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【役立たず】と勇者パーティーを追放された俺のスキルは、実は世界唯一の『ダンジョン・マスター』でした。  作者: Ruka


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5話

俺の目の前で、強固なはずの岩盤が、まるで意思を持った召使いのように静かに道を開けていく。

それは、ただの洞窟ではなかった。俺の意思を反映し、壁には光ゴケが自生して淡い光を放ち、足元は歩きやすいように完璧に平坦にならされている。天井は崩落の危険がないよう、目に見えない力で補強されていた。

自分のためではなく、未知の誰かのために力を使う。その行為が、俺の心に不思議な高揚感をもたらしていた。


(この感覚は、悪くない)


かつての俺は、ただパーティーのために身を粉にして働き、感謝されるどころか罵倒されるだけだった。だが、今は違う。このダンジョンの主として、自らの意思で、領地で起きている問題に対処する。それは、明確な目的と責任を伴う、誇り高い行為に思えた。


気配のする場所までは、直線距離で200メートルほど。俺が創り出した通路は、最短ルートでそこへと繋がっていた。

歩を進めるにつれて、そのか細い生命反応が、徐々にはっきりと感じ取れるようになってくる。同時に、別の、汚らわしい気配がその周囲を取り巻いていることにも気づいた。


(……ゴブリンか。それも、3匹)


弱いながらも、徒党を組むと厄介な魔物だ。特に、弱った獲物を嬲り殺しにする習性がある。

あの清浄な気配の主は、ゴブリン共に追い詰められているのか。

自然と、歩く速度が速まる。

やがて、通路の先に、開けた空間が見えてきた。


そこは、ドーム状の広大な空洞だった。中央には、風化しかけた古い石造りの祭壇が鎮座しており、天井の巨大な水晶体が、ダンジョン内とは思えないほど幻想的な光を投げかけている。忘れられた聖域、とでも呼ぶべき場所なのだろう。

そして、その祭壇に、俺が探していた気配の主はいた。


「……エルフ……?」


思わず、息を呑んだ。

月の光を編み込んだかのような銀色の長髪。森の若葉を思わせる、瑞々しい緑の瞳。そして、彼女の種族を象徴する、長くしなやかな耳。

その少女は、明らかに深手を負っていた。破れた衣服の隙間からのぞく白い肌には痛々しい切り傷があり、片足は不自然な角度に曲がっている。その息は荒く、額には脂汗が滲んでいた。

彼女は、祭壇を背にして、一本の矢を弓につがえ、震える手で構えている。その視線の先には、下卑た笑いを浮かべながら、じりじりと距離を詰める三匹のゴブリンがいた。


「キヒッ、ヒヒ……!」

「もう、終わりだナ……エルフの女……!」


ゴブリンたちは、少女がもはや抵抗する力も残っていないことを見抜き、嬲るように楽しんでいた。

絶望的な状況。俺がここにいなければ、彼女の運命は数分後には決まっていただろう。

パーティーにいた頃の俺なら、恐怖で足がすくみ、何もできずに隠れているだけだったに違いない。

だが、今の俺は違う。


(俺の楽園で、野蛮な振る舞いは許さない)


心の内で、静かに、しかし絶対的な意思を持って宣言する。

俺は物陰に隠れたまま、その場の地形の支配権を完全に掌握した。床の硬度、壁の強度、天井の質量。そのすべてが、俺の手のひらの上にあった。


まず、ゴブリンたちの注意を俺から逸らす。

俺は、少女の背後にある祭壇の一部に、ほんの少しだけ力を加えた。

カラン、と祭壇の小さな石片が、わざとらしく音を立てて転がり落ちる。


「「「!?」」」


ゴブリンたちが一斉にその音に反応し、背後を振り返った。

その、一瞬の隙。

俺は、ゴブリンたちの足元に命令を下した。


(――沈め)


ゴブリンたちが立っていた石の床が、音もなく、まるで沼地のように変化する。


「ギッ!?」

「な、なんだコ、レ……!?」


ゴブリンたちの足は、瞬く間にくるぶしまで床に飲み込まれ、その動きを完全に封じられた。突然の異常事態に、奴らは混乱し、必死にもがくが、もがけばもがくほど、その体は深く沈んでいく。


そして、俺は天に命令する。

(――裁きの鉄槌を)


ゴブリンたちの真上、ドーム状の天井の一部が、まるで熟した果実が枝から落ちるかのように、静かに分離した。それは、直径1メートルはあろうかという巨大な岩塊。

それは、重力に従って、一切の慈悲なく、奴らの頭上へと落下した。


ゴッ、という鈍く、低い、命が潰える音。

悲鳴を上げる間もなかった。

三匹のゴブリンは、俺が創り出した墓標の下に圧殺され、肉片一つ残さずに沈黙した。


静寂が、戻る。

俺は、ゴブリンたちを飲み込んだ床を、何事もなかったかのように元の硬い岩盤へと戻した。

一連の出来事は、わずか十数秒。俺は、姿を見せることも、剣を抜くこともなく、この場の脅威を完全に排除した。

これが、ダンジョン・マスターの戦い方。


俺はゆっくりと物陰から姿を現し、祭壇の方へと歩み寄った。

銀髪のエルフの少女は、目の前で起こった超常現象に、そして、突如として現れた俺の姿に、ただ呆然としていた。その美しい緑の瞳が、恐怖と、警戒と、そしてほんの少しの当惑を浮かべて、俺を捉えている。

彼女は、かろうじて弓を俺の方へと向けたが、その腕はもはや矢を放つ力も残っていないようだった。


「……誰……?」


か細く、しかし凛とした声が、静かな空間に響く。

俺は、彼女を刺激しないように、数メートル手前で立ち止まった。そして、両手を上げて、敵意がないことを示す。パーティーにいた頃には考えられないほど、冷静に、落ち着いて行動できている自分に少し驚いていた。


「俺は、ユキナ。見ての通り、ただの通りすがりだ」


できるだけ、穏やかな声で語りかける。


「ゴブリンは、もういない。怪我をしているんだろう? よかったら、手当てをさせてくれないか」


俺は、自分の服の裾を破って即席の包帯を作ると、それを手に、ゆっくりと彼女に近づいた。

少女の緑の瞳が、俺の目をじっと見つめている。その瞳の奥で、様々な感情が渦巻いているのが見て取れた。

やがて、彼女の中で何かが張り詰めていた糸が切れたように、その体から力が抜ける。

カチャリ、と力なく弓が床に落ちた。


「……シルフィ……」

「え?」

「私の、名前……」


シルフィ、と名乗った彼女は、それだけを告げると、安堵したかのように、その場で意識を失ってしまった。

俺は慌てて駆け寄り、崩れ落ちる彼女の華奢な体を、その腕に抱きとめていた。


腕の中に伝わる、温かい命の重さ。

それは、俺が創り上げた孤独な楽園に招き入れた、最初の住人の重さだった。

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