第7話「紅蓮の守護神」part-A
それから時はもう少し過ぎ、季節は秋へと移りゆく。
葉は少しずつ色を変え、また山もその色を変える。
空気も冷たくなり、風が強く吹くようになる。
だが、人間らしく、変わりゆく季節に風情を感じている暇などない。
プレイス――厳密に言えば、彼一人に。
韓国から発った、4機の飛行輸送機。1機につき3機のヴェルク、そしてパイロットを含めたプレイス隊員約10人が搭乗している。
主に日本支部の隊員を乗せたそれらは今北太平洋の上を飛び、ブラジル支部へと向かっている。
そう、いよいよ始まるのだ。
――制圧作戦。反連合組織プレイスが、本気で連合軍に刃を向けるのである。
今はその前準備に過ぎない。作戦開始は明日の未明で、今日はその為に所定の位置に移動しているのだ。ちなみに、韓国からブラジルという異様な距離を飛ぶイナ達こそが、最も移動距離・時間の多い遊撃部隊である。
半日以上をを移動時間に費やすだけあって、彼らは他の部隊より少し早めに移動を始めている。そのため、イナは韓国にあるドロップ・スターズ跡はほんの少ししか見ることができなかった。あらかじめアーキスタに言われていたため、文句を言いはしなかったが。
そんな彼は今、黙って頬杖をつき、窓の外に広がる雲海を見下ろしている。
(あれが、ドロップ・スターズの一つ……)
見たのは少しだけとはいえ、強烈な印象を与えたそれを思い出しながら、イナは目を瞑って下唇を噛む。
(あんな規模の物が世界中に落ちたんなら、確かにその復興は迅速なものが要求される。それに対して国連が早急に動いたのは良かったさ。……エイグなんて見つからなけりゃ)
「どうした、イナ。考え事か? 時間は腐るほどある、付き合おう」
連合軍への憎しみを募らせる彼の隣の席に、レイアが座った。
「あ、ああ。いや、連合軍について考えてたんだ。ドロップ・スターズの中にエイグが無かったら、今頃世界中で復興支援がされてただろうにって」
「確かに、一理ある。世界で同様の被害があるのだから、そういう時こそ世界が一つになるべきだと思ったが……そうはならなかった」
「そういえば、名無し時代のプレイスが動き出したのは連合結成と同時期くらいだったよな。どうしてそんなに早く動けたんだ?」
発見次第殺すような連中から生身で逃げ延びたなどとは、誰も思えないだろう。
「スパイ、らしい」
「らしいって、どういうことだ?」
「誰も詳細を知らないんだ。無から有が生まれたことを説明できるか? 要はそんな感じだ。突然現れた連合のスパイが脱走し、プレイスを作った。どのような過程で生まれたのかは、各支部司令でさえも知らない」
その言葉を聞いて、イナは『シャウティア』に多くある謎の内の一つを思い出す。
「てことは、シュタールが誰かっていうのは分からないのか」
シュタール――プレイスを率いる、謎の存在。そんな設定だけの人物だ。結局本編で出ることはなく、制作側も忘れていたのではないかと言われる始末である。リーダーが存在しないというのは、ここから来ている。
そういうわけで、イナはレイアの返事にあまり期待してはいなかった。
「ああ、そうだな。一説ではそのスパイがシュタールという説があるが」
「ふむ……」(あまり存在に期待しない方が良いか)
「そうだ、イナ。連合軍が何故破壊行為をするのか、知らないか?」
彼は自分の中で結論付けると、すぐにレイアから質問が飛んでくる。しかしながら彼は、そこまで事細かく覚えてはいない。何せ最後に見たのは10年近く前なのだから、覚えていないのはこれに限った話ではない。
「……うーん。よく覚えてないけど、地球を綺麗にするためとか言ってたな。自然を破壊しすぎたとか、在り来りな理由だったけど」
「地球を綺麗に、か。とても同じ人間の考えることとは思えん」
「確かにな」
イナは苦笑したが、その瞬間にある存在の姿が脳裏を過った。
(……やっぱり、iaか? 神を名乗る奴なら、それくらいできてもおかしくはない――だが、まだこの世界にいるかどうかは定かじゃない)
神を名乗る黒い龍、ia――ここでも、シオンが彼女を瞬殺したことが障害となる。イナがこの世界について考える際の邪魔となっているのだ。
いるかいないか、それだけ分かれば、彼の考察は今よりもっとスムーズに進ませることができる。
