第2話 辺境の村、《コピー》の最初の一歩
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
第2話では、ルイが王都を離れて辺境のエルナ村へ向かい、
《コピー》スキルを「戦い以外」で初めて活用する場面を書いてみました。
少しでも「この村の空気、いいな」と感じていただければ嬉しいです。
王都を出て、三日目の夕暮れだった。
カツ、カツ、と土の道を踏みしめる足音だけが耳に残る。
靴の裏には、すでに乾いた土が厚くこびりついていた。
「……遠いな、辺境って」
誰に聞かせるでもなく、ぽつりと呟く。
振り返れば、王都の城壁はもう見えない。
目の前に広がるのは、畑とまばらな森、そして赤く染まりはじめた空だけだ。
(本当に、ここから先は“知らない世界”なんだな)
勇者パーティーの一員として旅していた頃は、常に目的地が決まっていた。
魔王軍の拠点、重要な砦、遺跡、ダンジョン。
そこへ向かう理由も、倒すべき敵も、いつもはっきりしていた。
今は違う。
誰も俺に“ここへ行け”とは言わない。
誰も俺に“役に立て”とは言わない。
「……悪くない、かもな」
口の端が、少しだけ緩んだ。
しばらく歩くと、丘を越えた先に小さな木の柵が見えてきた。
その向こうには、煙の上がる家々がぽつぽつと並んでいる。
「あれが……」
近づくと、簡素な木の看板が目に入った。
『エルナ村 ようこそ』
掲示板で見た名前と同じだ。
地図の端に、小さく書かれていた辺境の村。
「ついた、のか」
思っていたよりも小さい。
王都の巨大な城壁や石造りの建物を見慣れた目には、あまりにも素朴で、頼りなく映る。
木の柵も、ところどころ板が割れていたり、釘が浮いていたりする。
これで本当に魔物から身を守れるのか、不安になるレベルだ。
「おーい、そこで何してるんだい?」
村の入口近くで立ち尽くしていると、しゃがれた声が飛んできた。
声のする方を見ると、腰の曲がった老人が、肩に薪を抱えてこちらを見ていた。
日に焼けた肌に、深いしわ。
だが、その目は意外なほど鋭く、油断なく周囲を見渡している。
「すみません。この村の人ですか?」
「そうだが。あんた、旅人かい?」
「はい。ギルドの掲示板で、この村の募集を見て……」
「ああ、あの張り紙か!」
老人の顔がぱっと明るくなった。
「よかったよかった、まさか本当に来てくれるやつがいるとはなあ。わしがこのエルナ村の村長だ。名前はバルドってんだ。よろしくな、若いの」
「ルイ・アーデンです。こちらこそ、お世話になります」
慌てて頭を下げると、バルド村長はわははと豪快に笑った。
「堅苦しい挨拶はいらんいらん。どうせここに来る物好きなんざ、わしらくらいのもんだ。さあ、立ち話もなんだし、中に入れ」
そう言って、村長は先に立って歩き出す。
木の柵の隙間を抜けると、土の道が一本、村の中心へとのびていた。
道の両側には、木と土で作られた小さな家々が並んでいる。
家の前では、女たちが洗濯物を干していたり、子どもたちが木の棒でチャンバラごっこをしていたり、男たちが畑や家畜の世話をしていたりする。
一見、のどかだ。
だが、よく見ると――。
(人が……少ない?)
