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【役立たず】と勇者パーティーを追放された俺のスキルは、実は世界唯一の『ダンジョン・マスター』でした。  作者: Ruka


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8話

翌朝、俺が目を覚ますと、すぐ隣で穏やかな寝息が聞こえた。

シルフィだ。俺が彼女のために創った苔のベッドで、まるで赤子のように無防備な顔で眠っている。陽の光を浴びた森の湖面のようにきらめく銀髪が、彼女の呼吸に合わせて静かに揺れていた。

一人ではない朝。

その事実が、じんわりと、しかし確かに俺の心を温めていく。パーティーにいた頃の、常に張り詰めた孤独な朝とは全く違う、穏やかな空気がここにはあった。


俺は、彼女を起こさないようにそっとベッドから抜け出すと、まず泉で顔を洗った。治癒効果のある霊泉は、寝ている間の疲れを綺麗さっぱり洗い流してくれる。

さて、今日からやるべきことはたくさんある。

この拠点を、俺だけの隠れ家から、俺とシルフィの『家』へと作り変えなければならない。


まず、シルフィのプライバシーを確保するための、彼女専用の部屋を創ることにした。俺が寝起きしているこの空間は、リビング兼ダイニングとして使おう。

俺は、リビングの奥の壁に手を当てる。

(シルフィが、心から安らげるような、優しくて美しい部屋を)

イメージするのは、彼女の故郷である『迷いの大森林』。

俺の意思に応じ、壁が静かに融解し、新たな空間への入り口が形作られる。その奥には、ただの石の部屋ではない、俺の力の粋を集めた特別な部屋が創造されていた。


壁には、生命力あふれる瑞々しい苔が一面に広がり、天井の光ゴケは、まるで木漏れ日のように柔らかな光を投げかけている。部屋の中央には、美しい木目を持つ岩でできたベッドとドレッサー。そして、壁の一部をくり抜いて創った窓の外には――これも俺が創り出した幻影だが――雄大な森の景色が広がっていた。


「……すごい……」


我ながら、なかなかの出来栄えだった。これなら、彼女もきっと喜んでくれるだろう。

次に、食料だ。昨日までは月光ゴケだけでよかったが、二人になったのだから、もっとちゃんとした食事を用意したい。

俺は意識をダンジョン全体に広げ、食料になりそうなものを探す。すると、ダンジョンの中層、湿気の多いエリアに、キノコが群生しているのを見つけた。


(よし、これを採りに行こう)


俺が拠点にキノコ狩り用の通路を創り出していると、背後で衣擦れの音がした。

振り返ると、目を覚ましたシルフィが、驚きと戸惑いの入り混じった表情で、新しくできた彼女の部屋の入り口に立っていた。


「ユキナ……これ、は……?」

「おはよう、シルフィ。よく眠れたか? そっちは今日から君の部屋だ。気に入ってくれると嬉しいんだが」

「私の、部屋……」


シルフィは、夢でも見ているかのように、部屋の中をゆっくりと見回した。そして、壁の窓から見える森の幻影に気づくと、その緑の瞳を大きく潤ませた。


「……故郷の、森の景色……」

「ああ、君の話を聞いて、創ってみたんだ。もちろん、本物には敵わないだろうけど……」

「いいえ……!」


シルフィは俺の方へ向き直ると、その顔を喜びで輝かせた。


「素晴らしいです! こんな……こんな素敵な部屋、初めてです! ありがとう、ユキナ!」


満面の笑みで礼を言われ、俺はなんだかむず痒いような、誇らしいような気持ちになった。誰かのために力を使って、こんなに真っ直ぐに喜んでもらえたのは、生まれて初めての経験だった。


「これから、ちょっと食料を採りに行こうと思うんだけど、一緒に行くか? 足は、まだ痛むか?」


俺の問いに、シルフィは自分の足首に触れた。俺が施した苔の湿布と添え木は、まだついたままだ。


「不思議と、もうほとんど痛みはありません。この苔の、おかげでしょうか……。はい、ぜひ、ご一緒させてください!」


俺たちは二人で、新しく創った通路を歩き始めた。

シルフィは、俺が自在に地形を操るのを目の当たりにしても、もうそれほど驚いた様子は見せなかった。彼女は、俺がこのダンジョンの特別な存在であることを、理屈ではなく、感覚で理解してくれているようだった。


キノコの群生地に着くと、様々な種類のキノコが、胞子の光を放ちながら群生していた。


「すごい量だな。どれが食べられるんだろうか……」


俺が呟くと、隣を歩いていたシルフィが、目を輝かせて言った。


「ユキナ、お任せください! 私たちエルフは、森の植物には詳しいのです!」


彼女は、まるで宝物庫を見つけた子供のように、きびきびとした動きでキノコを鑑定し始めた。


「これは『シモフリダケ』。焼くと香ばしくて、とても美味しいキノコです。あちらの青いのは『月光カサ』。スープにすると、素晴らしい出汁が出ます。でも、こちらの赤い斑点のある『ベニテングモドキ』は、強い毒があるので、触ってもいけません」


彼女の知識は確かだった。俺一人では、どれが安全なキノコかなんて、見分けがつくはずもなかった。

俺は、彼女が指示する安全なキノコだけを、岩で創った籠に次々と収穫していく。


「シルフィ、すごいな。君がいれば百人力だ」

「ふふ、お役に立てて嬉しいです。ユキナの力と、私の知識があれば、このダンジョンは、私たちにとって本当の楽園になるかもしれませんね」


彼女は、心からの笑顔でそう言った。

その笑顔は、どんな宝物よりも輝いて見えた。


拠点に戻ると、俺たちは早速、収穫したキノコで食事の準備を始めた。

俺は岩で即席の調理台と鍋を創り出し、泉の水を満たす。シルフィは、手際よくキノコを洗い、切り分けていく。

やがて、月光カサと月光ゴケを入れたスープが、くつくつと音を立てて煮え始めた。シモフリダケは、平らな岩の上でじっくりと焼く。香ばしい、食欲をそそる匂いが、俺たちの『家』を満たしていく。


出来上がった料理を、岩のテーブルに並べる。

熱々のスープと、こんがり焼けたキノコ。質素かもしれないが、俺にとっては、生まれて初めての、誰かと共に囲む温かい食卓だった。


「いただきます」

「いただきます」


二人で声を揃え、まずはスープを一口。

月光カサから出た濃厚な旨味と、月光ゴケの優しい甘みが、口の中いっぱいに広がる。


「……美味しい……」


シルフィの瞳が、幸せそうに細められた。

俺も、そのあまりの美味しさに、言葉を失う。パーティーで食べていた、味のない残飯スープとは、次元が違う。

焼いたシモフリダケも、驚くほどジューシーで、豊かな風味がした。


俺たちは、夢中で食べた。

食事の間、交わす言葉は少なかったかもしれない。

だが、温かい食事を分かち合うという、ただそれだけの行為が、俺たちの間の見えない壁を、静かに溶かしていくのを感じていた。


世界に見捨てられた、追放者同士。

だけど、今、この瞬間、俺たちは確かに満たされていた。

この小さな食卓から、俺たちの新しい生活が、そして、この楽園の本当の歴史が、今、始まろうとしていた。

外の世界のことなど、もう、どうでもいい。今はただ、この温かいスープの味が、すべてだった。

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