第2話「反逆の意思」part-B
日本支部基地の格納庫は、元は街にあった大規模な部品開発工場だったものを改装したものだ。
その為多数のヴェルクを置くスペースがあり、ヴェルクの改造を行う為の機材も揃っている。世界各地にプレイスの基地はあるが、日本支部ほど設備の整ったものではない。
そんな場所に辿りついた二人は、ひとまず着地して中に入った。
格納庫内は整備員らしき隊員達が怒号をぶつけ合う声で満たされている。ただ声を張り上げたところで、イナの声はレイアには届きはしないだろう。
それを分かっているレイアは後ろにいるイナに向けてジェスチャーをした。
人差し指を伸ばし、格納庫の奥を指している。
(奥にシャウティアがある、ってことか?)
イナは確認のために首を傾げながら自分を指差すと、レイアはこくりと頷いた。
自分の役割は終わったとでも言いたいのか、レイアは先に奥の方へと行く。
(……確か、BeAGシステムがあるから俺もシャウトシステムが使えるはず……一刻の猶予もない、使うか)
イナは他の隊員たちの声に負けない声を出そうと、限界まで息を吸い込み、一気に絶叫として吐き出した。
「シャウトォッ!!」
突然入口の方からした叫び声。隊員たちが驚いてそちらを向いた瞬間、時間はその速度を減じた。
イナは成功したことを確認し、レイアの指差した奥へと走り出した。
(シャウティアは赤いんだ、すぐに見つけられるはず――にしても、色んなヴェルクがいるな)
ガシャガシャと音を立てて走りながら、イナは壁にもたれるようにして立つヴェルクを見ていた。
両肩に大砲を付けたものや、脚部がキャタピラになったもの。両腕がドリルになっていたり、腹部から砲身が突き出しているものもある。
エイグ特有の構造を活用した改造の結果であるが、どれも別の機体にしか見えない。
そんな個性的な巨人の並ぶ格納庫を走っていると、彼の相棒が見えてきた。
相棒、というにはまだ早いだろうが――イナには既に、シャウティアは相棒同然の存在であった。
そんな相棒の下に辿りつき、イナは肩で息をしながら彼女を見上げた。
「――ディスシャウト」
イナが呟くと、再び隊員たちの叫び声が耳に届く。
だが、今はそんなことを気にしている場合ではない。イナは目を閉じ、相棒に向けて念じた。
(シャウティア、戦闘準備。コクピット開放)
(――了解。いつでも、いくらでも行けるよ)
「そいつぁ、どうもっ!」
待っていた相棒に感謝しながら、イナは推進器を噴かしてその胸の辺りまで飛び、装甲の開いたコクピット内に入る。
(閉じろ)
(了解。閉鎖)
次に装甲が閉じ、暗くなったコクピット内が照明で明るくなる。
(BeAGシステム、オールグリーン。貴方の欲望を喰らい、その願いを糧とする)
その言葉で、イナは突然瞼が重くなるような感覚に陥り――目を開けると、他のヴェルクと同じくらいの目線の高さになっていた。
軽く手を動かす。初戦の時とあまり変わっていない。
「よし、行けるか……って、俺はまたこの格納庫の中を走らにゃならんのか?」
「誰がそんな面倒なことをするか」
「レイア? どこにいる」
どこからか聞こえてきたレイアの声に反応し、イナは首を左右に振って、レイアのヴェルクを探す。しかし、どこにも稼働中のヴェルクは見当たらない。
「真上だ。天井が開く、出られるのは私達とアヴィナだけだから早くしろ」
声のした方向を向くと、駆動音と共に天井がゆっくりと開いているのが確認できた。その先には、滞空している紫色のヴェルク――レイア専用機『シフォン』の姿があった。
天井が全開したところで、イナは推進器を噴かして上昇する。
外はまだ朝だというのに、日光が熱く感じる――夏であるのだろう。
「行くぞ」
「それはいいんだが……アヴィナはいいのか?」
「彼女のヴェルクは私達のように滞空はできない。安心しろ、奴が遅れたことはない」
「そう、だったな」(重装備ヴェルク『シアス』……そんなに高機動だったか、あれ?)
アヴィナのヴェルクを思い出している間に、イナは頭の中に何か電流の様なものが走った感じがした。
怪訝に思っていると、シャウティアからの声が響いた。
(僚機エイグ『Chiffon』からデータを受信、ウイルスなし。開ける?)
(頼む)
先ほどの電流の正体がレイアからのデータだと知ったイナは、シャウティアのデータの開示を頼む。
そして今度は、何かが弾けるような感覚と共に頭の中に地図の様なものが映った。
「見えたか、イナ。赤い点が今回の目的地だ、機体に設定させておけ」
「……了解」(シャウティア、赤い点だ。目的地に設定できるか)
(できるよ。ナビゲートはどうする?)