家の数に対して、明らかに人影が足りない。
空き家らしき建物もちらほら見える。
さらに、畑の一角は雑草だらけで、手が回っていないのが一目でわかった。
「悪いがな、見ての通りの村だ」
俺の視線を追ったのか、バルド村長が肩をすくめる。
「若い連中は、大体みんな王都か大きな街に出ちまったよ。ここらは魔物もいるし、畑仕事は楽じゃねえ。だったら、もっと楽で金になる仕事を探しに行きたくもなるさな」
「それで、“居住者兼雑用係”を?」
「そういうこった。畑も家畜も、手が足りん。できれば、ある程度魔法が使えるやつが来てくれると助かるが――」
そこで村長は、じろりとこちらを見た。
「あんた、職業は?」
「補助魔法使い、です」
「ほう、補助か。攻撃じゃなくて?」
「はい。攻撃も回復も、少しはできますけど……基本は補助です」
正直に答えると、村長はふむ、と顎に手を当てた。
「補助でも、かけられるだけありがてえ。ここらじゃ、簡単な薬草治療がせいぜいだからな。魔法がひとつでも使えるなら、十分戦力よ」
王都では、嘲笑とともに告げられた「役立たずの補助職」。
ここでは、それだけで「ありがたい」と言われる。
胸の奥が、ほんの少しだけ温かくなった。
「……俺でよければ、なんでもやります。畑仕事でも、家畜の世話でも。寝床と食事さえいただければ、それで十分です」
「謙虚だなあ、あんた」
村長はにやりと笑った。
「いいだろう。今日から、あんたはエルナ村の一員だ。とりあえず、空いてる家をひとつ貸してやる。荷物を置いたら、畑の様子を見に行くぞ」
「はい、よろしくお願いします」
こうして俺は、“勇者パーティーの一員”から、“辺境の村の雑用係”へと、肩書きを変えることになった。
◇ ◇ ◇
「――土が、固いな」
村長に案内されて畑に出ると、まずそれが気になった。
表面こそ耕されてはいるものの、踏みしめると、カチカチと音がしそうなほど固い。
これでは根も伸びにくいだろう。
「ここ数年、雨が減った上にな。人手も足りんから、どうしても手抜きになっちまうんだわ」
村長が額の汗をぬぐいながら、鍬を振るう。
「ほら、こんなもんだ。わしらの歳じゃ、腰がもたん」
ガツン、と鍬の先が土に食い込むが、その深さは十分とは言えない。
「ちょっと、貸してもらってもいいですか?」
「ん? ああ、構わんが……」
鍬を受け取り、土の上に立つ。
その瞬間、ふと脳裏に別の光景がよぎった。
(そういえば……)
勇者パーティーの旅の途中、立ち寄った大農場で見た、熟練農夫たちの動き。
無駄のない腰のひねり、鍬を入れる角度、力の入れ方、足の踏み込み。
あれを見た時、なんとなく――いや、無意識にだろうか。
俺は《コピー》を発動していたはずだ。
「……よし」
小さく息を吸い込む。
意識を、胸元のステータスカードに向ける。
――固有スキル:《コピー》
脳内で、その文字列をはっきりと思い浮かべる。
「《コピー》……【農夫の鍬打ち】」
誰にも聞こえないような、小さな声で呟いた。
次の瞬間、体の芯に、かすかな“型”のようなものが流れ込んでくる。
足の置き方、腰の回し方、鍬を振り下ろすタイミング。
あの時見た農夫の動きが、ぼんやりと自分の体に“なじむ”感覚。
(……いける)
自然と、膝が曲がり、腰が落ちる。
ガツンッ。
さっき村長が打ち込んだ場所と、同じあたり。
だが、鍬はそれよりもずっと深く、土の中に食い込んだ。
「おお?」
村長の驚いた声が上がる。
「お、おい若いの。思ったより力あるじゃねえか」
「いえ、多分……やり方がよかっただけです」
何度か同じ動きを繰り返す。
スパン、スパン、とリズムよく鍬が振り下ろされ、そのたびに固かった土が柔らかくほぐれていく。
額に汗がにじむが、不思議と体は軽い。
どこに力を入れ、どこを抜くべきかが、自然とわかるのだ。
(これが……《コピー》、か)
今さらながらに、自分のスキルの“別の側面”を見せられた気がした。
戦場で使うには、発動までのラグもあるし、威力も本物より落ちる。
だからガイルたちは、「使えない」と切り捨てた。
だが、こうして“日常の技術”をなぞるには、十分すぎる。
「助かる助かる。あんた、本当に補助職か? 農夫の方が向いてるんじゃねえか?」
村長が笑う。
「……補助職です。多分」
思わず、こちらも笑ってしまう。
そのときだった。
「村長さーん! 大変だーっ!」
甲高い少年の声が、畑の方へ駆け込んできた。
振り向くと、まだ十にも満たないような少年が、息を切らせてこちらへ走ってくる。
「どうした、リオ。そんなに慌てて」
「ひ、ヒナがっ……! 森の近くで転んで、足から、いっぱい血が……!」
「なんだと!」
村長の顔色が変わった。
