第1話「鼓動」part-A
~あらすじ~
平凡な高校生、瑞月伊那。彼の誕生日に送られるプレゼント「主人公」を受け取る為、彼は数年振りに再会した父親と共に、父親の部屋へと赴く。
そして、彼はプレゼントと対面したはずたった。しかし次の瞬間、彼は見知らぬ場所にいた。
彼が状況を把握する間もなく、昔見たアニメで見覚えのある人型兵器「エイグ」同士の戦闘に巻き込まれる。
そのアニメ「絶響機動シャウティア」に似た展開に確信めいたものを感じた伊那は、主人公機「シャウティア」を呼ぶ。
そして彼は「イナ・スレイド」として、この世界で戦って行くことになるのである。
アニメと目の前の世界とで違う点に違和感を覚えつつも、時は彼に余裕を与えない。
「この世界を知れ」と言わんばかりの「展開」に、彼はまだ、抗うことはできない。
まだ、紅蓮は咲いていないのだから。
黎明の青みがかった空の下、紫と白のエイグとその搭乗者『レイア・リーゲンス』はタンクトップ一枚という、夏とは言え寒そうな格好で風に当たって涼んでいた。
まだ日が出てすらいないのにレイアがそんな格好をしているのは、彼女が一時間前から片道2kmはある格納庫の中を10往復して体温が高まったからである。そんな彼女は今から哨戒任務に赴くことになっている。
彼女の傍に立つエイグ『シフォン』。反連合組織プレイスが奪取したエイグに改造を施したもので、高出力の推進器を内蔵したウイングをバックパックに、またそれほどではないが出力の高い小型の推進器を足の各部に内蔵しており、機動力に優れている。また武装も豊富であるが、レイアの希望で中距離戦向きの銃器が多い。固有の高性能AIは彼女の消息不明の兄『カイト・リーゲンス』を元にしている。尚、機体名の由来はレイアが甘い物が好きであるのと、あまり防御力に優れていない(柔らかい)という弱点から来ている。
レイアは何の前触れもなく右手を挙げ、その指を鳴らした。静かな空に軽快な音が鳴り渡る。
同時に彼女の肌から吐き出されるように、シフォンと同一の外観を持つ鎧が現れ彼女の全身を覆う。
「時間だ。行こうか、シフォン」
(ああ)
にやりと笑って、レイアはシフォンに言う。彼はそれに短く返答して、彼女に手を伸ばす。
レイアがそれに乗ると、シフォンは自らの胸の前に手を運び、装甲を開いた。その奥には、小さな球状の空間――コクピットがある。彼女がその中に入ると装甲は閉じ、コクピットの中が闇に包まれる。
(搭乗者のヒュレ・プロジェクター認証、システム起動。武装・各部異常なし。行けるぞ)
シフォンの声と共に明るくなったコクピット内――だが、そこにいるレイアに光は必要ない。何故なら、彼女は既にシフォンと一体化し、一つの街の様な基地を見下ろしているのだから。
「レイア・リーゲンス、哨戒任務を開始する!」
シフォンの口から放たれたレイアの声は、日の出始めた空に響く。彼女は体を屈めて、推進器を噴かす。
最初から高出力だったそれは勢いよく火を噴き、レイアを空高くまで飛ばした。
雲のすぐ下まで飛んだレイアは勢いを弱め、方向を少しだけ変えてまた推進器を噴かした。
恐ろしい速度で飛んで行った彼女は、向かう先で何が現れるかをまだ知らない。
しかもそれが、いつか世界を救う存在であることを――。
◆
冬の夕時。西暦2055年の千葉におけるごく一般的な一軒家の居間で、少年『瑞月 伊那』とその幼馴染の少女『悠里 千佳』は、上半身はカッターシャツ、下半身はそれぞれの制服姿でソファに腰かけて大画面のテレビでニュース番組を見ながら、テーブルの上に置いてある箱に入った細長いスナック菓子を取り出し口に運んでいた。
画面には、右上に「古里誕生から10年! 国民の声は?」というテロップが表示されており、アナウンサーが街中の人々にインタビューしている映像が流れている。
『国連の発表した全国の統一が発表されてから早10年が経ったわけですが、何か変化を感じることはありますか?』
