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遺書

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 夫が何度別れを告げても決して別れてはくれず、私は長いあいだ疲れ果ててしまいました。

 けれど、もし――あの人が本当に私をもう一度取り戻したいと願うなら、あの世まで追いかけてきてください。

 私は次こそ最後まで逃げます。

 アリアへ。あなたには心から謝ります。孫娘を悲しませるなど、本当はしたくありませんでした。

 そして、この船の皆さんにもご迷惑をかけることを深くお詫びいたします。

 願いがあります。私の遺体は必ず故郷の墓に葬ってください。あの男の住む地に埋められることだけは、どうかお許しを。

 この旅は、そのために選んだ最後の道のりでした。

 

 //////////////////////////////////////////////////////////////////////////

  

 シンイチは黙って手紙を読み終えると、深く息を吐き、手紙をアリアに手渡した。

「……なるほど。」

 自殺という言葉を使おうとして思いとどまる。


 ――確か、4人で談笑していたときにも“里帰りの旅”だと語っていたはずだ


 手紙を受け取ったアリアは、小さく声を上げて今にも泣き出しそうに顔を覆った。

「お祖母様……どうして……」

「遺書がある以上、“自死”で片づけられそうだが……?」


 船長は腕を組み、険しい顔つきのまま言う。確かに船長側からすれば幾ら相手が会社の重役であろうとも、このようなトラブルはたまったものではない。

 だがタイミングが悪すぎた。その言葉に、アリアがキッと睨みつける。うっかりしたとバツが悪そうに帽子を押し下げ、船長は低く謝った。


「すまない。お嬢さん。無神経だった」

 エイシムが静かにアームを動かし、テーブル上に遺書のスキャンデータを投影する。

「筆跡、紙質、インク、電子印――すべて本人のもので矛盾はありません」

「そんな……」


 アリアが手で顔を覆う空気が重く沈む中、医療ロボットが無機質な声を発する。

「遺体の腐敗が進んでおります。保護を推奨します」

 この手の医療専用のロボットは医療特化ゆえに感情プログラムが弱い、医療という戦場で感情プログラムまで動かす余裕はない。こういった場面で空気を読まない発言はよくあることだった。


 ――看護師モデルじゃないのは意外だったが。


「……私も推奨します。安楽死薬には低温化の成分が含まれており腐敗速度は遅れますが、それでも長くは保ちません。医療用の低温カプセルに収めるのが最善です。遺体のスキャンは完了していますので、辛いようでしたら我々にお任せください」

 エイシムが淡々と告げる。お前は感情プログラムがしっかりしているので空気を読んでくれ、ただ言っている事は正しいので代わりに申し訳なさそうに、アリアを見る。

 アリアは顔を伏せたまま何も言わず。小さく頷いた。

 確認を終えると、医療ロボは遺体袋を取り出し、エイシムと共に静かに遺体を収めた。



 白い布に包まれたその姿は、まるで長い旅路を終えて眠りにつく旅人のようであった。

 シンイチは黙ってそれを見届け、遺体の処置をエイシムと医療ロボに任せた。後は彼らが適切に進めてくれるだろう。

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