(確認する方法もないし……まあ、いいか。ひとまず俺は、もう一回『シャウティア』を見たいな。この状況じゃ無理なんだけど)
この先、アニメの知識が必要となる場面が増えてくるだろう。そうなると、このまま覚えていないままでは対応ができない。全く展開が異なっているとしても、似ている部分があるとはっきりわかったのだから。
「そういえば、イナ。お前がこの世界と似ているというアニメの主人公は、この世界にはいないのだろうか?」
「アーキスタにちょっと捜索を頼んでおいたけど……まだ、返事はない。俺の知ってる登場人物はいるから、いてもおかしくはないんだが」
「そうか……困ったものだな、答えを知る者がいないというのは」
「まったくだ」(本当にいれば助かるんだがな、ia……)
不満に塗れた怒りを感じながら、イナは再び雲を見下ろす。よく見ると、雲に輸送機の影が映っているのがわかった。
「しっかし、暇だな」
イナがぼやくと、レイアは苦笑した。
「まあ、仕方ない。その分向こうに行けば、好きなだけ動けるからな」
「あんまりうれしくはねえけど……」
動くと言っても、戦闘以外にそう動くことはない。
戦闘、と思い出し、イナはふとレイアに質問をする。
「レイア、唐突に聞くもんじゃないと思うけど……相手は、殺すか?」
「本気で命を狙ってくるのならな。と言うより、殆ど殺す。どこを狙おうが、死ぬのはほぼ確実だからな」
「そう、だよな」
シャウティアのように、関節を使えなくするという方法がないわけではない。しかし、そうするだけの隙は極めて少ない。よって、実際あれができるのは『彼女』だけになる。
「お前はいい、不殺の手段を持っているのだから。殺したくなければそうすればいい。皆もお前の考えに同調し始めているしな」
「……お前はどうなんだ」
「ふふ、酷い奴だ。それを言わせるとは」
悲しげな笑みを見せられ、イナは慌てて謝罪する。
「ご、ごめん。無神経だった」
「いや、いいんだ。――昔の私なら、嫌だと言っていただろうが」
「……じゃあ、今は」
「やらなければやられる。考える暇はない。そう言い聞かせて、引き金を引いていた」
やはり、彼女もプレイスのエースと言えど、人間なのだ。根の意志は変えられないのだ。
イナは申し訳ない気持ちになったが、すぐにどこからか正義感が湧いてきた。
「だったら!」
「っ?」
急に手を握られて、レイアは驚いたらしく目を丸くした。しかしイナは気にしない。
「だったら、俺がレイアの引き金を引く」
「イ、ナ……?」
困惑している様子のレイア。当たり前だ、誰だって突然こう言われればこうなるに違いない。
「お前がもう引かなくてもいいよう、に――――って、おい」
「く、くく……っ!」
が、途端に俯いて笑いをこらえだす。
「何で笑ってんだよっ!!」
ひいひいと息を整えて、レイアは目尻の涙をぬぐう。イナは羞恥で顔を赤めているが、笑いで顔を赤くした彼女とは似て非なる。
と、思ったが――羞恥を感じているのは同じらしい。
(笑いが、ぎこちない?)
なんとなく、イナはそう思った。いつも馬鹿にしてくる笑いとは雰囲気が違った気がしたのだ。
「あの、レイア、さん?」
「お、お前と一緒にいては私も変な目で見られる。せせ、席を外すぞ」
おかしな様子で、レイアは席を立った。噛みかけていたあたり、やはり何かしらの理由で同様しているらしい。
(……変な奴)
しかし彼は鈍感だった。自分から意識でもしない限り、彼の脳内に色恋の二文字は出てこない。
「イーくん、なぁに隊長さん口説いてるのー?」
そこに割と楽しそうな様子のアヴィナがやってきて、レイアのいた席に座る。
「なんでそうなる」
「あんな隊長さん見たことないよ、僕。女の顔だね、アレ」
「たかだか14歳の子供が何言ってんだよ……」
「いたっ」
目を光らせてにやりと笑うアヴィナの頭を、イナは優しく小突いた。
「イーくんだって15歳でしょー」
「俺には恋愛事情とかさっぱりわからん。アニメやマンガじゃよく見たもんだが」
「堂々と言う分、質が悪いねぇ」
「レイアが恋愛なんぞする奴かよ。アニメん中でもただのおふざけお姉さんだったぞ」
と言うのも、『シャウティア』ではレイアとのカップルが生まれることがなかったのである。そもそもシオンが恋愛をしないからこうなったとも言える。
