第4話 初めての森の見回り
お読みいただきありがとうございます。
第4話では、エルナ村での初めての「外の仕事」として、
ルイが森の見回りに同行し、小さな戦闘を経験する場面を書いてみました。
スローライフの中にも、辺境ならではの“危なさ”があることと、
《コピー》が戦闘面でも少しずつ顔を出していく様子を楽しんでいただければ嬉しいです。
エルナ村での生活にも、ほんの少しだけ慣れてきた、そんな頃だった。
「ルイ、ちょっといいか」
午前中の作業を終え、水を飲んで一息ついたところで、バルド村長に呼び止められた。
「どうかしました、村長?」
「今日の午後だがな。森の見回りに付いていってほしい」
「森の……見回り?」
「ああ。村の外れの森だ」
村長は、少し真面目な顔つきになる。
「この前、ヒナが角ウサギにやられただろう? あいつらが近くまで出てくるってことは、森の中で何かしら変化が起きてる可能性がある」
「変化……ですか」
「数が増えてるのか、もっとやばい魔物に追い立てられてるのか……わからん。どっちにしろ、放っておくわけにはいかん」
村長は腕を組み、うーむと唸った。
「本当なら、王都のギルドに正式依頼を出したいところだがな。ここまで来てくれる冒険者が、どれだけいるか……」
「遠いですからね」
「そういうこった。だからまずは、うちの若い衆で様子を見に行く。その護衛と、何かあったときの治療役として、お前に一緒に行ってもらいたい」
胸の奥が、きゅっと締めつけられる。
「俺で……いいんですか?」
「お前しかおらん」
村長は、あっさりと言った。
「この村で、まともに魔法が使えるのは今のところお前だけだ。それに――」
村長は、にかっと笑う。
「ヒナを助けてくれたあの回復魔法、わしはちゃんと見てたぞ。頼りにしてる」
「…………」
王都では、一度も言われなかった言葉だ。
“頼りにしてる”。
それは、ずっと欲しくて、でも最後まで手に入らなかった言葉。
「……わかりました。微力ですけど、行きます」
「助かる。出発は昼飯のあとだ。相手は森のことをよく知ってる若い狩人だ。紹介してやるよ」
◇ ◇ ◇
昼食を済ませ、自分の家に戻る。
壁際に立てかけてあった杖を手に取りながら、無意識に胸元のステータスカードに触れた。
「……一応、確認しておくか」
カードに意識を集中させると、淡い光が表面を走る。
――名前:ルイ・アーデン
――職業:補助魔法使い
――レベル:12
――固有スキル:《コピー》
その下に、小さな文字が続く。
――コピー済みスキル
【農夫の鍬打ち】
【ラミアの小回復】
【ガロの金槌打ち】
(……やっぱり、残ってるな)
鍬を扱う“型”。
回復魔法の“感覚”。
金槌を打つ“リズム”。
どれも、ここに来てから身につけたものだ。
(戦闘用のスキルは、ひとつもない)
かつてパーティーで使っていた、初歩的な攻撃魔法や補助魔法の詠唱は、俺自身の“通常スキル”として身についている。
だが、《コピー》として覚えているのは、あくまで“生活の技術”ばかりだ。
「……まあ、まずはそれでいいか」
自分に言い聞かせるように呟いて、カードをしまう。
戦うためにここに来たわけじゃない。
けれど、守るために戦わなきゃいけない場面は、きっとある。
(そのときに、《コピー》がどこまでやれるか――試してみるしかない)
杖を握りしめ、家を出た。
◇ ◇ ◇
「おう、あんたがルイか」
村の入口近くで待っていると、軽い足取りで近づいてくる影があった。
髪を短く刈り上げた青年。
革の胸当てに、腰には短剣。背中には弓を負っている。
「俺はジーク。この村で、狩りと見回りをやってる。よろしくな、都会の魔法使いさん」
「ルイ・アーデンです。よろしくお願いします」
「そんなにかしこまらなくていいって。ジークでいい」
ジークは気さくに笑いながら、俺を上から下までざっと眺めた。
「…………」
「……な、なんですか?」
「いやあ、本当に“王都育ち”って感じだなって思ってよ」
「どういう意味だ、それは」
思わず眉をひそめると、ジークは肩をすくめる。
「悪い意味じゃねえよ。ただ、手がまだ“森の手”じゃねえなって」
「森の、手?」
「そうそう。森に慣れてるやつは、もっと指の関節が固くなってるんだよ。枝折ったり、罠仕掛けたりしてると、自然とそうなる。あんたの手は、まだ街の仕事の手だ」
「……よく見てますね」
「狩人の仕事だからな。細かいとこ見逃してたら、すぐ命落とす」
ジークは、そう言ってあっけらかんと笑った。
