ルース視点 ギルド職員の慌ただしい日々 1
「ルース、いつまでサボっているんだ、早く仕事をしろ。」
「はーい。先輩。」
(ああ、面倒だなぁ。なんで俺がこんな仕事をしなきゃいけないんだろ。)
思わず悪態をつく。
俺は、つい最近働き始めた冒険者志望のギルド職員だ。親には実家の商店を継げと言われていたが、どうしても冒険者になりたかったため、親の反対を押し切って冒険者ギルドにやって来た。つい数か月前のことだ。
だが、ギルドについた俺は、未成年者はソロで冒険ができないことを知った。
未成年かつ親の同意も得ていない俺は、ひとまずお金を稼ぐためにギルド職員として働くことになった。
(羨ましいなぁ。俺も早く冒険者になりたいのに……)
同年代の人たちも、パーティーを組んでどんどんダンジョンに潜っていく。
対して俺は、こうしてだらだらと受付を続けている。
なんだか一人だけ置いてけぼりを食らっている感じがしてくるのだ。
「早く仕事終わらないかなぁ」
そんなことを考えていると、三人の冒険者達がギルド証を作りに来た。
青い髪をした少女(少女なのか微妙なところだが……)が、興味深そうに辺りを見回していた。
(珍しいね。余所者かなぁ)
この獣人国は国境が閉じているため、余所者はほとんど入ってこない。唯一の出入り口は竜神国との間にある森だが、そこも年中大雪が降っている。
(一応、忠告しておいた方がいいよね?)
この国の人たちは、余所者が入ってくることを嫌う。変に絡まれる可能性があるので、釘を刺しておいた。まあ、忠告してされたとしてもこの角を隠し通すことは難しいだろう。
その後、ギルド登録をしてもらった。
薄い銅の板を持てば、文字がゆっくりと浮かび上がる。ちなみに、犯罪者がギルド登録しようとしたりすると、ギルド証は真っ赤な色に染まる。そのためギルド証を作ったら確認のために絶対に職員に見せなくてはならないのだ。
渡されたギルド証をみて、俺は少し違和感を覚えた。
銅でできたカードに書かれたランクはF。これは全員共通だ。どれだけ強かろうが、魔力が多かろうが、全員同じランクになるよう設定されている。そして、その横には彼女が書いた名前、『ミロウ』という文字が刻まれている。
そこまでは、いつもの冒険者と同じだった。
だが、普通ならその下に書かれているはずのスキルや魔力量の欄が黒くなって読めなくなっている。
スキルとは、魔力持ちなら全員もっているものだ。彼女からは物凄い量の魔力を感じるので、恐らくスキルが表示されると思ったのだが……
またその後、他の二人もギルド証を登録してもらったが、それは普通の冒険者と変わらなかったようだ。二人とも少し珍しいスキルを持っているようだったが、色が黒くなることもなく普通に文字が読めている。
なぜ、一人だけこんな風に変なギルド証が出来上がったのだろうか?
ちなみに本人は全く気にしていないのか、それとも気づいていないのか、普通にギルド証を受け取っていた。
(魔術具の故障かなぁ。まあ、いいか。)
その時はまだ、彼女の異様さについて気にも留めていなかった。
◇◇◇
仕事が終わった後、ギルドのすぐ隣にある飲食店に向かった。探索を終えたばかりの冒険者達がちょうど帰っていく時間帯だったので、店内は結構空いていた。
カウンターの席に腰を掛けると、店長が水を出してくれた。
「ねぇ、聞いてよ店長。今日、変わった冒険者達がギルド登録に来てたんだよねぇ」
「へぇ。変わり者のお前がそんな風に言うだなんて、そいつはなかなか変人だったんじゃないか?」
まるで僕が変人みたいな反応に、思わず唇を尖らせる。
だが、実際に口には出さない。
この人は家出して来た俺を職が決まるまでしばらく泊めてくれたいい人だ。文句を言うわけにはいかない。
「なんかねぇ、異国の人みたいだったんだけど、頭に角がついていたんだよね。珍しいよねぇ。」
ギルド証についても少し気になることがあったが、人のギルド証のことを話すのは職員としてNGだ。気をつけなければならない。
「まあ、そんなに珍しい訳じゃないだろ。うちの店にも何人か異国の奴が働いているしな。」
「それは、昔からいる人たちの話でしょ? 今じゃもう、外の人は入って来れないはずなのに……」
まだ国境が開いていた十年前と違い、今はもう外の人が入って来ることはないはずなのだが。……本当に、さっきの人たちはどうやって国境を越えて来たのだろうか。
「まあまあ、あまり難しいなことは考えずに、これでも食え。」
そういって、店長は魔物肉の照り焼きを出してくれた。
「それもそうだね……考えても仕方がないか。」
出してもらった魔物の肉を噛むと、じゅわっと肉汁が溢れてくる。
やっぱりこの店の出す食事は美味しい。店長の腕がいいのもそうだが、食材にもこだわっているのだ。普通の飲食店と違い、魔物の肉を使っている。
こんなに美味しい魔物の肉は、下層からしか取れないはずだ。
ここの近くのダンジョンは縦ではなく横に伸びていて、エリアの面積が広い。この肉は恐らく、第三層辺りから取って来たものなのではないだろうか。
第三層は初心者が入れる場所ではない。おそらく上位の冒険者がとって来たに違いない。
そんな強い冒険者に対して憧れと……少々妬ましさも感じてしまう。
「俺、いつになったら冒険者になれるんだろ……」
思わず、そんなことを考えてしまう。
「ん? 成人する頃にはなれるんじゃないか?」
店長は気遣うようにそう言うが、俺はその言葉に寧ろ憂鬱になった。
(成人って、そんなに待たなきゃダメなの?)