「妬ましいねぇ」
「なんでだよ……」
「これだからダメなのよ、アンタ」
そこへ、席の後ろからミュウが入ってくる。
「お前も14だろうがよ……」
「少なくとも女だわ」
「ああ、そうかい……」
ここまで言われてなお認めない上に考えもしないのだから、救いようがない。
「で、お前らは何が悲しくて俺のとこに来るんだよ」
「暇だから~」「暇だからよ」
「……まあ、そうだよな」
トランプなどをして遊んだところで、精々1,2時間くらいしか時間は潰せないだろう。そう言うのは当然だ。イナも先程ぼやいていた。
「つか、こんな堂々と飛んでていいのか? 日本じゃないから、奴らがここで俺らを撃とうが何の問題もないんだろ?」
「そりゃ、もちろん危険よ? けど、これ以外に手段なんてないもの。心配しなくても韓国製だから、レーダー類は日本の物と比べ物にならない性能よ。近付けばすぐに気付く」
「だといいんだが……」
未だにはっきりとしない韓国の技術力に心配を拭えないでいると、イナのポケットに入っていたプレイスフォンが震えた。
「おんやぁ? 気になるアノ子からの愛のメールかなぁ?」
アヴィナを無視して、彼は届いたメールを開く。
『from:アーキスタ
title:ブリュード移動
まだ生きてるだろうな? ともかく、ズィーク司令からの伝言だ。
ブリュードがロシアからユーラシア西部に向けて動いたとの情報が入ったそうだ。戦闘を開始した場合、応援を要請する場合がある、とのことだ。制圧戦だからって遠慮はない、お前が言ったことだからな。さっさとアメリカを制圧して殴りに行け』
「……動いたか」
「アノ子の心が?」
「ブリュードだよ」
アヴィナの言葉をほぼ受け止めず、真剣に返す。
「てことはイーくん、ここで離脱しちゃう?」
「いや、さすがに初っ端から抜けるのはな。それにここからユーラシア西部って、ここからブラジル行くより遠いんだぞ?」
「んん? イーくんのエイグは高速移動ができるんじゃなかったかな?」
「正確には、私たちにそう見えているだけよ。本人は実際にその距離を飛んでいるのと感覚は変わらない――そうなのよね?」
的を射ているミュウの解説に、イナは頷く。
「まさにその通りだ。俺は延々と海の上を、何時間も飛ばにゃならんわけだ。御免だね」
「同じようなことをした人が、さっきどこか行ったんだけどね~」
イギリスから日本まで飛んだレイアのことである。
「あれと俺を一緒にするな」
「まあ、しなくていいわよ。それを考えるのも向こうに着いてからにしなさい」
「そうするよ。――――ッ!!?」
そう、イナが自分の肩が重くなる気がして、席の背もたれに体重をかけた時だった。
突然輸送機が傾き、強い振動が隊員たちを襲った。
「な、んだっ!?」
『緊急事態。機体正面より、敵機と思しき反応アリ! 各搭乗者は至急出撃、ルートの確保を要請する! 繰り返す、機体正面より――』
天井にあるスピーカーから、操舵手と思しき男性の緊迫した声が響いてきた。
「……私は悪くないわよ」
イナとアヴィナにじっとりとした視線を集中され、ミュウは同じように二人を見る。
「分かってるさ。ほれ、行くぞ」
「ほいほいー」
すぐに笑顔に戻り、二人は席を離れて格納庫へと続く通路を駆けたのだった。
「まったく……」
一人呟くミュウも、苦笑していた。
「もうちょっと後のはずだったんだがな」
(敵襲なら仕方ないよ。早く乗って)
輸送機の大半を占める面積を誇る格納庫内で、AGアーマーを装着したイナは、仰向けで倒れているシャウティアのコクピットの中に滑り込む。
レイア、アヴィナも同様だ。
(コクピット閉鎖。BeAGシステム、オールグリーン。あなたの欲望を喰らい、その願いを糧とする)
「行けるか、シャウティア」
イナは暗闇に包まれたコクピット内で、目を閉じながら愛機に聞く。
(いつでも、いくらでも)
「――!」
その言葉を合図に、イナは目を開ける。その時にはすでに、シャウティアの視界に変わっていた。
『ハッチ解放。前列から順に出撃を!』
男性の言うとおりに事は進み、前にいたレイアから順に空の中へと飛び込んでいく。一番後ろにいたイナは、最後に出撃することになった。
ゆっくりと歩みを進めて先に立って見下ろすと、そこには白い雲が一面に広がるだけであった。
