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絶響機動シャウティア(旧)  作者: 七々八夕
開花/制圧戦
19/21

第6話「束の間の休息の忙しさの最中」part-A

「――以上、作戦会議を終了する。各支部では、作戦開始時刻までに十分な用意をされたし」

 了解、と全世界に存在する支部の司令官の声が重なり、全てのモニターが閉じられた。

 それと同時にアーキスタは息をつき、椅子の背もたれにもたれかかった。

 日は既に沈んでいるどころか、月ももう見えなくなっている。それほどまでに会議が続いていたのだ。

(なんで俺が司会をやらにゃいかんのだ……)

 心の中で愚痴ったところで、誰もその理由を答えてはくれない。フランス支部司令であるズィーク・ヴィクトワール曰く、「自分が来た時に挨拶の一つも寄越さなかったから」だという。

 先輩に当たる彼に言われては何も言い返すことはできないが、アーキスタ自身、何故挨拶ができなかったのかは全く分かっていない。

 むしろ、していないはずがないのだ。司令官同士の交流は、組織の団結力を高めるのに必要不可欠な要素の一つである。彼はそれをないがしろにするはずがないと、自負しているほどだ。だから彼自身、その事実は謎なのだ。

「はぁ……」

 当の自分で考えて分からないのだ、他人に聞いても分かるまい。実際、いつものようにレイアとすれ違った時には無言で投げ飛ばされ、イナやミュウには訝しんだ目で見られ、アヴィナやディータ――はいつもと同じだった。シエラは気にしていないことを装っているようだったが、内心はイナやミュウと同じだっただろう。

 それはそれとして、アーキスタはまだ自分に仕事があったことを思い出し、眠気覚ましの為にコーヒーを淹れようとした時だ。

 部屋の扉がノックされたのだ。

(深夜に用事があるのは、レイアくらいか……? イナ一派は良い子だからこの時間寝てるだろうしな)「入れ」

 アーキスタはコーヒーメーカーから注がれるブラックコーヒーをカップで受け止めながら、扉に向けて返事をする。

 すると入ってきたのは、レイアなどではなく――寝ていると思っていたイナだった。

「名前くらい聞いたらどうだ、それでも一応司令官だろ」

「……ごもっとも」

 イナを一瞥して、アーキスタはコーヒーをすする。

「疲れてんのか?」

「そうかもな。お前の気持ちがなんとなくわかったさ」

「なんでだよ」

「わけの分からんことに頭を使わなくちゃならないからだよ」

「……ああ、そういう」

 納得されてしまうのも、何とも言えない気がしたが――彼はなぜかおかしくて、苦笑する。

「それで、用件はなんだ?」

「この世界について、現段階での考察をお前にと思ってな」

(俺はこっちも相手せにゃならんかったな……)

 アーキスタは眉を顰めながら、またコーヒーをすする。

「そういえば」と、彼はここ最近のイナの行動を思い出す。「お前確か、最近隊員の奴らに色々聞いてたらしいな」

「さすが司令、庭のことは何でも知ってるってか」

「あんだけ大人数に聞いてりゃ、俺の耳にも入る。レイアだけじゃない、アヴィナやディータからも聞いたぞ」

 それだけの人数に聞いておいて、何故自分に聞かなかったのか、とは言わない。イナのことだ、自分の立場を尊重してくれていたのだろう。

「『違い』を探しているのか」

「まあ、な」

 『違い』――アーキスタも理解に苦しんでいるが、このイナという少年は異世界から来たらしいのだ。その上、この世界が昔見たアニメ作品と酷似しているというのだ。しかし未来が少々異なっているらしく、そのアニメ作品との違いを探しているらしい。

