遺体確認
シンイチたちは船長とアリアドネと共に、ダフニ・モーリエの客室へと向かった。廊下にはすでに船医ロボットや数名の乗員や乗客が待機しており、皆が「何があったのか?」と不安げな視線をこちらに送ってくる。それを横目にドアを開けた。
イスに腰掛けたダフニは、まるでゆったりと休息しているかのように身じろぎ1つせず、今にも目を覚ましそうなほど穏やかな顔をしていた。その足元には、小型の拳銃が転がっている。
この世界で「安楽死銃」と呼ばれるものだ。弾丸の代わりに致死性の薬剤カートリッジを装填でき、特定の条件下では合法的に使用が認められている。
例えば――今回のように高齢化した老人とかだ。テーブルの上には、未開封の封筒が一通。手紙の宛名は、アリアドネに向けられていた。
遺体には、腕に安楽死銃を使用した時にできたと思われる外傷以外、傷は見当たらない。
「形式的にはなりますが。まず……発見者は?」
ブリッジからここまでに大体の話は聞いているがデータとして残るため必要な行為だ。
シンイチが尋ねると、アリアドネが顔を伏せ、震える声で答えた。
「……わたしです。ワープが終わったらすぐ、お祖母様のところへ伺ったんです。ドアを開けたら、この状態で……」
「他の乗員が出入りした痕跡は?」
シンイチの視線に答えたのは船長だった。
「ない。ロックは正常に作動していた。知っていると思うがワープ期間中は万が一の為に一部の人間以外は廊下に出れない事になっている」
エイシムはその会話を逐一記録し、ホログラム画面に時系列で整理してシンイチの視界へ投影した。
「エイシム、医療ロボットのデータ確認を」
「了解。医療ロボットのデータを照合……心肺停止確認――死亡は確定。推定死亡時刻はワープ中のブラックアウト区間。誤差は二〇分以内」
――ブラックアウト期間中か。
ワープ航行に伴うワープ空間には必ず通信遮断が伴う。船内の大半の機器は沈黙し、残るのは居住区の最低限の生命維持装置や運転に関わる部分などの主要機関のみ。
記録も監視も航行中はログが時空バッファに送られ、通常の方法では閲覧できなくなる。仮にできていたとしても記録は5分10分と断片的なので証拠として利用するには注意がいる。
高級船でも流石に全部屋に保護装置を設置する余裕はない。あるモデルもあるだろうが莫大な金がいるか巨大化するはめになる。
「ブラックアウトの時間は?」
「おおよそ二時間三〇分だ」
船長の答えは、シンイチの記憶とも一致していた。エイシムも小さくアームを上げて肯定する。
「……ワープ中に死んだのは確定、か」
シンイチは顎に手を当て、壁に背を預ける。
「私はデータ通りか遺体をさらに分析します。シンイチは遺体以外の周囲を確認してください」
「了解」
机の上にある未開封の手紙に、シンイチの視線が止まる。宛名は――アリアドネ。
発見した直後なら、そのまま手紙を残して救助を呼ぶのは自然だ。
だが、祖母が息絶えているのを見た直後、果たして「封を切らずに机に置いたまま」にするだろうか?
――いや、するかもな。
「……開封しても?」
シンイチがアリアドネを見やると、彼女は涙で潤んだ瞳のまま小さくうなずいた。
「……え、ええ」