「……高いのかよくわからん」
(ここで怯えられて出ないよりか、マシだと思うけどね)
シャウティアに遠慮なく言われ、イナは溜息を吐く。
そして意を決し、足に力を込める。
「シャウティア、イナ・スレイド、出るッ!!」
そう叫んで空に飛び込む彼のテンションは、臨界点に近かった。初めてこの台詞を言うことができたからだ。
しかしその後すぐに雲に包まれてしまい、雰囲気は台無しであった。
「あぶばぶばばぶほっ!!?」
(……汚いから、吸わないようにね)
その後しばらく雲海にもまれながら、イナはそれを抜ける。
すると目の前には、一面に広がる青い壁があった。――いや、海だ。陸がほぼ見えていないから、壁かと見間違えてもおかしくはない。
「すっげえ……!」
目を輝かせて、イナは海を見る。しかし、喜んでいる場合ではない。既に他の隊員が海の中に向けて攻撃を始めている。
相手は水中用ツォイクだ。水中での機動性を重視し、対空兵装を多く積んでいる。
(レーダーに反応、水中に23の動体反応あり。正確な位置は――言ってもわかりづいらいだろうから、『見せる』よ)
「頼む」
次の瞬間、イナの視界に複数の赤い点が現れる。シャウティアのレーダー情報から、敵がどこにいるのかを見せているのだ。
「そこにいるのならっ!」
(フィル・ウェポン使用許諾確認。スタンバイ)
イナはシャウトエネルギーを噴射してその場に留まり、記憶を探ることに集中した。
(参照、バーストスナイパー!)
(参照――出すよ)
イナがパントマイムで狙撃銃を構えると、そこに光が集まり、その形をとる。すぐさまスコープを覗きこみ、赤い点に照準を合わせる。
(弾速、硬度を強化。着弾と同時に電撃を流せ。行けるか)
(BeAGシステムの無効化だね。ぶっつけ本番だけど――いいよ、撃って)
「当たれよ……ッ!」
弾丸に願いを込めながら、イナは引き金を引く。数秒の後、スパークと共に視界から赤い点が消える。
(表面的なダメージは皆無。多分、成功してる)
「っし、まず一機!」
イナは休まず、別の赤い点に照準を合わせる。
(撃って)
「ファイアッ!!」
落ち着いて引き金を引き、また一つ赤い点を消す。
『イーくん、今度からスナイパーやればー?』
そこへ、アヴィナの楽しそうな声が脳に響く。
「やんねえよ。……つか、お前どうやって動いてんだよ。重量級だろうが」
「ばぁ」
「うおっ」
アヴィナと話しながら照準を合わせていると、イナの目の前――正確には、スコープの前にシアスの顔が大々的に映った。
イナは驚き、スコープから目を離す。
「前に使わなかった使い捨てブースターだよん。シアスってば重いから、1回しか使えないのがネックだけどねん」
『前』というのは、チカを連合軍から奪還した作戦のことだ。そこで使われるはずだったブースターだが、シャウティアとイナのせいで全く活躍しなかったのである。
それが今、シアスの飛行の為に流用されているのだ。
「つか、呑気に俺と話してる場合じゃないだろ」
「ちっちっち。シアスにやらせてるよん」
そう言われて見ると、肩のレールガンが海中に向けて断続的に射撃している。
(AIの無駄遣い…・・・)
(イナもこの前同じことしてたでしょ)
(レイアとおしゃべりする為にしたんじゃねえよ)「いいからそこどけ、撃てん」
「へいほいほ~い」
緊張感のない声を出しながら、アヴィナは噴射をやめて自由落下していく。途中でもう一度噴射し、最前線に再臨した。
イナはそれを見、呆れるしかなかった。
「……凄いんだか、凄くないんだか」
(訓練で何度かやり合ったけど、戦闘中におふざけできるくらいの技量はあるみたいだよ)
「おふざけはしなくていいだろ……もう一回やるぞ」
(了解)
イナはスナイパーを構え直して、赤い点に照準を合わせる。そして引き金に指を掛けた――その時だった。
(!! イナ、危ない!)
「が、ふっ!!?」
シャウティアの警告も虚しく、イナの体は強い衝撃によって吹き飛ばされた。
「っ、ぐ……」(何が起きた……!?)
(ステルス機! それも、高機動。さっきの攻撃は、多分圧縮した空気!)
(なんとかインパクトか……ッ!!)
心の中で呻くイナ。聞き覚えのある単語に反応するくらいの元気はあるらしい。
(今ので大体トレースできた。大体のシルエットを映すよ!)