「それで、何か分かったのか?」

「9割方、アニメと一緒だったよ」

「……残りの1割は?」

 アーキスタは言って、コーヒーの入ったカップをデスクに置いた。

「未来をはじめとする不確定要素。アニメで語られていない、またはアニメと異なっている設定。おそらく今後、2割にまでなるだろうな」

「その多くは未来か」

「そうなるな。まだ数か月しか経ってないが、既に2つも展開が異なっている」

「『ブリュード』と、中国基地だな」

「……中国基地の話はしてないだろ?」

「それ以外にでかい出来事があったかよ。それで、これからどうする気だ?」

 アーキスタが椅子に腰かけると、イナは目を逸らして頭を掻いた。

「することは一緒だけどさ。一つだけ気になることがあるんだ」

「ほう?」

 こいつのことだ、きっと重要なことに違いない。どこかに収めておいたはずの科学者魂が反応し、今のイナのすべてに興味が湧いてきた。

 彼は顔がにやけていることにも気づかず、次の言葉を待った。

「――シオン・スレイド。アニメ『絶響機動シャウティア』の主人公だ」

 簡潔にそう伝えられ、イナが何を言いたいのかを整理するため、アーキスタはコーヒーをゆっくりと飲み込む。

(ほぼ同じ世界にいた主人公……そしてアレが主人公の乗る機体……だが、乗っているのは)「……なるほどな。主人公ということは、この世界にいてもおかしくはない、と」

「そういうことだ」

「で、探せと?」

「やってくれるなら、頼むけどな。別にそれは他の奴でもできるだろ?」

「俺なら他の支部に捜索を依頼できる。まあ、それだけなら任せておけ」

「なら頼む。……毎度毎度世話になってすまんな」

 律儀に頭を下げるイナを見ながら、アーキスタはコーヒーを飲み干し、カップをデスクに置く。

「こちらは中国基地破壊っていう、とんでもないことしてもらったわけだからな。多少のわがままは通るぞ?」

「まさか」

 イナは謙遜しているが、プレイス全体から見れば、彼のしたことは宝くじを当てたことに等しい。それほどに確率の低い出来事であり、起これば多大な利益の発生することなのだ。

 と、アーキスタは言っているのに。

(冗談じゃないんだがなぁ……)

「……なら、アーキスタ。もう一ついいか」

「ん?」(なんだかんだ言って、要求はあるのか)

「外出許可が欲しい」

 絞り出されるように出た言葉は、アーキスタにとって予想外だった。日常生活に必要な殆どの用件は基地内で済ますことができるからだ。

(外に出ないとできないこと、か……)「ずばり、ドロップ・スターズだな?」

「ああ。日本には落ちてないけど、韓国には一発落ちたと聞いた」

「レイアにでも聞いたか。まあ、あそこならひとまず安全だし……制圧戦を始める前に行ってみるのもいいだろう」

「直前になるのか?」

「どうせあそこで輸送機を借りる。すまんがそれで我慢してくれ」

「ああ、見られるなら十分だ。ありがとう」

「なんてことはない。それより、寝なくていいのか? まだ数週間あるとはいえ、奴らの相手をしてばかりで疲れているだろう? ただでさえ曲者が多いんだ」

 レイアやアヴィナは特に。

「それは別に、慣れてきたさ。それに、戦闘後の疲れにもな」

「あんまり慣れない方がいいんだがな。それはつまり、疲れすぎだということだぞ」

「……マジで?」

「マジだ。疲れで疲れを感じにくくなってるんだよ。分かったらさっさと寝ろ」

 アーキスタは突き放すように言いながら立ち上がり、コーヒーをもう一杯注ぐついでに、イナの肩をやさしく叩いた。

「自分のことも大変かもしれんが、あの少女――ユウリのことも気にかけておけよ」

 もう一度カップにコーヒーを注ぎながら、彼はイナと目も合わせずそう言った。

 尻目に見ると、イナは首を傾げていた。

(幼馴染らしいが……うまくいってないのか)「フラれたか?」

 茶化すように言うと、イナは「違う」と即答した。

「あいつは確かに大切な奴だ。けど、好きとか嫌いとか、そういうのは全く関係ない」

(そこら辺は個人の事情か……まあ、深くは掘り下げまい)「じゃあ、他に何かあったのか」

 無視したようなそぶりで、アーキスタは二杯目のコーヒーをすする。

「それが分かればいいんだけどな……やっぱこっちに来て、混乱してるのかな、とは思ってる」

(鈍い、鈍すぎる。こいつ、ふざけてんのか……!)