「ま、心配すんな。森のことは俺が見る。あんたは後ろから魔法でサポートしてくれりゃいい」
「了解です。できる範囲で頑張ります」
「できる範囲で、な。それでいい」
二人で村の柵を抜け、森へと続く細い獣道を進みはじめる。
木々が頭上を覆い、陽の光が葉の隙間からこぼれ落ちる。
土の匂いと、湿った苔の香りが鼻をくすぐった。
「静かですね」
「今はな」
ジークは、軽い足取りで先を行きながらも、周囲へ絶えず視線を走らせている。
「音がねえのは、いいことじゃねえ。鳥や小動物が騒いでるときの方が、まだ安心できる」
「……つまり?」
「でけえ“何か”がいると、小さいのはみんな黙るか逃げるからな」
さらりと、とんでもないことを言う。
「角ウサギくらいならいい。あいつらは煩いくらい跳ね回る。だがな――」
ジークは、足元の土をしゃがんでじっと見つめた。
「……ほら」
そこには、丸い足跡が点々と残っていた。
その端から、鋭い線が二本――。
「角ウサギの足跡、ですね」
「そう。こいつは一匹」
ジークは指で道をなぞる。
「で、こっちが――」
少し離れたところに、似たような足跡が三つ、四つ。
「群れだ」
ジークの声が、少しだけ低くなる。
「普段、角ウサギは単体で行動することが多い。群れで動くときは、何かに追われてるか、誰かを追ってるか、どっちかだ」
「誰かを、追う……」
ヒナの足に残っていた、鋭い傷跡を思い出す。
「村に近づいてる、ってことですか?」
「可能性は高いな」
ジークは立ち上がり、弓にそっと手をかけた。
「この先で、何かにぶつかるかもしれん。ルイ、距離は取ってついてこい。俺が合図したら、すぐ伏せるか、後ろへ下がれ」
「了解です」
心臓が、少し早く打ち始める。
勇者パーティーで戦っていた頃の感覚が、少しずつよみがえってくる。
だが、あの頃とは違う。
(今は、俺が前に出る必要はない)
俺の役目は、支えること。
それは、昔から変わらない。
(違うのは、“支えたい相手”か)
かつては“世界”とか“人々”とか、抽象的なもののために戦っていた。
今は――この村で出会った、顔の見える誰かのために。
「――いた」
ジークが小さく呟き、手を上げて合図する。
低い茂みの向こう。
白い毛並みと、小さな角。
角ウサギが四、五匹、地面を掘り返しているのが見えた。
「村の畑の方角だな……くそ、やっぱり近くまで来てやがる」
ジークは矢を一本つがえ、深く息を吸い込んだ。
「ルイ。念のため、足を鈍らせる魔法とかあれば、準備しといてくれ」
「わかりました」
杖を構え、指先に魔力を集める。
俺の得意な補助魔法は、本来“味方を強化する”ためのものだ。
だが応用次第では、“敵の動きを封じる”ことにも使える。
(昔、後衛を狙って突っ込んできた魔物の足を、縛ったことがあったな)
そのときに使った簡易の足止め魔法の詠唱を、頭の中で組み上げる。
「やるぞ」
ジークが囁く。
矢が放たれる、寸前。
「――《脚縛り》!」
俺の声と同時に、角ウサギたちの足元の土が、ぬるりと動いた。
薄い蔓草のような光が、彼らの足に絡みつく。
「ギィッ!?」
角ウサギたちが、驚いたように跳ねる。
だが、足元がもつれて上手く動けていない。
「ナイス!」
ジークが低く叫び、矢を放った。
ヒュッ、と風を切る音。
一本目の矢が、もっとも大きな角ウサギの首元を貫く。
「一匹!」
その声と同時に、他の角ウサギたちがこちらに気づいた。
バンッ、と地面を蹴る音。
小さな体で、驚くほどの速さで突進してくる。
「ルイ、下がれ!」
「っ!」
ジークの声に従い、一歩、二歩と後ろへ下がる。
同時に、意識を前へ集中させた。
(ジークの……動き)
横目で見るジークの足運び。
踏み込みの角度。
体重の乗せ方。
それは、昨日した農夫やガロの動きとは、まったく違う“森の狩人”のそれだった。
「《コピー》……【ジークの森歩き】」
小さく呟く。
体の芯が、ふっと軽くなるような感覚。
「おらぁっ!」
ジークが一歩踏み込み、一本目の矢を放つ。
次の瞬間には、すでに次の矢をつがえている。
そのすぐ横を、角ウサギがすり抜けてきた。
「くっ……!」
一本、ジークの矢をすり抜けた角ウサギが、こちらへ向かって突進してくる。
小さな角。
だが、ヒナの傷を思い出せば、それがどれほど危険かはわかる。
(前なら――)
俺は、迷わず後ろに下がっていただろう。
自分の身を守ることだけを考えて。
だが今は。
「来い!」
咄嗟に、前へ半歩踏み出した。
《コピー》したばかりの“森歩き”が、足運びを自然なものに変える。