(レイアに付いて行く。移動中は索敵を頼む)
(了解。気を付けてね)
シャウティアとの会話を終えると、イナはレイアとアイコンタクトし、朝日の光る方角に向けて飛び去った。
◆
空の上を滑るように航行する巨大な要塞があった。例えるなら、横倒しになった巨大なマンボウ。そんな奇怪な形をした物体の正体は、連合軍の所有する戦艦型エイグである。それは今日本の関東地方上空を航行しており、その目的はプレイス基地周辺の調査である。
ここが『シャウティア』の世界であるのならば――この戦艦型は3年前地球に降り注いだ小型隕石群『ドロップ・スターズ』の内、4つだけの巨大な隕石内から発見されたものである。つまり同型のエイグは4体しか存在しないのである。そもそもエイグという名は『ドロップ・スターズ』内から発見された人型兵器の事を指しているのだが、明らかにおかしな比率で存在している戦艦型に与える名前も無く、一括して『エイグ』のカテゴリに含まれている。呼び方はプレイス・連合ともに戦艦型であるが。操縦方法は一般的な戦艦のそれであるが、人型エイグ同様に最初に誰かが乗り込む必要があり、航行する際には常にコクピット内に居なければならない。かなりの欠陥ではあるが、人型エイグとは違いBeAGシステムは存在しない。
そんな戦艦型の、まるで広い荒れ地の真ん中にひとつ生えている草の様な小ぢんまりとした艦橋の中で、艦長の『フェーデ・ルリジオン』は固定された座席の肘掛に肘を置き、不機嫌そうな顔で頬杖をついていた。
濃い髭が特徴的な彼は、連合軍の中でも高い地位に立っていることを示す黒い軍服を着ている。そのせいなのか、彼はよく権力を振りかざして部下を脅す。そのため、あまり人望のある軍人ではなかった。
そんな彼の下に、すぐ近くにいるオペレータからの声が届く。
「艦長、目標地点に到着しました。指示を」
フェーデは頬杖を崩し、姿勢を正した。
「残りのツォイク部隊を出撃させろ。……まったく、上は何を考えている。調査などしなくとも、直接奴らの基地を叩けばいいものを」
指示を出した後に愚痴を吐き、フェーデは再び頬杖をつく。彼の言う通り、調査をするだけなら戦艦型を使う必要はない。4隻しかない貴重なエイグなのだ、ツォイクを運んで出撃させるだけなら通常の輸送機を使えばいいのである。
そんな疑問を聞く耳はなく、連合軍の上層部は彼に戦艦型での出撃を命じたのである。
これで何も思わない者は居ないだろうが、彼も軍人。上からの命令には逆らえず、結局今こうしてここにいる。
「『ブリュード』、順次出撃願います」
オペレータは彼の命じた通りに指示を出す。同時に艦橋とはちょうど真逆の位置にある装甲が開き、そこから青いツォイクと紅いツォイクが落ちるように出撃する。
『ブリュード』。連合軍内でも指折りの搭乗者二人だけの部隊――と言うより、コンビである。『ゼライド・ゼファン』大尉が搭乗する汎用型の青いツォイク『ヴェルデ』は、ヒュレプレイヤーが登場するエイグとしては一般的で、ある程度の機動力と装甲の厚さを持つ代わりにほとんど武装を持たない。『イアル・リバイツォ』中尉が搭乗する重装備の紅いツォイク『アンジュ』は、プレイスにあるシアスとほぼ同型であるが、索敵能力を向上させる高性能レーダーが搭載されていたり、補助役に徹している装備である。とは言えど、彼女の操縦技術が高いおかげで単機での戦闘も難なくこなせるのだが。
『ブリュード』はこの2機のみではあるが、その戦闘力は未だ限りが見えていないという。
「『ブリュード』2機、出撃を確認しました」
「予定時刻までこの場に待機。索敵を怠るな」
「ハッ、了解です」
生真面目な部下の声を聞いた後、フェーデは目を細めて目先に広がる雲を見ていた。
同刻、出撃した二機のツォイクは足の裏に内蔵された小型推進器を噴かして速度を落としながら降下していた。
全身を真っ青に染めておきながら、「緑」の名を持つ矛盾をはらんだツォイクの搭乗者であるゼライドは隣で同様に降下しているアンジュの搭乗者であるイアルに通信を送り、早々に溜息を吐いた。
「なんですか、そんなに不満ですか」
抑揚のない声で、イアルは言う。いつも彼女はこんな調子で、パートナーであるゼライドにも殆ど感情を表に出すことはない。
既に慣れているゼライドはそんなことを気にも留めず、成人男性独特の声で愚痴り始めた。
「今回の任務、なんだったか――ああ、未確認機の調査と回収部隊の掩護だろ? わざわざ俺達が出る必要はあるのか? ないだろ普通。まったく、国連は何を考えているんだか」
「元傭兵のあなたが何を言っているんです。仕事ができればそれで満足でしょう」
「そうにはそうなんだがな。国連ってのはこう、世界平和の為に動いてるもんだろ? 俺達のしてることってのはつまり、その逆だろ? なあ」
「それが間違いだと思うなら、早く軍を抜けてください。もっとも、生き残れる確証はありませんが」
「手厳しいね、困った困った」
わざとらしく肩をすくめて、ゼライドは首を振る。イアルもイアルで酷いことをさらっと言ってはいるが、これもいつものことである。