 心の底から湧き上がってくる笑いをこらえるが、顔が歪んでしまう。それを隠すために、彼は不自然に窓の外の方を向いた。

「まあ、そりゃな。お前みたいな変人でもなけりゃ、こんな短期間で適応なんてできないだろ」

 そう言うとイナは不満ありげな顔をした。

「他に理由があるみたいに言うじゃねえか」

「ハハハ、思う存分悩むがいい哀れな少年よ。そういうのは他人に聞くもんじゃない、自分で考えるもんだ」

 悪戯な笑みを浮かべながら、アーキスタは月の見えなくなった空を見上げた。

「そうかい……」

 彼が窓に反射したものを見た限り、イナは今やっと疲れた表情を見せた。

(それでいいさ。バケモノも調教師次第だ)

 アーキスタはふと、そんなことを思ったのだった。

「さて、もう一仕事、と……」



「ふあぁ」

 無防備に口を大きく開けて、イナは自分が覚醒したのだと理解した。が、理解した脳はまだ眠気を振り払えていない。

 彼は昨日アーキスタとの話を終えて自室に戻ってきてすぐにベッドに飛び込み、そのまま寝てしまったのだ。

(ホントに疲れてんだな……)

 欠伸の副産物である涙を指で拭いながら、イナは大きく伸びをし、カーテンに覆われた窓を見た。さほど光は強くはない。まだ陽が出て間もないらしい。

(確かアーキスタんとこ行ったのが3時くらいだったから……)

 寝起きではっきりしない視界の目を細め、壁掛けの時計を注視する。6時くらいだ。まだ気温の低下を知らない夏真っ只中の8月なのだから、6時で明るくても何ら不思議はない。

(にしても、寝たのは3時間だけか……寝落ちるとよく早起きするけど)

 眠気が少しずつ消えてきたところで、イナはベッドから降りて洗面所へ向かい、洗顔とシャワーを軽く済ませて着替え、洗濯までを終えた。

 鏡で着替えた自分を見ながら、半袖のシャツを着ているというのに暑苦しく見えてしょうがなかった。それは彼が半ズボンを嫌い長ズボンを着ているからではもちろんあるのだが、そちらは通気性を考慮してあり何の問題もない。要は、涼しく見える格好でさえも暑く感じてしまうのだ。それほどまでに日中の気温は高い。

袖無ノースリーブの方がいいな……」

 などとぼやきつつ、結局その恰好のまま部屋を出る。

 この時間になると多くの隊員が目を覚まし、それぞれの役割を務めに行くか、自由に動く。

 それは隣の部屋に住むシエラも例外ではなかった。

 橙色のセミロングヘアに、いかにもな外国人らしさを醸し出す青く澄んだ瞳。そんな彼女は夏とはいえ、緑と白を基調としたワンピース一枚という露出の高い服装だ。

(まあ、暑いしな……)

 などと思っていると、イナはシエラと偶然に目が合う。

「おはよう、シエラ」

「おはよう、イナく……ふぁあぁ」

 挨拶のの途中で我慢できなくなったのか、シエラが大口を開けて欠伸をした。まだ寝ぼけているのか、口を閉じた後でも数秒間口をもごもごとさせていた。

 そして意識が戻ってすぐ、彼女の顔は赤くなっていく。

「わっ、わぁぁっ! ごめんね、人前で欠伸なんて……」

「眠いなら欠伸をするのが人間の性ってヤツだろ。何もおかしくない」

 イナはそれを気にすることなく流す。互いに部屋が隣同士だと知ったのはつい最近で、最初こそ互いに過ごしづらかったらしいが、今ではこうして気にせず――

「……やっぱり鈍い……」

 ――気にせず、日々を過ごしている。多分、それはイナだけだが。

「何か言ったか?」

「……何も。それより、朝食はまだだよね。一緒に行こう?」

「ああ、いいよ」

 数人が作る歩行の流れに沿って、二人は食堂を目指して歩き始めた。


 そして二人はもちろん何事もなく食堂に到着し、席も取れた。そこまではよかったのだ。

 が、一つだけ大きな問題点があった。

「朝から女とつるんでいい御身分じゃあないか、ええ?」

「うるせえよ……」

 長い金髪に、妹のシエラ同様の青い瞳を持つ、彼にとってプレイス内で一番面倒くさいとされる女性――レイアが偶然食堂にいるとことだ。

 おかげでイナとシエラの顔はこれでもかというくらい「嫌」と言っている。

「お姉ちゃん、なんでここにいるの」

「食堂に来た人間に、ここに来た目的を言わせるのか? 飯を食いに来たに決まっているだろう」

 彼女を簡単に説明すると、人をイラつかせては面白がっている子供のような女性である。これこそがイナやシエラをはじめとする、比較的まともな人間らから嫌われる要因である。

