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【3】
「ごめんって皐月。今日のお昼奢るから、ね?」
「別に怒ってないって言ってるじゃん」
「その言い方がもう怒ってるよね。はらわた煮えくり返ってるよね」
「激昂する程のことでもないでしょ。理由は聞いときたいけどさ」
「聞いちゃいますか理由。聞いちゃうんですか」
「すっぽかしたんだから、理由くらい話しなさいよ」
「いやー、彼氏が帰してくれませんでしてねー」
「まずそのゲス顔をしまえ」
「あ、はい」
「それで、また朝帰りなの?」
「そりゃまあ、そうなります」
「呆れた」
「皐月もはやく彼氏作りなって。そうすれば分かる」
「何が?」
「愛だよ、愛」
「呆れた」
「うわー、やっぱり怒ってるよー」
私は、オバーリアクションで頭を抱えている冬華を尻目に、パイプ椅子から立ち上がり、天文研の部室を出る。
「どこ行くの皐月。また屋上? 暑いよー」
「冬華は別について来なくてもいいって、さっきから」
「心配だからだよ」
冬華の声が、氷のように冷たくなる。
「何かあったってことぐらい、私にだって分かるんだよ? 皐月朝から元気ないし、これで屋上行くの三回目だし……」
「……」私は黙って聴くしかない。
「別に話したくなかったら話さなくてもいいけどさ、私だって心配ぐらいはしていいでしょ。友達としてそれぐらいの権利は認められていいでしょ」
私は、半開きになっていたドアをゆっくりと閉め、一つ空いているパイプ椅子にもう一度腰を下ろした。
そう、この部室にパイプ椅子は二つしかないのだ。私はその事実を忘れないようにしておいた方がいいのだ。
「ねえ、冬華」
私は今一度、冬華の姿を正面でとらえた。目を見てしっかりと名前を呼んだ。
「目の前で人が飛び降りたら、どんな気持ちになるか考えたことある?」
やはり、最初からこうするべきだったのだ。冬華には、私の気持ちを知っておいてもらいたい。私が何を見て、何を思ったのかを少しでも伝えておきたい。
「不幸に……なるんだよ」
これで冬華が不幸になろうとも、だ。