獣人の平均寿命は、他の種族より短いのだ。この調子ならすぐに人生が終わってしまう。
「まあ、あまり焦って潜るのも良くないぞ? 冒険者は危険な職だからな。」
確かに、それもそうだ。焦って潜る方法を考えるより、今はダンジョンに入るための準備をしている方が大切だろう。
(早く家に帰って、魔物の攻略法でも調べようかな。)
ちゃんと勉強して知識をつければ、冒険者としてリードできるはずだ。
今日はなるべく早く家に帰るとしよう。
「店長、ホーンラビットの包み焼き一つちょうだい。持ち帰りでね。」
急かすように言ったら、彼は少し寂しそうな表情を浮かべた。
「ん? なんだ、もう帰るのか? どうせならゆっくり食べていけばいいだろ?」
「一応これでもギルド職員だからね。家に持ち帰る仕事もあるし。それに、あいつが帰ってきたら面倒だから。」
ちょうどその時、入り口の呼び鈴がチリンと鳴った。
「あら、ルース。久しぶりじゃない。いったい何しに帰ってきたの?」
「げっ!!」
後ろから聞こえて来たその声に、思わず顔を顰めてしまう。
振り返れば、ピンクブロンドの髪を三つ編みに結んだ少女が立っていた。頭を隠すように、深く帽子を被っている。
「『げっ』じゃないわよ。馬鹿。あなた、ギルド職員として働き始めたんじゃなかったの? いつまでここに居候するつもり?」
「違うよ。今回は居候じゃないって。ちゃんと客として来てるんだから。」
「そう言って夕飯はただで食べようって魂胆なんじゃない? 相変わらず意地汚いんだから……」
彼女は十年も前に、怪我して道端に倒れていたのを店長が助けたらしい。この店で働いていて、いつも俺を子供扱いしてくる。
「さっきの会話、外まで聞こえて来たわよ。全く、早く両親と仲直りして冒険者になる許可を貰ったら? きっと心配されてるわよ。」
「うるさいよ。あと、頭なでないで!!」
俺の髪をわしゃわしゃと撫でる彼女を睨みつけると、店長が微笑ましいものを見るような目でこっちを見た。
「二人とも、仲が良いなぁ」
「仲良くないって!」「仲良くないわよ!」
すると、店長はさらに笑みを深めた。
何となくイラッと来たので、思わず睨んでしまう。
だが、店長が仕事中にこんなに話しかけてくるのは久しぶりだ。仕事が終わった後なんて、いつもは疲れて上の階に戻って豪快に寝転がってるのに。
「そういえば店長、今日はなかなか上機嫌だねぇ。……もしかして、なんかいいことでもあったの?」
「ん? ああ。実は、さっき来た客がこんなものを置いて行ったんだ。」
そう言って、彼はカウンター席に金色の何かを乗せた。
身を乗り出して観察してみると、高そうな時計がある。
「ふぅん。なかなか凝ったデザインだね。あんまり見たことがないや。」
実家が商店だったからか、一応物の価値を見分ける目は持っている。
その時計が素人の作ったようなお粗末な品ではないことはすぐに分かった。
(お忍びできたどこかのお貴族様かなんかが、気まぐれで置いて行ったのか?)
「実はこれ、ただの時計じゃないんだ。ほら、裏側を見てくれ。」
店長は得意げな表情で言う。
(裏側? 何かあるのだろうか?)