 もっと質が悪いのは、戦闘時には真面目になるということだ。それでもこの片鱗は見せるのだが。

 ともかく、彼らにとって今一番傍にいてほしくない人物なのだ。しかも、朝から。

(食堂でなければバスタードで斬っていた)

 眉をひくつかせながら、イナは黙々と白飯や焼き魚の身を口に運んでいく。

 一方でシエラとレイアは姉妹仲良く、こんがり焼けた食パン二枚だ。ドリンクも牛乳と、そういった好みは同じならしい。

 ただ性格が全く違う、とは言うまでもない。

「それで、俺達に何か用でもあるのかよ」

「無きゃ駄目なのか?」

「お前の相手は疲れるからな」

 はっきりとそう言って、イナは味噌汁をすする。

「そう強がるな。最近私とあまり話さないじゃないか、寂しかったんだろう?」

 などと言いながらイナの背中を叩くと、イナは咽込む。幸いにも味噌汁は食道を逆流しはしなかった。

「げほ、げほ……レイア、お前なぁ……!」

 怒りでどうかなりそうになったイナは立ち上がり、右手に力を込めた。

「峰打ちバスター――」

 対人用の、刀身を太くしてもはや殴打する武器となったシャウトバスタードを実体化しようとしたが、それはイナの背後に立った者によって阻止される。

「はいはいイーくん、ここ食堂だよ~」

 幼さの残る一方、少年と見紛うような体格・服装に、深い青色ショートへアに黒い瞳の少女――アヴィナだ。

「もっかい言わないとだめ?」

「……朝から散々だ」

 イナはため息をついて、実体化しかけていたバスタードを消す。

「なんでおかしな奴らに常識語られてるんだ、俺達は……」

「酷いなぁ、イーくん。僕にだって常識くらいあるよ」

 口調がそんなことを言うそれではない。いつもと変わらずマイペースで、アヴィナはイナの隣に和食メニューの載ったトレイを置いた。

「お前はまだいいとしても、レイアに言われるのは腹立つ」

「私も」

 手についた粉を皿に落としながら、シエラも言う。

「隊長さん、嫌われてる?」

「残念ながら」

 などと言いつつ、振る舞いは相変わらずだ。レイアは行儀悪く、頬杖をつきながら食パンの角を齧る。

「まあ、ふざけるのはこの辺でいいだろう。どうだ、イナ。最近動きっぱなしだったろう」

 こうやって、急に真面目なことを聞いてくるのもイナ達に嫌われる――というより、憎めさせない要因だ。普段どれだけ遊び好きであろうと、彼女は日本支部の戦闘員を束ねる隊長なのだ。