若い男のアナウンサーは、40歳辺りの会社員と思われる男にマイクを向けた。
『いえ、特に何も感じませんね』
男の短い返答の後すぐに場面は切り替わり――アナウンサーは次に、若い女性にマイクを向けた。
『大体、地球の名前を変えたようなものでしょ? 変わるわけないじゃない』
女の返答を聞いて、伊那はスナック菓子を齧って「確かにな」と呟く。
今から10年前――西暦2045年、国連で可決された「世界の統合」は地球に住むすべての人々を驚かせ、混乱させた。だが10年後の現在――その統合された、地球上に存在する唯一の国「古里」に住む人々の感想はと言うと、先程の二人の返答が代弁していると言っても過言ではない。
画面の前でその様子を見ている二人も、その例に漏れない。と言うより「どうでもいい」と思っている、という方が正しいだろう。
「でも確か、アメリカの辺りで何か作ってなかったっけ? えーと……名前、なんだっけ」
菓子を咥えて首を傾げる千佳を見、伊那は菓子を口に運ぼうとした手を止める。
「ヘイムダル。確か北欧神話に出てきた神の名前だったか」
「さっすがー! ロボットの事なら詳しいね、伊那」
「それとなく傷つくんだが」
伊那は不貞腐れながら菓子を口に投げ入れた。千佳にはそんなつもりはないのだろうが、伊那には悪意ある言葉にしか聞こえなかった。
事実伊那は勉強ができるわけでもなく、運動もさほど得意ではない。唯一誇れることと言えば、ロボットに関することのみである。生まれてわずか1年で見せられたロボットアニメの影響でロボットというロボットを好むようになり――現在に至る。
伊那が千佳に教えた、アメリカで製造中と噂されている機体――ヘイムダル。そのことを知っていたのも、ひとえに彼がロボットオタクであったからだ。
「そうだ、伊那。そろそろ見たいアニメあるんだけど、チャンネル変えていい?」
リモコンを持って見てくる千佳に、伊那は目を細める。
「……千佳。お前がここにいるのはもう何年もそうだから突っ込む気はない。けどここ俺の家だからな? 見たいものがあるなら家で見ような? それが無理なら録画しような?」
「何よ、伊那のケチ。うちがどんな家か知ってるくせに。あんな家の中でアニメなんて見たら殺されるよ」
伊那が千佳の言葉が嘘でないと分かるのは、幼馴染だから、というだけではない。過去に何度か悠里宅に訪れたことがあり、その時に見た家族の振る舞いを見たことがあるからだ。まさに世紀末覇者たち――というのは、当時5歳の伊那が抱いた感想である。
それを思い出した伊那は押し黙り、仕方なく承諾する。
「ていうか、俺今日誕生日なんだが。少しくらい遠慮するとかいう気はないのか」
つまんだ菓子を千佳に向けて、伊那は呆れたように言う。
千佳は菓子を咥えたまま唸り「これは仕方ないでしょ」と怒ったように言う。彼女が伊那の家にいるのはもはや自然なこととなっており、彼の誕生日の日にはプレゼントを持ってくることもある。――はずなのだが、今年の彼女は手ぶらだ。伊那はプレゼントがあろうとなかろうと気にはしないが、誕生日という特別な日なのに自分が特別だと思われていないような気がしているのだ。
「そこはさっき容認したろ。そうじゃなくて、祝うとか……ないのかよ」
「あら。意外とツンデレだったんだね、伊那」
「うるせえ!」
「はは。15歳の誕生日おめでと、不器用な伊那」
頬を赤く染めて怒る伊那の口に、千佳は笑いながら菓子を押し込む。
(俺を子ども扱いしやがって……)
伊那は千佳から目を逸らしながら菓子を食べると、恥じらいを誤魔化すようにソファから離れた。
千佳はそれを一瞥してからまたテレビ画面の方を向き、リモコンでテレビのチャンネルを変えた。
一方で伊那は居間を出、すぐ近くにあった扉を開けて中に入る。そこは台所で、青いエプロン姿の伊那の母・恵子が鼻歌を歌いながら包丁がまな板を叩く軽快な音が奏でられている。
「なあ母さん、親父はいつ帰ってくるんだよ」
