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Shake  作者: 木野華咲
7/10

朝から空は、どんより雲に覆われいる。いつ雨が降り出してもおかしくない天気。

折り畳み傘を携帯するため大きめのバッグを選び、玄関の鏡の前で上から下まで全身をくまなくチェックする。

甘辛さを意識した、小花柄ワンピに薄手のJK。若干化粧が濃いかもしれない。

気合いをいれすぎただろうか、子供っぽくないだろうか。考えれば考えるほどキリがない気がして、前髪を手で整え玄関の扉を開けた。


もう会うことはないかもしれないと思っていた。実際昨夜まで、隆からの連絡は一切途絶えていた。この所忙しかったと昨夜の電話で隆が言っていたが、忙しかった理由までは聞いていない。

あれだけ泣いてしまったのだ。気恥ずかしさは当然ある。それでも、会いたくないとは思わなかった。


空は重いというのに、足取りは軽い。たぶん自分は浮かれている。だけど、何故?そこがよく分からない。圭吾を想うほどの恋愛感情が隆にあるのかといえば、絶対ないと断言できる。それなのに、浮かれている。鼻歌まで歌ってしまう。昼過ぎにバイトが入っているから、時間はあまりない。だが隆がそれでも構わないと言うので、バイトの時間まで一緒に過ごす予定だ。                         

待ちあわせ場所である駅の傍まで来て、携帯電話で時間を確認した。約束の時間にはまだ少し早い。とはいっても20分近くも。

隆は家まで送り迎えをしたがるが、そこは断固として拒否している。男に自宅を教えないのは、自分の中のルール。なんて、実はそんなにカッコいいものではなくて、終わりのことを考えるのだ。始まる前から、終わったあとのことを考える。いかに綺麗に関係を断ち切るか、優先順位が他人と逆だ。それでも携帯番号を知っている隆は、まだマシなほう。今まで関係をもった中には、メルアドでしかやり取りをしていない相手も普通にいた。終わりを考えたくない相手は、ただ一人。中岡圭吾、彼だけだった。


休日だなー、と思う。

軽装の人たちが足早に行き交い、駐車場は車で埋まっている。

中心部の駅ほど大きくはないけれど、この周辺では、ここの駅が一番利用客が多い。

数年前に建てられたカラクリ時計は、出番を待ちながら時を刻んでいる。設定された時間になると、軽快なメロディーと共に、時計台の中から出てきた人形達が踊りだす。

建てられた当初は物珍しさもあって、人形達が出てくるたびに周りを人が囲んでいたが、今では誰も見向きしない。誰も見ていないのに、人形はやはり軽快に踊る。それを時折、淋しく感じる。

分かっている。仕方がないことだ。珍しいだけではいつか飽きられる。魅力を失わないもの、都合が合うもの。残っていくのは、そういうものだけだ。

世の中に不要なものなどない、と誰かが言っていたが、不要になるものはあると思う。見られていない飾りなど、必要があるとは思えない。労力をかけ、お金をかけ、これだけ精密に作られたからくり時計でさえ、誰の目にもとまらなければ、不要なものでしかなくなってしまうのだ。

何を感傷的になっているのか。時間が余るというのも考えものだ。

隆がいつも繭を待っている場所に視線を移すも、隆の姿はまだそこにはない。その場所に向かって歩きながら、念のため駐車場にも目を配らせた。

「ない・・・か。」

仕方なく人目にさらされ待つ覚悟を決めたとき、一台の車が駐車場のバーをくぐろうとしているのが目に入った。おとなしく待っていればよかったものを、繭の足は、車に向かって歩き出していた。

空きスペースを探していた隆の車が、立ち去ろうとする車と入れ替わりにその場所へ停車する。

運転席からおりた隆と、助手席からおりてきたもう一人の男。男の事は知っている。とはいっても一方的にこちらが見かけたことがあるという程度なので、相手は繭の顔など知りもしないだろう。イチャイチャと腕を組んで街中を歩いていれば、嫌でも目に入ってしまう。隣を歩いていた女が恵であれば、なおさら。

車との距離はどんどん近づくが、繭に背を向けて話しをしている隆と元は、歩いてくる繭には気がつかない。聞こえてきた会話で、どうやら元もここで恵と待ち合わせをしているらしいということは分かった。元が車を持っているのか、いないのかは知らないが、隆に便乗せてもらったのだろう。

