ミロウを尾行してみた。1
◇◇◇
獣人国へついて数日後、俺達はミロウ様を探し回っていた。
薄く魔力の膜を地面に張って、魔力反応を追跡する。
この方法を使えば、ミロウ様は魔力が多いからいつか見つかるはずだ。
そろそろ食事を取ろうと思っていた頃、巨大な魔力反応を見つけた。
木でできた建物の上を走りながら移動して行くと、冒険者ギルドがあった。冒険者は魔力の高い者が多い。もしかしたら、冒険者たちの魔力を検知しただけだったのかもしれない。
諦めて別の場所に向かおうとしたその時、瑠璃色の髪が目に入った。
「あれは…… もしかしてミロウじゃないか?」
アンドリューが屋根の上から身を乗り出す。
身体強化して目を良く凝らす。すると、頭の上に黒い角が二つ生えているのが見えた。
間違いない。ミロウ様だ。
駆け寄ろうとしたその瞬間、ミロウ様の後を着いていく二人の冒険者を見つけた。
思わず身構える。
そこにいたのは、見覚えのある冒険者だったからだ。
マイリンとブラウス。
冒険者の先輩だ。一体何の事情で獣人国に来たのだろうか。もし依頼を受けたからという理由だけならいいのだが、それならわざわざミロウ様と会う必要はないだろう。だからと言って、つい数日前に竜神国にいた二人がこっちにいるというのは考えづらい。
何を考えているのだろうか。
走り出そうとするアンドリューの袖を引っ張って止める。
アンドリューは迷惑そうに俺を睨んだ。
「おい、何をするんだ? せっかくミロウを見つけたんだぞ!! 手を放せ!!」
「落ち着け。いったん様子を見よう。急に出てもミロウ様を驚かせるだけだ。ゆっくり後からついて行くぞ。」
その瞬間、アンドリューは目を輝かせた。
「なるほど。ミロウを尾行するのか。なかなか面白いものが見れそうだな。」
(ダメだ、こいつ)
物事を面白いか面白くないでしか判断していない。そう言えば、こういうやつだった。話が絶望的なまでに通じないのだ。
こいつが面白そうだと思えば、ドラゴンを乗り回して遊び始めるだろうし、なんならダンジョンに住むこともできるんじゃないだろうか。
まぁ、流石にミロウ様のようにダンジョンに巨大な城(本人は宿だと思っているらしい)を作るほどのことはできないだろうが。
「わくわくして来たな!」
アンドリューはまるで少年のようにはしゃぎながら建物の上を移動して行く。こいつは、一度楽しくなったら何を言っても聞かないタイプだ。今更止めても無駄だろう。諦めて一緒についていくことにした。
ミロウ達はしばらく歩いた後、料理店に入っていった。
ずいぶんと高そうな店だ。魔物の匂いがしてくるので、ダンジョン素材専門の店なのだろうか。
ダンジョンの近くには、魔物の素材やドロップ品を使った店などが並んでいることが多い。恐らくこの店もその一つなのだろう。だが、辺りを見回すと、いくつか魔物素材を使った店が並んでいる。
(何か、違和感があるな。)
一つのダンジョンから、これほど多くの魔物素材が取れるだろうか。
いくら腕のいい冒険者がたくさんいたとしても、ダンジョンから素材を運んでくるのはかなりの手間だ。それなのに、これほど魔物の食材や素材を使った店があることに少し違和感を感じた。
(運び屋が多いのか?)
‟運び屋”というのは、ダンジョンの中から荷物を運んでくることが専門の作業員のことだ。地味で目立たない仕事だが、そこそこに儲かる仕事だ。何せ、探索者に依頼されて、ダンジョンの外に素材を持ち出すだけで報酬がもらえるのだ。戦闘能力がなくてもできるところが人気だ。
だがもちろん、デメリットもある。運が悪く素材を運んでいる途中で魔物に出くわしたりすると、ほとんどの確率で逃げ切れない。そのために、運び屋は収入が多く入る仕事であるが、その割に志願者は少なくなっている。
だからこそ、冒険者の多くはダンジョンで狩った魔物の肉は持ち帰らずにそのまま持っていく。高い金を払って運び屋に肉を運んでもらうよりも、ドロップ品を持ち帰って確実に利益を得た方が楽だからだ。
それなのにも関わらず、こんな街中の店で魔物の肉が売られているというのは極めて稀だ。そこに少し違和感を覚える。
「店の中の様子は分かるか?」
アンドリューに言われて、目を強化して窓の隙間から店の中を覗き込むと、ミロウ様が店主に呼び止められているのが見えた。なんだか話し込んでいる。ミロウは慌てたようにカバンを確認しているが、中には何も入っていないようだ。
(ま、まさか金貨を持ってないのか……)
はらはらしながら見ていると、ミロウ様は金色の時計を取り出した。
「おい。ちょっと待て!! お前の金時計が売られているぞ、アンドリュー!!」
ミロウ様が笑顔で時計を店主に渡していた。
恐らくお金を用意するのを忘れて考えた結果、そうなったのだろう。
しかし、アンドリューの金時計は普通の時計ではない。Sランクの紋章が入った特別なものだ。あれを金代わりに支払う人間なんて普通はいない。まさかミロウ様は、あの時計の価値を知らないのではないだろうか?