「孝一さん? んー、そろそろ帰ってくると思うのだけれど」
伊那がこんなことを聞くのは、父・孝一が好きだから、という訳ではない。孝一は彼が生まれたあとすぐに家を出て研究に没頭しているらしく、そのせいで彼は一度も孝一を見たことが無い。ところが今年は帰ってくるということで、それを心待ちにしているのだ。
「ただいま」
噂をすれば影――当の本人のものと思しき声が、玄関の方から聞こえてきた。
伊那は慌てて台所から飛び出し、玄関へと向かう。
開けっ放しにされたドアの向こうでは恵子が笑い、伊那の通ったすぐ傍の居間にいる千佳は足音の下通路側をちらりと見たのみで、またテレビ画面の方を向く。
二人がそんな反応をしているとは知らず、伊那は玄関へたどり着く。そこには、見たことのない白衣の男。
いや、目元が伊那とよく似ている――伊那は一瞬で理解した。この男が自分の父親、瑞月孝一なのだと。
「親父……なのか?」
「お? てことはお前は伊那か。はは、生まれてからすっとばしてもう15になるんだったか? あとでアルバムを見せてくれよ」
「え、あ、うん……母さんに聞いてみる」
初対面の孝一に多少緊張しながら、伊那は父親を台所に案内する。
開けっ放しになっていた扉の奥では、恵子が涙目で待っていた。
「孝一さん……!」
「恵子か、変わってないな。今まで伊那の事全部任せて悪かったな」
「いいえ、いいのよ。あなたも大変だったんでしょう?」
「ああ……」孝一は一瞬だけ視線をイナに向けた。「そうだな」
伊那は孝一に見られたことを怪訝に思いながらも、母とのやりとりを見てやはり父親なのだということを再確認する。
「伊那、どうかしたのー? ……えっと、どなた?」
(空気を読めよ……)「俺の親父だよ。瑞月孝一」
抱きしめ合う二人に水を差すかのように現れた千佳。邪魔されたことを怒るような人間ではないだろうが、孝一は予想外の人物を見て目を丸くした。
「ほう。恵子、伊那に妹なんていたっけか?」
「違うわよ。その子は伊那の幼馴染よ」
「幼馴染?」孝一は伊那と千佳の顔を交互に見ながら言う。
千佳も孝一を初めて見るが、伊那の父親ということを知ると急にかしこまる。
「えっ、ええと。悠里千佳です! 伊那とはその、仲良くさせていただいて……」
「はは、よくできた子じゃないか。外見も性格も素晴らしい。特にむ……」
「孝一さん、相手は高校生よ?」
千佳の胸を凝視している孝一の後ろで、笑顔でフライパンを持つ恵子。その体からはどす黒い何かが蠢いているように見える。
伊那と千佳はそれに危機を感じて後ずさるが、さすが夫、ものともせずにケラケラと笑い飛ばす。
「冗談冗談。とにかく千佳ちゃん、伊那の事よろしく頼むぞ」
「は、はい! こちらこそ!」
孝一は千佳に笑いかけ、千佳は頭を下げる。彼女は健全な高校生的な知識には疎く、孝一の視線など一切気にしていなかったようだ。
もう千佳が家族でもいいような気がしてきたが、伊那はあまり考えないようにした。
ソファに伊那と千佳、その間に孝一をはさんで、それが自然であるかのようにテレビを見ていた。孝一の要望で再びニュース番組を視聴している。
番組では先程見たものと似たような特集をしており、俺と千佳はつまらなく感じていたが孝一は目を見開いて画面に見入っていた。
「……いつの間に世界が統合なんて……おい伊那、どういうことだこれは」
(世界統合を知らない? 親父は少なくとも世界のどこかにいたはずなのに)
怪訝そうに孝一の真剣な顔を見ながら、伊那は答えた。
「はっきり言って俺達にも訳が分からない。平和の為の一歩とか言ってるが、何かあるのは確かだな。それが分かりゃ苦労しないが……ヒントかどうかは怪しいが、アメリカで兵器作ってるとかいう噂がある」
「ヘイムダルっていうらしいですよ」
「ヘイムダル……北欧神話だったか? どういうものかまでは……分からないよな、さすがに」
「残念ながら」