だがゼライドの疑問ももっともであり、その上誰も答えを知らない問いである。知っているとすれば、それは国連のトップやその周辺にいる人物だろうが――この問いを持つ人間が軍内にいるのは、つまり「テロ組織が気に入らないから」である。その意思があれば誰であれ連合軍に参加できる。だがその実態が破壊活動を繰り返す組織であるとは、夢にも思わない。中尉や大尉ともなればその情報を耳にすることもあるだろうが、誰がそんなことをしているかなどは明らかになっていない。ただ、自分はしていない――それだけである。
「大尉、着地まであと10秒です。……5、4、3、2、1、ゼロ」
「――っと」
イアルのカウントに合わせて推進器を止め、二機は着地する。ゼライドはイアルと話をしている間に地上までの距離が詰められていたため気付かなかったが、周囲を見渡すと校舎がある。学校のグラウンドに着地したのだ。
その傍では数機の一般兵用のツォイク四機が四肢のだらけた、壊れた人形の様なツォイクを運んでいる最中だった。
「あれを守ればいいんだな。……しかし、ひでえやられ方をしたな。搭乗者生きてるのか、あれ」
ゼライドが見たことも無いツォイクのやられ方を見ている間に、イアルは回収班の内の一機と通信をしており、すぐに終わらせてゼライドの下へと戻ってきた。
「何してたんだ? 世間話か」
そんなつまらない冗談を無視して、イアルは報告を始める。
「回収班長から破損ツォイクのデータを提供してもらいました。あれは両腕両脚の関節部を破損……人間で言えば、肘と膝を無理やり曲がらない方に曲げられた、と言った感じですか」
「えぐいことしやがる。でも、一応生きてるのか」
「はい。ですが、立つことはおろか、ショックで言葉すら話せない状態であるとか」
「腕も脚も動かないとなれば、そりゃもう今までの様な生活はできんからな。それもあるだろうが……関節全部折られた痛みなんざ、想像したかねえな」
自分の肩を抱いて小さく身震いし、ゼライドは恐怖を表現する。しかし軽々しい口調のせいか、冗談を言っているようにしか見えない。
それすらも無視し、イアルは報告を続ける。
「続いて二機目。爆散した状態で発見されました。各パーツの破損状況からして、腹部を貫かれたと推測できます」
「エイグを越える装甲硬度を持つ兵器? そんなバケモノがあってたまるかよ。……いや待て、そいつの調査ってことか?」
「そう考えて良いでしょうね。プレイスは相手が連合軍となれば無条件で襲ってきます、必ずここに来るでしょう」
「だとしたら嫌な役回りだ。そんなバケモノ相手に勝てるわけねえじゃねえか」
「それでも任務です。何なら帰っていただいても構いません、私一人でも遂行します」
「かてぇ事言うなよ。『ブリュード』、だろ?」
「上が勝手にそう呼んでいるだけです」
イアルはあくまで淡々と応じる。悪意も何も無いのだろうが、ただの人間であるならばとっくにうんざりしている。ゼライドがそうでない理由は、彼がそういった個性をあまり気にしていない性格にある。
元傭兵である彼は他人に対してあまり関心を持たないが、イアルの様な仲間と共に戦うことは初めてなので死なせないようにといつも気にかけているのだ。
そんな二人の耳の中で、警報機が鳴る。
(早速ご登場か?)
(肯定。12時方向、2機)
(真っ向勝負、と。さて、戦闘の準備でもしようかね)
(フィル・ウェポン使用許諾確認。スタンバイ)
ゼライドはヴェルデとの会話を終えると、握手を求めるような右手を前に出す。もちろん、そこには誰もいない。
彼の右手に光が集まっていき、それはやがてライフルを模っていく。
「ライフル・アハト」
ゼライドが呟くと同時に、光が弾け、その中から小ぶりのライフルが姿を現す。
彼の愛用しているライフル・アハトは、ライフルそのものの強度が高い点が特徴的な武器で、近接戦闘に持ち込まれた際、一瞬の隙を生み出す為の囮として使われる。囮であることを無視しても武器としての性能は高く、フィル・ウェポンならではの持ち味が発揮されたものである。
そう、フィル・ウェポンの実体化が可能な彼は、紛れもなくヒュレ・プレイヤーである。連合軍内でも決して少なくないが、彼の能力は際立って高い。それも相まって、彼の戦闘能力は他の隊員よりも桁違いに高くなっているのだ。
「大尉。武器の構造が想像できているのなら、わざわざ武器の名称を言う必要はないでしょう」
「うるせえな、いいじゃねえか」
ゼライドに突っ込みを入れるイアルは、既に肩に担いでいるロケットランチャーを手にしている。彼女はヒュレプレイヤーではないが、その分ゼライドに勝る操縦技術とアンジュに装備された豊富な武装があり、実質ゼライドよりも強いと言っても過言ではない。
「――来ます」
「くらえ、花火玉っ!!」
イアルの声を聞いたと同時に、ゼライドは引き金を引く。
高速で飛んで行った球体は銃弾ではなく、導火線に火のついた花火玉――彼は銃弾の代わりにそんなものを詰めていたのだ。大きさは弾倉に詰める為にそれと同じくらいの大きさになってはいるが、彼の能力の高さのおかげで、発射してもそこで爆発したりしないし、小さいとは言っても人間で言えば通常のサイズであるので、目くらましには適している。もっとも閃光弾を使うという方法もあったのだが、あえて花火玉にしたのは彼の遊び心に他ならない。
