吸血鬼と使命。
気が付くと、俺はそこにいた。
ぼやける視界。
暗清色を背景に、幾つかの橙に塗られた円が映る。
それは規則的に並んでいて、向こうへと続いている。
橙の円が導くその先は、暗黒が口を開けているようだった。
と、まさにそんな感じだったな。
そうするとアリスが目覚めたときのあれは、中々言い得て妙だったのかもしれないな。
つまり、俺が目覚めたのも実はあの場所だったりする。
まぁ、俺は縛られてはいなかったが。
それから俺は城内を歩き回った。
階段を上っては降り、俺は外に出ることができた。
そして驚愕した。
何もなかったのだ。
殆ど何もなかった。
地面と。
地平線と。
空。
それ以外、何も。
木々も、建物も、人も、家畜も、田も、畑も。
無かった。
俺は絶望にも似た何かを感じた。
幾時かは、ただ虚空を見つめているだけだった。
やがて俺は何かを求める様に、歩き始めた。
城の裏になら何かあるのではないだろうか、そんな事を思っていた。
視界がぼやけ、眼のピントがいつまでも合わない中、何とかたどり着いた城の裏には、やはりと言うべきか、何もなかった。
しかし、よく見ると地面の色と混ざって一つの建造物を見つけることができた。
何故か定まらない視界が回復する頃、約10分程だっただろうか、やっと目的地に到達できた。
その建造物は、よく見ると円形だった。
しかし外壁は所々が崩れ、全体的な印象は"まるで遺跡"だった。
耐久性に不安を感じつつ闘技場へ入ると、円形の砂地が現れた。
その場所は、後に俺がアリスと決闘を行う場所である。
闘技場を一回りして瓦礫の他には何もない事が分かると、俺は城に戻った。
この時、俺は初めて城の全容を見ることができた。
と言うかこの時に、自分が目覚めた場所が城だったことを知った。
城に戻った俺は城内探索を再開した。
城の構造は、地上に五階、地下に四階。
城の丁度真ん中にある螺旋階段が唯一の階段で、地上二~五階は個室が並んでいて、螺旋階段を軸として線対象に配置されている。
地上一階は、厨房や食堂が占領している。
地下への階段は、城の中央ではなく西に伸びている一階廊下の先にあった。
地下には壁に灯台が等間隔で設置されていたが蝋燭も火も無いので廊下を灯せず、地下の探索は断念した。
その後、食糧や蝋燭を探して城内を徘徊したがネズミ一匹さえも見つからず、日が沈み始めたのでどこかの部屋で寝ようと思い四階に上がり螺旋階段を上りきったとき、階段に続きがあることに気付いた。
所謂、隠し扉と言うやつで隠されていて、その先に進むと六階に行くことができた。
階段を上りきると大きな扉があり、鍵がかかっていなかったので中に入ると、そこには一枚の鏡と一冊の本が置いてあった。
俺は何故か鏡が懐かしく思え、思わず鏡を見た。
そこには何も写っていなかった。
正確には、自分の背後の風景が写っていた。
俺の体をまるで無視するかの様に、俺以外が写っていた。
「鏡とは、自分を写すためのものではなかったか?」
そう思った。
何故自分が写らないのか分からずに動揺した俺は、鏡から視線をずらした。
その先に、一冊の本を見つけた。
部屋に入ったときに鏡の横に有ることを確認していたのを思いだし、その本を手に取った。
タイトルは『For you』。
知らない言語だったが、気になって表紙をめくった。
横書きで大きく『あなたへ』と読める言語で書かれていた。
これ以降は全ての文章が、読める言語で書かれていたために読了は出来たものの、その内容については疑問符を浮かべる他に無かった。
大まかな内容としては、この城の案内、この滅びた土地での生活の方法や、基礎魔法とマジックアイテム一覧、そして吸血鬼について。
血を啜る種族。
夜の種族。
太陽光に当たると灰になる種族。
銀に触れると火傷する種族。
不老不死の種族。
鏡に写らない種族。
そう記述されていた。
俺は鏡に写らなかった。
しかし、さっき外へ出ても何も起こらなかった。
銀、か。
鏡の裏側を触れば良いか。
鏡を嵌め込んでいる木枠を外し、鏡の銀コーティングを鏡の足の付け根についていた蝶番を使って剥がす。
さっきの本には様々な魔法が記載されていたが、その中にあった"分離魔法"と言われる魔法を使うことで銀コーティングから純銀を取り出す。
恐る恐る触ってみると、やはりと言うべきか、火傷しなかった。
つまり、俺は吸血鬼ではないということがわかる。
・・・いや、鏡に写らない存在なんていうものが何種類もいる訳がない。
とすると、俺は何らかの原因によって吸血鬼となり、そして何らかの原因によって吸血鬼の弱点を失ったという事なのだろうか。
それもそれで馬鹿げた点はあるが・・・
というか、最後のページに『君は吸血鬼だ』って書いてるし・・・
吸血鬼、なんだろうな、俺は。
体が鏡に写らないと知った時、自分が人間でない何かだと悟った。
吸血鬼という、鏡に映らない存在を知った時、きっと自分がそれなのだろうと分かった。
不思議と驚きが無かった。
あっさりと、腑に落ちた。
違和感も無かった。
むしろ、開放感にも似た感覚に陥った。
目覚めてからというもの、不安な事だらけだった。
そこに、自らが確信した事実と言えるものが現れた。
安堵した。
ひと段落付いたと思えた。
そして、吸血鬼としての人生が始まった。
・・・
それが俺の始まりだ。
どれくらい前の話だったかは正直覚えていない。
あの後の事だって、記憶はもう曖昧だ。
ただ、俺にはアリスを守る使命がある。
それだけは覚えている。
その使命を、俺は目覚めた時から知っていた。
常にその名前が頭の片隅にあった。
そして守る方法さえも。
だが、俺はこうなった理由を知らない。
人は、生まれながらにして”天命”という名の生きる使命を課せられるのと同様で。
俺には、目覚めると同時に”アリスを守る”という使命が課せられているのだ。
しかし、人間が生きる理由を明確にできない事と同様で。
俺がアリスを守る理由も明確にできない、つまりは不明。
されど人間が理由も無く生きている事と同様で。
俺はアリスを守ると決めた。
たとえ理由は分からずとも。
それは使命なのだから。
生きる事と同意なのだから。
そして何より。
”惚れた女は死んでも守る”っていうのは、人間なら常識なのだろう?
吸血鬼とは。
血を啜る種族。
夜の種族。
太陽光に当たると灰になる種族。
銀に触れると火傷する種族。
不老不死の種族。
鏡に写らない種族。
そして、人間の死体より成りし存在。




