また一周
(1)
この作品に登場する列車時刻は、2009年当時の肥薩線の時刻表を参照しました。
同線は熊本県の八代駅から人吉駅、少しだけ宮崎県をかすめて鹿児島県の隼人駅に至る九州のローカル線です。
①
八代0549→0632白石0632→0710人吉0718→(矢岳越え)→0817吉松0830→0922隼人0925→1009鹿児島中央
②
八代0647→0744白石0744→0815人吉1006→(矢岳越え)→1119吉松1200→1252隼人1300→1339鹿児島中央
主人公(僕)は当初①の予定でしたが、白石で列車を下りてしまったため、以降②の時間で移動することになります。
これ以外に特急が走っている区間があり、それを利用すればもっと早く移動できますが、学生につきあまりお金をかけたくないため、特急料金不要の普通列車で移動しています。
(2)
かつて肥薩線には「キハ31」というトイレを備えていない車両が走っていました。作者も実際にこの車両に乗り、トイレに困ったことがあります。
2019年3月のダイヤ改正でJR九州での定期運用を全て終え、引退しました。
(3)
作中に登場する白石駅など肥薩線のいくつかの駅にはトイレがありません。
したがって、かつてはこの「僕」のようにどこで用を足せばよいか困る状況でした。
(4)
肥薩線は2020年7月の集中豪雨により壊滅的な打撃を受け、2026年現在も運休中です。
1.
後年振り返ると、あんなできごとが自分の人生の分岐点になったのが信じられないと思うことがある。あるいは誰にでもそんな日が、一日くらいはあるのかもしれない。
ある年の八月の、日の出間もない六時前。当時大学生だった僕は、夏休みに大阪から熊本県まで鉄道旅行に来ていた。八代発五時四九分の朝一番の肥薩線人吉行き列車―ローカル線だから一両きりだった―に乗った。
急に腹の調子が悪くなった。今朝食べたもののどれかがいけなかったのか、暑さに耐えかねて冷たいものを飲み過ぎたからか。
僕は十分あまり耐え続けていた。
わが肛門も(もしかするとヤバいかもしれへんで)と訴えている。
僕は(分かったからもうちょい我慢せえや)と答える。
列車の中に、トイレがないのである。
そのことは乗る前から分かっていた。けれども列車の本数が少ないローカル線だから、一本逃すと後の予定が大きく狂ってしまう。だからトイレがないのを承知で乗り込んだ。その後腹の調子が悪くなったのだから、間が悪いとしか言いようがない。
(駅やったらトイレあるんやろけどなあ)
単線なので、どこかの駅で反対列車行き違い待ちのため数分停車することがある。だから本来ならその間に駅のトイレで用を足せなくはない。もっとも今回は、その数分の停車時間ではとても間に合わないだろう。かといって終点の人吉まではあと五十分ほどもかかる。とても我慢しきれまい。
要するにこの列車からは降りるしかなくなる。その場合その後人吉から乗り継ぐ列車の接続も思いっ切り悪くなる。本来なら鹿児島中央駅に着くのが一〇時〇九分のはずなのに、三時間半も遅くなってしまう。早起きして朝一番の列車に乗った意味がなくなる。でももうしかたがない。
駅のトイレというと、全部が全部そうではないけれど、臭い汚い暗い怖いの4Kで便意が失せそうな代物もある。でももうしかたがない。贅沢は言っていられない。
それでやむをえず、僕はこの列車を次の白石で降りてしまうことにした。
とはいえ、その白石まででもあと五分近くかかる。田舎は人口が少ないから駅間距離も比較的長い。そんなところを走る列車のくせに、どうしてトイレもないのだろうか。首都圏や関西の電車ならすぐ次の駅に停まる。降りてもまたすぐ次のが来る。だから電車内にトイレがないというのは理解できる。でもこの辺りでトイレなしの列車にするのは、経費の省きすぎだ。我慢しきれず車内で失禁脱糞した人が、これまでひとりやふたりくらいはいたんじゃないかと思う。
(あの~、ほんまにもう無理なんやけど)
さっきから懇願してくるような感じになっている肛門を、もう少しだからと宥めながら、恐ろしく長く感じる五分近くを耐え続けた。
田舎の列車はのろのろ走っている。今、特にそう感じる。こっちは焦眉の急だというのにもっと速く走れないのかとイライラする。
駅が近づいた。でも、分岐器のところで線路がカーブしているから、むやみに減速する。嫌がらせでしかない。おまけにガクンと揺れた。こんなのただでさえ危険な状態の肛門様に対する狼藉である。
すぐ降りられるようザックを背負う。ドアの前で待ち構える。とても緩慢に停車する気がする。
(はよせえっちゅうねん、そこの中年)
僕は心の中で、運転士に失礼な暴言を吐く。
ドアが開くや否や僕は飛び出した。
(トイレトイレ、トイレはどこやねん)
駅舎の中か周りか駅前広場あたりにトイレくらいあるだろうと高をくくっていた。漏れないように内股で走りながら、きょろきょろ辺りを見回してみた。
ところが。
(ない!)