肩をすくめながら言うと、画面の奥のアナウンサーが楽しげな話題を出してきた。
それをつまらないと思ったのか、孝一は伊那の方を向いた。
「なあ伊那。お前、夢はあるか?」
「……んだよ、藪から棒に。そうだな、アニメの世界に行くことかな」
「ほう?」
馬鹿にするわけでもなく、孝一は感心したような声を出す。今までこの話をしてこんな反応をされたことはなかったので、伊那はどこかくすぐったく感じた。
その隙に千佳が割り込んでくる。
「伊那ったら、昔っからこうなんです。『画面の奥の英雄』に会ってやるんだって」
「画面の奥の……英雄?」
「ああ千佳、そのことは言うなって!」
伊那は顔を赤くして慌てるが、千佳は子供を見守るような笑みを浮かべるだけだった。
「……はぁ。子供が特撮なんかのヒーローにあこがれるのは分かるだろ?」
伊那は仕方なく諦めて、孝一に言う。
「ああ、よくあるな」
「それだよ。昔っから色んなアニメを見てきて思ったんだ。『こいつらのおかげで今の俺があるんだ』ってさ。だから、感謝したくて」
「所詮誰かの作った架空の世界――とは、思わないのか?」
「俺の考えじゃ違う。アニメに限らず、漫画や小説の話は必ずどこかの世界で起きていることなんだ。それを作者という人間がこの世界に無意識のうちに伝えているだけで――」
ここまで熱く語って、伊那ははっとする。同時に顔が熱くなるのを感じて、父親から目線を逸らしてしまう。要するに、自分の発言が恥ずかしいものだと思ったのだ。
「ふむ、まあまあ面白い見解だ。誰かが考えてそうなことっていうのが減点対象だが――悪くはない。俺はその夢を応援するが、どう叶える気だ?」
「う」
「伊那、そこまで考えてないみたいです」
言葉の詰まった伊那の本心を千佳が代弁すると、伊那の顔は更に熱くなる。
そんな彼を見て、孝一は笑う。
「ははは、若気の至りって奴だな。夢があるのはいいことだが、折角の青春を棒に振るなよ? 学校生活は一度だけだ。安心しろ、学業が終われば嫌と言うほど時間ができるからな。はっはっはっ」
(とりあえずこんな男にはならないようにしよう……)
自分の息子を妻に任せっぱなしにするような男にはなるまいと心に誓いながら、伊那は再びテレビ画面に視線を戻した。
その時、部屋の中に恵子が入ってきた。その手にはいくつもの料理が乗った巨大なお盆が乗っている。
(母さん、頑張りすぎだろ……)
恵子が伊那の誕生日に大量のごちそうを作るのは毎年の事ではあるが、今年は特にひどい。孝一や千佳がいるにしても、食べきれるか怪しい。
「お、恵子の手料理か! 久しぶりだな、食うぞ食うぞー!」
15年ぶりの妻の手料理を見て、孝一は目を輝かせた。その隣で、伊那と千佳は苦笑している。
恵子は机の上に皿を並べながら、伊那達を手招きする。彼らはソファを離れてテーブルに向かう――が、千佳がここにいるのは明らかにおかしい。
だがこれも、かれこれ5年以上前からこうなのだ。もはや千佳も瑞月家の人間と言っても過言ではないだろう。
「あらあら。伊那はもう孝一さんと仲良くなったのね」
「仲良く……っていうか、元々親子なんだから不思議でもないだろ。早く食おうぜ」
「照れ屋さんなんだな、伊那は」
「ああもう、親父も千佳も! 俺を何だと――」
「「女々しい15歳かな」」
「畜生……」
椅子に座る前に床に這う伊那。今日の主役がそんな状態で大丈夫かと心配になる。
さすがにからかいすぎたと思ったのか、千佳が伊那の肩を叩く。
「ごめんごめん、さ、食べよ?」
「……ていうか、何でお前は今年もしれっとうちのメシを食おうとしてるんだ?」
「いいじゃないか。食卓には一人でも多い方がいい。千佳ちゃんさえよければ食ってってくれ」
「それじゃ、遠慮なく。うちは高校生から行動自由なので!」
「そいつはまた変わった家庭だな。ま、うちだと分かってるんだろうな」
「はは……」
分かられていてはいつ命が刈り取られるか分かったものではないので、伊那は失笑した。
