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【4】
冬華に昨日私が遭遇したあらかたの事象を説明し、その上で、二人で屋上を調べることになった。
「その噂は私の聞くところでもあったけどさ、そこまで鮮明に見えるもんなのかねー」
冬華は昨日少年が立っていた位置を興味深そうに観察しながら、疑問を羅列していく。
「大体会話が成立していたっていうのからして、おかしな話だと思うんだよね」
「理屈どうこうって話でもないと思うけど」
「それはそうなんだけど。噂は噂として、丁重に扱うべきでもあるじゃない。今までの目撃者は全員下から、ただ落下し、消滅する少年を見ただけなんだから。だから問題はその噂と類似している部分は多いのに、新しい情報もまた多すぎるってことなんだよ」
「どう問題なわけ?」
「そもそも、噂の人物と同一なのかってこと」
「ん? でも、新しい情報が今までの噂と食い違っているわけでもないし、純粋な追加資料として考えてもよさそうなものじゃない?」
「んーそうだね。そう言われるとその通りな気がしてきたよ。でもまあ、他にも目撃者がいるんだから、一度話は聞いてみたいよね」
冬華は一通り納得がいくまで調べ終えたようで、屋上の淵の少し高くなっている段差に腰かけた。不満げな顔をしているのは、目ぼしい情報が手に入らなかったからだろう。
私もそんな冬華の隣に腰かける。実際私は、念入りにあの少年の痕跡がないかを調べきっていたので、何もすることがない。ここに再び来たのは、単に私が落ち着かないからなのだ。
彼の為に何か行動を起こしていないと、彼のことを考えていないと、私の気が収まらない。
「皐月はさ、どうしたいわけ?」
「どうしたい、というと?」
「そう質問で返されると私も困りはてちゃうけど。んー、この噂に関して、どうなれば納得するわけってことかな?」
納得か。納得ということで言えば、理屈で片付けられそうな話じゃない時点で、納得することを諦めてはいるんだけど、あえて納得という観点から見るのなら、自分が自分であることを納得したい、そんなところだろうか。
アイデンティティの確立っていうほど、大したそれは持ち合わせていないが。
「どうしたいんだろ。私にもよく分からないんだ。でもたぶん、彼にもう一度会って、今度は思い止まらせてあげたいんだとは思う」
「私みたいな人間は、幽霊みたいな存在に、どうしてそこまでって私は思っちゃうけどなー」
「幽霊であれ何であれ、その人を救えなかったっていう事実が私には辛いんだ」
その事実が私を不幸にさせているのだ。
「なるほどね。皐月らしいと言えばらしいけど、あんまり気にしすぎるのもよくないよ。今回の件は最後まで付き合うけど、今後ずっとそんな生き方を続けるのは、お勧めできないな」
前から言ってることだけどさ、と冬華は付け足す。
「私も十分理解はしてるつもりなんだけどね。こればっかりはどうも、治りそうにないというか、努力するだけ無駄というか」
「ま、私も人の生き方にケチをつけられる人間様でもないから、あまり強くは言えないんだけどね」
そう言葉を区切って、冬華は立ち上がる。流石に暑いのだろう額には汗が浮き出ていた。少し茶色がかったショートヘアーが夏風に少し揺れ、私はそれを見て一層の夏を感じた。
冬華という名前に似合わず夏が似合う私の友人はそこで、にっこりと笑ってみせる。
さっきの発言に対する誤魔化し笑いだろうか。それとも恥ずかし笑いだろうか。誰だって人の生き方に文句を付けることなんてできないのだから、どちらも相応しくないとは思う。誤魔化すことでも、恥ずかしがることでもなく、ただ当たり前のことを言っただけなのだから。
と、そう思って、そこで合点が行った。
「どうしてそう純真無垢な笑みを浮かべられるかなあ」
そうだ、これは、今から人の生き方に、もっと言えば死に方に干渉しようとする私へ向けた、皮肉な笑みなのだ。
まったく、恐ろしい友人を持ったものである。