ない、ない、ない、ない、ない。
トイレがない。トイレが見当たらない。何でないねん? 何でないねん?
どうやらよりによって4Kボットン便所すらない駅に降りてしまったらしい。もしかするとどこかにあるのかもしれない。でも少なくとも視界にトイレらしきものは見当たらない。それに、探し回ろうにも肛門はもう決壊寸前だ。
(あかん。漏れてまうやろ)
肛門の悲鳴を聞いて、僕は諦めた。
(ほな、しゃあないからもう野グソするわ)
ここは山間の静かな駅で、単線の線路が二本に分かれて上り下りの列車の行き違いができるようになっている。そして駅舎の向かい側にある上り列車用ホームの裏は、すぐ森と境目なくつながっているようだった。
そのホームにはベンチがあり、雨風除けに屋根と壁も設けられていた。そのおかげで駅構内を歩く人からは森の方向に死角ができている。ということはあの裏に紛れ込めば、野グソをしていてもたぶん人目にはつかないだろう。もとより誰もいないが、万一ということがあるし、さすがにそんなところを見られるわけにはゆかない。
それで僕は、飴色になった駅舎内の木のベンチに急いでザックを下ろし、ティッシュをあるだけポケットに詰め込んだ。向かいのホームまでは、端っこにある踏切を渡らなくてはならない。僕は肛門を締めながら小走りになった。そしてほんの数歩だけだったが枝や落ち葉を踏みしめ、森の中に分け入った。
急いで短パンとトランクスをずり下ろす。今は夏だからヤブ蚊が多い。しかし刺されても気にしている場合ではない。ふだんウォシュレットつきの洋式便座でくつろぐような排泄をすることに慣れている身には、ウンコ座りするのは少々苦痛だ。
間髪を入れずに出た。ふんと気張るまでもなかった。暑いせいもあって嫌な汗を流した。それでも辛うじて間に合ったのでほっと息を吐いた。しかし尻を拭く時、自分が排泄したカレールウがちらりと目に入って不快だった。しかも視線を前に戻したら、今度は地面の小枝の上に焦げ茶色の、ぬらぬらした気色の悪い虫が這っているのを目にした。
この虫、大きさと形は、売り場の衣服につけられた値札のタグに近い。こいつはヒルの仲間? ナメクジの一種? 分からない。
もしかすると新種かもしれない。それなら発見者である僕は自分の名前をつけられるのだろうか。カトウツケオグモとかフタバスズキリュウみたいに。
じゃあたとえばヒライビル、たとえばシンヤナメクジ。あかん。イジメに遭って変なあだ名つけられたみたいだ。
何とか終わった。まだ残便感がある。落ち着かない。また腹の調子が悪くなった時の用心に、持ち合わせの胃腸薬を飲んでおこうと思った。それでまあ一応大丈夫だろう。
この白石駅は、明治時代に開業した当時の焦げ茶色の古色蒼然とした駅舎が今でも残っているというので、鉄道雑誌などで紹介されることがある。元々無人駅だけれど、朝早い上に次の列車まで時間があるから人っ子一人いない。しばらくホームで佇んでみたが、蝉の声が大きいだけ。田舎の駅が閑散としているのは珍しくもない。それに今は夏休みだから、夏期講習や部活があればともかく、地元の高校生の利用も少ないのにちがいない。
もっともそれでもさっき排泄しながら、誰かが通りかからないか気が気ではなかった。
例えば、よりによって妙齢の女性が列車に乗るために駅に来る。ベンチで座って列車を待っているが、ふと自分の後ろに人の気配を感じて、思わず覗き込む。そして排泄している僕を目にする。
これ、彼女にとってはかなりのトラウマになるにちがいない。僕だってこんな光景を見られたら、ウンコだけにまさに人生最大級の汚点になりかねない。それに、人目につくところで排泄をするのは軽犯罪法に触れるらしい。せっかく大学生まで育てた息子が、大阪から遠く離れた熊本県で野グソしているのを他人に見せた挙句警察から事情聴取されたとなったら、両親は泣くだろう。
