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第1話「鼓動」part-B

『未確認機体か、しかしっ!』

 一瞬呆気に取られていた連合軍のエイグは即座にライフルを構え直し、紅蓮のエイグに向けて弾を数発発射する。

 銃弾は迷うことなく紅蓮のエイグに直撃した――はずだった。

『効いていない、だと!?』

 連合軍のエイグは再び驚き、自らの中に募る不安を打ち消すように、何度も何度も引き金を引く。その度に銃口から放たれる弾は、紅蓮のエイグの装甲に触れることはない。

 目前で起きる不可思議な現象を見、伊那は懐かしむように幼少期見たアニメのことを思い出していた。

(シャウトエネルギーのフィールド……やっぱり、こいつは!)

 体の中で暴れる興奮を抑えきれず、伊那は紅蓮のエイグの下へと駆ける。

 紅蓮の巨人の耐久力に驚く連合軍のエイグはそんな彼に気付きはしなかったが、ナイフの刺さった肩を押さえているプレイスのエイグは彼の姿をしっかりと捉えていた。

『……あの子、まさか!』

 彼女の思いが思わず外に出てしまい、その声を聞いた連合のエイグが伊那の姿を捉えてしまう。

 連合軍のエイグはこの少年がこの紅蓮のエイグの搭乗者なのだと瞬時に悟ったように、ライフルを伊那に向け引き金を引く。

 それに気付いた伊那は振り向くが、すでに遅く――は、なかった。

 今度は何も思えずに死ぬと思っていた伊那は、自分が生きていることを再確認する。そして自分を守るように囲む、何か――伊那はそれを、瞬時に『彼女』の手であることを理解した。

「――悪いな、シャウティア。ちょっと舞い上がってた」

 紅蓮のエイグの名を呼びながら、伊那は『彼女』に謝罪する。

 鬼を連想させるような凶悪な人の顔、各部を赤や白で染め、物言わぬ顔で伊那を見つめる『彼女』――シャウティア。テレビアニメ「絶響機動シャウティア」の主人公機にして、作中最強の機体。特殊な音エネルギー『シャウトエネルギー』を操って戦闘を行う機体で、先程ライフルの弾のダメージを全く受けなかったのは、それを機体表面に展開したバリアに阻まれたからだ。

 他にも、シャウトエネルギーを駆使した様々な戦闘方法があるが――今は、それどころではない。

(俺の推測が正しいなら、あれはエイグ――確か固有の名前があったが、今はそれを思い出してる場合じゃない)

 伊那は先程見た巨人の事を思い出し、顎に手を当てて考える。

 エイグ。同作品の量産機として登場し、その独特な構造から自由な機体を作成することが可能であり、多彩な機体が登場した。そんな夢に溢れている機体であるが、実際は最初に乗った人間を「BeAG(バグ)システム」と呼ばれる機能で自分と一体化させて、ダメージをその搭乗者と共有してしまうという悪夢の塊でもあった。

「って、そんなことしてる場合じゃねえ!」

 伊那はこんな時間も惜しいと思いながら、傾けられた紅蓮のエイグ――シャウティアの手に乗る。

(――無人か。貯蓄した分のエネルギーがあるだろうが、早くしないとエネルギーが枯渇する)

 伊那は開かれた胸の装甲の奥を見て舌打ちした。

 そう、シャウトエネルギーを駆使して闘うシャウティアはそれ自体を動力としている。しかもそれは人間の声からしか発生しない為、搭乗者がいないと当然無力化する。伊那はそのことを心配しているのだ。

 シャウティアの手がその胸の近くまで来たところで、伊那はコクピットの中へと飛び込む――が、勢いをつけすぎて頭を打ってしまった。

 強打した頭を優しくさすりながら、伊那は立ち上がる。そして心を落ち着けて、記憶を呼び覚ます為に目を閉じる。

(思い出せ。直接動かしたことはなくても、動かし方は分かるはずだ。見様見真似で、こいつは動く!)

