ルース視点 ギルド職員の慌ただしい日々 3
それから数時間後、さっきの冒険者パーティーが帰って来た。
驚いたことに、彼らはすでに一階層のボス部屋を攻略したのだそうだ。
「そう言えば俺、面倒なことに君たちのパーティーの専属受付係になっちゃったんだよねぇ。これからはギルドに来たら俺が受付をするよ。よろしくね。」
一応言っておいた方が良いだろう。面倒だが、一度引き受けてしまった仕事を放りだすつもりはない。
「そう言えば名前、なんだったっけ。」
その言葉に、まだ名乗っていなかったことを思い出す。
「あ~。まだ言ってなかったっけ。ルースだよ。はぁ。つまらないな仕事押し付けられたなぁ」
八つ当たりだとは思うが、正直羨ましい。まさか初日から一階層とは言え、ボス部屋をクリアしてくるとは思わなかった。
「初めての探索なのにすごいね。やっぱり竜人族って魔力も多いし、強いのかなぁ」
彼女は、つい先日までは頭に角をつけていた。ちなみに、今はなぜか猫のような耳が両側についている。大方、幻術系か偽装系の魔法を使っているのだろう。角を隠して耳を付け替えるなんて、なかなか器用なことをする。
彼女は少し考えこんだ後、角がついていたことは秘密にして欲しいと頼んできた。この国で角は目立ってしまう。確かに、人に言わない方がいいだろう。
「何か分からないことがあったら、俺に言ってね。一応暇だったら聞いてあげるから。」
『暇じゃなければ話し掛けないでくれ』という意味で言ったのだが、彼女は聞きたいことがあったのかむしろ質問を投げかけて来た。
「そう言えば、これってお金になる?」
「へ?」
突然出て来た魔物に、机の上にあった書類が地面に散らばる。
そこに落ちていたのは、スモールドラゴン。
基本的に三階層より下に生息しているが、一階層の鉱物エリアでも狩ることができる。知性が高く集団で襲撃してくる危険な魔物で、多くの冒険者達の恐怖の対象だ。
これは、一体何が起きたのだろうか。まさか、昨日の夜に徹夜してダンジョンの攻略本を読んでいたから、幻覚を見てしまったのだろうか……
自分の目が心配になってきた俺のことはお構いなしに、彼女は話を続ける。
「これ、たぶんスモールドラゴンという種類の魔物だと思うんだけど、お金に換えることってできる? 依頼書を貰う前でもお金になるか分からなくって……」
いったいどこから出したのだろう。
何もかもが疑問だが、俺の仕事は情報を詮索することじゃなくて魔物の鑑定をすることだ。
ごく稀にだが、冒険者がランクを上げるためだけに闇市などから仕入れた魔物を自分が討伐したと嘘をついて渡してくることだってある。そのようなことがないように、ギルド職員はある程度魔物の状態を分析できなくてはならない。
なるべく平静を保つようにして魔物を観察する。
(せめて、新鮮な魔物かどうかぐらいは見分けないとね……)
今まで仕事をさぼり続けて来た俺でも、それぐらいならできる。
手袋をとって魔物に触れた途端、俺は物凄い違和感を感じた。
慌てて手を引っ込めてしまう。
(魔力を一切感じない⁉ どんな倒し方をしたらこうなるんだよ……)
魔物は、まるで干からびたようにきれいに魔力が抜けていた。別に水分が抜かれたわけではないので干物のようになっている訳ではないが、手を触れてみると魔力が全く感じられなくて妙な感覚がする。
近くで観察してみて分かったが、傷が一つもついていない。
どうやって倒したのか見当もつかない。
(本当にスモールドラゴン? なんだか別種のようにも見えるけど……)
ギルドの職員として先輩の仕事を見させてもらっている時に、何度かスモールドラゴンを見たことならある。だが、こんな真っ黒じゃなかったような……
スモールドラゴンは黒と言っても、灰色に近い色だ。
それに、基本的に群れで冒険者を襲うため、一匹一匹がそれほど強いわけではない。このサイズは異常だろう。
試しに捌いて中身を確認してみると、普通のスモールドラゴンでは到底あり得ないようなサイズの魔石が出て来た。
(い、いや。あり得ないだろ??? 変異種か何かか?)