「ルイ、悪いが畑は後だ。ついてきてくれ!」
「はい!」
鍬を地面に置き、村長のあとを追って走り出す。
村の外れ、小さな森の入口近く。
そこに、小柄な少女が地面に座り込んでいた。
足元には、赤い血がにじんでいる。
近くには、角の折れた、小さな角ウサギの死骸が転がっていた。
「ヒナ!」
村長が駆け寄る。
「いたた……」
少女――ヒナは、泣くのを我慢しているのか、顔をしかめながらも声を殺していた。
右足のふくらはぎに、深い切り傷が走っている。
「くそ、角ウサギか。最近、村の近くまで出てくるようになりやがって……!」
村長が歯噛みする。
「リオ、薬師の婆さんを呼んでこい! 急げ!」
「う、うん!」
少年が村の方へ走り出す。
だが、傷は思った以上に深い。
このまま放っておけば、出血も感染も心配だ。
(こういう時、本当は……)
パーティーにいた頃は、すぐそばにラミアがいた。
彼女の回復魔法があれば、こんな傷、すぐにでも――。
「ルイ」
村長がこちらを見る。
「すまんが、お前……回復魔法は、どのくらい使える?」
「え?」
「補助職だって言ってたな。少しでもいい、止血とか、できねえか?」
視線が、ヒナの傷へと向かう。
真っ赤な血が、じわりじわりと土を濡らしていた。
(……ラミアの、回復魔法)
何度も見てきた。
傷口に手をかざし、優しい声で詠唱する彼女の姿を。
その光景が、鮮明によみがえる。
(俺は、横で“見ていただけ”だった。けど――)
胸の内で、小さく呟く。
「《コピー》……【ラミアの小回復】」
指先に、微かな熱が集まる。
「ヒナ、ちょっとだけ我慢してくれるか?」
できるだけ穏やかな声で言いながら、彼女の傷口の上にそっと手をかざす。
ラミアがいつも口にしていた、短い詠唱を思い出す。
「――光よ、そのかすかな灯で、傷をなだめ、血を鎮めて」
柔らかな白い光が、手のひらからこぼれ落ちる。
じんわり、と傷口を包むように広がり、血の流れがゆっくりと弱まっていく。
「……あったかい」
ヒナが、ぽつりと呟いた。
完全にふさがるわけではない。
だが、さっきまで止まらなかった血が、明らかに少なくなっている。
「な、なんだ、今のは……」
村長が目を見開く。
「ルイ、お前……!」
「大したことはできません。応急処置程度です」
自分でも、そう言いながら少し驚いていた。
(ここまで……できるのか)
ラミアのそれに比べれば、明らかに劣る。
光も弱く、治癒の速度も遅い。
だが、“まったく使えない”わけではない。
俺は、確かにさっき、“回復魔法”を発動させた。
「助かった……本当に助かったよ、ルイ」
村長が、深く頭を下げた。
「婆さんの薬があれば、そのうちちゃんと治る。だが、あんたがいなきゃ、もっと酷いことになってたかもしれねえ」
「そんな、大げさですよ」
「大げさなんかじゃねえさ」
村長は、ぎゅっと拳を握りしめた。
「ここには、あんたみてえなやつが、一人もいなかったんだ。魔法が使えるってだけで、どれだけ心強いか……」
その言葉に、胸の奥がきゅっとなる。
王都では、“足手まとい”だと言われた力。
ここでは、“心強い”と言われる。
同じスキルなのに、場所が変われば、こんなにも価値が変わるのか。
「……俺で、よかったら」
少しだけ、喉が震えた。
「これからも、この村の役に立てるように、がんばります」
「おうとも!」
村長がニカッと笑う。
「エルナ村は、今日からあんたの村でもあるんだ。遠慮なんかすんな。思いっきり働いて、思いっきり食って、思いっきり生きろ」
「……はい!」
思わず、声が大きくなる。
ヒナのそばで座り込んだまま、空を見上げた。
さっきまでと、同じ空。
同じ青さ。
だが、どこか違って見える。
(ここでなら――)
勇者にも、英雄にもならなくていい。
誰かと比べられることも、足りないと言われることも、きっと少ない。
ただ、自分にできることをひとつずつ積み重ねていけばいい。
(ここでなら、俺の《コピー》にも……意味があるのかもしれない)
そう思ったとき、胸の中で、小さな火がぽっと灯った気がした。
それが、俺と《コピー》スキルの、本当の“始まり”だった。
(第2話 了)
第2話までお付き合いいただき、ありがとうございました。
今回は、ルイがエルナ村に到着し、
農作業や応急の回復で《コピー》を使うことで、
「役立たず」と言われてきた力が、初めて誰かの役に立つ回となりました。
次回は、村での本格的なスローライフの始まりや、
新しい人物との交流などを書いていく予定です。
続きが気になると思っていただけましたら、
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