 伊那は目を見開き、決意を固める。

「閉じろ!」

『――了解』

 伊那の命令に対し、コクピット内に静かな少女――シャウティアのAIの声が響き渡る。そして命令通りに胸の装甲が閉じ、内部は闇に包まれる。

『く、くそっ!』

 外では、連合軍のエイグがまた引き金を引く。だが、もちろんその銃弾はシャウティアの装甲まで届きはしない。

 それでも衝撃は届き、その巨体を揺らした。伊那はなんとかバランスを保ちながら、身を捧げると言わんばかりに手を開く。

『ナノ・ヒュレ・プロジェクター射出。貴方の欲望を喰らい、その願いを糧とする』

(――同じだ!)「ぎぃ、っぐ!?」

 確信したと同時に、伊那の全身を鋭い痛みが襲ってくる。それは今、彼の肌の表面、そして体の内部にまで超小型の「映写機」が埋め込まれているからだ。

 それは数秒の内に消えていき、伊那をシャウティアの搭乗者とした。

 痛みに目を閉じていた彼は目を開く――と、それが自分の視界ではないと、伊那は瞬時に理解した。

「これが、エイグの視界」

 彼は思わずつぶやく。一体化したことで伊那の視界はシャウティアのものになっている。

 まるで巨人になったような気分で周囲を見渡すと、連合軍のエイグが伊那にライフルを向けているのと、その傍で痛みに悶えるプレイスのエイグが見えた。

(まずは、立つ……!)

 伊那は自らに念じながら、足に力を入れる。すると、それは自然なことなのだが――伊那は、立った。

 まだ少しふらふらとしてはいるが、それでも伊那は大地を踏みしめて立っている。

「立った……だと!」

 連合軍のエイグからの声。伊那の耳には、先程とは違い明瞭に聞こえている。

 それは紛れもなく、伊那が同等の存在になったからだろう。

 目の前にいる連合軍のエイグを捉えた伊那は、その右足を前に出す。それがまた地を踏みしめると、今度は左足を出す。それがまた地を踏みしめ、右足を出し、地を踏み、左足、踏み、右、左……要は、歩いたのだ。まだうまく動かせない彼にとって、走るというのは困難だ。

 それを止めようとした連合のエイグは再びライフルを構え、引き金を引く。そして放たれた銃弾はまっすぐ伊那の顔面へ到達――する直前、伊那は叫んだ。

「シャウトォッ!!!」

(システム起動。時流速操作)

 その叫びを聞いた銃弾は唐突に速度を落とした。と言うより、不自然に浮いていると言うべきか。

 シャウトシステム。シャウティアに搭載されたシステムで、伊那が使用したのはその機能の内の一つだ。

 作中のキーワードの一つにもなっている「時流速」という、時の流れる速度を変えることで超絶した高速戦闘が行えるのだ。銃弾の速度が落ちたのはこのせいである。正確には速度はそのままなのだが、伊那から見た他人の一秒の速度が変化したことで速度が落ちたように見えているのだ。

 伊那はこれを利用して弾を難なく避け、連合のエイグの懐に飛び込む。

「ディスシャウトォッ!!!」

(シャットダウン。時流速、規定値へ)

 再び伊那が叫ぶと、弾は何もないところを通り過ぎる。

 連合のエイグは為す術もなく、突然懐に飛び込んできた伊那を認識して驚く暇もない。伊那はそんな相手に対して素早く右の拳を叩きこむ。

「ごふ、ぁっ……!」

 ただでさえ尋常ではない硬度を持つエイグの装甲に、シャウティアの拳はいとも容易くめり込んだ。

 ここで伊那は、驚愕と恐怖に襲われた。

(シャウティアの拳は、こんなに硬いのか――!? いや、それより。搭乗者が!)

