序章
人にはみな、誰かに知られたく無いことの1つや2つあるものだろうと思う。
何を隠そうこの俺、樋口裕一にも、誰にも知られたく無い事が幾つかある。
平々凡々な高校、大学生活の後に誰も知らない様な中小企業に就職し、その矢先に上司のヘマの責任を取らされクビに。これが1つ目。
人間関係や上下関係に嫌気がさした俺はそれ以来再就職する気になれず、アルバイトを続けている。
かつての友達や同期の人間には知られたくないものである。
2つ目は、そんなフリーターの俺が、市民図書館に入り浸っているという事。
……でも仕方がないのだ。仕事をクビになってしまい一人暮らしも出来ず、かといって実家では肩身が狭く居場所がない。外に出てもパチンコやゲームセンターで遊ぶ様な金は無い。そんな男の行き着く先など公民館か図書館位のものなのだ。
そして公民館には暇を潰せる物など何も無かったのだ。
と、消去法の様な有様で市民図書館を訪れた俺はその蔵書量に驚かされる事になった。流石市内に1つしか無い図書館だ。図鑑、小説、エッセイ、文庫、絵本、その他様々な本が所狭しと並べられた棚にこれでもかと詰め込まれている。
その中でも、俺の目を引いたのがライトノベル、と分類されたコーナー。正直、そういったものに疎かった俺の目に、その図書館という場所ですら異色のカバーは興味を持つには十分過ぎた。
容易くその世界に引き込まれた俺にとって幸いだったのはここが図書館だという事であった。なんせここなら立ち読みで怒られる事も無く、購入しなくても丸々一冊読む事が出来る。フリーターの身としてはこんなに素晴らしい環境も無い。と言ったものである。
しかし、他人の目など余り気にしてこなかった俺だが、図書館の職員のお姉さん達がこのコーナーに立ち寄る人物を見る目からなんとなく察する事が出来た。これは余り人に自慢できる趣味では無い。
まぁ、平日の朝方から図書館にいる様な奇特な奴はそういないので、余り気にしなくても良いかもしれない。なんて思ってしまっている。
……かくして、今日も今日とて、図書館の片隅でライトノベルを読み耽る俺の姿が有るのであった。