメル・エストオプティモス・ソーサラー”だ。

これより生涯、共に歩んで行こうではないか、アリスよ」


・・・


唇から、柔らかく温かい感触が伝わった。


・・・・・・


唾液のせいで滑ってすり抜けてきてしまう。


・・・・・・・・・


やがて私の舌全体を支配した。


・・・・・・・・・・・・


突如、体の内から込み上げてくる感覚。


・・・・・・・・・・・・・・・


やがて脳内で弾け、体中に電流が走った。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・


とりあえず、これで約束は果たされた訳だ。そういえば俺の名前をまだ教えていなかったな


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「・・・」

「・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「ぁ」

「思い出したか?」

「あぁぁああぁ?!」

「なんだよ」

「あぁぁぁぁああぁぁぁぁああぁあ???!!」

「怖いってそれ」

「ぁぁぁぁぁぁぁぁあああっぁぁぁぁぁあぁぁぁあぁぁああ?!!!!」

「怖い怖い怖い怖い怖い」

「この変態っっっ!!!!!!!!!!!!」



パシ―――――――――ン!!



「痛いじゃないか」

「うるさいですわよこの変態!」

「約束だったじゃないか」

「た、確かにそうですがっ!」

「俺は約束を果たしたまでだ」

「っ?!」

「甘かったぞ」

「なっ?!」

「御馳走様でした」

「だ、黙りなさいっ!!」

「へいへい」


全く何なのですかこの人は。

私を弄んでそんなに楽しいのでしょうか。

いつか仕返ししてやりますわ。

・・・ようやく思い出し切りましたわ。

大体、詠唱を無視するだなんて信じられませんわ。

あれさえ、あの反則さえ無ければきっと勝っていましたのに!

しかも、私の詠唱が終わるまで反撃せずに待っていたり、避ければ良いものをわざわざ魔法盾で防いでみたり・・・


力の差が大きすぎますわ。


私はそう悟った。

そして、もう城には帰らないと決めた。


「できたぞ、アリス」


魔王が唐突に話しかけてきた。


「何がですの?」

「とりあえずテーブルに着け、それからのお楽しみだ」


一体何なのでしょうか。

私はとりあえず、セイメルに言われた通り、ベッド近くの長方形のテーブルのキッチンと反対の側にあった椅子に座った。

そこには既に食器が置いてあった。

左にフォーク、右に内側から順に、ナイフ、スプーンが配置されていた。

中央には美しく畳まれたナプキン。

その奥には籠に入ったバゲットと、水が入った瓶があった。

セイメルは持ってきたグラスをスプーンの外側に置き、そこに瓶に入った水を注いだ。


「お姫様だから分かるよな?」

「えぇ、何故か久しぶりな感覚がいたしますが」


私は畳まれたナプキンを広げ、膝にかける。

そうすることで空いたスペースに、セイメルは1皿目の料理を置いた。


「まずはスープ。マスルム茸のクリームスープです」


それは薄い茶色のスープ。

そこには円形にかけられたクリームと、中央には渦を巻く小さな生クリームの山と添えられたローリエの葉とマスルム茸のスライス。

微かに立ち込める湯気にはマスルム茸特有の上品な旨味が溶け込んでいて、私の食欲を一気にかき立てる。


「では・・・」


私はスプーンを手に取り、手前から向こう側に動かしてすくった。

そうすると一層香りを強く感じることが出来る。


「召し上がれ」


セイメルのその言葉を聞き終わらない内に、私はすくったスープを自分の口内に流した。

とたん三度目の、強烈でいて上品な香りが口全体にいきわたる。

舌で感じる旨味は、鼻で感じるよりも圧倒的に濃く、私の舌を一瞬にして支配する。

香ばしく、なめらかなその味わいは、次の一口が欲しくて仕方が無くなるほどだ。

2口目、今度は生クリームを一緒にすくい、口に持っていく。

生クリームによってさらにまろやかになったその味は、まるでスープの温度と共に私の舌を包み込んでいるようだ。

飲み込むことが惜しくなるほどのその味わいと香りに、私は既に虜になっていた。

3口目、マスルム茸のスライスと共に味わう。

スライスは、噛むとクニッとした弾力がある。

その感覚の直後には、マスルム茸の旨味が今までよりもさらに強く、はっきりと伝わる。


結局、数分と経たないうちに、私はそれを飲み干した。


「満足そうな顔をするのは良いが、これからメインだぞ」


そうですわね、さて、次は一体どんな料理が・・・


と、私は今更ながら気付いた。

私が起きた時、既に調理の音が聞こえていた。

私がセイメルと話しているときも。

彼は、私のために料理をふるまってくれていた。

それは、状況を見ればわかること、確かにそう。

だけど、それは私にとって、王のために作られたものだけを食べてきた私にとって。

単純に。

純粋に。

嬉しかった。

セイメルの姿が見えなかったら、私はきっと泣いていた。

幸福に包まれて、歓喜して(泣いて)いた。

そんな私の前に、皿が置かれようとしていた。

この皿が置かれる前に、私は言っておきたかった。


「ねぇ、セイメル」

「ん?なんだよ、急に名前で呼んだりなんかして」


「ありがとう」


「・・・おう」


そして私は、とうとう置かれた二品目、メインディッシュに取り掛かった。


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