「……疲れたよ。アーキスタにも言われた」

「ラルが一番疲れているからな、なるほど説得力はある。まあ、私から見ても疲れは目に見えるが」

「うーん、確かに。イーくんちょっとげっそりしてるー」

「……シエラ、俺そんなにやつれてる?」

 自分の身を案じた彼は、比較的まともな意見が得られるだろうとシエラに聞く。

 しばらくイナの顔を見た後、シエラは「そうでもないよ」と端的に答える。

「人によるもんだな」

「シエラは最近疲れていないからな、疲労に鈍感でも仕方ない」

 そういえばそうだ。シエラは自機が損傷しており、戦闘には出られない。おまけに激しい運動も禁止され、簡単な筋トレしかしていないのだ。そう言われるのも仕方ない。

「一方でお前も異常だがな。私達に言われなければ気付かなかったほど、疲れていたのだろう?」

「それもアーキスタに言われた。疲れたのが分からないほど疲れているらしい」

「歓迎会に、ミュウやディー姉のお手伝い。僕と隊長さんとの組手に、聞き込み調査。この真夏によくそんなにできたよねぇ」

 軽々しく言っているが、彼女はこれでもイナを労わっているのだ。多分。

「制圧戦に向けて忙しいから、仕方ないと言えばそうなのだが……私に休めと言うお前が疲れていては説得力のかけらもないぞ」

「ごもっともで……」

 イナは静かに返事しながら、綺麗に食べ終わった食器に手を合わせる。

「まあ、休め。制圧戦まではまだ時間があるからな」

「そう言うんなら、もう少し時間を寄越せ……」

 頭をテーブルにぶつけながら、ぶつぶつとつぶやく。しかしそんなに小声では、レイア達には届かない。

「訓練は欠かせないな。いくらお前のエイグが異常な性能だとしても、使いこなせなくては元も子もない。それに伴い、制圧戦での生存率を上げるためだ。確実に死なないなどとは言えないからな」

「じゃあ、ミュウの方を断れと?」

「そういうわけにもいかないと思うよ。ミュウの性格は僕がよーく知ってるからね。途中で辞めるなんて言ったらスパナを喉に詰められるよ」

(普通に殺すと言わないあたりえげつない……!)

 想像するだけでぞっとする行為に、思わずイナは喉を押さえた。

「そういえば、例の個人的な調査は終わったのか? あれをさっさと終わらせてしまえばいいのではないか」

「まあ、一段落ってところか。とりあえずはいいんだが」

「なら、昼寝程度の時間はあるだろう。休めばいい」

「そうさせてもらう……」

 と、トレイを持ち上げて立ち上がろうとしたが、レイアに肩を掴まれ失敗した。

(立ち上がるのに失敗とは一体……)「なんだよ」

「まあそうくことでもあるまい。先に用事を済ませておいた方が後々楽だろう? それにまだ6時だ」

「丁度二人ともいるしね~。ここで今日の組手、しとこー?」

「ああ、はいはい……」

 気遣いなのか嫌がらせなのかはともかく、ひとまずイナは二人の食事が終えるのを待つことになった。

 そんな中、シエラは一人食事を終え、そそくさと去ろうとしていた。

「おい、シエラ」

 それをレイアが呼び止める。

「見るくらいなら問題も無かろう、どうだ、一緒に来ないか」

「ごめん、私チカちゃんと約束があるから」

「チカと……?」

 思わずイナは反応してしまう。それもそのはず、最近あまり話していないのだから。話したといっても、軽い挨拶手度であるし。

「そうか、なら仕方あるまい」

「それじゃあね、イナ君」

「あ、ああ」

 どこか悲しそうな顔を見送って、イナはしばらく硬直していた。

 それを見て、アヴィナが食事の手を休めてにひひと笑った。

「イーくん、妬いてるぅ?」

「ほう、それはユウリにか? それともシエラにか?」

 相変わらずこの手の話題には食いついてくるレイアである。

「なんでもねえよ。さっさと食ってくれ」

「ふむ……シエラとは普通に話せている辺り、ユウリと考えるべきか」

「そういえばイーくん、ここしばらく話してないみたいだね? 最近のユゥ姉なんだか暗いよ」

(もうユゥ姉なんて呼んでるのかよ……相変わらず女の友情は知らないところで芽生えていくな……)

 やはり女心など分からないと、イナは腕を組んで首を傾げた。

 その隣で、パンを食べ終えたレイアが「おっ」と何かを思い出しながら手を叩いた。

「そういえば、イナ。女嫌いと聞いたんだが」

「……どっから聞いてきたんだよ……」

 プレイス内の情報網がどうなっているのかわからず、イナは眉根を寄せる。おそらくアヴィナから聞いたのだろう。

「まあ、ちょっとだけな。質の悪い、性根の腐った奴でもなけりゃ大丈夫だよ」

「となると私はその限りではないと! いやあ嬉しい限りだ」

(ぶっとばしてやろうか……!)

