ラスト・デザイア
セトナの奮闘で、時間を稼ぐことができた。いよいよもう少しで、チートなリファを止めることができることができそう……
……
その時間はとても苦しく、痛く、長かった。少女達の時間よりも長く長く……とても長く続いた。
あんなに華奢な美少女達を矢面に立たせ、それどころか見殺しにするなんて本勇者失格だ。しかし、今はそういった地位名誉倫理が割り込む余地はなかった。
ボタンを高速で押す指の感覚は痛みを通り越えほとんど無くなってしまっていた。しかし、そのわずかに感覚を必死に引き止める。真っ赤に腫れ、中の骨が砕けてしまっているかもしれないその指で、俺はボタンを叩き続ける。ビリビリと電気振動のようなものがしきりに体に伝わってくる。
俺の遠く先では、セトナが必死に戦っていた。一対一で戦っているのは信じられない話だがもうアイツだけが頼みの綱だ。俺の体内時計と、効果範囲内の色が赤色から更に黄金色になったところを見て、入力完了まであと少しと見える……セトナ、もう少しの辛抱だ! もう少しだけ保たせてくれ!
キィン!
しかし、俺の心に反して、セトナのグングニルがリファの剣閃で金属音と共に上空吹き飛ばされた。なんと素早いバックステップで追撃を回避したものの、危険な状態だ。
「くっ! どこまでもチートなんだから!!」
「セトナ!! 無理に槍を拾うな!! とにかく逃げろ!!」
「!? わかったよ!!」
今のセトナには冷静な判断力があるのは救いだ。さっきまでパニくってた泣いていたヤツがこんな短時間でがっつりマトモで勇敢な奴に成長したのは普通なら信じられない話だが、ヤンデレって言うのは更正したときにガラッと様変わりするのはよくあるお約束事項なので別段不思議でもないと思う。(※それに心疾患が関係しているどうかは個人差があるため明言は避けます)
俺からさらに距離をとるように逃げてくれるセトナ。追うリファ。押しまくる俺。
「もう少しだ!! もう少し踏ん張ってくれ!! ウオオオオオオオオオ!!!」
その時俺の秒間連射速度は音速となり光速となった。もはや指に神が宿ったみたいに指だけに相対性理論が働き時空を超える!! ダダダダッダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダッダダダダダッダダダッダダダダダッダダダダダダダダッダダダダダダダダダダッダダダダッダダダッダダダダッダダダッダダッダだっだだだだだダダダダダダダダダダダダダッダダダダダダダダダ!!
ピキィーーーーーン!!!!
その時、何か効果音みたいなものがコントローラーから発せられた。効果範囲内が青白く輝き白い光の粒子が一斉に舞い上がる!!
「クキッ!?」
リファの動きがピタリと止まった。そして、何かが彼女の体から抜け出る! その姿は、あの時過去の世界で見たエリアナだった。
「ア・アアアアアアアア……エルリード……今そばにいくからネ……あなたのいる地獄に私も行くかラ……ずっと一緒……キキキ……」
そう言い放ち、エリアナの霊らしきものは消滅した。成仏と言っていいのか……あの捨て台詞の不気味にしてみてもだが、結局エリアナこそが真のヤンデレだったんだと思う。恐ろしや恐ろしやご先祖様ドンマイドンマイ。
ともかく、どうやらコマンドの入力は完了したようだ。手に持っていたコントローラーと効果範囲が消滅すると、すぐに俺はリファとセトナに近づく。
「アシュ君!?」
「ありがとな、セトナ。何とか間に合ったぜ」
「うん。でも、これからどうするの?」
「それは、コイツに聞いてみるさ」
俺はそう言ってリファの方を見た。念のため距離はとっているが、明らかに邪気と言うものが無くなっている。
「……思い出したよ」
「お前、記憶が戻ったのか?」
「うん……全てを思い出した」
リファの目には正義の輝きがあった。古の英雄の深遠なる光が瞳に点る。何かを含むようなその顔つきは今までよりも随分と大人びて美しく、そして悲しく見えた。それは、もう暴走することが無くなり世界が救われた事を意味するものだった。
「すまなかったな……辛い思いをさせて」
「アッシュ……何で謝るの?」
「俺のご先祖様に裏切られたんだろ? 信じてた人に裏切られて……」
「ごせんぞさま? そっか……アシュレイはエルの子孫なんだ……だから似てるんだね……そして、知っている……」
「ああ、教えてもらったんだ……聞いたときはショックだったよ。まさかあんな愚かなことをしていたなんて……勇者としてあるまじき行為をしていたなんてな」
