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第3話 辺境スローライフ、はじめの一日

お読みいただきありがとうございます。


第3話では、エルナ村での最初の朝と、村の人たちとの本格的な交流、

そして《コピー》を使った「日常の仕事」の描写を入れてみました。


ルイのスローライフが、少しずつ形になっていく様子を楽しんでいただければ嬉しいです。

鳥のさえずりで目が覚めた。


 コツ、コツ、と小さなくちばしで屋根をつつくような音が、頭の上から聞こえる。


「……ここ、どこだっけ」


 ぼんやりとした頭で天井を見上げ、ゆっくりと昨日の出来事を思い出した。


 勇者パーティーからの追放。

 王都を出て、三日間の道のり。

 そして、辺境の小さな村――エルナ村。


(そうか、俺……本当に追放されたんだよな)


 改めて現実を確認すると、胸の奥が少しだけ痛んだ。


 けれど、その痛みは昨日よりもずっと小さい。

 かわりに、妙な軽さが体の中に残っている。


 ゆっくりと上半身を起こし、周囲を見回す。


 昨日、村長から「好きに使え」と渡された空き家だ。


 壁はところどころひびが入り、床板もきしむ。

 だが、雨風はしのげるし、干した藁を敷き詰めた簡易な寝床も意外と悪くなかった。


「……贅沢は言えない、か」


 それでも、王都の安宿よりは、ずっと静かで落ち着く。


 誰かの怒号も、深夜の喧噪もない。

 聞こえるのは、鳥の声と、木々のざわめきだけだ。


(これが、“辺境スローライフ”の朝ってやつか)


 口元に、自然と笑みが浮かんだ。


 着替えを済ませて外に出ると、冷たい朝の空気が頬を撫でていく。

 村のあちこちから、煙突の煙が細く立ち上っていた。


「おはよう、ルイくん!」


 明るい声が飛んできた。


 声のする方を見ると、茶色い三つ編みを揺らした少女が、布の包みを抱えて立っていた。


「えっと……」


「昨日、ヒナの治療をしてくれたお兄ちゃんでしょ? あたし、ミナっていうの。ヒナとリオの一つ上のお姉ちゃん」


 ぷくっと頬をふくらませる少女は、まだ十代半ばといったところか。

 エプロンをしているところを見ると、家の手伝いの途中らしい。


「ああ、ヒナのお姉さんか。ルイです。昨日はバタバタしていて、ご挨拶もできずにすみません」


「ううん、こっちこそ。ヒナが助かったのは、お兄ちゃんのおかげだよ。でね、これ!」


 ミナが、抱えていた包みをこちらに差し出す。


「お礼に、朝ごはん持ってきたの。うちのパンとスープだけど、食べてくれる?」


「そんな、悪いですよ……」


「悪くないってば。村長さんに頼まれたんだよ? “あいつ、どうせ朝から何も食ってねえだろうから、様子見てこい”って」


「……反論しづらいな」


 昨日は結局、軽くパンをかじっただけで寝てしまった。

 図星すぎて、苦笑いするしかない。


「ありがとう。助かるよ」


「よかった! じゃ、あたしはこれで。お父さんに怒られちゃうから」


「お父さん?」


「うん。鍛冶屋さん。あとで紹介するね!」


 そう言って、ミナは手を振りながら駆けていった。


(鍛冶屋、か)


 村の規模からすると、小さな鍛冶場だろう。

 だが、道具や武器の補修は村の生命線だ。

 一度、話しておくに越したことはない。


 家の中に戻り、手早く朝食を平らげる。


 素朴な黒パンと、野菜たっぷりのスープ。

 味付けは控えめだが、その分、素材の味がしっかりしていて美味しい。


「……うまいな」


 ひとりごとのように呟く。


 誰かが自分のために用意してくれた食事を、こんなふうにゆっくり味わうのは、いつぶりだろうか。


 旅の間は、常に時間に追われていた。

 朝も昼も夜も、次の戦いのことばかり考えていた。


(こんな朝も、悪くない)