「今なら止められると思うが……どうするんだ?」
俺は振り返ってアンドリューを見る。だがなぜか、彼は嬉しそうな笑みを浮かべていた。
「ミロウのためになったのならそれでいい。むしろそんなことで役に立てるのであれば安いぐらいだ」
(それでいいのか⁉ アンドリュー!!)
これでお前、Fランク冒険者からやり直さなければならないことが確定したんだぞ……
だがまあ、本人がそれでいいというのなら、別にいいか。
アンドリューはそういうやつだった。あまり気にしないでおこう。
そう思って再びミロウ様の方を見ると、マイリン達と別れてどこかへ歩いていくのが見えた。
「二手に分かれるようだな。お前はミロウ様を追え。俺はマイリン達を追う。」
「ああ。任せておけ!!」
そう言って、俺たちは二手に分かれて歩き出した。
嬉しそうにミロウ様の後を追うアンドリューを見ながら、俺は静かにマイリンとブラウスを尾行した。
マイリン達はしばらく歩いた後、近くにあった宿に入っていく。
こっそりと、窓の外から様子を窺う。
ブラウスは部屋に入るなり、地面に座り込んだ。
何かをぶつぶつと呟いているように見える。
身体強化で聴覚を強化して、声を聞き取る。
「絶対に無理だろう、あんな化け物を討伐するなんて……」
化け物? 何の話だ?
ミロウ様に関係することなら、情報を聞き出した方がいいか。
俺は屋根を移動して、窓枠に座り込んだ。
「へぇ。それはどういう事だ、ブラウス?」
部屋に侵入して問いかけると、ブラウスが息を吞む声が聞こえた。
(ずいぶん動揺しているな……)
もしこいつがミロウ様の害になるのなら、すぐに処分する。
「た、頼む。見逃してくれ。」
「何をだ?」
見逃してくれというのは、自分で何か悪いことをしていると白状するようなものだろう。馬鹿なのか?
「そう言えば、お前はなんで獣人国にいる?」
「お、俺だって来たくて来てるわけじゃないんだよ。指名依頼を受けたんだ……」
「指名依頼? 誰にだ?」
「竜神国の王子にだよ! あのミロウってやつを捕まえて来いって……」
その言葉に、俺は苛立ちを覚えた。
ミロウ様を、捕まえる? そんなことできる訳がないし、
「へぇ~。つまりお前は、ミロウ様を害する敵ということか。」
ブラウスの顔が蒼白くなる。
だが、ミロウ様の敵に手加減をする必要はない。
左手に忍ばせておいた短刀を投げる。
だがそれは、ブラウスに当たる前に音を立てて弾けた。
「久しぶりね。なんでうちのブラウスちゃんをいじめてくれているのかしら? 先輩をもっと敬いなさい。」
声のした方を見ると、血で染まったような赤い髪が見えた。
「……マイリンか。」
厄介な相手が来たものだ。確実に仕留めるために、わざわざ一人になった時を狙ったのに。
短剣を捨てて、長剣を鞘から抜いた。
足に身体強化で力を入れ、一気に間合いを詰める。
ガキン。
剣はぶつかり、火花が散った。
(やはり、マイリンは強い。)
S級冒険者の中でも戦闘能力が高いと言われるマイリンだ。やはり一筋縄ではいかないか。
流石にS級二人(まあ、片方は部屋の隅で縮こまっているが)を一人で相手するのは厳しい。
(くそっ……)
地面を蹴って一歩後ろに下がる。
剣を両手に持ち替える。
「やっぱり強いわね、レド。でも、この場では私の方が有利よ。まあ分かっているでしょうけど。」
(ああ。その通りだ。)
こういう狭い場所ではマイリンの方が強い。
俺は基本、上級魔法を連発する方法で敵を殲滅する。
だが、こんな狭い場所で魔法を連発することはできない。
その点、音もなく静かに刃を飛ばして戦うマイリンは、この状況では有利だ。
心の中で舌打ちをすると、マイリンは剣を持ってニコリと笑った。
「ねぇ、レド。取引をしない?」