 伊那を恐れさせたのは、エイグの特性にある。そう、ダメージの共有――シャウティアの拳は、連合のエイグの腹部を貫いた。つまり、中にいる搭乗者の腹部も、同様に貫かれたようなものなのである。実際には貫かれてはいないが、体内外の映写機によってダメージを受けた部分の機能が停止させられ、自分にも他人にも視認が不可能になる。傍で倒れているプレイスのエイグの搭乗者も、今は肩にダメージを受けている。

 そんな彼女が、叫んだ。

「機体が爆発するわ! 早く離しなさい!」

 彼女の声を聞いた伊那は我に返り、消え入るような声で呻く連合軍のエイグを見る。

(……俺は、殺したのか? 誰かもわからない人間を……!!)

 眩暈がするような感覚に襲われ、伊那は頭を押さえる。

 だが彼女は再び叫ぶ。

「早く! 貴方も巻き込まれるわよ!!」

「――うあああああああああっ!!!」

 感情を押し殺すように叫ぶと、伊那は連合軍のエイグの首を掴んで明後日の方向に投げ飛ばした。

 校舎の裏山に叩きつけられたそれは、夜中であるせいか余計けたましい音を出して爆発した。

 ――伊那にはそれが、人間そのものが破裂したようにしか見えなかった。

(人間じゃないと割り切ればいいのか? 中にいると分かっているのに? ……無理だろ!!)

 葛藤する伊那をよそに、プレイスのエイグは痛みに耐えながらもナイフを抜いて立ち上がる。

 その手は腰のライフルを抜き取って、伊那に向けられた。

「唐突で申し訳ないけれど……付いて来てもらえるかしら。貴方を野放しにはできない」

(……シャウティアに向かうのは無謀だが、従うべきだろうな……)「……分かった」

 悩んでもしょうがないと思った伊那は、元の物語の流れに沿って彼女に付いて行くことにした。

 ――が、それで終わりはしなかった。双方おぼつかない足取りで勢いをつけて飛ぼうとしたとき、その足元にミサイルが飛来し、爆発した。

「ぐぅっ!」「まだ敵がいたの!?」

 伊那はなんとかバランスを保てたが、もう片方はダメージが大きいためかそのまま倒れた。

「大丈夫か!?」

「だ、大丈夫……じゃない、かも」

 あえぐような声を出しながら、プレイスのエイグは地を這う。

 伊那は舌打ちして空を見上げ、敵機の姿を探す――が、月がもう沈んだのかその姿は見えない。

(守るしかないのか……!)

(護衛対象の損傷軽微。搭乗者の損傷も同様)

 覚悟を決めた伊那の頭の中に、先程コクピット内で聞いたシャウティアの声が響く。

(まるで二重人格にでもなった気分だ)

 伊那はそう思いながら、ただ空を見上げている。正確には二身同体なのだが、今の伊那はそうとしか思わなかったようだ。

「あなた、名前は?」

「そういうときは自分からってもんじゃねえのか」(まあ、知ってるんだが……)

「……そうね、失礼したわ。私はヴェルクの搭乗者、シエラ・リーゲンス。あなたは?」

(あー、ヴェルクだったか。そんで連合が……ツォイク、だったな)「俺は――」

 組織ごとのエイグの名前を思い出しつつ、伊那は迷った。それも、しょうもないことで。

(イナ・ミヅキと名乗るべきか? いや、こうしてみるとミヅキってアニメキャラの名前っぽくないよな……よし、借りるか)「――イナ・スレイドだ」

 スレイド――それは、元の物語の主人公、シオンの名だ。シャウティアに乗っているからという安直な理由で作り上げられた偽名だが、状況のせいもあるのかシエラはあっさりと信じた。

「イナね。その、申し訳ないけれど……そろそろおね――仲間がこの辺りを通るはずなの。救援信号を出すから、その間守ってもらえないかしら?」

「ああ、了解だ。――っ!」

(11時方向)

 伊那――いや、イナが返事した直後、その身に向けて何発もの槍が飛んできた。

 視認することはできなかったもののシャウティアからの警告があったおかげで、イナはその場を離れることで槍を回避した。

(思い出せ。他にあったはずだ――)「何か武器は無いのかよ!」

 文句を言いながらも、その思考の中では状況を変えようとする一手を生み出そうとしている。

(シャウティア……シャウティア……エイグ……映写機……ヒュレ粒子!)