声をかけようか迷う。話しが繭のことに及んでしまった今となっては、特に迷う。

盗み聞きするつもりなどなくとも、隆たちのすぐ後ろに停まるワゴン車の背が高すぎて、繭の姿を隠してしまう。

タイミングを見計らうしかないかと、誰も乗っていないことをいいことにワゴンに凭れた。


「じゃあ順調なんだ?繭ちゃんとは。」

「そうだね、仲良くやってるよ。」

「そうか、よかった。実は少し心配してたんだ。」

「心配?。」

「隆に無理させてるんじゃないかって・・・。」

「いや、無理なんて。」

「ならいいんだけどな、恵のワガママに隆を巻き込むのはどうもな・・・。」

「彼女に向かってワガママはないだろ。恵ちゃんには、感謝してるよ。」

「それ、本気で言ってるのか?。」

「・・・何が言いたい?。」

「隆、お前恵のこと・・・。」


「繭??。」

思いがけず呼ばれた自分の名前に、心臓が跳ね上がる。

恵がすぐ目の前まで来ていたことなど、気がつきもしなかった。

二人の男の顔は、この位置からは確認できない。だけどきっと、焦っているだろう。繭がいつからここにいたのか、気になっているに違いない。

とりあえず、ニコリと笑って恵に答える。

この状況を説明する言い訳など、何も思いつかない。

「どうしたの?こんなところで。」

余計なことは聞かないで欲しい。訝しげな恵の視線に、そのままを答えるしかなさそうだと諦めた。

「隆くんと待ち合わせしてて。でもなんか声かけづらかったから。」

「よかったのに、声かけてくれて。」

いつの間にこちらにまわって来たのか、恵の肩を引き寄せながら元がニコヤカに笑う。その隣の隆も笑顔だが、気まずさを隠しきれてはいない。

何も知らない恵は暢気なもので、元にベタベタと甘えながらも、元と繭の紹介を始めた。

パッチリ二重の目、淡いピンクの唇。今日も綺麗に巻かれた黒髪は、恵が動くたびに愛らしく揺れる。

隆が好きになるのも無理はない。やはり恵は、可愛いのだから。

「ねぇ、せっかくだしこれから4人でどこか行かない?」

無邪気な恵の提案に、思わず眉を顰めていた。

「ごめん、私バイトの時間が早まっちゃって・・・。」

こんな格好をしてきておいて、今更何を言ってるのだろうと自分でも可笑しくなる。だが押し切るしかないのだ。押し切らないと、泣いてしまう。

「それだけ言いに来ただけだから。電話でも良かったんだけど、運転中だと悪いし、ついでだったし・・・だから・・・えーと・・・もう行くね。」

しどろもどろに早口で捲くし立てる。

これでは恵さえも変だと思うだろうに、考えている余裕がなかった。

「そ・・・、そう?。」

「繭ちゃん、俺バイト先まで・・・。」

「あ、いいから。すぐ近くだし、友達も一緒に行くし、ごめんね、隆くん。元くんも恵もごめん、それじゃ。」

歩き出す準備を終えていた足は、その場を逃げるべく加速しはじめる。

動悸が激しいのは、運動不足のせいだろう。心臓の音がなりやまないのも、きっとそのせいだ。

傷つくはずがない。傷ついていいはずがない。

繭だって隆と同じ。圭吾を想いながら隆と会ってきた。

隆に圭吾の姿を重ねたことも何度もある。隆も、おそらく同じだろう。

だから繭に、服だバッグだと買い与えたのだ。恵にしたかったことを、そのまま繭にしてきたのだろう。

だが隆は分かってもいたはずだ。繭では恵の変わりにはなれないことを。だから抱きたくなかったのだ。

あの時、圭吾に会ったホテルで、隆は繭に何を見たのだろう。隆はやはり、泣いていた。自分と繭が抱えているものが、同じだと気づいてしまったから。隆は、自分を守ろうとしていたのだ。自分を守るために、繭をあれほど優しく抱きしめたのだ。

立てた仮説は、見事に隆の不可解な行動と一致している。隆を問い詰めれば、おそらく仮説通りの答えが返ってくるだろう。

こうなってしまったのは、誰の責任でもない。しいて責任があるとすれば、最初に恵の申し出を断れなかった、繭自身だ。


それなのに・・・。


誰かを逆恨みしたくなるほど動揺している。行き場のない怒りと孤独感が、おさまることなく募っていく。

一人でいるのがたまらない。誰かに自分を見て欲しい。不要なものにはなりたくない。

繭は手にした携帯電話をきつく握りしめていた。

アドレス帳から、一件の番号を呼び出す。

まだ一度も、かけたことがない番号。

通話ボタンを押すとすぐに、呼び出しのコールが響く。1回、2回、3回・・・。

一体何がしたいのだろう。

どうして今、圭吾なのだろう。


「もしもし、圭吾?今からちょっと出て来れない?。」




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