⑨
紫紺色の髪と瞳、格好も制服ではない姿に変えたリィードゥを見て、圭太は息を飲む。
「……お前……」
「質問には答えた。次はお前が、私の質問に答える番だよ」
圭太が言葉を発する前に、リィードゥが口を開く。
「タロットカードに関する噂を知っているかい?」
もう一度、リィードゥは同じ質問をする。
「噂だと」
「まあ、この小さな島国では、聞いたことない噂かもしれないけどね」
そう言って、彼女はタロットカードを取り出す。――それは最後のカードだ。
「魔女の力が宿っているから、占いが当たるという噂だ」
魔女狩りの時代、本物の魔女が火炙りにされたのは片手の指で数える程度。ほとんどの女性が魔女に仕立てあげられ、処刑された。
その一握りの本物の魔女が持っていたのがタロットカードだった。
「本物の魔女が持っていたタロットカードには“悪魔"の力が宿っていた。――今でもその力はカードに宿っている。だから、占いが当たる」
リィードゥの言葉に圭太は理解できない。
当然だ。殺人犯が目の前にいて、オカルト的なことを話す。異常者かと思うのが普通だろう。
だが、彼は非現実的なことを信じたくなった。
一番の理由は素手で、優太の心臓を潰したこと。
そして、なにより、彼女の笑みが“悪魔の笑み"と表現するのに相応しいからだった……。
「……悪魔なんているはずがない」
絞り出すように圭太は呟く。
「人間というのは不思議だね。幸福をもたらす存在は信じるくせに、逆は信じない」
それが“人間"という種族なのは、リィードゥとて理解している。
理解していても、不思議に思うのは地獄の住人である彼女らには当たり前のことかもしれない。
「では、警察官としての意見を聞いてみようか。――指紋も、足跡、髪の毛すら現場に残さず殺人を行い、警察を翻弄した手口を」
タロットカードをちらつかせながら、彼女は圭太に問う。
「それは……」
答えようにも、圭太は答えることができない。
被害者には抵抗の跡はなかったし、現場をくまなく検証しても、被害者の指紋等はあったが、犯人に繋がるモノはタロットカードだけだった。
「人間は頭がかたいからよくない。――どうせなら、撃ってみたらどうだい?」
事もなげに言われたことに、圭太は唖然とする。
「撃ってみれば、私の言葉が本当だと理解する。よく言うだろう? 論より証拠と」
撃てといわんばかりに、両手を広げてみせるリィードゥ。
撃て、と目の前の少女が言ったことに圭太はどうしたらいいのかわからない。
同僚たちは床に伏しているし、起きているのは自分と少女だけ。
考えがまとまらず、圭太は一瞬だけ、視線を少女から外した。
――だから、気付くのが遅かった。
「――動くな」
言葉と共に自分の首に背後からまわされた手と、銃を持つ手に添えられた、少女の手に。
「――――!?」
声にならない声をあげ、圭太は目の前に来た少女を凝視する。
「別に手助けはいらなかったのだが」
「……気にするな」
リィードゥは圭太を背後から押さえている、シュリュナに言う。
(いつ……!)
背後に立つ男に視線を向ければ、日本人ではないことがわかる。
いや、それよりも、圭太にとって重要なのは自身のことだ。
(身体が……っ)
まったく、びくともしないのだ。それこそ金縛りにあったかのように。
「動けないのは当然だ。そういうふうにしているんだからな」
動けないのに動こうとする圭太を見て、馬鹿にした感じにシュリュナが言う。
「ここまでしても、お前は悪魔の存在を信じないんだろうね。――彼がお前の背後に“どうやって"現れたかも説明できないくせに」
添えていた手を離し、リィードゥは言う。それでも、身体は動かない。
「……いるはずないっ。そんなものは架空だ!」
「本当に、頭がかたくて困るねえ……」
呆れたように息を吐いて呟くリィードゥに、シュリュナが「もういいだろう」と声をかける。
「そうだね。どうせ死ぬのだから、理解する必要もないかねえ」
「……ッ」
リィードゥの言葉に圭太は血の気がひくのがわかった。
「これはね、儀式なのだよ」
蒼白になっている圭太にリィードゥは言う。
「儀……式」
「そう、儀式。……一人前の“悪魔"になるための」
自身の胸に手をあて、リィードゥは言う。
そして、説明する。
それは圭太の“終わり"が近いことを示す、カウントダウンの言葉だった……。
250年に一度、悪魔は儀式をおこなう。
儀式は一人前になるためのもので、今年がその250年目。
儀式をする場所は王が決め、リィードゥは日本で一人前になるためにやってきた。
儀式を完成させるための贄は、自分自身と同じ誕生日の人間を選ぶが、どういう人間を選ぶかは、本人の自由だ。
けれど、最後の贄だけには条件があった。
「善人であることが条件でねえ」
リィードゥは肩を竦めながら、圭太に説明した。
「……」
今、彼女が話した内容は突飛だ。
(一人前の儀式? 善人だって?)
自分がその善人に当て嵌まるとでもいうのか――そう考えていると、
「心が善人である必要はないんだよ」
とリィードゥは言ってきた。
「中身が善人でなくてもね、行動が善人であれば問題はないんだよ」
中身が善人な人間など存在しないのだから、とリィードゥは続けた。
「お前は刑事だ。刑事という仕事は秩序を守る職業だからね、行動は善人だろう」
「それだけが理由ではないがな」
横槍をいれる感じにシュリュナが口を開いた。
「もう少し、絶望を加えようとしているのに……」
拗ねたように呟いたリィードゥに、シュリュナは予想していたのか、大きなため息を吐く。
「早く帰りたいんだよ」
さっさとしろ、と言外に含んだ言い方にリィードゥは肩を竦めて答えた。