 彼の思い出したもの――ヒュレ粒子は、元の物語の世界を満たす特殊な粒子である。人間の想像を感知して、その想像したものを実体化させるもので、それが可能な人間は「ヒュレプレイヤー」と呼ばれる。

 が――イナは致命的なことを忘れていた。

(俺がヒュレプレイヤーなわけないよなぁぁ……)

 もうこの世界を自分の住んでいる世界とは別のものであると決めたイナは、同様に自分がこの世界の人物でもないのに、この世界特有の存在ではないと思ったのだ。

 が――。

(フィル・ウェポン使用許諾確認。スタンバイ)

「え」

 更に飛来してきた槍を避けると、イナの頭の中にシャウティアの声が響いた。

 フィル・ウェポン――それは、エイグのBeAGシステムとヒュレプレイヤーの能力を最大限に生かして作られた武器の名前だ。BeAGシステムによって搭乗者とイコールで結ばれたエイグは、搭乗者がヒュレプレイヤーであるならばその能力を使って武器を作ることができる。ちなみにフィルというのは、iaがヒュレ粒子の事をこう呼んでいただけであり、どういうことなのかはいまだ謎である。

 とにかく、自分がヒュレプレイヤーでもないのにそれを使えるというのは、イナにとって不可解極まりないことだった。

(けど、使えるなら使う!)「武器構成――」

 イナは元の物語通りに構え、頭の中で武器を想像する。それも、元の物語にあったものだ。

(両刃の片手剣――柄に引き金――それに連動した大砲を刀身の中――柄への力加減の調節で刀身を鋏のように展開――)「――シャウトバスタードッ!!!」

 イナが空に手を伸ばすと、光が集まって彼が想像した通りの大型片手剣を模っていく。

 シャウトバスタード。内部にシャウトエネルギーを発射する砲身を内蔵し、柄を握る力を弱めることでトリガーが現れると同時に刀身が鋏のように開く。作中でもシオンが多用していたフィル・ウェポンだ。イナはそれを強く握る。

(シャウティア、敵はどこに)

(6時方向。地上から約40mの位置、槍の軌道から逆算すると――円を描きながら移動してるみたい)

(呆れるな、全く!)

 この時イナはコクピット内でわずかに口の端を吊り上げたが、シャウティアの顔はもちろん人間のように動きはしないので、BeAGシステムがあっても誰も気付くことはなかった。

「行くぞ、シャウティアッ!!」

(推進器に異常なし、行けるよ)

 イナが叫ぶと、背に設置された推進器が立ち上がり、鮮やかな緑色の炎の様なものが噴き出してイナを空へと運んだ。

 彼は40mがどれくらいか分からなかったので、適当なところで止まる。

「高度は」

(45m。敵機、8時方向)

「なら、こっちか!」

 イナが左斜め後ろを向いて剣を構えたその瞬間、彼の目前にはツォイクの顔が迫っていた。

「んなっ!?」

 驚いた伊那は本能的に身を逸らし、バスタードを振り上げる。そこまで早くはない動きであったので剣がツォイクの装甲に届くことはなく避けられる。

 そんなイナに向けて、ツォイクからの殺意が近付いてくる。

(敵、攻撃体勢。シャウトシステムの使用を推奨)

(シャウトシステム……)

