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【役立たず】と勇者パーティーを追放された俺のスキルは、実は世界唯一の『ダンジョン・マスター』でした。  作者: Ruka


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1話

じっとりとした湿気が肌にまとわりつく。

洞窟の壁を伝う雫が、不規則なリズムで床の水たまりを叩く音だけが、やけに大きく耳に響いていた。

俺、ユキナ・アークライトは、人類の希望と謳われる勇者パーティー『光の剣』の末席……いや、末席という呼び名すら生ぬるい、ただの雑用係として、高難易度ダンジョン『絶望の迷宮』の中層にいた。


「おい、ユキナ! ぼさっと突っ立ってないでさっさと今日の寝床を準備しろ! 俺たちは魔王軍幹部との戦いで疲れてるんだよ!」


背後から飛んできたのは、パーティーのリーダーであり、聖剣に選ばれた勇者ガイオンの怒声だった。彼の声は、この薄暗いダンジョンの中ですら、その傲慢さを隠そうともせずに響き渡る。


「は、はい! すぐに!」


俺は縮み上がって返事をすると、背負っていた巨大な荷物袋を震える手で下ろした。中身はパーティーメンバー全員分の寝袋、調理器具、食料、そして予備の武具。俺自身の装備といえば、ところどころが錆びついた粗末な革鎧と、刃こぼれしたショートソード一本だけ。この荷物袋こそが、俺のパーティーにおける役割のすべてを物語っていた。


俺のスキルは【土いじり】。

神から与えられるスキルは、人の一生を左右する。勇者ガイオンの【聖剣技】、聖女レオノーラの【聖域魔法】、賢者ドルストの【古代叡智】、戦士グレンの【金剛不壊】。彼らのスキルはどれも、一騎当千の力を秘めた超一流のものだ。

それに比べて、俺の【土いじり】は、鑑定によれば「地面を少しだけ柔らかくしたり、小石を拾いやすくしたりする程度の、生産職ですらないハズレスキル」と断じられた。

このスキルのせいで、俺はパーティーのお荷物であり、蔑みの対象であり、サンドバッグだった。


「ちっ、まだ終わらねえのか、この役立たずが」


寝床の準備をする俺の背中を、戦士グレンがブーツのつま先で無遠慮に蹴りつける。


「すみません、グレンさん。地面が硬くて、なかなかペグが……」

「言い訳すんじゃねえ! お前のスキルは【土いじり】だろうが! その程度のこともできねえのか、ああ!?」


理不尽な罵声が浴びせられる。確かに俺のスキルは、地面を少しだけならす程度のことはできる。だが、この『絶望の迷宮』の岩盤は異常に硬く、俺の微弱なスキルではほとんど効果がなかった。


「ドルスト様の鑑定によれば、貴様のスキルは戦闘どころか野営の役にも立たん、最低ランクのゴミだそうだからな! 少しは体を動かして貢献したらどうだ?」


グレンが嘲笑を浮かべながら言う。その隣では、パーティーの頭脳である賢者ドルストが、分厚い魔導書に目を落としたまま、鼻でフンと笑った。


「私の鑑定眼は絶対だ。彼のスキルに戦闘価値や生産価値は皆無。せいぜい、畑でも耕していればよかったものを、なぜ勇者パーティーに紛れ込めたのか……世界の七不思議の一つだな」


その言葉は、まるで鋭い氷の刃のように俺の心を突き刺した。

パーティーに加入できたのは、偶然だった。人手が足りず困っていた初期のパーティーに、雑用係としてなら、と拾われただけ。あの頃は、少しでも彼らの役に立ちたいと、必死だった。誰よりも早く起きて水を汲み、誰よりも遅く寝て見張りをした。しかし、パーティーの名声が上がるにつれて、俺の存在は彼らの輝かしい経歴に付着した、拭えない汚れのような扱いになっていった。


「まあまあ、皆さん。ユキナさんも頑張ってくださっているのですから」


鈴を転がすような声でそう言ったのは、聖女レオノーラ。純白のローブに身を包んだ彼女は、慈愛に満ちた笑みを浮かべている。だが、その青い瞳の奥に、俺に対する憐憫や同情の色は一切ない。むしろ、俺が罵倒されているこの状況を、どこか楽しんでいるかのような冷たさが宿っていることを、俺は知っていた。彼女の言葉は、火に油を注ぐだけだ。


「レオノーラ様は本当にお優しい! だが、こいつのような無能に優しさは不要です!」

「そうだ! 俺たちの足を引っ張ることしかできねえんだからな!」


ガイオンとグレンが口々にそう言うと、レオノーラは困ったように微笑むだけだった。それが、このパーティーにおける日常の光景。


寝床の準備を終え、火を起こし、食事の用意を始める。メニューは干し肉と硬いパンを煮込んだ、味気ないスープ。それでも、過酷なダンジョン探索において、温かい食事は貴重なものだ。

