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【役立たず】と勇者パーティーを追放された俺のスキルは、実は世界唯一の『ダンジョン・マスター』でした。  作者: Ruka


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11話

極上の癒しを与えてくれていたはずの温泉が、今はまるで生ぬるい水のように感じられた。

ダンジョンの入り口付近で感知した、ガイオンとレオノーラの魔力の残滓。その不快な感触が、思考の奥深くにこびりついて離れない。せっかく溶けかけていた過去の傷跡が、再び疼き出すかのようだった。


(なぜ、今さら……? 俺を捨てたあの場所に、何の用があるっていうんだ……)


考えられる可能性はいくつかあった。

魔王軍幹部の討伐を諦めきれず、再挑戦に来たのか。あるいは、別のクエストで、偶然このダンジョンに立ち寄っただけなのか。

最悪の可能性は――俺の存在に、何らかの形で気づいた、というものだ。

俺がエンシェント・ゴーレムを倒した(正確には葬った)こと。あの地形変動。ドルストほどの賢者なら、あれがただの偶然や幸運ではないと分析しているかもしれない。俺のスキルが【土いじり】ではないと感づき、その力を求めて探しに来た……?


いや、考えすぎか。

あの傲慢なガイオンが、一度捨てたゴミをわざわざ拾いに来るとは思えない。きっと、ただの偶然だ。そうに違いない。

俺は自分に言い聞かせるように、頭を振った。だが、一度芽生えた疑念の種は、そう簡単には消えてくれない。


俺は湯船から上がると、岩で創り出したタオルで体を拭き、服を着た。さっきまでのリラックスした気分は、もうどこにもなかった。

浴室から出ると、シルフィが少し心配そうな顔で俺を迎えた。彼女は、俺のために薬草茶を淹れて待っていてくれたようだった。


「ユキナ、お顔の色が優れませんが……どうかなさいましたか? お湯が、体に合いませんでしたか?」


彼女の気遣いが、ささくれた心に優しく染みる。

俺は一瞬、このことを彼女に話すべきか迷った。せっかく手に入れたこの穏やかな生活に、わざわざ波風を立てる必要はないのかもしれない。俺一人で対処すればいいことだ、と。

だが、その考えはすぐに打ち消した。

彼女は、もう俺にとって、ただの同居人ではない。この楽園を共に創り、共に守っていく、かけがえのないパートナーだ。彼女に隠し事をすることこそが、この信頼関係に対する裏切りになる。


俺は、シルフィが淹れてくれたお茶を一口飲んでから、意を決して口を開いた。


「……シルフィ。少し、聞いてほしいことがある」


俺の真剣な声色に、彼女も居住まいを正した。

俺は、先ほど温泉で感じ取った出来事を、ありのままに話した。俺を追放した勇者パーティーのメンバーが、ダンジョンの入り口付近に現れたこと。今はもう立ち去っているが、その魔力の残滓があったこと。そして、俺が抱いている一抹の不安を。


俺の話を、シルフィは眉一つ動かさずに、静かに聞いていた。

俺が全てを話し終えると、彼女は怒りや恐怖を見せるのではなく、むしろ、どこまでも冷静に、そして力強い意志を宿した緑の瞳で、俺をまっすぐに見つめた。


「ユキナを……ゴミのように捨てた者たち、ですね」


その声は静かだったが、底には氷のような怒りが秘められているのが分かった。


「許せません。人の尊厳を踏みにじり、命を奪おうとした者たちが、のうのうとこの聖域の近くをうろつくこと自体が、冒涜です」


「ああ……。ただの偶然かもしれないが、万が一ということもある」


俺がそう言うと、シルフィは深く頷いた。


「ええ。私たちは、もう二度と、誰かに理不尽に奪われる側であってはなりません。この楽園は、ユキナと私が、二人で築き上げた私たちの『家』なのですから」


そして、彼女は立ち上がると、俺の隣に並び立った。


「ユキナ、私にできることはありますか? 私は、あなたの力になる。この家を、共に守りたいのです」


その言葉は、何よりも力強かった。

俺は、一人じゃなかった。隣には、同じ痛みを分かち合い、同じ決意を胸にした、最高の仲間がいる。

不安に揺れていた心が、彼女の一言で、鋼のように固まった。


「……ありがとう、シルフィ。心強いよ」


俺は彼女に微笑みかけると、壁に向かって手をかざした。


「ああ、君の力が必要だ。まずは、俺たちの『目』を創ることから始めよう」


俺が集中すると、リビングの壁の一部が、まるで水面のように揺らめき始めた。やがて、その表面は磨き上げられた黒水晶のように滑らかになり、ぼんやりとした映像を映し出す。


