人違い?
足音を立てないように気をつけながら、ダンジョンの中を駆け抜ける。
私は奴隷の中でも身軽で足が素早いので、戦闘奴隷として使われることが多かった。しかし攻撃力はほとんどないに等しいので、基本的に囮役や、倒した魔物を運ぶ役をやらされていた。
つまり、魔物に出くわしたらすぐに食べられて終わりだろう。
(任務を達成するために、絶対に魔物に見つからないようにしないと……)
夜のダンジョンは本当に危険だ。私は夜目が利く方なのでまだましだが、普通の冒険者はそもそも暗闇の中で道が分からないので、進んで行くことは不可能だだろう。
天井から薄っすらと零れる月明りを頼りに進む。
その瞬間、辺りに影が落ちた。
「え……?」
恐る恐る振り向く。
闇に紛れて巨大な魔物がこっちを見ていた。
(み、見つかった……)
地面を蹴って、必死に走る。
恐らく夜行型の魔物だ。闇に紛れようともすぐに見つかってしまうに違いない。
辺りを見回すと、近くに岩陰があった。慌ててそこに入り込む。体を縮こまらせて魔物が去るのを待つことにした。
(もし見つかったら、一巻の終わりだ……)
溢れそうになった涙を抑え、息を殺す。
その瞬間、静寂を切り裂くような声が聞こえて来た。
まるで断末魔のようなその声は、さっき私を追いかけて来た魔物のものだった。
「な、なに?」
震える手で口を押えながら、悲鳴を必死にこらえる。
冷たい汗が一滴、頬をつたった。
恐る恐る後ろを振り向くと、さっきの魔物が干からびたようになって倒れていた。
その上に座りこんでいる人を見て、私は目を見開いた。
(目が、光ってる……)
月明りの下、赤い瞳が二つ、ゆらゆらと揺れていた。暗闇の中であるにかかわらず、その目は魔力を通して透き通ったように光っていた。まるで、さっきの魔物のように。
赤い瞳、そして物凄い量の魔力。
マリンお嬢様、なのだろうか?
任務を達成するために、必ずお屋敷にお連れしないと……
震える手を恐怖で握りしめて、前に進んで行った。
◇◇◇
う~ん。削除されたデータ。
どんな内容か気になるけど……
(もし変な称号だったら嫌だからなぁ……)
前回の『魔物に食われしもの』みたいな変な称号は欲しくない。あんな称号だったらもらわないほうがましだった。
(もしかしたら、あんまり変な称号で、無意識のうちに記憶から封印していたのかな……)
ああ、うん。それはありそうだ。
もしかしたらいつの間にか削除してしまったのかもしれないし、あまり気にしないのが一番だ。
私は✕のボタンを押して【称号】の画面を閉じる。
いつものステータス画面に戻った。
そう言えば私、あまりステータスを確認していなかったっけ。
これを機に、せっかくだから画面に書かれた数字をいろいろ見てみよう。
レベルや属性などが書かれた画面の下に、魔力量のゲージがあった。
「あれ、結構、魔力が増えてる」
右下の魔力について書かれたゲージを見て目を見開いた。
竜神国で食べた竜のせいで、私の魔力は物凄い量になっていた。
このままだと、いつ魔力が溢れてもおかしくはない。
(う~ん。どうにかして、魔力を溜めておきたいんだけど……)
そこで私は、魔力を溜めるのにうってつけの道具を思い出した。
(あ、そう言えば、あの剣に魔力を注ぐの忘れていたね。)
首にかかったネックレスを外す。
しばらく魔力を籠めてないからか、物凄く小さくなっていた。小指の先っぽぐらいのサイズだ。
両手で握って、ゆっくりと魔力を籠めていく。
白竜から手に入れた大量の魔力を通すと、剣はかなり成長した。
一応短剣と呼べなくもないだろう。何とか腰にさせそうなサイズだ。
他にも変化がないか観察してみると、剣の中心にある魔石部分が変化していることが分かった。
(あれ? 魔石が増えてる?)
さっきまでは青と黒の魔石しかなかったのに、その隣に白の魔石が増えていた。
(もしかして、送り込んだ魔力の属性によって石が増えていく感じかな?)
確かに、私は二匹の竜を摂りこんで属性が増えたばかりだ。この調子で増やしていけば、いつか魔石が揃う日が来るかもしれない。
その瞬間、暗闇の中から声を掛けられた。
「マリンお嬢様、ですか?」
突然のことに慌てて身構えると、そこには小さな少女が立っていた。
七、八歳だろうか?
墨で濡らしたような薄暗い髪は、背景の色に溶け込んでいる。
(誰だろう。夜のダンジョンは人が少ないはずなのに……)
ダンジョンに住んでいたから知っているが、夜に人が現れたことはほとんどない。暗いせいなのかあまり人が立ち入らず、一人で狩りができる。
だからこそ、夜のダンジョンは私が一番落ち着く場所であった。
そんな中、突然現れた少女に、私は思わず警戒してしまう。
「お願いがあります。……私と一緒に来てもらえませんか?」
その頼みに、私は首を傾げた。
「え? どうして?」
「当主様がお呼びなのです。」
「当主?」
誰のことだろう。
首を傾げていると、彼女はなぜか震えたように頭を下げた。
「大変不敬なのはわかっております。ですが、私の命がかかっているのです」
「はい?」
命がかかっているって、何?
「お願いします。マリンお嬢様……」
(いやいや。マリンって誰?)
私の名前はミロウだし、マリンという名前の人なんて聞いたことがない。訂正した方がいいだろうか?
そう考えて、私ははっとした。
(そう言えば、私って捨てられたんだったっけ? その人が親だったりすること、あるのかな?)
可能性としてはないとは言い切れない。私、親の顔も覚えていないし。
それに今の名前は私が勝手に自分で名付けたものだ。もしかしたら本当はマリンっていう名前なのかもしれない。
(会ってみても、いいかもしれない……)