数秒の間を置いて、遠くで鮮やかな花が咲いた。
直撃はしなかっただろうが、ゼライドはそれでも構わなかった。
まだ見たことのないであろう敵との戦いに、興奮を隠せずにいたほどなのだから。
◆
関東の都会の上を飛びながら、イナは落ち着いて『シャウティア』の展開を思い出していた。
(一話でツォイクを数機撃破して、今俺のいる状況までは大体同じだ……となれば、次に来るのはツォイクの小隊のはず。空戦部隊だから、慣れるまで無理は禁物だな……)
イナの記憶は正しいのだが、これから先の展開とは違う。彼らを待つのは、ツォイクの空戦部隊などではなく、ブリュードである。
そんな彼の耳に、レイアの声が届く。
「イナ、そろそろ目的地だ。気を付けろ、向こうはこちらを捉えているかも知れん」
「了解……――ッ!?」
イナが返事した次の瞬間、彼の視界は鮮やかな火花の色で満たされた。
シャウティアに限らず、エイグには厚い装甲がある。それは言わば防護服の様なものであるため、それを着ている人――つまり搭乗者には熱さが伝わることはない。と言っても目はむき出しなので火花が散れば視覚は機能しなくなる。そうはならなくとも、光で目が眩む。それを本能的に察知した二人は腕で顔を覆い、光と熱を防ぐ。
そのどちらもが消えたところで、二人は一旦止まる。
「閃光弾? ……いや、花火か」
「なんで昼間っから花火なんかぶっ放すんだよ……」
「閃光弾替わりだろう。二秒待て。―――シフォンの解析によれば、花火はここからそう遠くない所から直進してきた。花火がそんな飛び方をするわけがない。どういうことか、分かるな?」
「敵さんは俺達を舐めている、ってことか」
「その上場所も割れている。広範囲の索敵機能を持つツォイクなど見たことはないが――まさか、戦艦型か?」
戦艦型という単語を聞いて、イナは反応する。それもそのはず、彼の知る『シャウティア』の序盤には戦艦型が登場していないのだから。
背筋に悪寒――イナは嫌な予感というものをここまではっきり感じたことはなかった。
『シャウティア』で戦艦型が初めて登場したその回では、その戦艦型からブリュードが出撃していたのだから。だからと言って確実にいるわけではない、と彼は思いたいだろうが、実際にいるのは彼らだ。
「どうした、イナ。怖いのか?」
ずばり言い当てられ、イナは身を震わせる。
「……ああ、色々と」
「そうか。なら付いて来い」
「え?」
予想外の言葉をかけられ、イナはきょとんとする。
(普通、「なら帰れ」って言うもんじゃないのか?)
「お前はほとんど実戦経験が無いんだろう。その状態で抱く戦いへの恐怖は在って当然だ。だが戦ってもいないのに分かるのか、その恐怖の実態が?」
「……あの戦闘で、十分に理解したよ」
「それは人を殺す恐怖だ。殺される恐怖を感じたことはあるか?」
「……ない」
イナは俯き、呟くように答えた。するとレイアは溜息をつき、イナの顔を殴った。鈍い金属音と共に頭を揺らされ、イナは混乱する。
「痛、っ……!」
痛みが波のように伝わる頬をさすり、イナはレイアを見る。それは怒りのこもった睨みではなく、憧れの念の混じった眼差し。
イナは、自分を殴ったレイアに感謝しているのだ。
「……お前の力は未知数なんだ、自分の力は自分で御してもらわないと困る。いいな?」
「……了解」
「――さて、そう長くここには居られん。ヒュレ武器は使えるか?」
「え、と……近接系が二つ、射撃系が一つ。近接系のうち一つは近接・射撃が複合してるけど、基本的には近接用だ」
イナの言った武器――一つ目は初戦闘の時に使用した『シャウトバスタード』。これを使った時はただの近接武器として使っていたが、あれには射撃用の砲身が内蔵されていることを忘れてはならない。
二つ目は敵を確実に倒す為の突撃に特化した『ジェットバンカー』。
そして三つ目は、『シャウティア』内ではあまり使われることの無かった狙撃銃『バーストスナイパー』だ。
だがこれらは『シャウティア』での主人公『シオン・スレイド』が様々な協力を受けてようやく完成させたものなのである。その上慣れるまでに時間がかかっているので、シャウティアに乗って間もないイナに使いこなせるとは限らない。
レイアは顎に手を当てつつ推進器を噴かし、直進する。イナも慌ててそれに付いて行く。
「……あの、考えを遮るようで悪いが、俺は敵を討つ気はないぞ」
「そんなことは分かっている。そうだな、射撃系に狙撃銃はあるか」
「ああ、ある」
「なら少し上に行け。私が少しの間囮になる、その間に奴らの目を奪え」
当たり前のように命令するレイア。イナは何とも言えなかった。
彼女はイナ以上に戦闘経験が豊富なのだ。下手に突撃するより、彼女の指示を聞いた方がいいだろう。
イナは上昇して、直下にレイアがいるのを確認し先行する。同時にレイアはイナを越える速さで直進し、彼はそれに合わせて慌てて動き出す。
イナはパントマイムをするように、そこにはない狙撃銃を構える。
(シャウティア、ヒュレ武器!)
(了解、フィル・ウェポン使用許諾確認。スタンバイ)
シャウティアの声を聞いた後、イナは『シャウティア』での記憶を呼び覚ます。
(記憶の参照、ってできるか、シャウティア?)