そこまでにはならずとも、見てはいけないものを見てしまったその女性と、見られてはならないところを見られてしまった僕は、その後お互いに気まずい思いを抱えながら列車を待つことになる。地獄のような時間だ。
で、手持ち無沙汰のその女性は携帯電話を取り出す。友達か彼氏に連絡している。
『今野グ○している人見た、チョー最悪』
『もしかしてそいつ変態? ww』
『当分カレー食べれないじゃん。マジやめてほしいよねそういうの』
まさかとは思うが、もしこんな感じの会話だったら文句を言ってやろうと思う。
(お前らうるさいねん。こっちやって好きで野グソしたわけやないねん)
……暇すぎて妄想が過ぎた。
2.
(えっ?)
ザックを取りに駅舎まで戻った時、僕は驚いた。まるっきり人の気配がなかった駅舎の中のベンチに、本当に妙齢の女性がひとりで座っていたからだ。
年代は僕と同じくらいに見える。はっとするほどの美人ではない。しかし目は円らで穏やかそうな顔つきで、不思議と親しみが湧く。黒髪が肩まで長い。服装は白い半袖Tシャツにブルージーンズ。少々むっちりした感じがする。しかも僕の存在を気にする風でもなく、携帯電話の画面の曇りに気付いてTシャツの胸の辺りで拭いたから、豊かさが強調されて艶めかしかった。
傍らの、アウトドア用品の会社のロゴマークがついたザックには、新幹線の500系の缶バッジをつけている。コンパクトサイズながら時刻表も膝の上に置いている。どうやら「鉄子」らしい。
女性の鉄道ファンなんてなかなか珍しい。
彼女は、さっき僕が降りる羽目になった列車に乗っていたのだろう。そうでないとこの時間にここに来ることはできないから。でももしそうなら、同じ列車に乗って同じ駅に降りていたのにまったく気付かなかったことになる。熱心に窓の外を眺めていた上に、腹の不調で周りを見ていなかったからなのだろうか。
「どこまで行くの?」
僕はそう声をかけたかった。実際何度か視線が合って、彼女の方は別に警戒も軽蔑もしていない目つきのような気がした。あるいは僕のことを、同好の士だと判断してくれているのかもしれない。確かに朝早くから人のいない駅に降り立つような酔狂な旅行者は、鉄道ファンくらいしかいないだろう。
ところが僕は元来人見知りだった。とても情けないことに、知らない異性に会うとからっきし話せなくなる。頭の中では、どこまで行くのとか、自分は大阪からこの肥薩線に乗りに来たのだとか、あなたも鉄道に乗るのが好きなのかとか、いろいろ思いつくのに、ひとつも声にならなかった。
そのうち頭が否定的な考えに占められ始める。いくら彼女が鉄道好きでも鉄道ファンをやっている男なんて、洟も引っ掛けないにちがいないと考える。鉄道ファン、鉄オタの男なんてのは、モテないことでは定評がある。しかも切羽詰まった末とはいえ野グソするような奴である。だから声をかけたら変質者と疑われるような気がしてくる。
僕は駅舎の壁にある時刻表と腕時計とを見比べるふりをした。
朝だから通学の高校生向けの列車がないではない。それでも次の人吉行き下り列車はあと四十分後にしか来ない。その間、僕は彼女と過ごすことになりそうだった。
あまり見ていると、もしかしたら咎めるような目つきを返されるかもしれないと思いながら、僕はちらちら彼女を見た。暑いのにペットボトルのお茶に口をつけるでもなく、彼女は穏やかな感じで座っている。取り立ててこちらを怪しむ感じではないような気がしなくもないような……。
僕は再び考えた。同好の士なら、話しかけても応じてくれるかもしれない。
「どこまで行くの?」「朝一で八代から来たん?」
しかし、やっぱり声にはならなかった。
われながら意気地なしなので歯痒い。
すると彼女はザックを置いたまま席を立ち、カメラを首から提げて駅舎の外に出て行った。どうやら撮影するらしい。確かにこの白石駅の駅舎は、古くても手入れされながら使い込まれた物にしかない味があって、写すに値する。
と考えた途端、僕ははっと思い当たった。
(え? まさか、ちゃうやんな?)