「……私も悪いんだよ……近くにいたのに、エルのこと全然わかってあげられなかった……」
「お前のせいじゃない。お前は悪くねぇよ」
「ううん、悪いよ……私のせいで沢山の人を死なせてしまったんだから」
「謝らなくていい。クロノだって他のみんなだってお前を責めたりはしないんだからさ」
「アッシュ……」
リファは静かに視線を落とした。そして、手に持っていたファールデクスを俺の方に投げる。聖剣は重い金属音を鳴らして俺の足下に転がった。
「リファ……?」
「それは、お返しします」
「あ、ああ……」
急に大人びた低い声で言われたのでびっくりしたが、言われたとおりに俺は聖剣を手に取る。久方ぶりに俺の元に帰ってきた聖剣ファールデクスはまるで木の小枝のように軽く、持ってから何か強大な力が流れ込んでくる……おそらく、覚醒しているのだろう。
「リファ……」
「その剣で見せてください」
「えっ? 何をだ?」
「あなたの力を、私に見せてほしいのです」
急に丁寧語になったリファは厳しい目で俺をジッと見つめる。その眼力には、覇気が満ちていると同時に聖母のような温もりを感じる。
「まさかお前、戦うつもりか?」
「その通りです。私に打ち勝つのです」
「なんでだよ? もう、戦う意味なんてないだろ? もう終わったんだよ……世界は救われて、お前も救われる。それでいいじゃないか?」
「そうはいかないのです。あなたがどう言おうと私は罪人なのですから……記憶を失いエリアナの亡霊にとり憑かれていたとはいえ、多くの命を奪ってしまいました。裁かれるのは当然の報い」
「そんなことはない!」
「……あなたがその気にならないと言うのなら……来なさい、インシュゲン!」
リファが前方に手をかざし名前を呼ぶと、聖なる刀剣が姿を現す。美しい刀身を持つ聖剣は、主のためにこの世界にまで駆け付けたのだ。
「どうしても、やるというのか……」
「はい、それが私の願い。どうか、不肖なこの私のわがままを聞いてください。あなたと戦うことが私の、最後の願いなのです」
「……」
「見せてください。見せてほしいのです……エルリードの行為が間違いでは無かった事を。私の死が無駄ではなかった事を……!」
リファの目はあまりにも真剣だった。果たしてどうするべきなのか、俺は迷っていた。しかし、その迷いを打ち払う言葉が脳裏をよぎる。それは母さんが別れ際に託した一言だった。
『息子よ……いや、勇者アシュレイよ! リファをの心を救え! 彼女の瞳に写る穢れた血の色が真実で無いことを証明するのだ』
その言葉を思い出した時、俺の覚悟は決まる。
頭をしっかりと上げて、決意の目で目の前の少女を見る。
「…………わかったよ。それがご先祖様が犯した罪への贖罪になるんなら、やってやるぜ!」
「感謝します、アッシュ……」
「だが、その代わり、俺が勝ったらこっちのワガママも聞いてもらうからな! 覚悟しろよ!」
「うん! 」
頷くのを見届けると、俺は懐かしい相棒を両手で構える。大きな剣先を相手に向けるその構えは「ファリオン三式」と呼ばれる攻撃的な型だ。
「アシュ君!?」傍にいたセトナが戦おうとする俺を見てちょっと理解できないと言うような驚きの声を上げた。
「セトナ、お前はちょっと下がっていてくれ」
「リファと戦うの!?」
「ああ……ここは、俺とアイツでどうしてもケリをつけなきゃならんのさ。一対一の真剣勝負でな」
「アシュ君……」
「安心しろ、もう悪い事にはさせないから。ハッピーエンドで終わらせてやっからさ!」
「……わかったよ。あたしは後ろで応援してる! 頑張ってよ、誉れ高きおパンツ師匠さま!!」
「うむ、承知した。スカートの中身は戦いのあとで教えて進ぜよう」
「イェッサー」
セトナが視界から外れると、俺は強い勇者の目でリファを見押す。古の女勇者は、足をクロスさせて両手を羽のように開き、まるでバレリーナの演技始めのような美しい姿勢をとった。今まで、こんな構えをするヤツは見たことがない。
「じゃあ、いくとするか!」
「全力でかかってきてくださいね」
「ああ! こうなりゃ俺の全てをお前にぶつけてやるぜ」
それを聞いた時、歴史から忘れられし勇者は嬉しそうに微笑む。これから本気で戦うと言うのに、俺はとても清々しい気分だった。同じように口角を持ち上げる。
正義と正義がぶつかり合う、勇者同士の最終決戦は幕を開けた。
こんどこそ最後です! 今までみたいに逃げずに、ガチで戦いますのでみなさん応援よろしくお願いいたします!!




