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物見遊山  作者: フジイさんち
無哭の訓練
14/30

【美しいもの】



地獄のような五日間が終わり――、ルシアンは、大変満足をしていた。

面白いものを見た。ただ、それだけのシンプルな感想。

石塀わきに歩み寄ってきたガルドの横に並び立ち、塵のついた肩口を軽く払ってやる。


「ふふ、満足したよ、ガルド」

「……そう、かよ」


その表情を見て、ガルドもまた”しまい”だ、と悟る。

そのまま連れ立って、ギルド建物内、受付へ向かう。


《訓練観察記録の補助人員》。そもそもの発端だった依頼の、報告。

ギルド職員も、ほぼ毎日進捗を見てきたので、報告もすぐに終わった。その流れで、受付嬢がにこりと笑う。


「ルシアンさん、今回の依頼でDランクへの昇級が承認されました。おめでとうございます!」

「……Dランク……?」


――沈黙。


ガルドの目線が、ちらりと隣を見る。

揺らがぬ柔和な笑みでそこに立つ男は、ほんの一拍だけ銀の瞳を細めて――


「……それは、何の意味があるのでしょうか?」


まるで興味がない声で、それだけを答えた。受付嬢が、ぐっと胸を押さえる。

――一見、罪をも許すような笑みと穏やかな物腰で、全てを受け入れるようでいて、けれども悪気なく斬り捨てるような彼。

……中毒を覚える者も、少なくはなかった。


「っ……は、はい!依頼を受けられる範囲が広くなり、書庫の閲覧制限も緩和されます!」

「書庫」


”書庫”と聞いて、ぱ、と咲いた柔らかな笑顔に、それが見えていた職員らが同様に、胸を押さえた。


「それは素晴らしいですね。考えておきます」

「ま、窓口ですぐにお手続き可能ですので、お時間あるときにいらしてください……!」

「ええ。よろしくお願いいたします」


その笑顔のまま、礼は丁寧に、だが深すぎず、過不足なく。

――後ろのガルドも、そっとルシアンを見やり、まぁ、当然だな、というように眉を上げていた。


「では、行こうか、ガルド。お腹空いたね」

「……ああ」


連れ立って、ふたりが踵を返す。昇級の手続きはいつでもできる。

今はただただ、腹が減っていた。


「……今日は肉だな。脂のあるやつ」


ガルドがぽつりと呟いた瞬間、周囲の職員が一斉に視線を逸らした。

それは訓練場での無慈悲な姿が、まだ脳裏から離れていない者たちだった。


カウンターを離れ、夕刻の光が差し込むギルドホールを抜けていくふたり。

淡紫の髪がゆるやかに揺れ、足取りはどこまでも軽やかだった。


「……楽しんでたな、お前」


誰にも聞かれないような声で、ガルドが呟く。

ルシアンはその隣で、ふわりと肩を揺らしながら、何も答えない。

それでも、その仕草ひとつが肯定に思えて――ガルドはひとつ鼻を鳴らした。




――いつものように、並んで歩く。

ギルドの重厚な大扉を背に、陽の傾いた街路へと出る。


夕刻の空気は幾分涼しく、熱気の残る地面を照らす橙の光が、ふたりの影を長く伸ばしていた。


屋台で串焼き肉を買った。

串にかぶりつく優雅な男、という異質な光景に、街ゆく人がちらちらと視線を投げてくる。

それがガルドの一瞥で、すっ――と視線を逸らすのもまた、いつものことだった。


街中の風に、ふわりとルシアンの外套が揺れた。

思わずガルドの視線がそこへ……腰元へ、のびる。が、すぐに逸らす。

意識も、逸らす。思考の先は、――ひとまず、ここ数日の、訓練場の地形変化に。


「地属性に水属性に氷属性。お前何種類魔法使えるんだ」

「ふふ、でも楽しかったでしょう?」

「……あいつらは泣きを見てたがな」


ガルドは、それとなく、主語を逸らされたのがわかった。

防御魔法。回復魔法。それとは別の、各属性の魔法。

一般的な魔術師のことはよくわからないが、火や水など、使えても三属性程度じゃなかったか。


……だが、それらの属性魔法は、総じて攻撃に転ずることがほとんどだ。

それを、逸らされた。


(――話すつもりがねぇんだな)