イナは想像をしながら、シャウティアに問いかける。彼の言う『記憶の参照』とは、ヒュレプレイヤーが想像を実体化する際に、記憶の中にある物をそのまま想像の信号として発することであるのだが、これは一部の強い力を持つヒュレプレイヤーでなければ不可能である。
だがイナは、この世界の住人ではないはずの自分がヒュレプレイヤーであるかもしれないという特異性に賭けたのだ。これで駄目なら、普通に想像するしかない。
(うん、できる)
短い返事を聞いたイナは口の端を吊り上げた。
(なら参照。バレットM82――ちゃんと残ってるといいんだけど)
(参照、バレットM82――類似の結果が一件。『バーストスナイパー』)
(……あるのか。ならそっちで頼む)
(了解)
一瞬でここまでの会話を終え、イナは『シャウティア』でシオンが使っていた武器の一つ――バーストスナイパーを想像すると、彼のパントマイムのポーズに合わせて光が狙撃銃を模っていく。
バーストスナイパー。狙撃銃『バレットM82』を改造したものであるが、射撃の苦手なシオンはあまり使わなかったせいでほぼ見せ場の無かった可哀想な武器でもある。装填数は5発、射撃精度はエイグのAIによる補助が入る為、あまり関係は無い。この銃一番の特徴は銃弾にあり、エイグの装甲を易々と貫く強度を持つ上に着弾とほぼ同時に爆発を起こす『花火弾』。先程ゼライドが発射したのと似てはいるが、こちらは強度があり、敵機の装甲内で炸裂させることができる。
もちろん、イナにそんな気はないが。
(シャウティア、射撃の補助を頼む。レイアがいつまでもつとも知れない)
イナはスコープを覗きながら、シャウティアに指示を出す。
空中で狙撃銃を構えるなど、隙だらけで普通は考えられないが――イナの周囲には今、誰もいない。
赤色のレンズの付いたスコープはシャウティアの補助を受けて勝手に拡大し、すぐにレイアを視界に収めさせた。
(僚機エイグ『Chiffon』の1時方向、敵機2)
(――!)
スコープを動かしてその敵機を確認したイナは、その目を見開く。彼の視界に映ったのは、紛れもなく赤と青のツォイク――ブリュードの2機だったからだ。
(イナ、脈拍が上昇してる。落ち着いて)
(……分かってる! シャウティア、奴らの目くらましができればいい。軽く地中に入ってから爆発するようにしてくれ)
(了解――行ける。周辺の地形を確認、着弾予想地点、T-4G。撃って!)
「はぁ……――当たれよ、弾っ!」
呼吸を落ち着けてから、イナは引き金を引く。同時に静かな爆発音と衝撃が体を揺らす。
イナはすぐにスナイパーを構え直し、スコープを覗きこむ。
(どうなった……!?)
レイアはブリュードの下に飛び込んだと同時に、焦りを感じていた。
(なんということだ、まさかブリュードと当たることになるとはな!)
(レイア、前回のデータは殆どあてにならない。奴らの手は知っているはずだ)
シフォン――そのAIは彼女の兄・カイトを模したものだ――の言う『前回』。それは、レイアがつい先日までイギリスにいた時の話だ。彼女はブリュードの撃破作戦に呼ばれてプレイス・イギリス支部に居て、彼らは来たのだが――結果は惨敗だった。プレイスのエースとも呼ばれるレイアは、弾一発すら当てられなかったのだ。
彼女はそんな相手に、単機で挑む気は毛頭ない。だから後ろにいるイナに賭けたのだ。
だが、レイアは恐れている相手を見て、不審に思っていた。
(迎撃してこない……?)
(少し離れた所に、ツォイクが五機。内一機は損傷甚大)
(奴らは護衛役か)
(片方だけで十分のはずだ。ペアだから、という理由だけではないだろう。他に目的があるはずだ)
(まさか、イナか? 早すぎる。損傷したエイグを確認してからでないと、あの機体の事は分からないはず……!)
(とにかく今は囮行動を――待て、発砲を確認。『Shautia』の予測待機地点からだ!)
「イナか!」
レイアが歓喜の声を上げた次の瞬間、目の前にある学校のグラウンドで大きな爆発が起きた。
それがイナによる攻撃であると、レイアは瞬時に理解した。
が――彼女の歓喜はすぐに焦りへと戻ることになる。
爆風の中から、アンジュとヴェルデが現れたのだから。
同刻。ゼライドは爆風の中から出ると、すぐにイアルへと通信を送る。
「花火に花火で返すたぁやるじゃねえか。だがまあ――ちと遅かったな」
『自慢をするだけでしたら、通信を終えますよ』
「かてぇこと言うなって」
ゼライドはプラプラと手を振りながら、左手に握っていた脇差ほどの短刀を投げ捨てる。刀は途中で霧散し、跡形もなく消えた。
彼はイナの放った花火弾に反応し、即座に短刀を実体化して投げ、弾に当てたのだ。いくらエイグに合うように巨大化したライフルと言えど、人間から見た銃弾の大きさとは感覚的に大差はない。そんな神業を成せるのは、ゼライドがブリュードの一人であることを示すに十分である。
『回収班に影響なし。周辺を飛行するヴェルクも仕掛けてくる様子はありません』
「ならお前はあの紫色の警戒と回収班の護衛を続けろ。俺は奴と一発やってみたいね」
『狙撃手が相手の懐に飛び込んでくるとは思えませんが』
「弾道をよく見てみろ、エイグの補正なしじゃ俺に当たってた」
『目的は目くらまし……なるほど。あのヴェルクはその間に私達を』
「それでもよかったのにあえてグラウンドを狙ったか……相手は甘ちゃんか」
ゼライドは弾の飛んできた方向を向き、にやりと笑う。
「動くぞ。離れるなよ」
『子供ではありませんから』
イアルの返事に苦笑した後、ゼライドは通信を切ってアハトを構え直す。イアルはゼライドに背を向け、再び煙の中に消えていく。
「さあ来いよ、化け物!」
武者震いをしながら、ゼライドはアハトを真上に向けて発砲した。
先ほどの花火玉をもう一度打ち上げ、ゼライドは自らの自信を空に示した。
◆
スコープ越しにそれを見たイナは焦りを感じ、歯ぎしりをした。
「ケッ……その人間離れの能力もあるのかよ!」
(脈拍上昇――興奮?)