イナはエネルギーを噴射して、体勢を立て直す。すると遠くから、既に淡く赤いシルエットが近づいてきていた。
「野郎、ぶっ飛ばしてやる……!」
と、イナが拳を構えた時。
「イナッ!」
「なっ!?」
レイアが、イナの前に現れた。
「大丈夫か、イナ!」
「レイア! 危ないから、そこどけ!」(どいつもこいつも俺の前に出てくんなよ……!)
「? イナ、何を言って――ぐっ!?」
不思議そうにしているレイアを、ステルス機が襲う。何も知らない彼女は、何が起こったのか分からないだろう。
「っち!」
イナは舌打ちして、ステルス機を蹴り飛ばす。しかし相手も無抵抗ではなく、右腕を出して何かを発射しようとした。
「っ」
「させるか!」
シフォン――カイトに言われて気付いたか、レイアがマシンライフル・ツヴァイをステルス機に向け、間髪入れずに撃った。
それが功を奏し、ステルス機の右手はあらぬ方向へ向けられる。
――レイアの方へ。
(いけない、chiffonの方に!)
「くそったれ……シャウトォッ!」
(システム起動、時流速操作)
イナが叫んで自らの時流速を遅めると、推進器を思い切り噴かせてレイアに飛び込んだ。
「ディスシャウトォッ!」
(シャットダウン。時流速、規定値へ)
そして彼女に触れる直前で、イナは時流速を元に戻す。時流速の違う物体は、感覚的には不動の障害物にしかならないからだ。
彼の思惑通り、レイアを抱き締めて圧縮空気の回避には成功した。
しかし、彼らは完全に油断していた。と言うより、想定できていなかった。
「よし、このまま――」
(イナ、前!)
「え?」
ステルス機の方を見ていたイナは、咄嗟に前を向く。しかし、何もない。
それはつまり――
「「しまっ……」」
二人は圧縮空気をモロに食らい、勢いよく飛ばされる。直撃だ。二人の意識も当時に吹き飛んだ。
――つまり、ステルス機がもう一機いたということだ。
◆
全てが闇に包まれた場所で、白衣の男と黒い炎は2機のステルス機に翻弄されるイナとレイアを見ていた。
炎には顔がないから分からないが、どこか楽しそうに揺れている。
「予定通りだな」
『同じ、要素。私、合う させる、ため』
「まあ、俺に任せてくれよ。贖罪が俺の生きがいみたいなもんだからな」
『許す、して』
炎は申し訳なさそうに、小さくなった。それを見て、男は苦笑した。
「いいんだよ。お前は何も悪くない。向こう見ずな俺が悪かったんだ」
『……』
「それにしても電撃でBeAGシステムを麻痺させるたぁ、考えたな。それにプレイスの方もイナに対する理解が深い。あいつが動きを止めたツォイクを破壊せず、全て捕獲している。こりゃ、アップデートしなくていいんじゃねえか?」
『良い、ない。イナの成長 必要』
元の大きさに戻った炎が、抗議するように言う。
「冗談だよ。さて、全エイグとのリンク頼むぜ」
『わかる、た』
頷くように動くと、炎は龍の形を取り、目を閉じた。
「そんじゃ、不殺を楽にさせてやるか」
男が手をスライドさせるように動くと、そこにホログラムのキーボードとモニターが現れる。彼はキーボードを高速で叩き、龍にデータを送っていく。
『update data...
AG's parts Link system delete. BeAG system optimization.
Obey me. You are rewrote by me.
............
.......
...
It's now or never.
――送る、する』
「頼む」
男がEnterキーを押すと、龍の赤い目が怪しく光った。
◆
「ん……っ」
(搭乗者の意識回復、BeAGシステム再起動――貴方の欲望を喰らい、その願いを糧とする。シュライ・デス・ヘルゼンス、シャットダウン)
イナが目を開けると、僅かな木漏れ日が彼を照らした。そして意識がはっきりすると、慌てて上体を起こした。
(ここは?)
(ブラジルの密林の中。シュライ・デス・ヘルゼンスでchiffonもここまで運んだ)
「シュライで? ……いや、レイアは脅威と判断してないから当然っちゃ当然か」
シュライ・デス・ヘルゼンス。搭乗者の意識が消えた時に起動する、自衛プログラムだ。
(ところで、そのレイアは?)
イナは微動だにしないシフォンを見て言う。
(多分、まだ意識不明)
(そうか……ステルス機は?)