俺はメンバーそれぞれの器にスープを注ぎ、丁寧に配っていく。


「ガイオン様、どうぞ」

「うむ」

「レオノーラ様」

「ありがとう、ユキナさん」


全員に行き渡ったのを確認し、俺が自分の分のスープをよそおうとした、その時だった。


「待て」


ガイオンの低い声が響く。俺がびくりと肩を震わせると、彼は冷たい目での俺を見下していた。


「お前に食わせるスープは無い」

「え……?」

「聞き取れなかったか? 無能は無能らしく、残飯でも食っていろと言ったんだ」


そう言うと、ガイオンは自分が少しだけ口をつけたスープの器を、地面に叩きつけるように置いた。他のメンバーも、それに倣うように、食べ残しのパンの欠片や、肉の脂身だけを俺の足元に放り投げる。


「ほら、食えよ。犬のエサだ」

「ふふ、汚い。まるで獣のようですね」


グレンの嘲笑と、レオノーラの囁き声。ドルストは相変わらず無関心に本を読んでいる。

胃が焼けつくような屈辱感に、奥歯を強く噛みしめた。手足が震え、涙が滲みそうになるのを必死でこらえる。ここで反抗すれば、待っているのは暴力だけだ。俺は黙って地面に膝をつき、泥のついたパンの欠片を拾い上げた。


口の中に広がるのは、土の味と、みじめな味。

これが俺の食事。これが俺の毎日。


なぜ、こんな思いをしてまで、俺はこのパーティーにしがみついているのだろう。

答えは分かっていた。

追放されたら、生きていけないからだ。スキル至上主義のこの世界で、【土いじり】しか持たない俺を雇ってくれる場所など、どこにもない。このパーティーから追い出されることは、緩やかな死を意味していた。だから、耐えるしかない。どんなに蹴られても、罵られても、残飯を漁ってでも、生き延びるために。


(いつか、きっと……)


心のどこかで、そんな淡い期待を抱いていた。

いつか俺のスキルが、何かの役に立つ日が来るかもしれない。

いつか彼らが、俺の存在を認めてくれる日が来るかもしれない。


だが、その「いつか」が永遠に訪れないことを、そして、この地獄のような日常すら、もうすぐ終わりを告げることを、この時の俺はまだ知らなかった。


食事(とは呼べない何か)を終え、後片付けをしていると、ドルストが不意に口を開いた。


「ガイオン、明日のルートだが……この先は二手に分かれている。地図によれば、右ルートはアンデッドの巣窟。左ルートは、強力なゴーレムが徘徊する罠地帯だ」

「ふん、どちらも雑魚の集まりだろう。さっさと抜けて、幹部のいる最深部へ向かうぞ」

「いや、問題はそこではない。左ルートの罠地帯は、古代魔法によって定期的に地形が変動するらしい。一度通った道が、次には壁になっていることもあり得る。非常に厄介だ」


ドルストの言葉に、ガイオンは少しだけ眉をひそめる。


「地形変動だと? 面倒な……」

「そこでだ」


ドルストは、チラリと俺に視線を向けた。その目に宿る、侮蔑の色。


「この役立たずの【土いじり】が、あるいは役に立つやもしれん。壁を少しでも崩したり、地面を掘ったりできれば、活路を開ける可能性がある」

「……なるほどな。ゴミにも使い道があるということか」


ガイオンはニヤリと笑い、俺を顎でしゃくった。


「おい、ユキナ。明日はお前が先頭を歩け。お前の役立たずスキルで、俺たちの道を切り開け。いいな?」


それは、命令であり、宣告だった。

罠が満載の、地形すら変わる危険地帯の先頭を歩け、と。それは実質、俺を「罠探知機」として使い捨てるという意味だ。失敗すれば、俺が死ぬだけ。成功すれば、彼らの手柄になる。

断れるはずもなかった。


「……わかり、ました」


か細い声で返事をすると、ガイオンは満足そうに頷いた。

その夜、俺はろくに眠ることができなかった。

冷たい岩の上で、空腹と恐怖に震えながら、何度も夜明けが来なければいいと願った。

しかし、無情にもダンジョンに朝日が差し込むことはない。ただ、携帯用の魔導ランプが示す時間の経過だけが、俺の命の終わりが近づいていることを告げていた。


そして、運命の朝がやってきた。

俺の人生で最も長く、そして最も惨めな一日が、今、始まろうとしていた。

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