 食器を洗って外に出ると、村はすでに動き始めていた。


 男たちは畑へ、女たちは洗濯や料理、子どもたちは水汲みや家畜の世話。

 それぞれが慣れた手つきで、自分の役割をこなしている。


「おーい、ルイ!」


 遠くから、聞き覚えのある声が聞こえた。


 振り向くと、バルド村長が大きく手を振っている。


「今日も働いてもらうぞ、若いの!」


「もちろんです。今日は何を?」


「まずは、あんたの家の片付けだな。あのままじゃ、寝てる間に床が抜けるぞ」


「そんなにですか」


「そんなにだ」


 村長は笑いながら、家の壁をコンコンと叩く。


「見ろ、このひび。つぎの大雨で崩れても、おかしくねえ」


「はは……笑えないな」


「そこでだ。ミナの親父――鍛冶兼なんでも屋のガロを呼んである。修繕の仕方を教えてもらいながら、あんたにも手伝ってもらうぞ」


 その言葉と同時に、ガシャガシャと金属の触れ合う音が近づいてきた。


「おう、こいつが例の兄ちゃんか」


 現れたのは、がっしりとした体格の中年男だった。

 腕は太く、肩幅も広い。

 だが、その目つきはどこか穏やかで、威圧感よりも安心感を与える。


「お前がルイだな。俺はガロ。ミナと、あのやんちゃ坊主リオの親父だ。よろしくな」


「ルイ・アーデンです。昨日は娘さんに朝食までいただいて……お世話になっています」


「気にすんな。ヒナを助けてくれたって聞いたぞ。あいつらは、俺の自慢のガキどもだからな」


 ガロは豪快に笑った。


「で、家を直したいって話だが――」


 ギシ、と床板を踏みしめて、家の中を見渡す。


「……こりゃ、思ったより重症だな」


「そんなにですか(二回目)」 


「そんなにだ(二回目)」


 ガロは腰に下げていた工具袋から、金槌を取り出した。


「だがまあ、柱はまだ生きてる。板を張り替えて、隙間を埋めりゃ、しばらくはもつさ。どうせなら、自分でできるようになっとけ」


「自分で、ですか?」


「ああ。辺境じゃ、なんでも自分でやれなきゃ生きていけねえ。壊れるたびに、誰かを呼んでたら身がもたんぞ」


「……たしかに」


 言われてみれば、その通りだ。


 王都なら、金さえ払えば職人はいくらでもいた。

 だがここでは、人も物も限られている。


(なんでも屋、か)


 ふと、昨日畑で《コピー》を使ったときの感覚を思い出す。


(あれがうまくいけば……)


「ガロさん、もしよければ、その……やり方をよく見ていてもいいですか?」


「ん? 好きに見ろ。あとで実際にやってもらうからな」


「はい」


 ガロが金槌を構え、釘を打ちつけていく。


 トン、トン、トンッ。


 規則的なリズム。

 無駄のない腕の振り。

 板と板の隙間を見極める、職人の目。


 俺はその一連の動きを、目を凝らして追い続けた。


(タイミング……角度……力加減……)


 胸の奥で、静かに呟く。


「《コピー》……【ガロの金槌打ち】」


 小さく、誰にも聞こえない声で。


 また、あの感覚がやってくる。


 “型”が、体の芯になじんでいくような、不思議な感覚。


「よし。じゃあ、やってみろ」


 ガロが金槌をこちらに差し出す。


「はい」


 釘を押さえ、金槌を構える。

 呼吸を整え、体の中に“なじんだ”型に身を任せる。


 トン、トン、トンッ。


 カン、と派手な音を立てて釘が曲がる――そんな未来が頭をよぎったが、実際には、驚くほど素直に釘が板へと沈んでいった。


「お?」


 ガロが目を丸くする。


「初めてにしちゃ、悪くねえな」


「本当ですか?」


「ああ。普通はもっと、こう――」


 ガロは自分の拳を軽く指で叩いてみせる。


「指を何本か犠牲にしてから、ようやくまともに打てるようになるもんだ」


「それは……遠慮したいですね」


 安堵とともに、冷や汗がにじむ。


(うまく、いった……のか?)


