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【役立たず】と勇者パーティーを追放された俺のスキルは、実は世界唯一の『ダンジョン・マスター』でした。  作者: Ruka


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9/11

9話

二人で囲む食卓は、三日も経つ頃にはすっかり俺たちの日常になっていた。

朝は、シルフィが淹れてくれる薬草茶の香りで目覚める。昼と夜は、二人で収穫したキノコや食べられる植物を使って、知恵を出し合いながら料理を作る。他愛ない会話をしながら食べる温かい食事は、俺が今まで失っていた、人間らしい生活そのものだった。


シルフィの足の怪我は、治癒の泉と彼女自身の生命力もあってか、驚くべき速さで回復していた。今ではもう、ダンジョン内を自由に歩き回れるようになっている。


その日の昼食後、俺たちは岩のテーブルでお茶を飲みながら、今後のことを話し合っていた。


「キノコは美味しいけど、そろそろ違うものも食べたくなってくるな」


俺がそう言うと、シルフィはこくりと頷いた。


「そうですね。それに、栄養のバランスを考えると、緑の野菜や根菜類も必要です。薬草も育てられれば、いざという時に備えられます」


「畑、か……。よし、創ろう」


俺の言葉に、シルフィは少しだけ困ったように微笑んだ。


「ユキナなら、きっと出来るのでしょうね。でも、植物が育つには、ただ場所があるだけではダメなのです。豊かな土と、水、そして太陽の代わりになる、優しい光が必要になります」


それは、植物に関する深い知識を持つ彼女ならではの、的確な指摘だった。

俺は不敵に笑って見せる。


「もちろん、全部まとめて用意するさ。君は、最高の畑の専門家として、アドバイス

をくれればいい」

「……はい!」


俺の自信に満ちた言葉に、シルフィは嬉しそうに頷いた。


俺たちは、拠点の隣に、新たな大空洞を創り出すことにした。

壁に手を当て、意識を集中させる。

(広くて、天井が高くて、空気が淀まない、生命を育むための空間を)

ゴゴゴゴゴゴ……!

ダンジョンが、主の命令に喜びの声を上げる。俺たちの目の前で、巨大な岩盤が生き物のように蠢き、フットサルコートほどの広さを持つ、巨大なドーム状の空間が形成されていく。


「すごい……何度見ても、神の御業のようです……」


シルフィが、呆然と呟く。

次に、光だ。俺はドームの天井に意識を向けた。ただの光ゴケではない。植物の育成に適した、もっと太陽光に近い波長の光を放つ、特殊な苔を生成する。

天井全体が、まるで曇りガラスの向こうに太陽があるかのように、柔らかく、温かい光で満たされた。


そして、水。

俺は、治癒の泉から分水する形で、ドームの壁際に沿って、せせらぎが聞こえるほどの小さな水路を創り出した。清らかな水が絶えず循環し、畑に潤いを与える。

場所、光、水。これで、舞台は整った。

最後に、最も重要なものだ。


「シルフィ、君の故郷の森の土は、どんな土だった?」


俺は、まだただの岩盤である地面を指して、彼女に尋ねた。

シルフィは、一瞬、懐かしむように目を細めると、まるで詩を詠むかのように語り始めた。


「……黒くて、とても柔らかくて、雨上がりの匂いがする土です。手ですくうと、ひんやりとしながらも、生命の温かさが伝わってくるような……。私たちの森では、『精霊の寝床』と呼ばれていました」


精霊の寝床。

その言葉を、俺はしっかりと胸に刻んだ。

俺はドームの中央に膝をつき、両手を地面に置いた。目を閉じ、全神経を集中させる。

ただの岩を砕いて砂にするだけではダメだ。生命が根付くための、魔力と栄養を宿した、本物の『土』を創造する。

俺はダンジョン全体の魔力の流れを掌握し、生命エネルギーに満ちた地脈から、その力を引き寄せた。

俺の両手から、淡い翠色の光が放たれる。その光が地面に染み込んでいくと、硬い岩盤は、音もなく、黒く、柔らかな土へと変質していった。


「……あ……!」


シルフィが、息を呑むのが分かった。

数分後、俺が目を開けた時、そこには見渡す限りの、生命力に満ち溢れた黒土の大地が広がっていた。あたりには、シルフィが言っていた通りの、雨上がりの森のような、清浄な香りが満ちている。


シルフィは、おそるおそる畑に足を踏み入れると、その場に屈み込み、両手でそっと土をすくい上げた。

そして、その感触を確かめるように、ぎゅっと握りしめる。

彼女の緑の瞳から、一筋の涙がこぼれ落ち、黒い土の上に小さな染みを作った。


「……同じです。いいえ、それ以上に、生命の力に満ちています……。これが、ユキナの力……」

「気に入ってくれたみたいで、よかった」

俺が言うと、彼女は涙を拭い、満面の笑みで振り返った。

「はい! これならきっと、どんな植物でも元気に育ちます!」


これで、最高の畑は完成した。

だが、肝心の植えるものが何もない。俺たちがそう話していると、シルフィは少しだけ躊躇うように、しかし、意を決したように言った。


「ユキナ。私に、考えがあります」

そう言うと、彼女は自分の部屋から、大切にしていたのであろう、美しい刺繍が施された小さな布袋を持ってきた。

袋の口を開け、中のものを手のひらに広げる。そこには、色とりどりの、十数粒の小さな種が乗っていた。


「これは……森を出る時に、長老たちの目を盗んで、内緒で持ってきた故郷の植物の種なのです。いつか、どこかで、私たちの森の一部だけでも再生させられたらと……そう願って」


それは、彼女が故郷から持ってくることができた、唯一の希望の欠片だった。

そんな大切なものを、使ってしまっていいのだろうか。

俺がためらっていると、シルフィは俺の目をまっすぐに見つめて、微笑んだ。


「ここが、この種を蒔くべき場所だと、そう思うのです。あなたと創った、この楽園が。ここなら、故郷の森と同じくらい、いえ、それ以上に、この子たちを優しく育んでくれるはずです」


彼女の信頼が、嬉しかった。

俺たちは二人で、黒土の畑に小さな穴を掘り、一粒、また一粒と、故郷の種を丁寧に蒔いていった。

すべての種を蒔き終えると、シルフィは畑の上にそっと手をかざし、目を閉じた。

そして、囁くような、鈴の音のように美しい声で、古いエルフの歌を口ずさみ始める。それは、植物の芽吹きを促す、生命の歌だった。


彼女の歌声に呼応するように、畑の土が、淡い光を帯びる。

そして、俺たちの目の前で、信じられない光景が起こった。

種を蒔いた場所の土が、わずかに盛り上がり、そこから、力強い緑色の双葉が、ゆっくりと、しかし確実に、その顔を覗かせたのだ。


それは、あまりにも美しく、神聖な光景だった。

俺たちが創り上げた楽園に、新しい命が、確かに根付いた瞬間だった。

俺とシルフィは、顔を見合わせ、どちらからともなく、笑い合った。

絶望の底から始まった俺たちの物語は、今、確かな希望の芽吹きと共に、新たな章を迎えたのだ。

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