悠里家の人間の事を知らない親父は幸せなのだなと、伊那は思わずにいられなかった。
別に悠里家の人間はろくでなしという訳ではなく、優しい人ばかりであることを念のため記述しておく。ただ、唯一の娘である千佳の身を案じすぎているだけであるのだ。
「……じゃ、いただきます」
伊那も大人しく椅子に座り、豪華な食卓に対して手を合わせた。
◆
「食った食った」
「もう無理……親父はなんでそんな余裕なんだ……」
「相変わらず美味しかったです、恵子さん」
「そう言ってもらえると、私も嬉しいわ」
各々に食事を終えた感想を述べた後、恵子が皿を重ねながら千佳に言う。
「あ、そうそう。伊那にプレゼントを渡さなきゃいけないわね」
「プレゼント?」
思い出したように言うと、伊那は恵子の方を見る。完食することに夢中で忘れていたのだ。
「今回は孝一さんにも手伝ってもらったのよ。名付けて『主人公』」
「親父が? ――ていうか何だよ主人公って」
「まあ、裏方の仕事ばっかだったけどな」
グラスに残ったワインを飲みながら、孝一は言う。
(裏方……アイデアってことか? とにかく期待できそうだ)
研究者のアイデアで作られたプレゼントがどんなものかは、伊那の想像力では計り知れなかった。正確には父親がどんなことを考えているのかが分からないのだ。
「もう遅いし、千佳ちゃんは私が送っていくわ。伊那は孝一さんと一緒にプレゼントを見に行きなさい。じゃあ、千佳ちゃん。行きましょう」
「あ、はい。えと……またね、伊那」
「おう。またな」
伊那は手を振る千佳に目で別れを告げ、彼女と恵子を見送った。
部屋から二人が出ると、伊那は酔って顔を赤くした孝一をじっとりとした目で見た。
(もう酔っぱらってるじゃねえか……大丈夫なのか?)「親父、プレゼントはどこに?」
「俺の部屋の本棚の中にあるはずだ。行こう」
酔っぱらっているとは思えないしっかりとした足取りで孝一は先に部屋を出、伊那はそれに付いていく。
(そう言えば、親父の部屋に入るのは久しぶりだったな……)
「――どうした、伊那。俺の背中に何かついてるか?」
不意にかけられたその言葉に、伊那ははっとした。
「い、いや。親父の部屋に入ったことないから、楽しみというか」
「はは。どうせお前と恵子しかいなかったんだ、勝手に入ってくれても構わんかったんだがな。年齢の割には良い子だ」
「なっ……こ、子ども扱いするなよ!」
「その口調はまだ子供だ。俺に言わせりゃあな」
酒の匂いを含ませた声で笑いながら、孝一は自室の扉を開ける。
伊那も初めて入るそこは、埃の匂いが立ち込めていた。舞った埃が鼻に入ってむず痒く感じたが、伊那は何とか我慢した。
「えーと、電気は……っと、これか」
孝一は手探りで部屋の電灯のスイッチを探して、小さな音と共に部屋を照らす。
光があることでようやく見えた部屋の中は整頓されており、プレゼントが入っているであろう黒い本棚には大量の分厚い本が並んでいた。
「そこに、プレゼントがあるのか? ただの本棚にしか見えないけど」
「ちょっとした仕掛けがあるのさ。真ん中にちょいと境目みたいなのが見えるだろ? こじ開けてみろ」
伊那は言われた通りに本棚の真ん中にある境目に指をひっかけ、開けようとする――が、中にある本が重すぎてびくともしない。
「なんだ弱っちいな。今時の高校生はそんななのか?」
「るっせえな……畜生、千佳が居れば一発だったのに」
「へえ、千佳ちゃんはそんなに力持ちなのか。その幼馴染ってことは……尻に敷かれてるな、伊那?」
「敷かれちゃいねえが筋力はついたさ……っ!」
伊那はそう言いながら指先に力を入れるが、やはり動かない。
「説得力無いな全く。どうせ俺はまたいなくなるんだ、ちいと散らかった所で困りゃしねえよ」
そう言うなり、孝一は本棚の中の本を床にばらまき始めた。
埃をまき散らしながら落ちるそれらを見ながら、伊那は小さな怒りを感じていた。
(していいなら最初っからそうしろよ……!)
