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第六皇子エスクード 2

 しばらくして、俺はレアルドの様子がおかしいことに気が付いた。

 時々、人目を盗んで城から抜け出すことが多くなったのだ。


 元々レアルドは放って置かれていたので、いなくなっても気づく人は少ない。

 正直なところ、誰も気にも留めていなかったのだろう。


 こっそり後をつけてみたところ、あいつが冒険者ギルドに入っていく所を見た。


(強くなろうと訓練でも始めたのか?)

 まあ、いくら努力したところで兄妹達には敵わないだろう。


 シリング兄上はいくつもの大会で勝利を収めた実力者で、かなり剣が強い。魔法にしても、クローネは強い雷魔法の使い手だ。レアルドが彼らに敵うとは、とても思えない。


 そう思っていたら、あいつはたった一人でダンジョンの中に入って行った。

 俺は目を丸くする。


(まさか、ソロでダンジョンに潜るつもりか⁉)


 元々、ソロで冒険者をしている人は少ない。


 魔物は死角から襲い掛かってくることが良くあるので、様々な方向を見渡せて異常にすぐ気が付けるように、ほとんどの人はパーティーを組んで行動している。だがそれにはデメリットもあり、パーティーを組んで行動することで一人当たりの報酬が減ってしまう。そのため、ランク上位の冒険者たちはソロで行動するものも多い。


 もしかしたら、レアルドはいつの間にか上位の冒険者になっていたのかもしれない。そんな考えが頭によぎったが、俺はすぐにそれを否定した。


(いや、あり得ない。レアルドが本当は強いと仮定して、なんでドラクマゴナに殴られ続けているんだ?)


 戦えるなら、今頃ドラクマゴナを打ち負かしているだろう。

 いつも黙って蹴られているレアルドが強いとはとても思えない。


(恐らく、無謀なだけだな。)

 そこまで必死になって功績を上げなければいけないなんて可哀そうに。

 すぐに、魔物に手でも食われて帰って来るだろう。


 だが、そんな予想は裏切られた。


 レアルドは何日経っても、変わらずにダンジョンに潜り続けていた。

 それも、無傷のまま。


 おかしい。

 よほど運がいいか……それとも本当は強いのか。


(いや、運がいいだけに決まっている。)

 どうしても、認めたくなかった。俺があいつに、負けている部分があるなんて。


 しばらくして、レアルドの試験があった。この帝国では、王族として生まれたからには王から出される試験を乗り越えなくてはならない。


『はは。だってそうだろ。あの出来損ないがダンジョンの四十層まで潜れるわけないだろ?……なあ、そうは思わないか、エスクード』


 ドラクマゴナは、自信満々に椅子に座ってふんぞり返った。


『ドラク、あまりレアルドのことを悪く言うのはやめてくれ。腹違いとは言えど私にとっては大事な弟だったんだ。』

 表面上は、レアルドを心配するような言葉を言う。


 だが、内心はどうでも良かった。

 レアルドがいなくなろうと、俺にとっては興味がない。


 どうせ帰っては来れないだろうが、別に悲しむことも、憐れむことも何もない。


 そんなことを考えていると、ありえないことが起きた。


 レアルドが、試験を終えて帰ってきたのだ。


 目を疑った。

 レアルドはダンジョンの四十層に生える幻の花を採集するという課題を出されたそうだ。

 とても、たった一人で採集できるようなものではない。


 金を積んで他の冒険者に取りに行かせた可能性も考えたが、冒険者は高給取りだ。動かすにはまとまった額の金が要る。レアルドはそれだけの金は持っていないだろう。


(もしかしたらレアルドは、何かを隠しているんじゃないだろうか。)

 レアルドの行動が気になっていた矢先、ドラクマゴナが偶然にも城を出て行くレアルドを見つけた。


『よし。後をつけるぞ。』

 ドラクマゴナは、出て行くレアルドを見るなり言った。


 俺は、やめたほうがいいとドラクマゴナを止める素振りをしたが、内心ではレアルドが何をしているのか気になって仕方がなかった。

 尾行に反対しているようなふりをしつつ、俺は兄妹達に付いて行った。


 だが、俺は知らなかった。

 その道が、破滅に続いているだなんて。



 ダンジョンの中にある、巨大な城。

 そこでドラクマゴナは宙に吊るされ、俺たちは必死の思いで逃げ帰った。

 数日経っても、ドラクマゴナが帰ってくることはなかった。


 そして、不幸は立て続けに襲った。

 ダンジョンの中から突然現れた巨大なドラゴンにより、俺たちの軍はほとんど壊滅状態となった。

 さらには他国から脅され、王族を数人送るようにと言われた。


 軍を失った今、他国の軍がこの国に攻め入ってくれば、すぐにここは火の海になるだろう。それは、政治に疎い自分でも良く分かった。


 それから数日後、俺は父上に呼び出された。

『エスクード。獣人国に行って来てくれるか?』


 獣人国とは、森の奥にある秘境の地。

 根強い差別が残っている場所として有名だ。


 なんでも、獣人族は人間族を嫌っていて、もし立ち入ろうとでもすれば奴隷にされてしまうとか。


 嫌だと言っても誰も聞き入れてはくれず、いつの間にか馬車に乗せられて獣人国に送られてしまった。だが、俺は王族だ。人質に使えるような大事な駒を使い捨てるような真似はしないに決まっている。そんなことを思っていたが、現実は残酷だった。