(密林だから、すぐには見つからないよ)
(……てか、シュライならなんであいつらを破壊しようとしなかったんだ?)
もっともな質問だ。
(……シュライ・デス・ヘルゼンスは、いわばもう一人の私が出てくるようなものなの。だから、コントロールはできない)
(そうなのか)
(それに、みんながイナに同調して敵の犠牲を無くそうって動いてるんだから。その邪魔はしたくないしね)
(……ありがとな、シャウティア)
(ふん。当然のことでしょ)
変に素直ではないシャウティアが新鮮で、イナは思わず微笑んだ。
「さて、このままってわけには行かないな。おい、起きろレイア」
イナはレイアの体を揺さぶり、意識を戻そうとする。それはすぐに効果が出、レイアが呻くような声を上げた。
「……イナ? 死んだのか、私たちは」
「安心しろ、冥土じゃなくてブラジルだ。事情は後で話すから、一旦出てこい」
そういうわけで、二人はコクピットから出、密林の中に生身を晒した。
湿った空気と生い茂る植物が、いかにもな雰囲気を醸し出している。
その中で、イナはここまでの過程を簡単に話した。もとよりそんなに長くはない。
「……なるほど、あれはただの暴走ではないのか……ん、イナ? どうした、そんなにそわそわして」
レイアの言うとおり、首を回してイナはあちこちを見ている。
「……いや、見覚えがあってな」
「見覚え? ブラジルに来たことがあるのか」
「いや、日本から出たことすらない。――そうだ、アニメのシャウティア! シオンも制圧戦でここを通ったんだ」
「シオン? 主人公か」
「ああ。となれば、次に起こる事象は――」
イナが言葉を続けようとした時、近くでガサガサと草木をかき分ける音がした。
二人がそちらの方を向くと、肌が黒く、植物で作られたと思しき衣服を身にまとった男が現れた。
「ん? あれは……ここの先住民族か」
「そうだ。あれが……」
「――もっ、守り神様ぁっ!?」
突然、男は大声を上げた。
「……も、守り神?」
「そういう民族らしいんだよ……レイア、ひとまず落ち着いていてくれよ」
首を傾げるレイアに、ひとまずイナはそう言った。
(なんだ? ここになってアニメと同じ展開……無理やりの軌道修正? ……いや、考え過ぎか)
「な、何故守り神様が! ここに!」
「何事だ?」「何だ、うるさいな」
男の震えた声に、同じような姿をした者たちが次々と茂みから現れる。
「なっ、あれは守り神様!」「守り神様じゃないか!」
「……落ち着くのはいいが、落ち着きのない奴らだな」
「とりあえず公用語が日本語で助かったよ……」
「彼らをどうするつもりだ?」
「なるようになる。俺に合わせてくれ」
そう言うと、イナは慣れたように先住民族たちと話し、シャウティアとシフォンの見張りを任せた。
彼の予想通り、と言うよりアニメの通り、彼らはイナとレイアのことを天の御使いだと思っているらしい。
「いいのか、あれで。私たちは彼らと何ら変わりのない人間だぞ」
「そう思ってるんならそれでいい。今はひとまず、あれを見なくてはいけない」
二人は小声で話しながら、民族の一人である男の案内で彼らの村へと向かっている。
基礎体力のあるレイアはともかく、基本的に運動はしないイナにとって、密林の中を進むのはかなり困難であった。
なんとかそれを乗り越え、二人は先住民族の村にたどり着く。
「ブラジルにこんな村があったのか……」
辺りを見渡せば、今のような文明が栄えなければこうなっていたと思えるような風景がそこにあった。
しかしそれに感心している暇は、彼らにない。
「守り神様はこの道の先におられる。友であれど、くれぐれも無礼のなきよう」
「ああ、すまない。じゃあレイア、行こうか」
「ん、ああ」
男と別れ、二人は小奇麗な小道を歩いていく。するとその先に、あるはずのないものがあった。
いや、あってもおかしはない。ただ、珍しいのだ。そこにあることが。
「――エイグ……!?」
「ああ、無人のエイグだ」
隕石の欠片がいくつか引っ付いたままのエイグが、密林の中に佇んでいた。確かに何も知らない者が見れば、神々しさを感じることもあるだろう。
ただ彼らは、そうは感じなかった。
複雑な感情が、心の中で絡まっていた。
(ここまでは同じ。となれば、次の事象は――)
イナは眉根を寄せて、ステルス型のツォイク2機のことを脳裏に浮かべていた。
part-Bに続く。