「そういうこったな。レイアの援護もしなきゃいけない、シャウトシステム!!」
(システム起動。時流速操作)
イナが叫んでシャウトシステムが起動し、時の流れは遅まる。そしてイナは推進器を噴かして、煙の舞う学校へと飛ぶ。
途中でヴェルデの姿が見え、イナはその拳を硬く握る。
「ディィィスッ!!! シャウトォォォォッ!!!」
(シャットダウン。時流速、規定値へ)
イナの拳がゼライドの右肩に触れる直前、時の流れは元に戻る。
高速で接近したイナの拳に完璧に反応できるはずもなく、ゼライドはそれを喰らってしまう――しかしその人間離れした反応は働き、ダメージを半分以上減らしている。
「っち!」
(反応速度――常人の比じゃない。本当に人間が乗ってるの!?)
(人間だよ、残念ながらな!)「バスタード!」
イナは素早く後退し、剣を振るように右腕を動かしてシャウトバスタードを実体化する。
「化け物に乗ってんのはガキかよ、え、赤いの!!」
「説得力ねえっつの、化け物がっ!」
イナは上昇し、バスタードの刀身を鋏のように展開させる。中から小さな砲身が現れ、銃口から緑色の光線――シャウトエネルギーが高速で飛び出す。
だが本物の光線程の速度は出ず、ゼライドはそれに反応して避ける。
「どうしたよ、水鉄砲で遊んでんじゃないんだ。本物のタマってのぁ……こう言うものを言うんだよっ!!」
避けた直後にアハトをイナに向け、ゼライドも発砲する。
今度は花火玉などではなく、実弾だ。
「バリアァッ!!」
イナが叫びながら左手を突き出すと、直進してきた銃弾は切り裂かれるように消えていく。
シャウティアの機体表面に張られたシャウトエネルギー。これも増大させることにより、バリアとしての効力も高めることができる。
だが衝撃は殺し切れず、イナの体は揺れる。
「これだけ張ったのにこの衝撃ってのは……まともに食らいたかねえな」
「バリアなんて贅沢品持ってんのかよ! こいつぁいよいよ化け物だな……体術も意味が無いと見える。となれば銃撃戦かね」
「作戦をベラベラ喋んなよ。俺が勝つぞ?」
「やれるもんならやってみろよ」
(……やれるかよ……お前は後々こっち側に来るんだから)
ゼライド・ゼファン。『シャウティア』では中盤で連合を裏切り、プレイスに参加した人間だ。ここでも同じ展開になるのならという思いがあり、イナはここで彼を討つことはできなかった。
「おら来いよ甘ちゃん。殺してみろよ?」
「挑発なんざに乗るかよ、バァカ」(シャウティア、バリアの調整とかできるか)
(イナが脅威だと判断したものだけを削り取る。あとは出力調整だけ)
(人間の意思なんてのは不確定なもんだ。お前の意思じゃ無理なのか)
(できるけど、他の処理が少し遅くなる)
(十分だ。なら、前方の青いツォイクと近くにいる紅いのは脅威じゃない。いいな?)
(格闘戦をする気? 私の硬さはあのエイグの倍以上あるんだよ)
(そいつは確かこのバリアのせいのはずだ。お前そのものの装甲強度は皆無だ)
イナは『シャウティア』の知識を出し、シャウティアに言う。シャウティアの装甲・ティレニウム合金はシャウトエネルギーと最も相性のいい物質である代わりに、強度は一般的な鉄と大差はない。
(そうだけど……)
(俺の指示した時にシャウトエネルギーを硬化させろ。それなら奴と格闘戦ができるはずだ)
(了解。……頑張ってね)
シャウトエネルギーは水のように気体・液体・個体に似た状態変化が行える。それを操ることのできるシャウティアは、気体状態のそれを液体・個体にして戦闘に使っているのだ。イナはそれを固形化し、格闘戦に使おうというのだ。
「おいおい、そっちも黙りこくんなよ。作戦立ててるのか?」
「――今終わった所だ。バリアは消す、普通に戦おうじゃねえか」
『お? 随分な自信だな。何にせよ上の目的はお前みたいだし、少しぐらい遊んでやるかね』
「口調に似あう実力があるってのぁいいもんだな、おっさん」
「ガキにおっさん呼ばわりされるほど年食っちゃねえよ。調子に乗るんじゃねえ」
「乗ってるのは相棒さ。さて、行こうか」
「来いよ、一撃目はくれてやる」
「ならよっ!!」
明らかな罠――両手を広げて攻撃を待つゼライドに向かって、イナは斬りかかる。
(シャウトエネルギー!)
