③
「――お前にはリィードゥが、無事に儀式を完成させるのを見届けてもらう」
紫紺の髪に黄金色の瞳をした、どことなくリィードゥに似た男性、地獄の王はシュリュナに言う。
「自分が……ですか?」
「不安か? 幹部連中はお前が適任だと推薦してきたから、お前を選んだのだがな」
口調もリィードゥに似ている彼は、シュリュナの様子にそう、言葉を投げかける。
地獄の世界は序列が決まっている。
力と統率力、圧倒的な力を持つ彼が王であるかぎり、地獄が無秩序になることはない。
そんな王の何番目になるかわからない、けれど、末の娘であることは確かなリィードゥの供にシュリュナは選ばれた。
それは、優秀であると、王に認められたということになる。
王に認められれば、出世は望むままだ。
実力の世界である地獄では、文字通り、弱肉強食なのだ。
「あの子には私の後を継いでもらう」
「!?」
ぽつりと呟かれた言葉に、シュリュナは聞き間違いかと思った。
「納得できない顔だな、シュリュナ」
「……お言葉ですが、リィードゥ様に、務まるとは思いません」
シュリュナの言 葉に王は双眸を細め「ほう……?」と口にする。
「アレは王の器ではないか?」
「恐れながら……」
答えながらもシュリュナは内心、冷や汗をかいていた。
王の怒りに触れた者は始末される。
それが、光りの届かない地の底に住む者たちの暗黙の了解。
「では、聞こうか、シュリュナ。お前にとって、王に相応しいのは誰だ?」
問いにシュリュナは逡巡を示したが、覚悟を決めたように口を開いた。
「レイアト様かと」
告げられた名は王の三番目の息子。
「理由はなんだ?」
「能力も統率力も、すべてにおいて、王にもっとも近いかと……」
シュリュナの答えは誰もが答えるだろう。
地獄の住人にとって、レイアトは王によく似ていて、冷酷無比だ。
彼ならば、王が引退した後を立派に継げると誰もが思っている。
「レイアトは王にならないと言っていたぞ」
「えっ!?」
まさか、とシュリュナは思った。
彼の性格ならば、王になるためなら、手段を選ばないと思ったのだ。
「――リィードゥが生まれる前までは王になるのはレイアトだと、兄弟たちも、私も認めていた」
けれど、と王は言葉を続ける。
「リィードゥが生まれ、アレが百歳になる年に、兄弟たちが私に言ってきた」
――王にはリィードゥが相応しいと。
「もちろん、理由を聞いた。一人前になるための儀式をしていないリィードゥを王に推す理由を」
なんと言ったと思う? 底意地の悪そうな笑顔で、王は言う。けれど、シュリュナはあえて答えようとはしない。
「下級から上級までの悪魔が……しかも公爵クラスの連中までもが、リィードゥに恐怖していると言ってきた。― ―レイアトですら、成人の儀をすませてから、そこに到達したというのに、あの子はその前に、支配したのだ」
地獄においての支配者になるための絶対条件を、一人前になる前のリィードゥが備えていたことに王自身、驚いていた。
「一人前になる前に到達したならば、一人前になった時が楽しみとは思わないか?」
確かに、とシュリュナは納得する。
王にもっとも近いとされていたレイアトすら、認めた存在のリィードゥ。
その彼女の儀式に付き添うということは、誰よりも先に王になる彼女を見れるということだ。
「……わかりました」
一拍、おいてから、シュリュナは答える。
「リィードゥ様のお供をします」
シュリュナの答えに王は満足したのか、深く笑みを浮かべた。