彼女が駅を撮影しに来たのだとすれば、たぶんさっきから駅構内を歩き回っているはずだ。ということは、さすがにさっき僕が排泄しているところをうっかり見たわけではないとしても、これからあの上り列車用ホーム裏の森から駅舎を眺めようと考えて、まだ生温かくて臭い遺留品を見つけてしまうのではなかろうか?
(うわ~。えらいこっちゃ)
冷や冷やする。むろん初対面の人に向かって「そっちはウンコあるから行かんといてや」などと教えるわけにはゆかない。それでも僕は急いでベンチを立って、彼女が行った方をそれとなく探してみた。至って穏やかな感じの顔つきで駅前広場で駅舎の正面を撮影していた。
僕はそれを眺めてほっとしながら、自分も携帯電話で駅舎の写真を撮影した。もしかしたら彼女が、駅舎を背景にしてあなたを撮ってあげましょうかとか、私と駅舎を撮ってくださいと申し出てくれるかと思ったが、声をかけられることはなかった。
(そらそうやな。自撮りすりゃええんやし)
男子高校生と年配の女性が駅にやって来て、次の人吉行き列車の時間が近くなった。
どうするのかと思って見ていたら、例の彼女もザックを背負ってベンチから立ち上がった。僕は彼女と微妙な距離を保って、ホームの上に示された乗車位置の前に立った。
列車が停まってドアが開いて、僕は彼女にどうぞと言った。
ふーっ。
それだけでもとても緊張する。僕としては、とりあえずこれが限界。その場ですぐ終わる、会話とも言えないようなごく短い言葉のやり取りしかできない。「どこまで行くんですか」なんて踏み込んだことは尋ねられやしない。
彼女は謝意を示して少しだけ笑みを浮かべた。ほぼ首だけで軽くお辞儀すると、先に列車に乗り込んだ。首からカメラをかけたままで、そのストラップが胸を目立たせているのに目が向いた。
白石発七時四四分。
今度も一両だったが、さっきのとは違う型式で、一応トイレはあった。
列車は球磨川に沿って山間を走っている。駅によっては部活のチームウェアを着た男子の一群、座るなり単語帳を開く制服の女子など、高校生が乗ってくる。
僕は高校生たちは目に入らず、さっき白石駅で出会った彼女の方を、やっぱりちらちら眺めていた。席を立ち、運転席のすぐ後ろまで歩いて前方を眺めに行くふりをしながら、彼女の方を見た。そのうち自分の視線は彼女を追い回し始め、それがとうとう彼女の視線と交差した時、彼女はほんの少し首をかしげて、不思議がるような目つきをした。
「どこまで行くの?」「さっき、会ったよね?」
話しかけるきっかけになる言葉が、またも頭の中に浮かんでくる。彼女はきっと鉄道好きという点では自分と同じだから、声をかけてみよう……
しかしそこでやっぱり、本当に声をかけたら嫌われそうな気がしてきた。僕は話しかけることをためらってしまった。そして同じところをぐるぐる回るように三十分ほどそうしているうち、とうとうこの列車の終点である人吉に着いてしまった。
むろん彼女も僕も下車する。
そして僕は、彼女が改札口を出て、どうやら人吉市内を観光するために駅を出て行くのを呆然と見送ってしまった。
姿が見えなくなると、僕はとても惜しいことをした気がした。
