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【役立たず】と勇者パーティーを追放された俺のスキルは、実は世界唯一の『ダンジョン・マスター』でした。  作者: Ruka


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6話

腕の中に抱いたエルフの少女、シルフィは、驚くほど軽かった。

まるで鳥の雛か何かのように、華奢で、儚い。だが、その体からは、確かに力強い生命の鼓動が伝わってくる。生きている。俺が、助けたんだ。その事実が、ずしりとした重みと温かさになって、俺の心を満たしていく。


彼女の体は、ひどく消耗していた。額に浮かぶ汗は冷たく、呼吸も浅い。一刻も早く、安全な場所で休ませる必要があった。

俺はシルフィを慎重に横抱きにすると、元来た道を戻り、俺の拠点へと急いだ。俺が創り出した通路は、主の帰還を歓迎するかのように、壁の光ゴケの輝きを一層増しているように見えた。


拠点に戻ると、俺はまず彼女を寝かせるための場所を用意した。今まで俺が使っていた、岩を変化させただけのベッドでは、怪我人には硬すぎるだろう。

俺は、部屋の隅の何もない空間に手をかざした。

(もっと柔らかく、もっと優しく、体を包み込むような寝床を)

俺の意思に応え、床の岩盤が、まるで生きているかのように滑らかに隆起する。それはやがて、柔らかな曲線を描くベッドフレームの形となり、その中央部分は、濃密に織り上げられた苔によって、ふかふかのマットレスへと姿を変えた。これは、月光ゴケの中でも特に弾力性と治癒効果のある魔力を含んだ、特別なものだ。


そこにシルフィをそっと横たえる。彼女の銀色の髪が、苔の緑の上で美しく広がった。

次に、治療だ。

俺の知識では、本格的な治癒魔法は使えない。聖女レオノーラの真似事をしても、気休めにしかならないだろう。だが、このダンジョンの(マスター)である俺には、俺だけのやり方があった。


「治療に適した、清浄な泉を」


俺はベッドのすぐ脇の床に手を当てる。

すると、床石が静かに円形にくり抜かれ、そこから、淡い翠色の光を帯びた温かい水がこんこんと湧き出し始めた。それは、ただの水ではない。このダンジョンに満ちる生命エネルギーと、治癒効果のある鉱脈を通過させた、特別な霊泉だ。あたりには、森の朝靄のような、清浄な香りが立ち込める。


俺は、服の綺麗な部分を裂いて布を作り、その霊泉に浸した。そして、シルフィの額の汗を拭い、腕や足にある無数の切り傷を、一つ一つ丁寧に清めていく。温かい泉の水が触れるたび、傷口がわずかに光を放ち、その再生を促しているのが分かった。

問題は、不自然に曲がった足首だ。おそらく、骨折か、それに近い捻挫だろう。下手に動かすことはできない。

俺は、治癒効果のある苔をすり潰してペースト状にすると、それを厚く彼女の足首に塗り、添え木代わりに硬化させた岩で優しく固定した。完璧な応急処置とは言えないかもしれないが、何もしないよりはずっといいはずだ。


一通りの手当てを終え、俺はそっと息をついた。

ベッドですうすうと穏やかな寝息を立てるシルフィの顔を眺める。間近で見ると、その美しさは現実離れしていた。透き通るような白い肌、芸術品のように整った顔立ち。こんな少女が、なぜ一人で、あんな危険な場所にいたのだろうか。


様々な疑問が頭をよぎるが、今は彼女を休ませることが最優先だ。

俺は泉の水を少し離れた場所に湧き出させ、自分の喉を潤すと、シルフィが目を覚ますまで、少し離れた場所で静かに待つことにした。

自分の楽園に、自分以外の誰かがいる。

その事実は、俺の心に今まで感じたことのない、不思議な安らぎと、ほんの少しの緊張感を与えていた。


どれくらいの時間が経っただろうか。

シルフィの長い睫毛が、ぴくりと震えた。

そして、若葉のような緑の瞳が、ゆっくりと開かれる。

最初は、ぼんやりと焦点が合っていなかった彼女の視線が、やがて天井の光ゴケ、そして自分の体が横たわる苔のベッドに気づき、困惑の色を帯びていく。


「……ここ、は……?」


か細い声で呟き、彼女はゆっくりと身を起こそうとした。


「動かない方がいい。まだ、怪我が治ったわけじゃない」


俺が声をかけると、シルフィはびくりと肩を震わせ、弾かれたようにこちらを見た。その瞳には、まだ警戒の色が強く浮かんでいる。

無理もない。目を覚ましたら、見知らぬ男と、見知らぬ場所にいるのだ。

俺は、昨日と同じように両手を上げて、敵意がないことを示す。


「目が覚めたんだな。気分はどうだ?」

「……あなたは、昨日の……」


シルフィは、俺の顔と、部屋の様子を交互に見比べ、混乱しているようだった。


「ここは、どこなのですか? あなたが、私をここに?」

「ああ。ここは俺の……まあ、隠れ家みたいなものだ。君が気を失ったから、ひとまずここまで運んできた」


俺は、泉で汲んだ水を木の器(これも先ほど創り出したものだ)に入れ、彼女に差し出した。


「喉が渇いているだろう。毒なんて入ってないから、安心してくれ」


シルフィは一瞬ためらったが、やがて、こくりと頷くと、震える手で器を受け取り、ゆっくりと水を口に含んだ。その瞬間、彼女の緑の瞳が、驚きに見開かれる。


「この水……すごい、生命力……。それに、傷が……」


彼女は自分の腕の切り傷に目を落とした。昨日まで赤く腫れ上がっていたはずの傷が、ほとんど塞がりかけていることに気づいたのだろう。

俺は、当たり障りのないように説明する。


「この泉には、少しだけ治癒効果があるみたいでね。足も、応急処置だけはしておいた」

「…………」


シルフィは何も言わず、ただじっと俺の目を見つめてきた。その透き通った瞳は、人の嘘や偽りを見抜く力があると言われる、エルフ族特有のものだ。

彼女は、俺の言葉の裏にある、尋常ではない何かを感じ取っているのかもしれない。


やがて、彼女はふっと、警戒のオーラを解いた。

そして、ベッドの上で、エルフ族の流儀なのだろうか、深々と頭を下げた。


「……助けていただき、感謝します。私の名は、シルフィ。あなたに、命を救われました」

「俺はユキナだ。礼を言われるほどのことは何もしてないさ」

「いいえ。あのままでは、私は……。本当に、ありがとうございます」


丁寧な言葉遣いと、その真摯な態度に、俺は少しだけ照れくささを感じた。

パーティーでは、感謝の言葉など一度もかけられたことがなかったからだ。


「それで……差し支えなければ、聞いてもいいか?」


俺は、一番の疑問を口にした。


「どうして、君みたいな人が、一人でダンジョンの奥に?」


その問いに、シルフィの表情が、わずかに曇った。

美しい顔に、悲しみと、そして静かな怒りの影が落ちる。


「私は……故郷の森を、追われたのです」


彼女は、ぽつり、ぽつりと、自分の身の上を語り始めた。

それは、俺が経験してきた理不尽とはまた違う、種族の誇りと尊厳をかけた、悲しい物語の始まりだった。

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