 イナは先ほど自分が倒したツォイクの事を思い出していた。

 システムによる時流速の増減。それを使えば、敵は確実に隙だらけになる。そしてイナはまだシャウティアの操縦に慣れてはいない。うまく加減ができないのだ。それはつまり、同じようにこのツォイクの搭乗者を殺してしまう可能性があるということだ。

「――っち!」

 システムを使うことを躊躇い、ツォイクの右手に握られたナイフをバスタードで防ぐ。その瞬間を逃さず、イナはナイフを弾き飛ばす。

 宙を舞ったそれは回転しながら落下し、グラウンドの端に突き刺さった。

(シャウティア、搭乗者を殺さずにエイグだけを止める方法は!?)

(イナの思ってるような方法は無いよ。精々四肢を使えなくするくらいしか)

(それで十分だっ!!)

 エイグの四肢を使えなくする――それはつまり、腕・脚を付け替えない限りはずっとそのエイグの搭乗者は四肢が見えない上に使えなくなるということだ。

 相手を殺したくはない。だが逃がした兵士がまた現れるのも嫌だ。なら、その兵士の戦意を綺麗さっぱり消してしまえばいい。腕や足が使えなくなるのか命を落とすのか、どちらが望みかは聞くまでも無い――それがイナの考えだ。

「聞いとけツォイクの! 今からお前の両腕両脚を使い物にさせなくしてやる。おっと、逃がしゃしねえぞ。あとでまた来られても困るからな! 嫌でも知ったこっちゃねえ。えーと……その……あれだ、俺に出会った不幸を呪えっ!!」

 イナは自分でも戸惑いながら、なんとか出てきた言葉を選び、ツォイクを指差して叫ぶ――が、自分でもこの選択はミスだと思っているらしい。向けた指が力なく曲がっている。

 対するツォイクはと言うと、何も言わずに腰のライフルを取り出してイナに向けた。

(無視かよ!)

(攻撃予測、射撃。バスタード内蔵武装の使用を推奨)

「んなことしたら、やっちまうだろうが!」

(――了解)

 シャウティアの言葉を無視して、イナは少し高度を落として推進器を噴かす。

 ツォイクの下を通って背後に回るが、既にライフルがそちらに向けられていた。

(……慣れないな)

 自分の操作技術を下手だと思いながら、バスタードを盾にして突進する。

 そこに何発か銃弾が当たるが、バスタードはもろともしない。

「頑丈で助かったよ、まっ、たくっ!!」

 想像しなかった硬度が予想以上に高かったことに感謝しながら、イナはその剣を上段から振り下ろす。ただ黙って当たるわけもなく、ツォイクは身を動かして刀身から逃れる。

「くそったれ……!」

(軌道修正)

「なんで――」

(軌道修正)

「当たらないっ!!」

(軌道修正)

 シャウティアの声を聞き流しながら、イナはバスタードが一切当たらないことに苛立つ。ちゃんと狙っているはずなのに、ツォイクは全て避けているのだ。

 それもそのはず――シャウティアがそうしているのだから。

 先述の通り、イナとシャウティアは二心同体の状態にある。更にBeAGシステムもあり、いわば脳が二つあるという状態である。それを利用して、シャウティアがあたかもイナ自身の判断でバスタードを扱っているようにしているのだ。

 はっとしたイナは、今それに気付いた。

(……シャウティア、お前の仕業か)

(もう少しよく考えて、イナ。これで四肢を切断したら搭乗者も死んじゃうよ)

(あ)

(切ったら搭乗者の重要な血管の一部が消えたことになって、循環しなくなる。装甲表面を削るだけならまだ搭乗者へのダメージはないけど、内部骨格まで切っちゃうと――)

(……十分わかった。バスタードは捨てる)

(了解。フィル・ウェポン還元)

 シャウティアに説得されたイナはバスタードを投げ捨てる。バスタードは地面に向けて落下していくが、途中で剣先から光り輝く粒子となって霧散していった。

 その隙を逃さず、ツォイクがライフルをイナに向けて引き金を引く。

「シャウトッ!!!」

(システム起動。時流速操作)

