三頁 返却
幸雄が来たのならとノートを持ってドアを開けようとする美羽だったが、後ろからの手によってドアから離されてしまう。
「ちょっと何するの?お姉ちゃん」
一応ドアの向こうにいる幸雄に聞こえないように小声で話す美羽。
美羽をドアから遠ざけたのはもちろん美香である。後ろから美羽を抱いてドアから遠ざけつつ言う。
「何?何か用なの、兄貴。もう私たち寝る時間なんだけど、そんな時間の乙女の部屋にどんな用なの」
『あ、そうだったのか。ごめんね。あのさぁ、僕のノート知らないかなー』
「ノート?そんなの知らないわよ。そんなつまんない用事で私たちの睡眠時間を削るつもり?」
『う……。ごめんね』
「もう用がないんだったら私たち寝るけどいい?」
『うん、お休み。あっ、美羽もね』
「おやすみーお兄ちゃん」
「ふんっ」
廊下の向こうでは幸雄がもっと探すかぁなどとぶつぶつ言いながら、自分の部屋の方に戻っていったようである。
美香も幸雄がドアの向こうからいなくなるのを確認すると美羽から離れ、笑いながら美羽へと振り向く。
「もう、お姉ちゃん!なんで素直に私が拾ったって言わないのよ」
「だってあんたが拾ったノートが必ずしも兄貴の言ってるノートのこととは限らないでしょ。兄貴はどんなノートだとかは言ってなかったんだから」
「そうだけどさぁ~。だったら大きさとか形を聞くとかいろいろあるでしょ、もう」
「誰がそんなめんどいことをあの兄貴のためにしますかよーっだ」
美香の揚げ足取りにうんざりしながら、美羽はノートを取りに行く。
そんな美羽を見つつ美香は表情をもどして布団へと寝っ転がる。
「ほんとにお姉ちゃんはお兄ちゃんが嫌いなのね。今のでよーく分かったよ」
「私は優しいだけの男は嫌いなのよ~」
「なによ、私たちまだ中学生なのにそんなませたこと言って、似合わないよ」
「い、言ってみただけじゃない!それにもう来週で二年生になるんだからそういうこと言ったっていいでしょ」
「こんなガサツなお姉ちゃんが男子を好きだとか言ってるとこなんて想像できないなぁ~」
知らないところで揚げ足を取られた幸雄の分の仕返しなのか、美羽も美香をからかう。
「むかつくー!!でも何よりもむかつくのが自分にもそんな場面がまったく想像できないところだ!」
「ふふっ」
「やめやめ!もう寝るよ、まったく」
「はーい」
(ノートは明日私がお兄ちゃんにこっそり渡せばいいかな)
美香が電気を消して二人ともが布団に入ろうとすると、急にドアが開いた。
「ちょっとあんたたち。寝る前にちょっといい?」
ノックもなしにドアを開けて入ってきたのは千絵だった。寝巻を着て、お風呂から出てだいぶ時間も経っているのか髪の毛も乾いている。
「え、なにママ」
「何よ母さん、私たちもう寝るんだけど」
「ああ、すぐすむから大丈夫。あんたたちお兄ちゃんのノート知らない?手のひらサイズぐらいでちょっと古いやつなんだけど」
まさか千絵が出てくるとは考えなかった美香と美羽は互いに顔を見合わせた。
「あ、ああ。それなら美羽がさっきひろったって言ってたのがそうじゃない、ねえ美羽?」
「え!?」
まさか自分に振られるとは思ってもおらず、美羽は急な美香の振りに慌ててしまう。
「あ~、さっきそういえば廊下でひろったやつがそうかな~」
そう言って疑いのまなざしを向ける千絵を見ないように自分の机の上に置いといたノートを手に取り、千絵へと見せる。
「こ、これかなママ?明日朝起きたらお兄ちゃんに渡そうかなーって思ってたんだけど……」
美羽が見せたノートを受け取りながら千絵は言う。
「じゃあ、なんでさっきお兄ちゃんが来た時にこれ渡さなかったの?」
「あ、え~っと……」
いつもとは違い無表情の千絵であるが、その無表情が千絵が怒っているのだと美羽たちに理解させた。
「お兄ちゃんが何かあんたたちにしたの?」
「「……ごめんなさい」」
さすがにこれは自分たちが悪いのだと分かり、素直に謝る二人。
それを聞いて一応は納得したのか千絵は普段のように表情を穏やかなものとした。
「私に謝ったって意味ないでしょ。明日にでもお兄ちゃんにしっかりと謝りなさいよ」
「「はい」」
返事を聞き満足したのか千絵は二人の頭を撫でで部屋から出て行こうとする。
出て行く途中に何か思い出したのか振り向いて言う。
「そういえばあんたたちこのノートの中見た?」
「え、まぁ一応。でも人の名前が書いてあるだけでなんだかわからなかったよ」
そう答える美香に同意するように美羽も隣で頷いている。
「そう。じゃあ、寝るところ邪魔して悪かったわね。お休みなさい」
「「おやすみー」」
ドアが閉まり美羽と美香は互いにため息をついた。
「はぁー、まさか母さんが来るとは思わなかった」
「ほんとだよー。もうお姉ちゃんがあの時ちゃんとお兄ちゃんに返してれば怒られないですんだのにー」
「ごめんごめん。なんかドッと疲れちゃった。もう寝よう」
そう言って美香は布団にもぐる。そんな美香を見て美羽も起きたことはしょうがないと思い、布団へと入っていく。
(でも、中見たことを気にするなんてあのノートにはなんか意味があるのかなぁ)
そんなことをもんもんと考えながら美羽は眠りにつくのであった。