マイリンの故郷
「提案なんだけれど、もしよければ獣人国に行ってみない? ウォードライト、ラドルティアときたら、反時計回りに国ごとを移動しているとしか思えないのよね。それだったら、次に”ミロウ”が進むのは古代都市、獣人国でしょう?」
マイリンが突然、とんでもないことを言い始めた。
「獣人国? 確か秘境だったよな。どうやって入国するんだ?」
誰も立ち入ることができない鎖国された国と言われていたはずだが。
「それに関しては全く問題ないわ。私、獣人国出身だもの。」
「何⁉ 全く知らなかったぞ?」
「そりゃあそうよ。隠していたもの。」
そう言って、マイリンは自分の頭を指差した。その途端、マイリンの頭に白い猫耳が現れる。少しとんがっているため、キツネ耳なのかもしれない。
「おい、まさか今までずっと変身魔法を使っていたのか⁉」
俺は目を丸くする。
魔法を同時に使うことは難しい。
ダンジョンの中などで魔法を連発していたが、その間もずっと変身魔法を使い続けていたのだろうか?やっていることが人間業じゃない。
「すごいでしょう?」
「すごいなんてもんじゃないな……」
あまりの衝撃に言葉を失っている俺を見て、マイリンはドヤ顔を浮かべて、赤い髪をかき上げる。
「やっと私のすごさを理解してくれたようね。それじゃあ早速、獣人国に行くわよ!!」
「なんでそうなる⁉ 行くとも何とも言ってないだろ⁉」
なんでいつの間にか、獣人国へ行くことが決定しているのだろうか。
わざわざ面倒ごとに首を突っ込む必要はない。化け物なんて、放置しておく方が平和だろう。
そんなことを考えている俺に、マイリンは小馬鹿にするような笑みを浮かべた。
「あら? まだ言ってなかったかしら? 私達、指名依頼を受けているわよ。内容は城に侵入した者を捕らえること。……生死は問わないそうよ。」
殺してでもいいから連れてこいってことね、とマイリンは付け加える。
「はぁ⁉ 俺たちに指名依頼⁉」
指名依頼とは、貴族や王族が名のある冒険者に直接行う依頼のことだ。
だが、S級冒険者を直接動かすことができるのなんて限られている。
「まさかと思うが、その指名依頼を寄越してきたのは……」
「ええ、竜神国の王子であるローリック殿下ね。」
その言葉に、俺の目の前が暗くなる。
王族の指名依頼ならば拒否権はない。実質、命令に等しい。もし依頼を達成できなかったり、ましてや断ったりすれば、俺たちは罰を受ける。冒険者の資格が剥奪されるぐらいで済めばいいが、最悪の場合……不敬罪で処罰を受ける。この国の刑罰はずいぶん厳しい。ほとんどの犯罪者が処刑になる。
「う、嘘だろ⁉ じゃあ俺はその化け物を捕まえてこなければ――」
最悪の光景が頭の奥によぎった。
「ええ。そういうことよ。これで分かった? あなたに選択権はないわ。分かったら私についてくることね。」
マイリンはビシッと俺を指差す。
「ちょっと待て⁉ マイリンはいいとして、なんで俺が選ばれたんだ⁉ 俺はS級冒険者の中でも最弱とまで言われているんだぞ?」
指名依頼をするなら、もっとましな人選があるはずだ。そう思ったら、マイリンはため息をついた。
「忘れたの? S級冒険者はもうほとんど精神的に壊滅状態よ。ダリとイズは冒険者を引退したし、レドとアンドリューは行方不明。他の人達は会議に顔すら出さなかったもの。現在まともに動けるS級冒険者は、私達だけだわ。」
そ、そうだった。俺は変わってしまった後輩達のことを思い出した。
というか、ダリとイズはいつの間に冒険者に抜けたんだ?
俺がこんな苦労している間に、冒険者をやめるなんて許せん。
そんなことを考えたときに、一つ名案が浮かんだ。
待てよ……俺も冒険者なんてやめればいいんじゃないか?
「何を考えているか何となく分かるけれど、やめた方がいいと思うわ。王族から指名依頼を受けた直後に冒険者を辞めたりしたら、どうなるかぐらい想像つくんじゃない?」
不敬罪。処刑。
恐ろしい言葉が頭によぎる。
ああ、今すぐS級の肩書なんかから抜け出して自由になりたい。
俺は一人、頭を抱えた。
◇◇◇
数時間後
——俺達は獣人国へと歩いていた。
獣人国と竜神国の国境は、年中雪で閉ざされている。強い吹雪のせいで周囲が見えず、遭難する冒険者が後を絶たない。だが、この裏道を進んで歩けば無事にたどり着けるそうだ。
真っ暗な森の中を進んで行く。
いつ魔物が出て来るのかと思うと恐ろしい。
剣を両手で握りながら震える足で歩いていく。
今の俺を見て、S級の冒険者だと思う人間はいないだろう。
冒険者だろうが何だろうが、怖いものは怖いのだ。
俺の度胸のなさはS級の中でピカイチだ。自慢できるようなことではないが。
俺がそんなことを考えながら歩いていると、前を進むマイリンが突然立ち止まった。マイリンも進むのが怖くなったのだろうか。
「おかしいわね」
「どうしたんだ?」
「妙に気温が高いわ。前回来たときはもっと寒かったはずなんだけれど。」
「道を間違えたんじゃないか?」
俺は地図を取り出す。
だが、目印のない森の中で地図を頼りに進むのは難しい。
顔を顰めていると、マイリンは近くにあった木を登り始めた。
「おいおい。何してるんだ?」
「木の上から見れば早いわよ。」
そう言って、マイリンはするすると木を登っていく。
「降りる時はどうするんだ?」
確か、マイリンは風属性がなかったはずだが……
「あなたが受け止めてくれるから大丈夫よ。」
なんで俺が受け止めること前提なんだよ。
その高さから降りられて激突したら、冗談抜きで俺が死ぬぞ。
「気をつけて登れよ……」
落ちないかはらはらしながら見守っていると、マイリンはいつの間にか頂上までたどり着いていた。
「その距離から見えるのか?」
「魔力で視力を強化するから大丈……」
すると、突然マイリンの言葉が止まった。
「嘘……雪が、ない?」
マイリンは小さく何かを呟くと、木と木を飛びながら走っていく。
「お、おい。ちょっと待て……」
慌ててマイリンを追いながら走っていく。
しばらく走れば、森を抜けたのか、辺りが明るくなった。
最初に思ったことは、”ありえない”という感想だった。
雪が、消えている。
竜神国北東の雪は、永遠に溶けることのないものと言われていた。少なくても、ここ二千年はずっと雪は凍ったままだったはずだ。
「本当に、何が起こっているんだ……」