 何度か同じ動きを繰り返す。

 打つたびに、少しずつ感覚が自分のものになっていく気がした。


(やっぱり、《コピー》は……戦い以外でも、使える)


 今さらながら、その事実が胸の奥にじんわり染みていく。


 誰も評価しなかったスキル。

 “ハズレ”だと笑われた固有能力。


 それがこうして、誰かの役に立つ“手”になっている。


「ありがとよ、ガロさん」


「おう。礼を言うのは、家がちゃんと住めるようになってからだ」


 ガロは笑いながら、新しい板を運んできた。


「それとな、ルイ」


「はい?」


「最初に言っとくが――」


 ガロは金槌を肩に担ぎ、窓の外をちらりと見た。


「この村は、のどかなだけじゃねえ。さっきみてえに、ちょっと目を離したすきにガキが怪我することもあるし、運が悪けりゃ魔物にやられちまう」


「……昨日の角ウサギも、そうですね」


「ああ。あいつらはまだマシだ。もっとでかいのも、いる」


 村の外れにある森を思い浮かべ、背筋に冷たいものが走る。


「それにだ。ここ最近、行商人の数も減ってきやがった。道中が危ねえって噂が立ってるらしい」


「危ない?」


「盗賊だの、魔物だの、いろいろよ。ま、詳しい話は後で村長から聞け」


 ガロは肩をすくめる。


「だからこそ、この家をちゃんと直して、村の柵も強くしねえといけねえ。あんたの魔法と、その“器用な手”があれば、きっと助かるさ」


「……わかりました」


 うなずきながら、胸の中で何かがカチリと音を立てた気がした。


(のんびり暮らしたくて、ここに来た)


 それは、今も変わらない。

 魔王討伐も、大きな名声も、もういらない。


 ただ静かに、自分のために生きたい。


 だけど――。


(せっかくここまで来たんだ。この村が、誰かに壊されるのは嫌だ)


 パンをくれたミナ。

 足を震わせながらも泣くのをこらえていたヒナ。

 必死に走って薬師を呼びに行ったリオ。

 「ここはお前の村でもある」と笑ってくれた村長。

 無骨な手で金槌を握りしめるガロ。


 この小さな村で出会った人たちを――

 俺の二度目の居場所を、守りたいと思った。


(俺にできることなんて、たかが知れてる)


 攻撃魔法も半人前。

 回復魔法も応急処置がやっと。

 固有スキルは《コピー》ひとつだけ。


(それでも――)


 ギュッと金槌を握りしめる。


(ここなら、俺の《コピー》でも……きっと、何かできる)


 そう思えたことが、何よりも嬉しかった。


 トン、トン、トンッ。


 金槌の音が、今日もまた、小さな家の中に響き渡る。


 それはまるで、俺の新しい生活の始まりを告げる、ささやかな鐘の音のように聞こえた。


(第3話 了)

第3話までお読みいただき、ありがとうございました。


今回は、

・エルナ村での最初の朝

・ミナやガロといった新しい村人たちとの出会い

・《コピー》を使った家の修繕や金槌の技術コピー

など、「戦いではない日常の仕事」での活躍を中心に描いてみました。


ルイにとって、エルナ村は「二度目の居場所」になりつつありますが、

同時に、行商人が減っていることや、村の周囲の危険など、

少しずつ不穏な要素も見え始めています。


次回は、

・村での生活のさらなる掘り下げ

・村の外の危険や、魔物についての話

などを交えつつ、ルイの《コピー》がまた別の形で役立つ場面を書いていく予定です。


続きが気になる、と少しでも思っていただけましたら、

ブックマークや評価、感想などいただけると、とても励みになります。

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