「この魔物が、たぶん五十匹ぐらい収納してあるんだけれど……」
「は??」
意味が分からない。
なんで五十匹も収納できるのか。どう考えてもおかしい。
「お金になるんだったら、今ここで出してもいい?」
そう言って、彼女は地面に手をかざす。
(なんだか嫌な予感がするんだけど……何をするつもりだろう?)
そんなことを思っていると、地面に突然真っ黒な空間が現れた。
ほとんど反射的に、その手を掴んで止める。
「ちょっとストップ! 良く分からないけどストップ!!」
なんだか見るからに怪しい雰囲気を感じたのだが。
「え?どうしたの?」
いや、どうしたの、じゃない。それはこっちのセリフだろ……
不思議そうに首を傾げている彼女の手を引いてギルドの裏口に回った。
◇◇◇
目の前に積みあがった魔物を見て、少し眩暈がしてきた。
一体何だろう、この大量の魔物は。
真っ黒な魔物が数十匹も積みあがっている様子は、地獄絵図のようだった。
(ああ、魔物の肉を取り扱ってくれるお店なんかは喜びそうだねぇ)
店長も、魔物肉の仕入れに苦労していると言っていたから在庫が増えて喜ぶかもしれない。
「というかそもそも、どうやってこの数の魔物を運んでるのさ。」
「だから、さっきも説明した通り、昨夜ダンジョンの中で魔物をたくさん倒したから、全部吸収して影収納を使って収納したんだよ?」
昨夜⁉
(ダンジョンって夜は立ち入り禁止じゃなかったっけ?)
夜のダンジョンは危険なので、入ってはいけないというルールがある。本来ならば先輩に報告するべきなのだろうが、俺はこいつらのパーティーの専属受付だ。初日からルール違反したことがバレたりしたら、俺まで叱られる可能性がある。
(もしかして、この魔物が普通のスモールドラゴンと違うのは、夜だったから強化されていたとか?)
ほとんど言い伝えのようなものだが、夜には魔物が強化されると聞いたことがある。
本当かどうか怪しい噂だが、試す奴はいない。真っ暗で足場の悪いのにダンジョンに入ろうとするような自殺行為を試すなんて、馬鹿か無謀な奴だけだ。
それに、収納したと言ったが、この数の魔物をどうやって収納したというのだろう。
「最悪だ……仕事が増えた。というか、数が多すぎない?」
全部数えてみたら、九十五匹もいた。確か、スモールドラゴンは一匹金貨十枚で取引されているはずだ。となると、金貨九百五十枚?
(下手な貴族の財産より多いことになるぞ? どう考えてもおかしいだろ……)
「私は、依頼書の通りにたくさん獲物を狩ってきただけだよ? 褒められこそすれ、叱られるいわれはないと思うんだけど?」
「だから、限度というものがあると、言っているでしょ!! 金貨950枚⁉ そんな額出せる訳ないよね⁉」
(まさか、冒険者ってこんな怪物ばっかりなの⁉)
実は、自分が知らなかっただけで冒険者と言うのはこんな怪物達の集まりなのかもしれない。
あまりの真実に、思わず茫然としてしまう。
今更、冒険者として生きていけるのか不安になって来た。登録初日の人がこんなに強いなら、俺なんてすぐに魔物に喰われて終わるのがオチじゃないだろうか……
「あ~。取り合えず、上の人と掛け合って、金貨80枚ぐらい出してもらえないか頼んでみるよ。それ以上はたぶん無理だと思う……」
嘘だ。これなら、一匹だけでも金貨80枚でも買い取る人がいるだろう。
正直、ぼったくりもいいところだ。
「でも依頼書には、一匹につき金貨十枚って書いてあるよ? もう少し出してくれてもいいんじゃない?」
「あのね、95匹もいっぺんに狩ってくる冒険者がいると思う?」
昔は商人だったせいか、値切るのは得意だ。
黒い笑みを見せると、彼女は渋々頷いた。
その時の俺は、まさか低価格で買わなければ良かったと後悔することになるとは、思いもしなかったのである。