ふん、と鼻を鳴らす。ルシアンにその気がないのなら、踏み入るつもりもない。

串に残った肉を、がぶりと食いちぎる。


「……明日、昇級の手続きに行くのか」


横目で淡紫を見ながら、そう尋ねた。ふ、と銀の瞳が見上げてくる。細められた眼差しで、にこりと笑う。


「そうだね。Dランクになれば、多少は雇用主として体裁が保てるね」

「……体裁……。はっ、……今さらだな」


串を咥えたまま、ガルドがぼそりと吐く。

横を歩くルシアンは、涼しげに笑ったまま、残りの肉を口元に運ぶ。

串焼きひとつにも、どこか品が宿るのが不思議だった。


夕暮れの通りを歩く二人に、行き交う市民たちの視線が、再びちらほらと寄せられる。

ひと目見れば只者ではないとわかる並び。けれど、その緊張感を打ち消すように、ルシアンはどこまでも柔らかで、ガルドはどこまでも無愛想で、妙な均衡がそこにはあった。


「――ま、いいんじゃねぇか。Dランクの方が、依頼出す時もやりやすいだろ」

「うん、そうだね」


ガルドが空になった串を片手に、肩をぐるりと回す。

連日の訓練と指導。肉体的な疲れよりも、精神的な疲労の方が大きかったかもしれない。


「……にしても、まさか、五日も続けるとはな」


呟くがしかし、不満はない。ふっと、隣を見る。ルシアンは肉を食べ終え、布で指先を拭っている。

動作は優雅。けれど、目の前の男は間違いなくあの“地獄”の共犯者だった。

赤い眼差しを受け、その動きがぴたりと立ち止まる。

淡紫の男は何も言わず――ふわりとだけ、微笑んだ。


ただ楽しげに。それだけで全てが余興だったのではと錯覚するほどに。


ガルドは呆れたように目を細め、そのまま串を近くの屑籠へと放り込み、


「ったく。……残念だったな、今回は綺麗な景色とやらは見れなくて」


低く、そうぼやいた。

ルシアン本人の意向といえど、ここ五日間ずっと訓練場にこもりっぱなし。街の外にすら出ていない。

――護衛とは、と、己の存在意義が少しだけ揺らぐ。


だがルシアンは、それすら楽しそうに微笑んだ。


「そんなことないよ」

「ああ?」

「いいものは、見れた」


返事は、たったそれだけ。

ガルドが訝しげにするが、気にせずにルシアンは、露店の商品を覗き始める。


瞳は店先に。けれど、記憶の中を眺めていた。


戦いの中でこそ、ぎらつく瞳、躍動する巨躯。

理性を持った獣のような、愉しげに歪んだ顔。

――十分、”美しいもの”だった。



「明日は休みにしようか、ガルド。私は昇級の手続きをして、そのまま書庫を覗いてくるよ」

「……ああ」

「旅の支度をして、明後日には次の街へ向かおう。それでいい?」

「……、構わねぇ」


短く答えながらも、ガルドはわずかに視線を落とした。「それでいいか」と問われること自体が、ほんの一瞬、胸に響く。

護衛相手に、命令でも誘導でもない。確認の言葉。それが当たり前のように交わされる関係になっている。


ルシアンはというと、露店の香草棚に手を伸ばし、ひと房を摘み取って鼻先へ。くん、とわずかに嗅ぐ。

香油用か、それとも乾燥保存か。何を考えているかは分からないが――ガルドは慣れたように、ひとつ隣の露店に背を預けていた。


「……じゃあ明日は、街の外にも出ねぇで済むな」


ふと、そんな呟きが漏れる。

あくまで休息日として。けれどそれ以上に、“傍にいられる日”として。


「次の街は、このまま西でいいのか?」

「うん、そうだね。西には、何があるんだい?」


ルシアンが問いながらも隣を見上げると、ガルドは視線を宙に彷徨わせ、ひと呼吸、わずかに間を置いて頷いた。


「セレフィーネっつう街だな。大河と、海に挟まれてる」

「水の街かい?……魚介類が美味しいかな」

「……まぁ、間違いねぇだろうな」