 イナは叫び、先程使わまいと決めていたシャウトシステムを起動させ、再び銃弾を不自然に浮かせる。

 遅まった世界の中でただ一人、イナはツォイクの背後に回る。

(シャウティア、時流速操作の有効範囲って確か)

(シャウトエネルギーの包み込んだ空間にのみ有効だよ)

(エネルギーの放出ってできたっけか)

(腕に集束させる。使うときに範囲を指示して、こっちでやる)

(了解!)

 一瞬の間に会話を終えると、イナの右手に緑色の炎――集束されたシャウトエネルギーが現れる。

 それを確認したイナは、コマ送りされているような、とてつもなく遅いツォイクの右腕を掴む。

(今だ、ツォイクの右腕!)

 イナが念じると、その通りにエネルギーが動く。そしてエネルギーが右腕を掴むと、イナはそれを両手で持って――関節の可動範囲を、無理やり越えさせた。つまるところ、肘を逆に折ったのである。

 鉄の軋む不快な音と共に折れ曲がった右腕を見て、イナはどこか安心した。

(エネルギーを戻せ。――これで、こいつはもう)

(うん、右腕は使えなくなる。でもあれぐらいなら、生命維持に問題はないよ)

(だったら、この調子で!)

 再び右手に炎を灯し、今度は左腕を掴んで同じように折る。左脚、右脚も同様にだ。

 目的を達成したイナは頬に汗が流れるのを感じながら、安堵の溜息をつく。

「――ディスシャウト」

(シャットダウン。時流速、規定値へ)

「…………ぁぁぁああああああああアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」

 イナが再び同じ速さで時が流れる世界に戻ると、ツォイクの口から悲鳴が発せられた。いや悲鳴と言うより――断末魔の叫びと言うべきか。いずれにしても、痛みを誤魔化す為の叫びに他ならない。

「……これで、いいのか」

(うん。叫んでいるのは生きてる証拠)

 叫びながら落ちていくツォイクを見ていると、イナはあることを思い出す――シエラのヴェルクだ。

(シャウティア、シエラのヴェルクは!?)

(損傷変化なし……けど、肩に少し深いダメージを受けてる。早く修理しないと、あの子の腕は使い物にならなくなるよ)

(つくづく欠陥だらけだな、エイグってのは……内部骨格やられたら即死かよ)

(イナみたいに骨折させるなら死にはしないけどね。でも確かに、死ぬね)

 エイグの欠陥について話しながら、イナは高度を落としていく。シエラの乗るヴェルクの傍に着地すると、ヴェルクを見下ろすような体勢でしゃがんだ。

(……降りれるか?)

(その前に、お客様が来たみたい)

(客――?)

 シャウティアの不可解な言葉を聞いて辺りを見回そうとすると――その眼前に、銃口があった。

「う――」

「動くな」

 思わず悲鳴を上げようとしたイナは、今度は口に向けられた銃口によって声を抑えられる。

 落ち着いてそのライフルの先にある機体を見る。そこにいたのは、ただのライフルではなく対戦車用と思われる銃身の長いライフルを右手に持つ、紫色のエイグ。

「そのままだ。少しでも動いてみろ、貴様を撃つ」

(紫のエイグ、女の声――おいおい。こんなのアニメに……あった、か)

 元の物語の内容を思い出しながら、イナは顔を引きつらせる。

 彼の前にいるエイグ「シフォン」の搭乗者は――レイア・リーゲンス。イナとの間に寝転ぶヴェルクの搭乗者であるシエラの姉である。

 もちろん今彼はシャウトシステムを使って、彼女から逃れることはできる。だがこの先の展開を知っているイナは、そうしなかった。

(ここで敵対したら、話が進みそうにないしな……)