改札口で「青春18きっぷ」を見せて駅員に途中下車する旨を申告した後、ため息をついた。
(我ながらあかん奴やな。ただのウンコ垂れやん)
自分を罵ってみても後の祭り。
そのうち、あんなのに声をかけてもしかたないやろ、とイソップ童話のキツネのようなことを考えて、折り合いをつけた。
今日の僕は、人吉からさらに肥薩線に乗って南下して、鹿児島で泊まる予定にしている。
肥薩線のうち、人吉から吉松までの区間は「矢岳越え」と呼ばれ、鉄道ファンなら誰でも知っている。なおかつ誰でも一度は訪れたいと願うところだ。まず人吉の次の大畑は、ループ線とスイッチバックが同じ場所にあるという全国でも唯一の珍しい駅だ。その次の次の真幸もスイッチバックの駅。山の中腹から遠望する霧島連峰やえびの盆地は、日本三大車窓風景と言われる。
そういう垂涎ものの区間に、僕は初めて乗車する。
といってもすぐに乗り換えの列車が来るわけではない。熊本宮崎鹿児島と三県にまたがる山奥の路線だから住民が少なく、一日の列車の本数は片手で数えられるほど。次の人吉発吉松行き列車は一〇時〇六分発で、あと二時間近くもある。本来は人吉着七時一〇分。八分後に発車する吉松行き列車はじめその後の列車も接続が良く、一〇時〇九分に鹿児島中央駅に着くはずだった。だからその時間にまだ鹿児島の百キロ以上手前の人吉を出発したばかりになるなんて、えらい違いだ。それもこれも白石で降りたせいだ。
元々は立ち寄る予定がなかったから、僕は人吉について何の予備知識もない。それで駅舎に併設されている観光案内所に立ち寄り、地図をもらった。江戸時代は相良氏の城下町で、市内には城跡があり、温泉があり、駅のすぐ近くには、本殿などが国宝指定されている青井阿蘇神社がある。そして駅前の通りをまっすぐ行って球磨川にかかる橋を渡った少し先に、幽霊の掛け軸のある永国寺という寺もあり、駅からは徒歩十分ほどらしい。
(そんな近いんやったら行ってみよ)
軽い気持ちで外に出たら、まだ朝八時台なのに暑かった。
このぶんだと、昼になったらマンホールは火に掛けたフライパンのようになるだろう。さっきの彼女は町の中を歩いているのだろうか、と思った。日傘くらいは持っているのだろうが、それでも照り返しが厳しいだろうに。
僕は彼女にこの町の中のどこかで出会えないかと願った。でも青井阿蘇神社の境内にはいなかった。汗をかきながら球磨川の橋を渡って永国寺を訪ねてみたが、やっぱり彼女は見かけなかった。
いくら小さな町でも、偶然会うのはさすがに無理だ。
気落ちして歩きながら、それでも淡い期待を持った。
彼女は「鉄子」だ。だから人吉市内の観光もともかく、「矢岳越え」の区間に乗りに来たはずだ。人吉まで来ておいてここに乗らないのは、パリへ行ってルーブル美術館に行かないくらいありえないと思う。だから次の列車でも乗り合わせるはず。いや、きっとそうあってほしい。
少し早めに駅に戻った。
駅前広場にはいなかった。改札口の周りにも、見当たらない。諦めかけた時、見覚えのある白いTシャツとブルージーンズの女性の後ろ姿が待合室に入るのを目にした。
僕は心浮かれた。気付かないふりをして待合室に入った。彼女に気付かれたら気まずいと思っているのに、気付いてほしいという裏腹な気持ちもまた強く持っていた。