「これは……?」


シルフィが、不思議そうにその水晶盤を覗き込む。


「ダンジョン内の様子を映し出す、監視モニターだ。俺の感覚とリンクさせて、好きな場所をリアルタイムで見ることができる」


俺は、意識をダンジョンの入り口付近へと飛ばした。

水晶盤に映し出されたのは、薄暗く、湿った岩肌が続く、見慣れたダンジョンの通路だった。今は、魔物の姿も、人の姿もない。


「すごい……これがあれば、誰かが侵入してきたらすぐに分かりますね」


「ああ。だが、これだけじゃ足りない。受動的に待つだけじゃなく、もっと能動的な防御システムを構築する。シルフィ、君の知識を貸してほしい」


俺たちは、二人で監視モニターの前に座り、ダンジョン全体の構造図を岩の床に描き出した。それは、俺の感覚によって得られた、完璧な地図だ。


「まず、俺たちの拠点周辺は、絶対に誰も近づけない聖域サンクチュアリにする」


俺は、地図上の拠点エリアを指で囲むと、その周囲の岩盤を、ミスリル鉱脈から引き寄せた魔力で強化し始めた。物理的にも、魔法的にも、並大抵の攻撃では傷一つ付かない、絶対的な障壁だ。


「次に、侵入者を足止めするためのトラップだ。シルフィ、君たちエルフは、森に罠を仕掛けて獣を狩ったり、侵入者を防いだりすると聞いたことがある」


「はい。自然の地形や植物を利用した、様々な罠があります。相手を殺さず、無力化させるためのものがほとんどですが」


「それがいい。命を奪う必要はない。ただ、俺たちの楽園の平穏を乱す者は、容赦なく排除する。何かいいアイデアはあるか?」


シルフィは、地図を真剣な目で見つめると、淀みない口調で提案を始めた。


「この通路は道幅が狭く、曲がりくねっています。ここに、足元を掬う『蔦の罠』を仕掛けるのはどうでしょう。侵入者が踏み込むと、地面から伸びた蔦が瞬時に足を絡め取り、身動きを封じます」


「面白い。すぐに創れる」


俺は、彼女のアイデアを元に、通路の地面の下に、魔力で編んだ強靭な蔦を無数に仕込んだ。普段は土と同化しているが、俺の意思一つで、いつでも獲物を捕らえることができる。


「こちらの広間は、天井が高いですね。ここには、『眠りの花粉』を降らせる罠が有効です。特殊な苔を天井に擬態させておき、侵入者が真下を通過した瞬間に、強力な催眠効果のある胞子を散布させるのです」


「それもいいな。相手が眠っている間に、武装解除もできる」


俺たちは、夢中で話し合った。

俺が《ダンジョン・マスター》としての権能で物理的な罠を創造し、シルフィがエルフ族の叡智で、より巧妙で効果的なアイデアを出す。

落とし穴、幻覚を見せる霧、強制的に入り口まで転移させる魔法陣。

俺一人では思いつきもしなかったような、多彩で狡猾な罠が、次々とダンジョンの各所に設置されていく。


それは、まるで高度な戦略ゲームを楽しんでいるかのようだった。

かつて、ただ怯え、奪われるだけだった俺たちが、今、自分たちの知恵と力で、自分たちの城を築き上げ、防衛線を構築している。

その共同作業は、俺たちの絆を、より一層強く、確かなものにしていった。


数時間をかけ、俺たちの楽園は、誰も侵すことのできない難攻不落の要塞へと姿を変えた。

監視モニターには、何重にも張り巡らされた防衛網が、静かに侵入者を待ち受けている様子が映し出されている。


「……これなら、大丈夫だろう」


俺が言うと、シルフィは力強く頷いた。


「はい。どんな者であろうと、私たちの許しなくして、この楽園の土を踏むことはできません」


その横顔には、もう不安の色はなかった。そこにあるのは、自分たちの家を、自分たちの手で守り抜くという、確固たる決意。

俺は、そんな彼女を、とても頼もしく、そして、愛おしく思った。


勇者パーティーの残響は、確かに俺たちの平穏に波紋を広げた。

だが、その結果、俺たちはただ怯えるのではなく、共に立ち向かうことを選んだ。そして、この楽園は、より強固な、二人だけの城となったのだ。


俺は、監視モニターに映る静かなダンジョンを見つめながら、静かに誓った。

もう何も心配することはない。

シルかかってくる脅威は、すべて俺が、俺たちが、このダンジョンの主として、完璧に排除してみせる。

だから、シルフィ。

君は、この楽園で、ただ笑っていてくれればいい。

その笑顔こそが、俺が何よりも守りたい、宝物なのだから。

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