 イナはケタケタと笑うレイアの顔を見て、殺意が湧き上がるのを抑える。日々のストレスの原因の多くはレイアと見て間違いないだろう。

「――てことはイーくん、その腐った女の子に何かされたわけだね」

「っ」

 ずばり言い当てられ、イナはまた硬直する。

(相変わらずそういうのは鋭い……いや、少し考えればわかるか)

「っとと、ごめんよ。嫌なこと思い出させちゃったかな」

 珍しく少し慌てながら、アヴィナはイナの肩を軽く揺すぶった。

「……いや、いいんだ。もう過ぎたことだしな」

「女嫌いにもかかわらず、女に囲まれる、か……イナ、お前実はムッツリスケベというやつだな?」

「は」(また馬鹿みたいなことを……)

 いい加減に呆れてきたイナは、早く食事を終えてくれないかと切に願った。

「別に女好きが悪いとは言わん。日本支部内ここにも軟派な奴がいないわけではないしな」

「……一緒にしないでくれ」

「フフフ、いつまで隠せるかな?」

 コロコロと表情(どれも嫌な笑顔にしか見えないが)を変えられ、イナは既に疲れ切っている。だが残念ながらまだ一日は始まったばかりであり、あと数時間これに耐えなくてはならない。

(早く制圧戦始まってくれねえかなぁ……)

 心の底からそう思ってしまう。しかしこれは紛れもない現実らしく、アニメやマンガのように、一瞬で長い時間が経過することはない。

 もちろんシャウティアの力を使えばそれも不可能ではないが、それはただ単に時間が速く流れただけで、イナ自身の経験は一切積まれないので無駄の方が大きくなる――と分かっていても、そう思わずにはいられないのだ。

 そんな感じでイナが苦悩している間に、二人の食事は終わった。

「じゃあ、行くか」

「へーい……」

 席を立って、食器返却所にトレイを置き、イナ達は食堂を出た。

「そだ、イーくん。そろそろ空中戦もやった方がいいかもしれないね」

「空中戦か……いいんだけどさ。できるのか? いや、できるというか、なんというか」

 うまく言えていないが、要するにイナは、二人に空中での格闘が可能なのかと聞きたいのだ。アヴィナの乗るシアスは重装備で空を自由に駆け巡れるようにはできていないし、空中戦を想定されたレイアのシフォンは装甲が薄い上に、攻撃は射撃が主となっており、格闘はあまり勧められない。イナはその点を言いたいのだ。

「まあ、どちらも射撃寄りの機体だしな。だが、それはさしたる問題ではないだろう。弾幕を抜けて殴れるか、否か。ペイント弾を使うが、実弾だと思え」

「お察しのとおりAGアーマーを使うから、僕も加わるよん。イーくんはあの時間停止使ってもいいけど、その代り僕らの攻撃を一切受けないこと。いいね~?」

 さらっと無理難題を押し付けられた気がした。いくら常軌を逸した高速移動ができるとはいえ、それは完全回避が約束されているわけではないからだ。

(まあ、そういう弱点を克服するために訓練するわけだしな……)

 そう自分に言い聞かせて、イナは二人と共にボードで格納庫前へと移動したのだった。



 この時すでに、イナはアニメを見ていたため、シャウティアの弱点を知っていた。

 だがそれは、もう一つの弱点に気付かせにくくするためであったとは、知る由もない。


          ◆


 連合軍・ロシア基地――その複数ある司令室のうちの一つに、彼の姿はあった。

 恐ろしいまでのスルーを受けて、彼は撃墜されることはなかったのだ。

(おのれ……プレイスめ……!)

 彼――フェーデは心の中に怒りの炎を燃やし、来るべき時を待っていた。

 人質を使い脅迫をしたというのに、得るものは何もなかった。それどころか、作戦は失敗し中国基地が失われたと言うのだ。その上、数少ない生き残りである彼はその責任を殆ど背負うことになったのである。

 だが連合軍としても予想外の事態であったため、彼に何か処罰が下るわけではなく、ただ泥を塗っただけで終わったのだ。それでも彼にしてみれば、一生の恥とでも言うべきものだろう。

 プレイスの方からしてみれば、そんなことは知ったことではない。むしろこうなって当然だと思っている。向こうからしてみれば、ただ人質を救い、『そのついでに』中国基地を破壊したに過ぎないのだから。


 ――連合軍内で動きがある。プレイスを一気に叩き潰そうとする計画を立案し始めているのだ。

 ただ、致命的な問題が二つある。それはその計画を既に知っている者がいること。そして、何に対しても敗北を知らない、化物シャウティアを敵にしているということだ。



 こちらでは、何故自分達が勝てないのか――それを知る由がなかった。



 それぞれの思惑が加速する中、今日も太陽は星々を熱く照らす。

part-Bに続く。

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