緊張して彼女の方を見ると、彼女が「あら?」と驚くような顔つきをしたような気がした。彼女の隣りの席は空いていたが、さすがにそこに座る勇気は持てなかった。僕は年配の女性の三人組が雑談している席の並びに遠慮がちに座った。そしてそこからまた彼女を遠巻きに眺めた。
「どこまで行くの?」
今度こそ尋ねてみようとして、深呼吸して「あの」と言いかけたところで、彼女は急に何かを思い出したように立ち上がり、自動販売機でペットボトルの飲み物を買った。意地悪してそうしたのではなかった。単に間が悪過ぎただけらしかった。それでまたしても話しかけるタイミングを逸してしまった。
でも、彼女も僕がこれから乗る人吉発吉松行きの列車に乗ることを知った時は嬉しかった。まだチャンスはある。僕はまたも、彼女の近くに立った。
人吉を定刻通りに出発した。今度は二両連結の、観光用の列車だった。
彼女がカメラを構えて、熱心に窓の外に視線を向けている。人吉を出ると右にカーブして球磨川を渡り、登り坂になる。僕は彼女の近くで、さも偶然そこに立っている風を装った。十キロ以上先とはいえ次の駅はあの大畑だから、気合を入れて窓の外を眺めようと思っていたのに、やっぱり気が散る。
「どこまで行くの?」「僕は大阪から……」
相変わらず、話しかけるきっかけになる言葉が声にならない。いなくなっていったん諦めたはずの彼女が目の前にいるのだから絶対にチャンスなのに、それを活用しようという気力に頭がついてこない。
(え~、あの、僕はその)
やっぱり、話しかけると嫌われる気がする。
(でもこのまま側で黙って立っとるのも気色悪いんとちゃうかな?)
「どこまで行くの?」
思いがけず声がした。
頭の禿げ上がった年配の男性の声だった。
「君、ここは初めて来たの?」男性は尋ねてきた。
そう、ここは鉄道ファンだけでなく観光客もよく訪れる。列車の本数も少ないから、彼らは特定の列車に集中する。そして、えてして年配の人は貫禄なのか馴れ馴れしいのか、見知らぬ人にも気軽に話しかけることがある。
その問いかけは僕へのものだと思ったのに、僕の近くで窓の外を見ていた彼女も、不意を突かれたように振り返った。
そして、どこの誰かも分からないゆきずりのこの年配の男性は、まるで自分たちでは受粉できない植物の花粉を媒介する虫になった。
「はい、初めてです」
二人でほぼ同時に答えて、僕は彼女と目を見合わせた。
彼女はきまり悪そうにして、それから引きつり気味に笑った。
「初めて、来たんですね」「はい」
僕の問いかけに、彼女は意外と低い声ではあったがはっきり答えた。
「今朝、白石駅におったやんな?」
「うん、覚えてる」
きっかけさえつかめば、彼女はよくしゃべった。
「ループ線で一周した後、駅って左下に見えるんやっけ」「そう、進行方向左」
「真幸のスイッチバックも?」「うん、それも進行方向左下やって」
知っているはずのことを敢えて教え合う。
僕は彼女の言葉が関西訛りなので、どこから来たのかと尋ねたら、彼女は京都市内に住んでいると言った。
「へぇ、俺大阪」「えっ、ほんま? 近いね」
3.
