ミロウを尾行してみた。2
「ねぇ、レド。取引をしない?」
その言葉に、思わず身構える。
一方で、マイリンは楽しそうに笑みを深めた。
「大丈夫よ。大した事じゃないから。ちょっとだけ、私に協力してくれればそれでいいわ。」
「お前のような人間の‟大丈夫”という言葉が一番信用できないと思うのだが。」
手に持った剣に力を籠め、魔力を通した。
これでいつ攻撃されても反応できる。
「酷いわねぇ。そんなこと言ったら傷ついちゃうわ、私。」
マイリンはわざとらしく悲しそうな顔を浮かべた。本当に胡散臭い。
「別に信用できないならそれでいいわよ。……でもね、私をここで倒しても、メリットはあまりないと思うわ。むしろ、ミロウちゃんを悲しませるだけなんじゃないかしら。」
「……どういう意味だ?」
少し動揺して、手がピクリと動いてしまう。
「私、さっきミロウちゃんと仲良くなったのよ。パーティーを組む約束までしたのに、突然いなくなったら、ミロウちゃんは悲しむんじゃないの?」
「は? 出会ってすぐの人間がいなくなっても、普通は悲しまないだろ?」
そうは言いつつ、俺は顔を顰めた。
――確かにマイリンの言う通りだ。
ミロウ様は出会って数日の人間だったとしても、いなくなったら心配してしまうだろう。彼女はいろいろなことに無頓着なようにも見えるが、実際のところ結構心配性な部分もある。
そんなミロウ様が、パーティーを組む約束をしていた人が突然いなくなったら心配するに違いない。マイリンを陰で処分するというのは選択肢から除外した方がいいだろう。
それならば、マイリンの言う‟取引”とやらに乗ってみるという選択肢も残る。
しかし、不安も大きい。
俺の心を読んだのか、マイリンは安心させるようにニコリと笑った。
「私の頼みを聞いてくれれば、ミロウちゃんに危害を加えるようなことはしないわよ。約束するわ。」
「お前のことを信じられると思うか?」
「そんなに信じられないなら、ブラウスを人質にすればいいわ。私があなたを裏切ったら、ブラウスを殺せばいいでしょう?」
その言葉に、後ろにこそこそ隠れていたブラウスが「ヒッ」と息を吞む。
「お前がそいつのことを見殺しにする可能性だってあるだろ?」
「それは絶対にないわ。私の大切な冒険仲間だもの。」
(大切な冒険者仲間なら、人質に差し出したりしないだろ……)
まさかとは思うが、人質にするためだけにわざわざ獣人国まで連れて来たとかではないだろうな。一体どこまで先を読んでるんだ……
「で、先に教えろ。お前の目的はなんだ?」
「せっかちね。まぁ、話が早くて助かるけれど。」
マイリンは一つため息をついた。
そして、何かを思い出すように虚空を見つめる。
どこからともかく風が吹いてきて、彼女の髪がゆらりと揺れた。
「殺したい人がいるの。」
その時、丁度雲が晴れ、雲の切れ目から満月が顔を出した。
マイリンの赤い瞳が、月光に揺れるように静かに揺らめいた。
◇◇◇
月が出て来たおかげで、前が見やすくなった。
私はスキップしながら歩いていく。
後ろから、リリサとエイスが着いてくる。
「ミロウ様、こんな時間にどこへ向かっているのですか?」
「ん? ダンジョンだよ」
「それは、向かっている方向からして何となく分かりますけれど。……なぜダンジョンへ向かっているのですか?しかもこんな真夜中に。」
「いや。実は深い事情があって……」
「なんの事情だ? ダンジョンに行きたいなら、明日パーティーを組む時に行けばいいだろ。」
ジトッとした目をこっちに向けられる。
だが、本当に深刻な問題があるのだ。
「実は……お金がなくなっちゃったんだよ。」
私は肩を落とした。
「お金、ですか?」
「うん。もう、宿に泊まるお金がないんだよ。こうなったらダンジョンに泊まって自給自足するしかないかと思って。」
「いや、なんで宿に泊まるお金がなかったらダンジョンに住むという発想になるんだ?」
エイスの鋭いツッコミが入る。
「そう言えば、この前持っていた金時計はどうしたんですか?あれを売ればいいんじゃ……」
リリサは首を傾げた。
「食事代が払えなかったから、さっきのお店の人に渡しちゃった。」
「え⁉ 良かったのですか? あれは確か、お金になりそうだから換金するって言っていませんでしたか?」
リリサが目を丸くする。
「うん。でも、背に腹は代えられないよ。捕まるのは嫌だし……」
金時計が売られることと私が捕まること。
どっちの方が危機かと言えば絶対に後者だろう。
「まあ、アンドリューさんには後で謝ればいいでしょ。」
(さすがに、獣人国までは追ってこないだろうしね。)
ウォードライト帝国からここに来るには、国境を二つ渡らなければならない。
そこまでして時計を取りに来るようなことはないだろう。
絶対に問題ないと判断した私は、自信満々に宣言した。
その瞬間、背後から声が聞こえて来た。
「久しぶりだね、ミロウ。なんの話をしてたんだい?」
一瞬、時間が止まったかと思った。
そこに立っていたのは、アンドリュー・ルールベルト。
絶対に会いたくないと思っていた借金取り、そして懐中時計の持ち主、その人だった。
「も、申し訳ありませんでした!!」
私は全身全霊の土下座をする。
レアルドがマイリンと腹の探り合いをしている中、こっちもこっちで修羅場と化していた。