心の中で念じると、閉じたバスタードの刀身をシャウトエネルギーが覆う。
その剣を振るが、もちろんゼライドには当たらない。いや、当てなかったのだ。それには殺したくないという思いもあったが、もう一つ別の目的があった。
「シャウトウィップッ!!」
剣の軌道に合わせて動いていたエネルギーが時間差で鞭のように振り下ろされ、着地したばかりのゼライドを襲う。
が、彼にそんな攻撃が当たるはずもなく。鞭は虚しくゼライドの胸の前を通り過ぎ、地面を少しだけ抉った。
「無理か」
「動きからして全くの素人だな。しかしまあ、バリア持ちが相手じゃあアハトを使うのは得策じゃあねえ……こいつならどうだ?」
「!!」
アハトを捨て、ゼライドは右手を空に掲げた。彼の手に光が集まっていき、それはやがて円錐状になり――掘削する道具で有名な、ドリルとなった。
「いいねえ、男のロマンだ。膝や肩に付けてもよく映える」
「そいつぁ、どうもっ!!」
「っち!」
素早く距離を詰め、ゼライドは回転するドリルを突き出す。
イナはバスタードでそれを受け流すが、シャウトエネルギーを展開している上ドリルを脅威と認識したはずなのに、ドリルは殆んど削られた様子もなく――逆に、バスタードが削られている。
(おいおいおいおい、シャウトエネルギーまで突破すんのかよ!)
(内蔵兵装、損傷なし。あのドリルはちゃんと削られてるけど、回転してるから……)
(削りづらい、ってか。くそったれ!)「バスタードッ!!」
「さっきの水鉄砲かよ!」
ゼライドは振り向きざまに回し蹴りを繰り出し、展開しようとしていたバスタードを蹴り飛ばす。
(フィル・ウェポン還元)
休むことなくまたドリルで突き、イナの腹に穴を開けようとする。
「やってくれる! けどっ!!」
(システム起動。時流速操作)
イナがゼライドを睨んで叫ぶと同時に、時の流れは遅まる。
その間に背後をとり、イナは拳を振りかぶる。
「戻れっ!!」
(シャットダウン。時流速、規定値へ)
時が元に戻ると同時に、イナの拳はゼライドの背負う推進器にめり込む。
さすがに反応はできず、ゼライドは舌打ちした。
「ヴェルデ、背部推進器パージ! やるじゃあねえかバケモンが!」
「手加減してんだ感謝しろおっさん!」
パージされて飛んできた推進器を弾きながら、イナは右手を振る。その手には、三角形を模っているシャウトエネルギーがある。バスタードを失った彼が即席で作った近接武器だ。
「まるでスーパーロボットだな、バケモン!」
「もう突っ込む気にもならねえよ!」
瞬時に短刀を実体化させたゼライドはそれを逆手に持ち、忍者の様な動きでイナに迫る。
振り下ろされた剣と剣はぶつかり合い、激しい火花を散らした。
白熱する二人の戦いが遮られたのは、そんな時だった。
彼らの戦闘が始まると同時に、レイアとイアルの戦闘も始まっていた。
レイアは両手で腰のマシンライフル・ツヴァイを抜く。この世界ではあまり銃そのものにはこだわりが無くてよいが、装填数や弾の発射速度はそれぞれ異なる。ゼライドのアハトは銃本体の頑丈さに重点が置かれているが、彼女のツヴァイはただ発射速度のみが追求されている。アハトとは違い、こちらはマシンガンの類である。
(相手が一体なら、とは思えんな……やはり意図が見えん。イナが目的の一つであるのは確かだが……)
(味方機の回収なら、それほど珍しくは無いだろう。だが、奴はそれを守っている。となると、俺達の目的はあの回収部隊に絞ればいい)
(そう簡単に行くとは思えんがな)
自嘲気味に笑うと、シフォンはレイアの頭の中にデータを送った。
(味方機の反応? イナではない……アヴィナか!)
(本命のご登場だ。あれがあれば奴の猛攻をかいくぐれるはずだ)
(すぐに通信を繋げ。簡潔に説明する)
レイアは、学校の正門方面(南)から高速で接近してくるヴェルク・シアスに乗るアヴィナの方を向く。
『ちょっと遅れましたぁ』
「反省しているのならすぐに手伝え。奴の足止めをしろ。できることなら、破壊しても構わん」
『あれってブリュードってやつの片方ですよねー? 破壊は無理でも張り合うくらいなら頑張りまーっす』
戦闘中とは思えない、緊張感のない声で返事しつつ、アヴィナは門を飛び越えて戦場に滑り込む。
肩には細長いレールガン2丁に、両腕両脚には3連ミサイルランチャー。背中には大型バズーカにスナイパーライフル。おまけに両手には長さの違う連装砲二つ。人間で言えば、登山用の荷物が詰め込まれたリュックを4つ以上装備しているようなものだ。なのに、彼女は体を何不自由なく動かしている。
『ほんじゃ、アヴィナ・ラフ、作戦開始っと!』
その声を皮切りに、レイアとアヴィナは同時に引き金を引く。二人の持つ火器からそれぞれ異なる弾が飛び、イアルを襲う。
「アヴィナ、ミサイルを使え!」
『学校だからって気にすんなってことですねー』
大砲を撃ちながら、アヴィナは両脚のミサイルを発射する。6つのミサイルは煙の中のイアルめがけて跳んでいくが、それらは全て撃ち落とされる。
『あんれ、やってない? やったか!? とか言ってないのに』
「手を動かせ。来るぞ!」
『へいほー。そう言えばイーくんは?』
「奴はもう一機とやりあっている。下手に手を出せば死ぬのはこちらだ」
『期待してんだ? このツンデレさんめっ』