あれから二十五年経った。僕は四十代半ばになり、紆余曲折はあったが彼女つまり真由子とまだ一緒にいる。
肥薩線で会った僕たちのその後。
僕は彼女と列車を乗り継ぎながら、鹿児島まで一緒だった。何となく波長が合う感じがしたから、別れ際どちらからともなく申し出て連絡先を交換した。
僕が平井慎弥だと名乗ると、彼女はくすくす笑った。
「避雷針や」と聞こえたかららしい。
実はこの名前のせいで、小学生の時からかわれた。夏、校庭で雷が鳴り始めた時「避雷針や~」とまとわりついてくる連中がいた。アホなことやっとらんとさっさと校舎の中に避難せえよと腹が立ったし、こんな名前をつけた親のことも恨んだものだった。でもこの時彼女は覚えやすいね、私の名前とも何だか似てるしと笑ったので、珍しくこんな名前で良かったと思った。
「ひらい」と似ている名前だという彼女は、白石真由子と名乗った。僕と同い年で、当時は地元の京都で大学生をしていた。鉄道が好きだが写真撮影も趣味だった。白石駅にいたのは自分の名前と同じ漢字の駅だからどんなところか一度行ってみたかったからだそうだ。もっとも、本人は「しらいし」、駅は「しろいし」で読み方が違うのだが。
SNSに自分の撮った写真をアップしていると教えてもらった。僕はそれに「いいね」を押したり、コメントを書き込んだりしているうち、真由子に会いたくなった。それである日、恐る恐る誘ってみた。
「会わへんか」
真由子は快く応じてくれた。
「うん、大阪と京都で近いし」
そしてそのうち、あの朝、白石駅で二人きりだった時から、お互いにこの人だと信じていたような気がするようになった。
僕は思った。早朝の駅に二人きりでいて話しかけようか迷っていたのは、恋愛が始まる直前に特有の心の不均衡だったのだと。人吉駅の待合室で再会したのも、何かに導かれためぐり合わせだったのだと。
もしあの朝、僕の腹の調子が悪くならなかったら?
むろん僕は白石駅なんかで降りずに乗り続け、さらに人吉からさっさと次の列車に乗り継いだはずだ。だから、乗る列車が違ってしまった真由子と知り合うことはなかったにちがいない。何より、どこの誰かも分からない人が僕たちに話しかけてくれなかったら、僕は結局話しかける勇気も持てないヘタレのままだっただろう。
真由子も、よくぞ熊本県の白石駅を訪れたものだと思う。
というのは、白石と書いて「しろいし」と読む駅は、熊本県以外にも札幌市内のJRと市営地下鉄、宮城県南部の白石市にもあるから。真由子が自分の名前の漢字と同じだからというので訪れるのだとしたら、これらの白石駅のどれかでもおかしくなかった。実際、真由子は直前まで、バイトで貯めた旅費で札幌に行くことを検討していたらしい。
だから初めは、きっと二人はどこかで出会うために生きていたんだとか、舞い上がったことを言い合っていた。
しかし、今ではお互いに腐れ縁をいじり合っている。
「あの時話しかけたのが運のつきや」
「ほんま、私もおみくじで言うたら大凶やったわ」
今ではこう打ち明けても別に何とも思われない。
「実はな、あの時野グソしとったんや」
「やっぱり。実は私もあの時あんた見て、そうなんやろなって思ってたんよ」
「全部見とったんかい!」
「まさか。でも、だから私に話しかけ辛かったんかな、って思ってた。え、私? 私はトイレがない列車が走ってるから大変や、っていうのはちゃんと調べてあったんよ。まあ、これでも私、二十歳のうら若い乙女やったから。あははは」
元々趣味が同じ者同士、破れ鍋に綴じ蓋、である。
現在高校生と中学生の娘がいる。僕はどちらにも挨拶代わりに「キモいオヤジ」といじられている。彼女らの推す芸能人の名前を覚えられないので見下される。そして小遣いが欲しくなった時だけゴマをすられる。でもまぁ、こんなものなのだろう。
先日僕は、恋に恋する年頃になった上の娘にざっくりと「父さんはな、母さんとは旅先で出会ったんや」と話した。素敵な話やん、くらいの感想を返すだろうという僕の予想に反して、娘はプッと吹き出しながら答えた。
「え~? ママって男見る目なさすぎ~」
娘たちには、両親の馴れ初めは、まだ事細かには打ち明けないでおこうと思う。
【参考資料】
JTB時刻表2009年5月号
かつて肥薩線を走っていたキハ31について:
https://www.tetsutoo1-blog.com/entry/2022/10/30/121638
https://ameblo.jp/kousan197725/entry-12918238379.html