「《脚縛り》!」
再び、足元に魔力を集中させる。
角ウサギの前方の地面から、光の蔓が伸びた。
「ギッ!?」
角ウサギがバランスを崩し、体勢を崩す。
その頭上に――。
「《ストーンショット》!」
手のひら大の石ころが、空中で一瞬だけ光を帯びる。
それを、俺は杖の一振りで角ウサギの額めがけて叩きつけた。
ゴッ。
鈍い音がして、角ウサギがその場に崩れ落ちる。
「やるじゃねえか!」
ジークの声が聞こえる。
気づけば、他の角ウサギたちも、すでに地面に倒れていた。
ジークの矢が、的確に急所を撃ち抜いている。
「ふぅ……」
大きく息を吐く。
心臓が、ドクドクと激しく脈打っている。
だが、不思議と手の震えは少なかった。
(……前とは、違うな)
勇者パーティーの一員として戦っていた頃の俺は、いつも“比べられていた”。
もっと上手くやれ。
もっと強くなれ。
もっと、もっと――。
けれど今は。
「大丈夫か、ルイ!」
駆け寄ってきたジークが、バシンと俺の肩を叩いた。
「今の、見事なもんだぞ。あの足止めと石、なきゃ危なかった」
「ジークの矢があったからですよ。俺一人じゃ、きっと――」
「二人でやったんだろ?」
ジークは笑った。
「だったら、“俺たちが仕留めた”でいいじゃねえか」
「……そう、ですね」
素直に、そう思えた。
(前は、いつも“俺ができなかった部分”ばかり数えていた気がする)
けれど今は、“一緒にできたこと”を数えられる。
それだけで、世界の見え方が少し変わる。
「しかし――」
ジークは倒れた角ウサギたちを見下ろし、真剣な表情に戻った。
「やっぱり、数が多いな」
「普段はもっと少ないんですよね」
「ああ。一匹、二匹が普通だ。四匹、五匹で動いてるってことは……」
ジークは眉をひそめ、森の奥を見やった。
「やっぱり、何かに追われてるのかもしれねえ」
「追われてるなら、その“何か”が、この近くに?」
「そういうことだ」
森の奥から、ひゅう、と風が吹き抜ける。
木々がざわざわと揺れ、その向こうに何かの気配があるように感じられた。
(……まさか、ここまで危険だとは思ってなかったな)
村はたしかにのどかだ。
けれど、そのすぐ外側には、牙を剥く何かが潜んでいる。
「今日は、これ以上深追いすんのはやめとこう」
ジークが矢を収め、決断する。
「角ウサギの死骸は、村に持ち帰る。肉は貴重だしな。痕跡は見ておいたから、村長やガロとも相談して、ちゃんとした討伐を考えねえと」
「わかりました」
俺も頷き、簡単な清めの魔法を使いながら、倒れた角ウサギの血を拭う。
(ここで暮らすってことは、この“危なさ”ごと引き受けるってことなんだな)
王都のように、誰かが守ってくれるわけじゃない。
自分たちで、自分たちの暮らしを守らなきゃいけない。
(その一員として、俺は――)
倒れた角ウサギを見下ろし、杖を握りしめる。
(俺なりに、戦っていけばいい)
勇者じゃなくていい。
英雄じゃなくていい。
ただ、エルナ村のルイとして――。
「おい、都会の魔法使いさん」
ジークが、にやりと笑った。
「悪くねえぞ。あんた、森でも案外やっていけるかもな」
「……そうだと、いいですね」
返した言葉には、自嘲よりも、少しだけ期待の色が混じっていた。
◇ ◇ ◇
村へ戻る道すがら、ふと空を見上げる。
木々の隙間から見える空は、王都で見た空と同じはずなのに――
今は、どこか違う色をしているように見えた。
それが何の違いなのか、このときの俺はまだ、はっきりとは言葉にできなかった。
(第4話 了)
第4話までお読みいただき、ありがとうございました。
今回は、ルイがエルナ村の外に出て、
狩人ジークと共に森の見回りに向かうお話でした。
・《脚縛り》による足止め
・ジークの動きを《コピー》した「森歩き」
・簡易攻撃魔法との組み合わせ
などを通じて、
「日常の延長線上にある小さな戦闘」と、
ルイの《コピー》が戦闘面でも少しずつ役に立ち始める様子を書いてみました。
同時に、
・角ウサギが群れで行動している
・森の奥に“何か”がいるかもしれない
といった、不穏な気配も少しだけ出しています。
次回以降は、
・村の防備や、森の状況についての話し合い
・ルイの《コピー》の使い方や限界について、もう少し掘り下げ
・村でのスローライフと、外の危険とのバランス
などを描いていければと思っています。
続きが読みたい、と少しでも感じていただけましたら、
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