しばらく孝一の散らかしっぷりを見た後、本棚から本が消えた。
伊那はさすがに開けられるだろうと思って境目に指をかける――と、本棚は何の抵抗もなくあっさりと開いた。
が、そこには何もない。暗闇が広がっているばかりだ。
「なあ親父、これって――え?」
後ろにいるであろう孝一にどういう事か聞こうとした瞬間、伊那は異変に気付いた。
伊那の後ろには誰もいない。代わりに、月明かりに照らされた見知らぬ学校の校舎がある。
「どこだ、ここ――!?」
彼の問いに答える者は居ない。代わりに、爆発と聞き間違えるような銃声が返ってきた。
「っ、なんだ!?」
『きゃああああああっ!!』
音のした方向を見た瞬間、今度は少女のものと思しき悲鳴が伊那の耳に届いた。それに呆気に取られていると、次に何か巨大なものが伊那のすぐ近くに落下してきた。
辺りを包む砂煙に視界を封じられながら、伊那は落ちたものを捉える。
それは、青と白の巨人。
「――エイグ!?」
『とどめだ!!』
伊那がその巨人の名を口にしたと同時に、別の――低い男の声が聞こえてきた。
『くぅっ!』
ナイフを構えながら落下してきた緑の巨人は青と白の巨人にそれを突き立てようとする――が、青と白の巨人は腕でそれを受け止める。
大音量で繰り広げられる巨人同士の戦い。圧倒的な迫力を放つそれは、伊那の記憶に存在しているものだった。
「連合に、プレイスのエイグ――!?」
『! どうして人が!?』
青と白の巨人――プレイスのエイグが伊那の方を向くと、緑の巨人――連合のエイグはナイフを持つのとは別の手で腰からもう一本ナイフを取り出し、プレイスのエイグの肩にそれを突き立てる。
『っ、ああああっ!!』
再び少女の悲鳴。それは伊那の心にも響き、恐怖心を煽った。
(どうしてこんなことに、なんでエイグが!?)
『くっ、うぅ……!』
プレイスのエイグの口から漏れる少女の呻き声を無視して、連合のエイグは伊那を見る。
その視線は伊那を恐怖の底に陥れ、腰を抜かせた。
恐怖に塗れた伊那は足に力が入らなくなり、その場に膝をつく。
「なんなんだよ、これ……」
伊那は死ぬのだと確信した。今から自分はこのエイグに殺されるのだと。
(死んでいいのか? まだ夢は叶っちゃいないのに……!)
『見てしまった人間は処分しないとな。後々面倒になる』
面倒くさそうに、連合軍のエイグはその手を腰のライフルにかける。
(こんなありえないと思ってたことが現実にあるんだ。だったらもう、あいつに賭けるしかない!)
最後の希望の姿を脳裏に浮かべながら、伊那は再び足に力を入れて立ち上がる。
(ここで死ねるか。まだ何もわかっちゃいないんだ。千佳を、母さんを。一人にはできない!)
伊那が葛藤をしている間に、連合のエイグは既にライフルの銃口を伊那に構えている。
『にげ……て……』
そしてその指が引き金を引こうとした瞬間、この場に異常な程大きな音が鳴り響いた。
「――――来い、シャウティァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!」
少年が、天に向かって絶叫したのだ。
『ッ!?』
連合軍のエイグは引き金を引くことも忘れて、何かに見入っている。
『何……あれ……』
プレイスのエイグも、同じ方を向いている。
伊那は自分の後ろから吹いてくる風を心地よく感じながら、振り向いた。
(――本当に、来やがった)
半ば自棄になっていた彼だが、この一瞬でそんな思いは吹き飛ばされた。その代わりに彼の中では、余裕と期待が爆発しそうな勢いで心臓を脈打たせていた。
彼を待ちわびていたかのように片膝を立てて座る紅蓮のエイグ。彼がかつて見たアニメの主人公が駆った機体が、今ここに現れたのである。
part-Bに続く。