桟橋の男
潮の香る港町の『フジツボ食堂』のテラス席に座っているジョバンニ少年は、いつもそこから見えるある光景を不思議に思っていた。
この食堂のテラス席からは、港を見下ろすように見ることができる。その港にかかる桟橋の上に、いつも座っている男がいるのだ。
ジョバンニ少年の家はこの近くで、朝に学校へ登校するときもこのフジツボ食堂の前を通るのだが、その時からすでに男が遠くの桟橋に座っているのが見える。そして、ジョバンニ少年が学校から帰ってくる途中にフジツボ食堂に寄り道しているこの時も、男はその桟橋に座っているのだ。
「何を見ているんだい、ジョバンニ」
そう言って話かけてきたのは、このフジツボ食堂の店主のティートだった。丸いお腹をゆさゆさ揺らしながらジョバンニの隣に腰かけると、マグカップに入ったホットミルクを出してくれた。
「ねぇ、ティートはあの人を知ってる?」
ジョバンニは、ホットミルクを一口飲んでから尋ねた。
「あぁ……シルヴィオかい」
「シルヴィオって言うんだ、あの人」
ティートは禿げあがった頭をひと撫ですると、少し険しい顔をしながら言った。
「アイツがどうかしたのか?」
「別に、ただいつもあの桟橋に座っているから、何をしてるんだろうと気になってさ」
ティートの様子に何かを感じ取ったのか、ジョバンニは興味のないようなそぶりをした。ティートはそうかいと言いながらも、眉をひそめてジョバンニに言う。
「アイツとはあまり関わり合いにならない方がいい、面倒なことになるぞ」
「面倒なことって?」
「その、何ていうか、シルヴィオは気難しい奴なんだ。だから、あまり人と関わろうとしないし、下手に関わると何をされるか……。」
ティートはそう言うと黙ってしまった。
ジョバンニは、同じ質問を他の大人達にも投げかけたことがあった。両親、学校の先生、神父さん、隣のおばさん、雑貨屋のお姉さん。誰に聞けども、返ってくるのは同じ言葉ばかり。
――あの男に関わるな。
ジョバンニ少年は大人達がそうまでして、シルヴィオという男を遠ざける理由が知りたかった。ただ桟橋に座っている男が、自分に危害を加えるとはどうしても思えなかったのだ。
「危ない人なの?」
ジョバンニがそう尋ねる。
「オレもよくは知らない。話したこともない。だけど、近付いちゃいけないって、俺は親父にそう言われた」
ティートは何か迷うような顔をして、ジョバンニに語りかける。
「いまから話すこと、誰にも言わないって約束できるか?」
ジョバンニは思わずでそうになった悪戯な笑みを堪えて、うんと返事をした。
「もし喋ったら、出入り禁止だからな」
「約束するよ、この場所だけがこの町で唯一の憩いの場所だからね」
ティートは子供の世辞に苦笑いすると、シルヴィオの事について語り出した。