「手を動かせと言った。お前を撃つぞ」
『やははー、怖い怖い、っと!』
緊張感の無さがレイアにもうつったのか、通信しながらも二人は息を合わせて攻撃を繰り返している。
「――さすがにプレイスのエース級二人を相手にするのは辛いですね。ですが、私もブリュードと呼ばれる搭乗者。簡単に引くわけには行きません」
イアルは煙の中から姿を現し、上空にいるレイアに向けて突進する。
レイアはそれを素早くかわすが、イアルが手首から出したワイヤーに捕まり、引き寄せられる。
そして顔と顔がぶつかると、イアルはレイアに向けて通信を送った。
『接触回線、問題なし……二度目ですね。紫のヴェルク』
「流石にこの戦力でお前を倒せるなどとは思っていない。だが足止めくらいなら可能だ」
『正直言って、私もこの任務の意味はほとんど理解していません。ですが、任務は果たします』
「貴様らが素直に帰ってくれればそれでいいんだがな!」
『なら、見ているだけで十分だったでしょう。こちらは破壊活動を行う気はありませんでした』
「それが信用できないから、来ているんだっ!!」
『――隊長さん、目ぇ瞑って』
会話のドッジボールを続ける二人の下へ、強い光を放つ閃光弾が放たれた。
それを撃ったのは下にいたアヴィナに他ならない。レイアは迷わず目を閉じ、眩い光を抑えた。
唐突なことで反応できなかったイアルは目を潰され、その隙にレイアが手を回してワイヤーを解く。
解けて出たままになっているワイヤーを引き、レイアはイアルを地上に向けて投げ飛ばす。
その先にいるのは、ゼライドとイナ――。
◆
イナとゼライド、二人の戦いが遮られた原因――それは、レイアが投げ飛ばしてきたイアルだった。
「くぅ、ぅうっ!」
「イアル!?」
「もらったぁっ!!」
背後から聞こえてきた呻き声に一瞬動き鈍り、ゼライドは結晶化したシャウトエネルギーを纏った足に蹴り飛ばされる。
「ぐ!」
「……大、尉。無事ですか」
苦しそうな声のイアル。ゼライドは舌打ちをして、イナを睨む。
彼らに聞こえないように、ゼライドはイアルと通信を繋ぐ。
「回収班は」
『離脱を確認しました。任務は成功しましたが……不覚です』
「成功ばかりするエースがあってたまるかよ。お前の推進器は……生きてるな。悪いが運んでくれ、推進器がやられた」
『……分かりました』
イアルとゼライドは互いに肩を組み、推進器を噴かして上昇し始めた。
しかしそれを見逃すはずもなく、レイアがマシンガンを向けて接近してきた。
が、彼女の攻撃は実行されなかった。
「レイア! そいつは殺しちゃ駄目だ!」
「何言ってんだ、あのガキ……」
下から聞こえてきたイナの声に顔をしかめながら、ゼライドは上昇を続ける。命拾いをしたことは確かだが、その意図は分からない。
この短時間の戦闘の間に、ゼライドの中にある疑問はいくつも増えた。
おそらくそれは、イアルも同じだ。
「情けねえな。殺し合ってたガキに助けられるたぁ」
『命があるのなら十二分です。上空に戦艦が来ています、着艦許可を取りますね』
「頼む」
ゼライドはこの後フェーデの小言を聞くことになるだろうと思い、ため息をついた。
そしてまた下を向き、先程の赤いエイグの事を思い出そうとしたが――雲の中に入り、その姿を再び見ることは叶わなかった。
◆
戦闘が終わり、黒い煙の漂うグラウンド。
校舎は所々崩れてはいるが、それも一部だけで全壊していないのは奇跡と言えるだろう。
そんな中、レイアはイナを睨んでいた。その横で、アヴィナはつまらなそうにそれを見ていた。
「どうしてだ、イナ! 奴らは私達にとって死神の様な存在だ! あんなのを野放しにしていたら、私達はいつまでも連合に勝てはしない!」
「ああ、ええと、それはだな……」(勢いで殺すなって言っちゃったけど、未来の事を伝えてどうなるか……いや、そもそもアニメ通りに展開が進むとは限らないのが証明されちゃったけど)
「まーまー隊長さん、イーくんあれでしょ、未来知ってるんでしょ? あの人が今後の戦局を左右する重要なカギになるとか、そういう事なんじゃないの?」
(……まさにその通りだよ)
性格の割に鋭いアヴィナに、イナは冷や汗を流す。
「それでも、放っておけばこちらの戦力が削がれていくのは確かだ!」
「そうなら、俺がなんとかしてやる」
「――は?」
レイアの口から、素っ頓狂な声が上がる。
(……いくら俺がド素人だからって、その反応はねえだろ……)
「はは、面白い事言うんだねイーくん。でも、そんな簡単なことじゃないよ?」
「分かってる。だからこそだ」
同じような反応を見せるアヴィナに言い、イナは明確な意思を見せる。
「……く、くく。面白いな、お前は。ああ、ならやってみろ。男に二言はあるまい、絶対にやり遂げて見せろ」
「へぇ、止めないのか。それでいいんだけどな」
「生意気だな。大口叩いて死なれたら笑うしかなくなるだろうが」
口を覆って笑いをこらえるレイアを見、イナもつられて笑いそうになる。
アヴィナは既にニコニコと明るい笑みを浮かべているが。
「全機撤収。作戦は未完遂。アーキスタに報告せねばな」
上機嫌な3人はそれぞれ同じ目的地へ向かい、夏の昼間の熱い太陽に照らされていたのだった。
通信時は他の人には声が聞こえません。
Part-Cへ。