視線が交差する。綺麗な景色の次は、美味いものかと。

段々と、この奇妙な男の好みがわかってきた。ガルドがやや、口角を上げる。


「……街道を徒歩で五日だ」

「……それはいいね」


返ってきた答えに、ふ、と小さく笑みすら漏れた。

きっと、どうせどこぞに寄り道をするのだろう。だがそれすら、楽しみに思えてしまう自分もいた。


「……俺は甲殻類が好きだ」

「おや奇遇だね?私もだよ。白身魚も好きだね」

「そりゃいい」


穏やかに交わされる会話の中、夕陽は今日も、静かに沈んでいった。






次の日、ルシアンは一人で冒険者ギルドを訪れていた。

今日は、休日。ガルドとは別行動。

ルシアン一人で現れたことに、ギルド職員や冒険者たちはやや驚いていたが、いつもの柔和な笑みに、もれなく絆されていく。


昇級手続きを滞りなく終え、Dランクのギルドカードを受け取る。尋ねずとも、傍らにギルド職員が侍り、書庫への案内を申し出る。

さながら、貴族と使用人のようであった。


二階の廊下の奥、通された書庫には、魔物、地形、気象、毒物まで、幅広い知識が広がっていた。

普通の図書館にはない、冒険者としての視点に特化した、文献、研究書、図鑑。


「……一日で足りるかな」


贅沢な悩みを抱えながら、ルシアンはその知識の海に埋もれていった。




一方ガルドは、街の鍛冶屋に訪れていた。装備品の手入れだ。

背負いの大剣は、剣にもなり、盾にもなる。定期的なメンテナンスは、やはりその道のプロに頼むほかなかった。

工房へ入ると、鉄の焼ける匂いと炉の熱気を肌に感じた。奥から顔を出したドワーフが、ガルドをまじまじと見る。


「なんだぁ、無哭じゃねぇか。何年ぶりだぁお前」

「……知るか。調整頼む」


カウンターに、大剣をガチャリと置く。

乱暴な様でいて、投げたりはしない。武器と、それを扱う職人には、一定の敬意を払っていた。

のしのしと歩いてきた鍛冶屋が、ガルドの大剣を軽々と持ち上げ、じっくりと見る。


「……無哭お前、コイツを酷使すんじゃねぇよ」

「チッ……最近は、してねぇ」


ぼやきながらも、小さな返事。

脳裏に、無益な争いを好まない主が浮かんだ。


「はぁん?あの無哭がねぇ……」


ドワーフの鍛冶屋が、ガルドの大剣を傾けながら睨みつける。

厚手の指が刃の縁をなぞり、柄の繋ぎ目を丁寧に確認する。


「なんだこりゃ、斬るってより、殴ってねぇか?……いや、押し潰してるか?」

「……守ってる」

「守ってらぁ!?お前が!?こいつぁいい!」


カラカラと笑いながら、大剣を肩に、鍛冶屋が炉のほうへ歩いていく。

ガルドはその背を見送り、――けれどぶっきらぼうに、照れを隠した。


「……っいつまでかかる」

「整備終わるまで一日だ!明日にでも来い!」

「……ああ」


それきり会話を終え、ガルドはしばし無言で炉の炎を見つめていた。

鉄の熱と、炉の唸る音。その炎に、ふと、昨日の訓練場の記憶が蘇った。


――滑る地面、転がる訓練生、笑うルシアン。

回復のために伸ばされた指先。記録のために伏せられた眼差し。


「……”綺麗なもん”は、……俺も見たな」


呟いた言葉に、返す者はいない。

けれど――静かな銀の瞳と、書板を持った立ち姿が脳裏をよぎる。


あの銀の瞳が、何を捉えて、何を以てして”見る価値がある”としているのかは、まだ定かではないが。――その価値観に、いつの間にか、触れてかけている。


カン、カン……。


炉の奥で、鉄を打つ音が響く。


それを背に、ガルドはゆっくりと腰を上げ、工房の外へと出た。

しばしの休息。

そして明日から、また旅路が始まるのだ。






――【美しいもの】

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