 あくまでただの一般人を装い、イナは恐る恐る両手を上げる。

「――投降する」

「動くなと言ったが?」

「もう、お姉ちゃん! その人は私の命の恩人なんだよ。敵じゃないの!」

 再び目に銃口を向けるレイアに対し、下からシエラが怒鳴る。

 それに動じる様子もなく、レイアはそのライフルを下ろそうとしない。

「シエラ、不注意だ。連合はなにをするか分からんからな。基地に来た途端に暴れ出すかも知れん」

「俺はそんなことしねえよっ!!」

「貴様の意見は聞いていない! 死にたいのかっ!!」

 あまりに好き勝手言われたイナは憤慨するが、レイアにライフルの先で顔を突かれる。

(くっそ、ツンツンしやがって……)

 内心苛立っているが、それを表に出せば瞬殺されるのは明白だ。イナもそこまで愚かではない。

 そんな彼に呆れたのか、レイアが溜息を吐く。

「――まあいい。投降したと言ったんだ、一応基地まで運んでやる。とりあえず出てこい」

(へいへい……)

 理不尽に親に叱られた子のような気分になりつつ、イナはレイアを睨むように見る。

(シャウティア、BeAGシステムシャットダウン。出してくれ)

(了解。戦闘終了)

 シャウティアの声と後にイナの視界は真っ暗になり、次に見えたのは明かりのついたコクピット内。

 排気音を立てながら装甲が開き、イナは外に出る。

「おい、出たぞ! どうすればいい!」

『私の手に乗れ。安心しろ、握りつぶしはしない』

(40m級の巨人の手の中ってのはちょっと……)

 内心不満を隠しきれないでいると、ヴェルクから声がした。

『お、お姉ちゃん! 流石に生身でそれは可哀想だよ!?』

『捕虜に同情するよう教えた覚えはないが。そこまで言うなら、お前が『責任を持って』そいつをコクピット内で監視していろ。動けるんだろう、こいつは私が運ぶから自力で飛べ』

『んなっ!? コ、コクピット内……!? う、うう。わかった』

(無茶苦茶言ってる姉だな……いや、間違っては無いんだろうけど)

 一方的に見える姉妹の会話を聞いてまた顔を引きつらせていると、ヴェルクがぎこちない動きで体を起こしてその左手をイナに差しのべた。

『ほ、ほら……大丈夫ですよー』

(こっちもぎこちねーなぁ……)

 イナが頼りないヴェルクの左手に乗ると、その手は装甲の開かれた胸の中に飛び込む。

 明るいコクピット内。イナが目を開けると、そこには細長い白い脚があった。靴を履いているわけでもなければ、靴下も穿いていない。それどころか、服も――。

(……まさか)

 その、まさかだった。

 ヴェルクの搭乗者であるシエラは、裸でコクピット内にいたのである。

「み、見ないでくだ、さ……ヴェルク、コクピット内の照明消してーっ!」

「わ、わ。ごめんなさいっ!!」

 イナは目の前で泣き叫ぶシエラに両手で目を覆って謝罪する。

「私……もう嫁にいけないかも……」

『責任を持てと言った。お前が悪い』

 厳しい言葉を言うレイアの声が笑い混じりだったことを、イナは気のせいだと思うことにした。

 外で何が起こっているのかは分からないが、ヴェルクへの衝撃、外での金属同士のぶつかる音から、今から彼女らの言う基地――反連合組織プレイスの基地へと向かうのだと思い、心が躍る気がしていた。




 かくして、世界を救う「主人公(シャウティアのパイロット)」がこの世に現れたのである。


 イナ「次回予告…って、なんだこれ。一人じゃねーか。えーと、『個性的なプレイス隊員に出会ったイナは、事情を説明するが信じてもらえない。そんな中、連合軍からの攻撃がイナ達を襲う! 次回、絶響機動シャウティア第2話「反逆の意思」。』……独り言だよな、これ」

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