⑦
「あー、でも、保護されることになったら、優太くんの悪事がバレちゃうかもしれないね」
ギクリと、身体が強張る優太。
「お前……」
どうして知っているんだ、という表情で優太はリィードゥを見た。
「噂ってすごいよね。聞いてもないのに、自然と耳にはいるんだもん」
優太は世間でいうところの不良だ。
カツアゲなど日常茶飯事。傷害だって起こしたことがある。うまくごまかしたから、事件にはならなかったが。
「――もっとも、そうでなくては「贄」に相応しくないのだがね」
「は?」
リィードゥの呟きに優太は聞き返す。よく聞こえなかったのも原因かもしれない。
「なんでもないよ。ほら、警察に行こう? 今度はちゃんと、対応してくれるよ」
「無駄だって」
優太の腕を掴んで、リィードゥが立たせようとしたが、それを彼は振りほどいた。
「……仕方ないな」
ため息まじりにリィードゥは言い、優太の両目を覆うように手の平をのせた。
「おい?」
「お前に外に出てもらわないと困るのだよ、私としてはね」
手の平をのせられた途端、優太の身体は弛緩する。
「さあ……宴を始めようか」
ゆっくりと手を離すと、優太の目には光りがない。
「母親の方は、記憶操作を終わらせた」
リィードゥの背後に現れたシュリュナがそう、彼女に言う。
「ご苦労さん、シュリュナ」
「苦ではなかったがな」
人を操ったり、記憶を操作したりなど、悪魔である彼らにしてみれば、朝飯前だ。
「あいさつみたいなものなんだから、軽く流せ」
一言で言えばシュリュナは真面目の部類になる。だから、リィードゥのお守りにシュリュナが選ばれた。
子供のように無邪気な部分があるリィードゥと真面目なシュリュナ。
正反対だからこそ、うまくいっているのかもしれない。
「……行こうか、曽根木優太」
リィードゥが名を呼ぶと、人形のようにコクリと優太は頷く。
もはや、彼はリィードゥの思うがままだ。
「どうやって引き合わすつもりだ」
シュリュナの疑問はもっともだろう。けれど、彼の疑問にリィードゥは簡潔に答えた。
「正面から堂々とだよ」
――と。
圭太が一服していると同僚が「お前に客」と言ってきたので、玄関へと向かう。
「あれ……君は」
警察署の入口に立っていたのは、圭太に道を聞いてきた少女。だが、ひとりではなく、同級生だろうか、少年と一緒にいた。
「どうしたんだい?」
「刑事さんに用があってきたの」
「俺に?」
自分を指さして圭太は、少女に聞く。
小さく少女――リィードゥは頷き、圭太を見据える。
「どうした?」
「あのね、最近の連続殺人のことで」
連続殺人の言葉が意味するところは、ひとつの事件しかない。
タロット事件と呼ばれている事件しか。
「君は越してきたばかりだから、知らなくて当然か」
「ニュースでやってるから、知らないことはないよ」
日本だけでなく、世界中でニュースになっているのだから、知らない方がいないだろう。
「あのね、優太くんも同じ誕生日なの」
「優太くんって、君の隣にいる?」
どこか生気のない少年に視線を移し、圭太は聞く。
「うん。前にも来たらしいけど、取り合ってもらえなかったんだって」
「ああ……」
リィードゥの言葉を聞いて、圭太は返事を濁す。
はっきりいって、警察は忙しい。そんな中、同じ誕生日ひとりひとりに護衛をつけるほど、警察は人員をさけない。
「ところで……転校してきたばかりなのに、その子と仲良くなったんだね?」
今の子はすぐに仲良くなれるんだねえ、と感心した風に圭太は続けた。
「それに俺のこともよくわかったね」
「刑事さんに向いてない刑事さんって言ったら、納得してくれたよ」
リィードゥの言葉に圭太はがっくりと肩を落とす。
その例えで呼ばれる自分にショックを隠せないでいる。
「優太くんのことだけどね」
「あ、ああ……うん」
ちょっとまだ、立ち直れない圭太は、はっきりした返事で答えない。
「――次に殺されるのが、こいつだと言ったらどうする?」
がらりと口調を変えたリィードゥに、圭太は目を見張る。
「……冗談を言ったら駄目だよ」
「冗談じゃないんだけどね」
あくまで冗談を言っているのだと思っている圭太にリィードゥは、一枚のカードを見せる。
――『審判』のタロットカードが、彼女の手に握られていた。
カードを見た瞬間、圭太は一瞬、息が止まる。
「タロットカード……」
圭太が呟いたのと同時に、鈍い音が署内に響く。
「……あ」
「お前の役目も終わりだ、曽根木優太」
音の出所は、リィードゥが優太の心臓を素手で握り潰した音だった。