ひっくり返してみると、そこには普段仕事で見慣れた冒険者ギルドの紋章が入っていた。ただ、いつもと違う点が一つ、そこに書かれていた文字は冒険者の頂点である、S級冒険者の紋章だったのだ。
「へ?」
思考が停止する。
S級冒険者の紋章なんて、めったに見られるものではない。付与魔法などの複雑な魔術を駆使して作られていて、各冒険者たちに贈られる特注品だ。さらには、持ち主本人にしか使うことができないような仕組みになっているらしく、それを持つことは全世界の冒険者たちの憧れである。
「嘘だろ……普通、S級冒険者が紋章を置いて行ったりするか……? いったいどこのどいつだよ……」
思わず目を疑ってしまう。
そもそも、冒険者の紋章を他人に渡すのはルール違反だ。一応悪用できないようにはなっているとは言っても、おいそれと人に渡していいものではない。
「これ、本物なの? 凄いわね。」
いつの間にか荷物を置いて俺の隣に座った彼女は、金の懐中時計を片手で持ち上げて光にかざす。金色の時計が光に反射してキラキラと光った。
「ああ。売りに出そうと思っているんだが、どう思う?」
「どうしても売りたいなら好きにすればいいと思うけど、こんなものを平凡な飲食店の店長が売り出したら、『どこで盗んできたのか』って聞かれて……最悪の場合捕まって牢屋行きだと思うけど?」
俺の言葉に、店主の顔がサアッと青ざめる。
「じゃあこれ、私が貰ってもいい?」
彼女は手に持った時計を見ながら、目を輝かせる。
冒険者証は他人に使われることがないように術が施されているため、この時計の使い道はほとんどないだろうに……
「もしかして、冒険者に興味あるの?」
それなら、俺がパーティーを組んであげてもいいかもしれない。そう思ったが、彼女は俺の考えていることを読んだ様にニコリと笑った。
「もしかして、私が一緒にパーティーを組んでくれるとでも思った? 残念だけど、お断りよ。」
「げっ。」
これでも、彼女は一応成人している。成人している人が一人もいれば、未成年でもダンジョンに潜れるだろう、と思ったが……そう上手くは行かないようだ。
「じゃあ、なんでその時計が欲しいのさ。別に使い道なんてないよね?」
「昔、S級冒険者になりたいって言っていた友人がいたのよね。だから、少しだけ冒険者という職業に憧れがあるの。」
なるほど、通りで冒険者証を見て目を輝かせたわけだ。
「へぇ。まさか友人がいるとは思わなかったなぁ」
「へぇ。ルースは私に友人なんている訳ないと思っていたんだ……ひどいわね。」
あえて俺の口調を真似て揶揄するように言われて、ちょっぴり腹が立つ。
「じゃあ、もう帰るね。……店長、ホーンラビット焼けた?」
「ああ。今持ってくる。」
店長は店の奥に歩いていく。
彼が店の奥まで歩いていくのを見て、俺は彼女に小さな声で言った。
「いつか、俺はS級冒険者になって世界で一番強くなるんだからね。だから、それまでここで待っててよ。」
いつもみたいに、『あなたには無理に決まってるじゃない』と小馬鹿にしたような声で笑われると思ったが、彼女は驚いたように目を見張った。
意外な反応に、思わずこっちも驚いてしまう。
「何? どうしたのさ。」
「いや……私の幼馴染と同じことを言うものだから驚いて。」
彼女はクスリと笑った。
「幼馴染?」
そう言えば、彼女がこの店で働き始めるより前の話は、聞いたことがない。まさか、仲の良い幼馴染がいるとは思わなかった。
さっき言っていた友人のことだろうか。
一体誰のことを話しているのか聞こうとしたら、店の奥から足音が聞こえて来た。
「ほらよ。ホーンラビットの包み焼き。一人分だ。」
そう言って、店長は俺の目の前に焼き立てのパイを置く。
彼は俺と彼女を交互に見た後、からかうように俺を見て笑った。
「お? どうしたんだ、ルース。また振られたのか? 可哀そうに。」
店長は笑いながら俺の背中をバンバン叩く。
「煩いって。別に、告白なんてしてないから。……というかまたってなんだよ!? 俺が何回も振られてるみたいじゃないか!」
何を突然言い出すんだか。変なことを言うのはやめて欲しい。
俺の背中を楽しそうに叩き続ける店長を見て、彼女は再びクスリと笑った。
「……元気にしてるかなぁ。マリンちゃん。」
彼女が小さな声で何かを呟いたが、店長の豪快な笑い声にかき消されて何も聞こえなかった。