 手錠を嵌められたまま当主の館に連れられた俺は、薄暗い牢屋のような場所で働かされた。

 やらされた仕事は、巨大な魔道具に魔力をこめる仕事だ。数十人の奴隷たちが日々連れてこられて、順番に魔力を入れていく。魔道具に注いだ魔力は、魔物を強化するために使われるそうだ。


 逆らえばどんなことになるか、想像もつかなかったので、俺はひとまず従うことにした。

 

 しばらくして、俺は管理人に呼び出された。

 彼は当主の側近で、奴隷を管理する役目を担っているらしい。

 時々奴隷の様子を見に来ては、使えない奴隷を処分していく。処分された奴隷がどんな目に合ったのかは知らない。緊張しながら呼ばれた場所に向かうと、彼は詰まらなさそうな目で俺を見た。


『はぁ。とんだ期待外れでしたね。王族だから魔力が多いと思ってせっかく取り寄せたのに、無駄骨でした。』


『な、なんだと⁉』

 あまりの言葉に、思わず逆上してしまう。

 ほとんど強制的にここに連れてこられたのに、そんなことを言われる筋合いはないだろう。


 だがその瞬間、彼の後ろに並んだ魔物達がギロリとこっちを睨んだ。

 その恐ろしさに、思わず息を吞む。


『まぁ、せっかく手に入れた奴隷ですから、売りに出してみましょうかね。』


 そして、俺は奴隷商に連れて行かれた。

 奴隷商での扱いも、散々なものだった。狭い檻のような場所に閉じ込められて、ほとんど栄養のない食事が一日一食与えられる。王族だった頃の豪勢な食事が恋しくてたまらなかった。


 数日後、俺は冒険者に買われることとなった。


 彼らが俺を買うのに掛けた金はたったの銀貨三枚。王族だった時は、普段から飲んでいる水一杯でそれと同じ値段だった。


 自分が水一杯の値段で取引される様子を、ただ茫然と眺めていた。


 そして、俺は運び屋として使われることになった。


 剣士のゲイドに、魔法使いのリュナ。

 彼らは俺を買った冒険者で、働かないとすぐに蹴ったり殴ったりしてくる。他のメンバーも、暴力は振るわないものの見下したように睨んでくる。


(俺は、王族なのに……)

 なんで、こんな目に合わなくてはならないんだろう。


 必死に荷物を運んでいたら、四人組の冒険者パーティーとすれ違った。


 そのうちの一人は、茶髪に長いポニーテールをしていて、なぜかダンジョンの中なのに関わらずメイドのような服を着ていた。


 彼女を見て、俺は数か月前のことを思い出す。


 レアルドを尾行してダンジョンの中に入っていった日、確かこのような姿をした女が現れてドラクマゴナを紐で吊るしたのだった。


 そうだ、そのせいでドラクマゴナが帰って来なくなって……それがなければ俺がこんな目に合うこともなかったのだろう。


「レアルドだ。……全部、レアルドのせいだ。」

 絶対に、許せない。次会ったら、復讐する。


 ゲイドに殴られ、引きずられながら、俺はそう思った。



 ◇◇◇



 獣人国の館。

 そこには、常に数十人の人間の奴隷が収容されている。

 その廊下を、音を立て歩く一人の男がいた。


「当主様、ご報告に上がりました。」

 すると、目の前の扉がひとりでに動いて開く。


「入れ。」

「失礼します。」

 男は一つ礼をして、中へと足を踏み入れた。


「それで、進捗はどうだ?」

「何事も恙なく。……魔力も順調に集まっております。」


「そうか。ならいい。……ところで、この前捕まえた王族はどうなったのか?」

 その言葉に、男は肩をすくめる。


「ああ。そのことですか。魔力も少なく、全然使い物になりませんでしたね。試しに売りにも出してみましたが、利用価値がないとのことですぐに帰ってきました。」


「そうか。とんだ期待外れだな。」

「ええ。全くです。」


「だが、もう問題ない。俺の娘がこの国に帰って来たそうだからな。」

 その言葉に、男は意外そうに目を見開いた。


「当主様の御息女と言えば……マイリン様のことですか?」

「ああ。()()は魔力量だけは多いからな。利用価値は十分だろう。」


 当主は立ち上がると、窓に手をかざす。

 ガチャリと音がして、窓がひとりでに開いた。


「マイリンが帰ってくれば、ようやく魔力が満ちる……やっと、やっと憎きカーレディアの人間どもを滅ぼす時が来たな。」


「ええ。楽しみですね、当主様。」

 彼らは笑いながら、闇に包まれた空を見上げる。

 その瞳は、狂気を宿したように爛々と輝いていた。


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